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第262話 ロ開き

 再開される悪魔とアルタの戦い。その戦いは周囲に多大な被害を与えていた。


 アルタがやって来た時には既に瓦礫が散乱していた、遮蔽物がなかったはずの貴族街の中心は、更に酷く荒れていた。舗装されていた地面は割れており、周囲の建物は見るも無残な姿になっている。


 ゲヴァルティア帝国の貴族は、木っ端の貴族も入れれば優に五十を越えているため、貴族街だと言うのに貴族の屋敷は多かった。


 それが周囲に瓦礫となった建物が多い理由だ。


「おうおうおうおう! お前の国、なンて有り様だァ? ボッロボロの廃墟じゃねェか!」

「うん。とても芸術的だよね」

「……お前がこの国をなんとも思ってねェのは分かったぜ」


 煽ったつもりだったが、予想外の反応をされて勢いが落ちた悪魔。アルタはそんな細かな変化にも気付いて攻めの手を激しくした。


「そう言えば君の名前を聞いてなかったよ。君はなんて名前なの?」

「あァ? 名前なンかあるかよ。俺様は悪魔だぜ?」

「悪魔には名前がないの?」

「人間とかに仕えてる奴はあるが、俺様みたいな野良は名前なンかねェンだよ。 悪魔は他人と馴れ合わねェからな。名前なンかなくても問題ねェンだよ」

「へぇ」


 そんな会話しながらも二人は攻撃の手をとめない。会話をしながら戦うのは難しいと思うのだが、二人にとってはなんでもない事のようだ。


 全身が口であるために、攻撃を加えにくい悪魔は全く攻撃を受けていない。対するアルタも攻撃を躱し続けているために全く傷を負っていない。


「そうだ。さっき覚えたスキルを使ってみようか。【不朽の氷柱】」


 アルタが言うと、地面から氷柱で構成された一輪の花が蕾ではあるが出現した。それは太陽の光を受けてキラキラと光を反射している。……だと言うのにその氷が溶ける様子はない。


「……ンだァ? いきなり芸術にでも目覚めたかァ?」


 突如現れた【不朽の氷柱】をマジマジ観察する悪魔は、戯けた事を言いながらも【不朽の氷柱】を警戒している様子で、適度に距離を取っている。

 攻撃して破壊しようとしない理由は不朽とあるからだ。どうせ砕けないのだろうと考えてだ。だが、もう一つ理由があった。


「これは……あれだろ。 攻撃したら反撃してくるタイプの奴だろォ?」


 悪魔の言う通り、この世界には攻撃されると自動で反撃してくる設置型のスキルや魔法が存在する。

 だが、『自動で反撃』などと言う高等な技術を利用できる者が少ないため、伝わってはいても使える者は少ない、と言うような希少なスキル、魔法だ。


 しかし悪魔の予想と違って、このスキルは言うなれば『固定砲台』のようなスキルだ。攻撃の発動までに時間がかかるが、その分一撃の威力が大きい切り札とでも言うべきスキルだった。


「それはどうかな。えーっと……?『朽ちぬ氷の柱、曇天より出づる煌々たる日、氷柱照らす日の光は万物を凍てつかす光の線となる──カルテスリヒト』」


 思い出すように攻撃を発動させるための言葉を紡ぐ。


 それに反応するように周囲からは渦を巻くように魔力が集まり始める。どこからともなく溢れる冷気もその渦に飲まれている。

 そうして暫くするとパァッと氷柱の蕾が開いた。広がり大口をあける氷の花。その花弁の先端からは眩い光線が放たれる。

 狙いが定まらず適当な場所を通過する光線は、周囲の建物を貫き凍てつかせて進む。斜めに両断された建物は崩れ落ちる事なく、凍り付いてしまっている。


「おォ!? 危ねェ! ……チッ……反撃系じゃねェのかよクソッ! 紛らわしいンだよ!」


 文句を言いながらも悪魔は【不朽の氷柱】から適当に放たれる光線を回避していく。明確な狙いを持って振るわれている攻撃ではないので光線の軌道読めず、間一髪……とまではいかないが、全然余裕を持って躱せていない。


