第261話 悪魔と怪物
マーガレット、ラモン、エリーゼの三人は外套を羽織って仮面をつけて侯爵の屋敷へと忍び込んだ。
屋敷にいなかったわけでも、ゴミ捨て場を漁っていなかっただけでもない。
どうせ侯爵に聞きに行く事になるかも知れないなら、最初から外套と仮面を着けて忍び込んで捜索しようとなったのだ。
だが、この屋敷で行うラモンの家族の捜索は非常に難航していた。
理由は、屋敷が臭すぎるからだ。外にも大量のゴミが出ているはずなのに、屋敷の中にも大量のゴミが散らばっているのだ。
臭いだけでなく、ゴミのせいで足の踏み場もないので嫌でも足音を立ててしまうからだ。
「…やべぇよこれ。帰りとかぜってぇ吐くだろ」
「勘弁して欲しいですわね……これではあのゴミ山を漁っているのと同じですわ」
小声で愚痴を漏らすクルトとエリーゼ。ゴミが鳴らす音のせいで小声で話している意味はないも同然だ。
「これでは一種の防犯装置とも言えるな」
「…確かにな」
隠密系のスキルを使う暗殺者でも物音を立ててしまえば、隠密系のスキルの効果はなくなってしまう。あくまで隠密系スキルは気付かれにくくするだけだったり自分が立てる物音を限りなく小さくするだけだ。
こんなゴミ屋敷ではそんな小細工をいくらしようとも意味を成さないだろう。まさに天然の暗殺者殺しだと言える。
「と言うかこんな汚い空気の中で過ごしてるんですのよね? 家主も使用人もまともな精神状態ではないと思いますわ」
「ここに住み慣れれば苦にならないのだろうが、慣れてしまったらもう終わりだろう。どのみち話が通じる相手だとは思わない方がよさそうだ」
「…そうだな」
そう交わして進む。相変わらず小声での会話は自分達が立てる物音にかき消されて聞き取り辛い。仮面のお陰で臭いが緩和されているとはいえ、それでも鼻腔を刺激する強烈な異臭はマーガレット達の神経を磨り減らしていった。
やがて使用人に出会う事なく辿り着いた一つの部屋。ここ以外の全ての部屋を覗いてきたが、見事に誰もいなかった。
明らかに異様だが、とっととこの屋敷の捜索を終えたかったマーガレット達は今までと同じように部屋を覗き込んだ。
そこに広がるのは相変わらずゴミの山だった。だが、一点だけ他の部屋とは違う箇所あった。
それは、人間がいると言う事だ。
しかしそれはとても人間とは思えないほどにぶくぶくに肥えており、ただの肌色の肉塊にしか見えなかった。辛うじて天井スレスレに目と鼻、口に耳、少ないが髪の毛が見受けられるので暫定的に人間だと考えた。
床に座していながら天井まで頭が届いている、そんな巨躯が着れる服などないので恐らくは全裸なのだろう。
髪の毛が少ないし、胸は余計な脂肪で詰まっているので男か女かも分からない。下半身もゴミと腹の肉で埋もれて見えないのでどこを見ても性別が判断できない。もしかしたらズボンは穿いているかも知れないので全裸かも知れないと言った。
人間ではあるが、全裸で、男か女かも分からない。そんな奇妙な肉塊を前に口をあんぐり開けて立ち尽くす三人。
天井付近にある厚い肉に覆われた瞼から覗く瞳が三人を見下ろしている。
三人と肉塊の視線交差する。
三人が少し視線を下ろせば、その肉塊の口元は赤い液体で濡れていた。生肉でも食べていたのだろうか。
肉塊は口から血液を流しながら口を開いた。
「あああ、あああ、ああああああ」
「…あぁそうかよ。話が通じねぇどころか言葉が話せねぇか」
ラモンの呟きに答えるように肉塊は『あ』を幾つか発した。
そして肉塊は水が溜まった鹿威しように顔をラモン達に向かって振り下ろした。地面に顔を叩き付けるようにして。
それを跳んで避けた三人は、イマイチ攻撃していいかの判断がつかないでいた。
「…どうすんだ?」
「そうだな……もう一度攻撃らしきものをされたら反撃しよう」
「了解ですわ」
そう会話して三人は肉塊の様子を窺う。少ない髪を揺らして顔を持ち上げる。勢いよく地面に叩き付けたからか、鼻からは血が出ている。額は赤く腫れている。