 マーガレット達がいるのは建物の中だ。壁を突き抜けてそこで気絶してしまっていた。

 光線はその建物すらも薙ぎ払い、貫き、両断する。当然倒壊するかと思われたが、やはり凍り付いてしまって建物が倒壊する事がはなかった。


「ふぅ……危ねェ……おいおい、やってくれたなァ? ……なら、今度は俺様の番だぜ!」


 悪魔は力強く拳を握り締める。すると、全身の口が一斉に蠢き始め、そしてそれは腹部と言う一点に集まる。

 ……無数の気色悪い口が一点に集まっているのは不気味で仕方ない。


 そんな集合した口が融合していき、一つの大きな口へと形を変えた。それを例えるならば、歯が人間のものになり、歯並びも整ったワラスボの口だろう。大きなその口は底知れない悍ましさを孕んでいた。


 「【村喰い】」


 頭部の口すら腹部の口と統合させたため、腹部の口を動かして悪魔がそう言った。


 その瞬間、悪魔が大きく仰け反ると更に広がっていく腹部についた悪魔の口。それはやがて悪魔自身の体を飲み込めそうな程に広がり、アルタに迫る。


 地面をガリガリ削る下顎。飛び散る石塊はそのまま腹の口へと飲み込まれていく。


 正面にいるアルタからすれば、汚れを蓄えた真っ黒い津波に飲まれるかのように見えただろう。回避不可能なほどに広範囲に広がるそれは、そこらの村など一口で飲み込めてしまいそうだった。


 両足を地に足つけるアルタは動じる事なく、それを見上げる。

 そうして、やがて自身にまで到来するであろうその大口に向かって攻撃を仕掛けた。


「【断罪】」


 アルタが腕を横に振るうと、その大口は一瞬の内に掻き消えた。夢から覚めた時のように一瞬で消滅した。


 そうして響き渡るのは悪魔の絶叫だ。自身の体よりも大きく広がった口を全て消滅させられたのだ。つまりそれは自身の全身が消滅した時以上の痛みを味わっている事になる。


 地面をのたうち回る悪魔。全身を押さえるように、全身を抱えるようにして忙しなく地面を一人で転がっている。先ほどまでの威勢はどこへ行ったのやら、恥も外聞もなく情けなく、みっともなく地面を転がっている。

 消滅の痛みを味わっているのにも関わらず失禁したり、失神して気を失っていないだけマシなのだろうが、情けなくのたうち回るぐらいなら気を失えた方が楽だっただろう。


「お、おおおお、おれざまにっ! 何をじたぁぁ!」

「裁いたんだよ。捌くようにね。 ……なんちゃって!」


 てへっ! と舌を出して笑うアルタ。それを腹を押さえながら見上げるように睨み付ける悪魔。この構図を見ればどちらが悪魔か分からなくなってしまいそうだ。


「ふざげンな! ぢゃんど説明しやがれェ!」

「仕方ないなぁ……今のは【断罪】って言うスキルだよ。このスキルは、その名の通り罪を裁くスキルさ。今までに相手が犯してきた罪が多ければ多いほど、罪が重ければ重いほど相手に与えるダメージが大きくなるんだ」

「ならなンで俺はこンな大ダメージを……? 生まれたてだってのに……」


 悪魔は生まれたてだ。前世の記憶を引き継いでいるだけで、この体になってからはまだ全く罪を犯していない。したとすれば貴族街の破壊と、人間三人を甚振った事ぐらいだ。十分な重罪だが、だとしてもどうしてこれほどのダメージを負ったのか。アルタはそれを説明する。


「【断罪】は現在進行形で罪を犯そうとしている者にも効果があるんだ。たった今、君は何をしたかな?」

「……ハッ……そう言う事かよ……俺が広範囲を一遍に壊そうとしたからってか……?」


 気付いた悪魔は呟く。そしてそれを拾ったアルタが頷いて答える。


「そう言う事。あと、皇帝である僕を殺そうとしたからでもあるね。……と言うかさっき一回僕を殺したんだしその分も大きいだろうね」

「ンだよそれ……勝ち目ねェじゃねェか……」


 今度は諦めたように悪魔が吐き捨てた。それに笑みを浮かべたアルタは、悪魔に話しかけた。


 この時アルタは言わなかったが、【断罪】はどんな生物であっても殺す事ができない。どれだけ多くの罪を犯し、どれだけ重い罪を犯しても絶対に殺す事はできない。

 悪人に罪の意識を持たせずに死と言う救済を与えるのは間違っているからだ。


「ねぇ。君、名前いる?」

「あ? …………っ! ハッ! おもしれェじゃねェか。 俺様に向かって『従え』だって?」

「そう言う事だね。どうする? 僕としてはこのまま殺してもいいんだけど……どうする?」

「……生まれて早々に死ぬなんて勘弁願いてェ。だが、人間ごときに仕えるなんてのもなァ……」


 地面に這いつくばった状態で思案する悪魔を見下すように見下ろしながらアルタは悪魔の答えを待つ。

 アルタからすれば本当にこの悪魔の存在などどうでもいいのだが、【生物支配】で支配して悪魔のステータスを共有できるのならしておきたいので、こうして生きるチャンスを与えている。


 ……ちなみにステータスを共有するとは言っても、アルタが配下のステータスの数値と同じだけを勝手にプラスしているだけなので、これは一方的な共有だったりする。……プラスと言っても配下のステータスからアルタがプラスした分を引かれるわけではない。配下のステータスをそのままに、同じだけアルタのステータスにプラスできるのだ。

 あと、配下に配下のステータスを共有させる事もできるのだが、配下の強化など眼中にないアルタがそれをする事など一生ないだろう。


「決めたぜ。 屈辱的過ぎて反吐がでそうだが、生まれて速攻で死ぬよりはマシだ。 って事で俺様は今からお前の使い魔だ。……これでいんだよな?」

「うん。じゃあこれからよろしくね。悪魔──グーラ」


 グーラ。それがアルタがこの、全身に無数の口がある悪魔につけた名前だ。悪魔はその感覚を確かめるように何度も自分につけられた名前を繰り返している。


「グーラ……グーラ……なァ……グーラってどう言う意味なンだ?」

「『大食い』って意味だよ。君のその見た目って如何にも『大食い』って感じがするでしょ?」

「ハッ! ……大食いかァ……あのデブの抱いてた理想のせいでこンな見た目になっちまったンだが、まァいいさ。確かに俺様にピッタリだ。……ンで、お前は何て名前なンだよ?」


 グーラはアルタに向かって名乗るように言う。


「そう言えば名乗ってなかったね。 僕はこの国の皇帝の、アルタ。改めてよろしく、グーラ」


 そう自己紹介してから手を突き出すアルタ。アルタはグーラに握手を求めているようだ。アルタにしては珍しく友好的に接している。


「へぇ……アルタか。……お前なンかとよろしくするつもりはねェよ。 ……さて、俺は食いかけの朝飯食って来るわ。じゃあな」


 グーラはそう言ってアルタの腕を払い退け、ヒラヒラと手を振って去っていった。向かうのはあのゴミ屋敷にある脂肪で満たされた肉塊の場所だ。

 ここにいるマーガレット、ラモン、エリーゼの三人よりもそちらが優先だった。


 単純に肉塊の方が食べられる量が多いのもあるが、グーラは自分が育った宿主を食い尽くすのが趣味だったのだ。生まれる前の自分にずっと栄養を与え続けた育ての親のような存在を、生まれてから最初に食い尽くす事が趣味だったのだ。


 だからマーガレット、ラモン、エリーゼの三人は今のグーラの眼中になかった。


 それから三人の存在を忘れていたアルタも貴族街の中心を去り、【生物支配】で配下を増やしに向かった。 ……三人が目覚めたのはそのすぐ後だった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ほぼ同時に目覚めたマーガレット、ラモン、エリーゼの三人は、痛む体を擦りながら体を起こした。