「…とことん気味のわりぃ奴だぜ」
その呟き拾って言葉の意味を理解したのか、肉塊は絶叫してラモンへとゴムのようにぶるんぶるんの腕を振るう。とんでもない質量を持つその攻撃を食らえば一撃で瀕死になる事は明らかだった。
だがその動きは巨体故か、緩慢だったので避けるのは簡単だった。
「…反撃するぞ!」
「あぁ!」
「分かりましたわ!」
肉塊が敵意を持ってラモンを攻撃しようとしたのは明らかだったのでマーガレット達は肉塊へと攻撃を始める。
肉塊は斬り裂かれる痛みに、魔法で焼ける痛みに悶えて野太い声で『あ』を叫ぶ。その肉塊の絶叫は屋敷を揺らしていた。特にボロいわけでもない屋敷を容易くぐらぐらと揺らしている。
肉塊から溢れる血飛沫はとどまる事を知らないようで、壊れた蛇口のようのどばどばと血が溢れてきている。部屋全体を血の海にするような勢いだ。
そんな勢いで血を噴出させるからだ。忽ち肉塊の血色は悪くなっていった。今にも死んでしまいそうな程に肌から赤みが消えていった。白目に浮かぶ黒い瞳は虚ろで、それぞれ別の方向を見ていた。血色の悪い肉塊が力ない浅い呼吸を繰り返している。全身から力を抜いて死体のように脱力している。
「…最悪だぜ。なんだよこれ。悪夢かよ?」
「現実だ。こんなのが現実だとは認めたくはないが」
「胸糞悪いですわ……」
入り口の扉の前に集まった三人をジロリと見る、黒くて虚ろな瞳。光が消えていて、何かを映しているようには見えない。
「あうあととあああ、あがあうががりあああ、あああうううああありりり」
壊れた機械のように声が途絶え途絶えでとても聞き取り辛い。とにかく『あ』しか発さなかった最初に比べれば進歩したと言えるだろう。
「あありが、ありあり、ががととととああありりああううう……あああううあうあうあうあああああああががががああああ」
「…………」
全身がガタガタと激しく震える肉塊。地面を這いずるように移動する肉塊。見れば肉塊の下半身には何もついていなかった。
ぶくぶくと泡を吹くように膨れ上がる肉塊の体。やがて泡のようなぶくぶくとした膨らみが破裂して、そこからは血が飛び散った。
膨らみは最初の破裂を皮切りにどんどん破裂していく。あっという間に真っ赤に染まる部屋。
体の大きさが大きさなので、その体を巡る血液の量も多かったようだ。
異様の連続に呆然と立ち尽くすマーガレット達。しかし異様はまだまだ続いた。
肉塊の肥えた体を肉が裂けるような、怖気立つ生々しい音を立てて何かが姿を現した。それは、赤くて白くてベタベタした粘液を纏いながら、ゆっくりと肉塊を裂いてこの世に存在しようとする。
白と赤の粘液に覆われて全貌は分からないが、恐らくそれは人型だ。そして頭であろう位置では思わず身を竦めてしまいそうな悍ましい赤い点が二つ光っている。
「…おいおい、やべぇんじゃねぇか? ……あれ」
頭を掻きながらラモンが呟くが、そんな事は見れば分かる。なのでマーガレットとエリーゼは頷くだけだった。
蛹を割って出てくる蝶のように時間をかけて肉塊から出てくるそれは、やがて言葉を発した。
「よっこいせっと。はァ……俺様も随分と衰えたもンだなァ。人間の殻を破ンのにこンなに時間かけちまうなンてよォ。……そンで……起床してすぐに目の前に人間がいる。……もしかして食べてくださいってかァ?」
肩を回しながら肉塊から完全に斬り離されたそれは、マーガレット達を見て舌舐めずりをする。その口元からは涎が垂れている。それの腹も大きな音を立てて食事を求めている。
「生きたまま……まだ幼い俺様に踊り食いをしろとォ? 生きたままはこンな幼体じゃ無理があンだろ。……なら、そもそも朝飯じゃねェのか?」
一人で思案するその生命体の体に纏わり付く赤と白いベタベタした液体はどんどん地面に落ちていく。
その生命体の全貌はやはり人型だった。だが、この生命体の全身には口がついている。全身のどこからでも食事が摂れるような仕様だ。
そのたくさんの口についた歯はそれぞれ違った。ギザギザなものもあれば、口内全体が歯で埋め尽くされたものや、唇が歯でできた口もあった。