 座った状態で見上げれば天井は凍り付いていた。前を向けば自分達が突き抜けてきた事によってできた穴が空いていた。


「…あの悪魔……やっぱやべぇよ。……もういなくなったみてぇだがな」

「すまない。ついカッとなって、気付いたら殴りかかっていた」

「わたくしもですわ。後衛なのに思わず前に出てしまってましたわ。申し訳ありませんわ」


 ラモンに謝るマーガレットとエリーゼ。謝っているのはもちろん悪魔に殴りかかった事に対してだ。家族の死を知って怒りに震えていたラモンの気持ちを無視して悪魔に殴りかかり、そして仲間を危険な目に遭わせた事について謝っているのだ。


 それを受けたラモンは優しい笑みを浮かべて大口を開けて笑いながらそれを赦した。


「…別に謝るような事じゃねぇだり。お前らは俺のために怒ってくれたんだ。嬉しく思うのが当然だ。謝られたらそれこそどうすればいいか分かんねぇよ。ありがとうな、二人とも」


 いつものラモンからは想像できない優しい言葉に瞠目する二人だったが、それでも危険に晒したのは事実だから、ともう一度だけ謝ってその話から変えた。ラモンが赦しているのだから引き摺るべきではないからだ。


「それで、あの悪魔はどこに行ったんだ? まさか気が変わってどこかへ行ったわけじゃないだろうし……」

「…それなんだがよ、気を失う前に見たんだよな。誰かがここに来たのを」

「ならあの悪魔はその誰かに倒された、と考えるべきですわね」

「あぁ。あんなのを倒せる人物がいるとは思えないが、それ以外ないだろう。……もしかしてクドウだったりしてな」


 マーガレットがそう言って小さく笑う。最初は冗談のつもりだったのだが、秋ならあり得ない事ではないと考えが過ったので小さく笑う程度にとどめた。


「…ま、誰があの悪魔を倒したかなんてどうでもいいからとっととアキを探しに行こうぜ。こうしてる間にもアキは進んでるかも知れねぇしな」

「…………えぇ。そうですわね。一刻も早く遅れを取り戻しませんと」

「……なら、街道を逸れてみるか? クドウの性格……は宛にならないから運試しようになってしまうが」


 ラモンの発言にたじろぐエリーゼだったが、変に触れるべきではないと思ってラモンに同調しておく。


「…具体的にどこからどこに向かってくんだ?」

「ここから魔の国まで突っ切ろうかと思う」

「魔の国ですの? あ、治療しますわね」

「あぁ。助かる。……もしクドウ達が街道を道なりに進んでいたのなら、今頃はノースタルジアか、ノースタルジアとプミリオネスの間の街道辺りだろう。だから先回りするんだ」


 マーガレットがエリーゼの聖魔法を受けながら言う。エリーゼはもう片方の手でラモンも治療すると言う器用な事をやっている。魔法の同時使用は、【賢者】であるクルトですら難しいものだと言うのに。


「なるほどですわ。ならそうしましょう。宛が外れた時が怖いですけれど、そうする以外にありませんものね」

「…俺は地理に疎いから任せるぜ」

「よし、なら街道を逸れて魔の国へ向かおう」


 そう決め、怪我を治してから三人はゲヴァルティア帝国を出て魔の国へと向かった。




 三人が向かう魔の国は、魔人や知性のある魔物、一部の亜人が住む国として有名な国だ。

 その一部の亜人には、吸血鬼などの人間に嫌われている種族が含まれているので、隣国のアブレンクング王国とはしょっちゅう小競り合いをしている。


 アブレンクング王国としては吸血鬼や魔物が蔓延る魔の国は早急に潰さねばならない国なのだが、魔の国は規模がゲヴァルティア帝国と同等かそれ以上なので迂闊に手を出せないでいる。国の面積的にも戦力的にも劣っているからだ。

 ……それなのに小競り合い程度で住んでいるのは魔の国の大体の王が、自分達を敵視している人間にも優しい人物達だからだ。もちろん人間に対して容赦のない王も存在する。


 そんな魔の国の正式名称は『デーモナス』だ。

 このデーモナスは複数の国が集まったもので、それを一括りにしてデーモナスと呼ばれている。

 例えば、吸血鬼の王や、鬼人の王、女性型の蜘蛛の魔物─アラクネーの王、女性型の植物の魔物─アルラウネの王、神の使いと呼ばれる魔物─ヴァルキリーの王……など、様々な王がこのデーモナスで国家を築いているのだ。


 ちなみにアラクネーやアルラウネ、ヴァルキリーなどは人型でもあるし、人間と同等の知性もある。


 そしてそれらの生物は魔人ではなく、亜人と魔物の中間の曖昧な生物だ。


 魔人とは、死んだ人間が人型の魔物になってしまったものの事を指すので、生まれた時から亜人と魔物の中間であるアラクネーやアルラウネ、ヴァルキリーは魔人ではないのだ。


 ちなみに、アンデッドやレイスなどの生物は、最初からそうであるものもいるし、死んでしまった人間や亜人がアンデッドやレイスなどになってしまうものもいるので、アンデッドやレイスは本人の主張がなければ魔人か魔物かの判断が難しかったりする。


 あと、これはデーモナスに伝わる伝承でしかないのだが、この魔の国─デーモナスに住む魔人や魔物、一部の亜人達は【魔王】が誕生すれば、王も平民などの身分を問わず【魔王】に従わなければならないと言われている。しかしこれはあくまでも伝承だ。そうしなければならないと言う決まりではない。従うも従わないもその人の自由なのだ。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 アビスは大地をくり貫いて生き物を捕食する。生きたまま食えば、即ちそれは生き物を殺したのと同義。腹も膨れ、強くもなれる。まさに一石二鳥だ。


 そんなアビスが力を求める理由は、世界のためだ。『特殊個体』と『名前持ち』と言う『認定の称号』を得て、世界への忠誠心が高いアビスは世界のために行動する。


 世界に寄生する神を殺すための力を蓄えるのだ。世界を蝕み、意思を踏み躙り、存在を否定する神を殺すために。……それが世界の意思を知る者としての在り方で役目だからだ。

 だからアビスは生き物を殺して強くなろうとする。例えそれが世界が生み出した人間や亜人、魔物だとしてもだ。これは世界の子供を殺しているのと同じだが、世界が生きるためならば仕方ないと決心して殺している。


 同じように世界の意思を認識し、神を殺すと言う目的を持ち仲間もいる。

 その殆どが最果ての大陸に蔓延る魔物達だが、中には人間や亜人の仲間もいるのだ。それはどこの宗教にも所属していない、所謂、無宗教と呼ばれるような者達だった。


 それらはどんな神の存在にも執心していないので、仲間に引き込むための説得はそれほど難しい事ではなかった。


 神が世界に寄生していて世界が意思をなくして滅ぶかも知れない、それだけでは心は揺さぶれなかったが、それに続けて、世界の意思がなくなればこの世は神に支配されて信仰が全てになってしまって人々は皆堕落していくだろう、と。


 そう言ってしまえば神を崇める気のないその者達は進んで協力を買って出た。信じる事ができなかったり嫌いだったりする者、宗教絡みで神が嫌いになった者、願っても祈っても何も上手くいかなかったから神の存在を否定する者、人生を信仰に捧げて棒に振るった者、神のせいで色々な厄介事に振り回された者、何の理由もないが神が嫌になったので存在を否定する者……など、様々な理由を持つ者が集まっていた。


 そ最果ての大陸の魔物を数えなければその数は千に届くかどうかと言ったところだ。アビスが少し駆け回っただけでこんなに神の敵が集まった。


 やはり神はろくでもない存在なのだと改めて認識するアビスは、更に生き物のを殺すスピードを上げて、更に強くなるために奔走した。強くなればなるほど強くなり難くなる。そんな理由もあって、アビスは生き物を殺すのを加速させていった。


 アビスが持つ固有能力、【深淵】の効果で地面を奈落へと変えて生き物を落として喰う。殺す。

 満腹の時は死骸を吐き出してそれを纏う。そうしてアビスは異形へと姿を代えていく。



 異質同体(キメラ)と言う存在は大半がそうだ。何らかの手段で他の生物を取り込んで自身を変化させて生きる生物だ。生きている生物を取り込んだり、死骸を取り込んだり……と、あらゆる手段で他の生物を取り込んで自分へと返るのだ。


 キメラはそうして力を得て、加速するように変質して変化して強くなっていく。次第にそれは手が付けられなくなって、多くの生物に死を齎す。


 あらゆる生物の性質をそのまま取り込んでいるので必然的に攻撃への耐性も付き、攻撃が加えられなくなる。攻撃手段もその時その時で変えてくるので対策も取り辛い。まさに最低最悪で災厄の生物。それがキメラだ。


 早期に発見しなければならず、尚且つ生物を少しでも取り込ませてはならない。そうしなければ力を得たキメラは更に強くなろうと生物の殺戮を始めてしまうからだ。……そう。生まれたてのキメラを早々に排除しなければならないのだが、そもそもキメラが発生する場所の発見自体が難しく、出会うのは成長したキメラばかりなのでそれは難しかったりする。実際に、幼体のキメラを排除した例など極僅かなのだ。


 成長しきったキメラは世界でも神でも敵わないほどに強くなってしまう事もある。実際にそれで滅んだ世界は多々ある。……まぁ、それで虚空に放り出されたキメラの大体は他の世界まで辿り着けずに無を漂い、やがて餓死してしまうのでそれで終わりになるわけだが。


 成長しきれば簡単に世界を一つ滅ぼしてしまう危険な存在。それがキメラだ。他者を取り込んで圧倒的な力で蹂躙する。故に、幼体であろうと予想外の詰め合わせであるキメラに関わる者は少ない。自ら危険に飛び込む者など少ないのだ。



 アビスもそんなキメラの一例だ。こうして簡単に生物を殺して強くなり、時に生物の死骸を取り込んで強くなっていく。


 アビスが神を殺し尽くすのが先か、まだまだ未熟なアビスが誰かに殺されてしまうのが先か。それは運命の女神であるベールにも分からない。

 アビスが世界に忠誠を誓っている存在だから。運命の女神ベールは干渉できなかった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 全裸に引ん剥かれて屈辱的な文章と共に屋根から吊るされたハイ・エルフのナルルースと言う女性。


 そんなナルルースは道行く人々から指を指されて笑い者にされていた。性的な目で見られていないのは嬉しかった反面、そう見られない事が屈辱的でもあった。


 人一倍『美』に関して執着していたナルルースは、それに対して怒りを覚えたのだ。


(どうしてこの私の裸を見て欲情しない!? 私はこんなにも美しいと言うのに!)


 そう見られては困るのだが、そう見られない事も同時に苦痛であった。


(なぜだ、なんなんだ! いきなり人間に襲われたかと思えば、この私を全裸にするだけして何もせずにこんな仕打ちをするなんて! 意味が分からない! 何のためだ!? そう言う趣味なのか!? 何でもいい! くそっ! ふざけるなよ、この私にこんな事をして、ただでは済まさないからな!)


 濁流のごとく溢れる怒りに震えるナルルースは、その怒りからか、羞恥からか、顔を赤く染めていた。

 ちなみに誰もナルルースをそう言う目で見ない理由は、ナルルースの性格の悪さにあった。いくら見た目が綺麗だろうと性格が悪ければ誰もそんな目で見ない。……それと、エルフと言う種族自体が長命であるために、本能的にそこまで種の繁栄に積極的でないのも理由の一つだ。


 結局、自宅の使用人が騒ぎを聞き付けてナルルースを屋根から下ろすまでその状態は続いた。使用人からも笑いを堪えるような引き攣った顔で見られた時にはナルルースの怒りは一度爆発してしまい、助けてくれた使用人を殴り飛ばしていた。


 だが、それでもナルルースの怒りは収まらない。自室へ戻って服を着たナルルースは、首からかけられていた看板を叩き潰し、憎々しげに呟く。


「だから人間も男も嫌いなんだ……どいつもこいつも私に魅力を感じない……っ! 赦さない……私の容姿に魅力を感じない奴も……私を嘲笑う奴も……私を辱しめたあの人間も……っ! 絶対に捕まえて尊厳が消滅するまで踏み躙ってやる!」


 緑色の髪から覗く赤い目で空を睨みながら発せられる小さな呟きはどんどん声量を増していき、最終的には大口を開けて怒号を上げるまでになっていた。

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