どうやらこの口は使い分けができるらしい。しかしそのせいで醜くて見る人に恐怖を与えるような悍ましい容姿だ。
「…何もんだてめぇ」
「俺様の事か? 俺様は生まれたての悪魔だ。見れば分かるだろォ? こンな姿をしている俺様が人間に見えンのか?」
片眉を上げて嘲るようにラモンに言う悪魔。その表情は完全に舐め腐っているようなものだった。
「ンで? 俺様は悪魔なわけだがァ……俺様を殺すか?」
「そうしたいのは山々なんだが、生憎と用事があるのでな」
「ハッ! 素直に、無理ですぅ勝てませぇん、って言えばいいものを。命とプライドを天秤にかけてみな、バーーーカ」
悪魔の物言いにムカついているラモンだが、勝てないのは明らかなので唇を噛みながら悪魔を睨み付けるだけでとどめる。
そんな敵意丸出しの視線を何でもないかのように悪魔は清々しい表情で受け流す。
「カスはとっとと失せな。俺様の朝飯の邪魔すンじゃねェぞー」
ひらひらと手を振って振り返った悪魔は後ろに転がる肉塊へと食らい付いた。肉塊にわずかに残った血を滴らせながら悪魔は全身を使って肉塊を胃袋へと詰め始めた。
それを見たマーガレット、ラモン、エリーゼの三人は大人しく引き返した。……あの悪魔は明らかに危険な存在だが、このまま向かっていっても勝ち目がないのは明白だ。だから大人しく引き返す。
無駄な正義感に駆られて不要な危険は犯さないのだ。
とは言え、あの悪魔が惨劇を齎すのは理解している。例えば人間の大量虐殺を行ったりとかだ。
まだあの悪魔の性格を知らないが、出て来て早々に人間を食べ物扱いした事でよくない存在なのは確実だった。
どうにかしたいが、それができないのが現状だ。大人しく引き返すしかなかった。
マーガレットとラモン、エリーゼの目的はラモンの家族の捜索と秋達の捜索だ。それを為し遂げずにこんな場所で死ぬなどあり得ないのだ。
と、そこでラモンは振り返って悪魔に声をかけた。
「…聞きたい事があんだけどいいか?」
「おい!?」
「ら、ラモンさん!?」
「あァ? 俺様の食事の邪魔すンなっつっただろうが。 ……だが特別に赦してやるよ。人間はバカで間抜けで愚かなどうしようもない家畜でしかねェンだからよォ。ンで? 聞きたい事ってなンだ?」
少し不愉快そうにラモンに発言を許した悪魔。どうやら不愉快に思ったら問答無用で人殺しを行うような性格ではないようだ。だが、どこまでも人間を下に見ているようだった。
「…俺の家族を知らねぇか?」
「はァ? 知るかよ。俺様は今生まれたばっかだぜ? ……だが、まぁ……俺様の母体が食ったかも知ンねェな。 ちょっと待ってろ……こいつの脳味噌を食ってこいつの記憶から探ってやるよ」
「…あ、ありがとう……」
意外にも協力的な悪魔。
それにラモンが実は悪い奴じゃないんじゃないか? と思い始めたところで、悪魔はラモンのその期待を裏切るような発言をした。
「……あ~ァ……なるほどなァ……」
「…なんだ、どうした……!?」
「ハッ! お前はバカか? こいつの脳味噌食って記憶探ってこの反応してンだから、そう言うことだって分かンねェのかァ?」
「…まさか……」
青褪めるラモン。それにニヤニヤしながら頷く悪魔。
「……あァ、こいつが食ってるぜェ。くくく……お前と同じ髪色と目の色をした奴をなァ!!」
笑う悪魔。その表情はとても愉快そうだ。
この悪魔はそう言う奴なのだ。人間が傷付く様を見て喜ぶようなどうしようもない性格の悪魔なのだ。だから高らかに笑い声を上げた。品のない下品な大笑いだ。
「ギャハハハハ! 最高だァ! 最っ高だァ! 最高に飯がうめェよォ! 生まれて最初の飯が最高だなンて幸先いいなァ! おいどうだガキィ? 今まで必死に探してた家族がこんなデブの胃袋ン中に有象無象と共に消費されていってたって知った気分はよォ!? このデブの食いもンの一つでしかなかったお前の家族が最っ高に可哀想だぜェ!」
腹を抱えてラモンを煽る煽る。悪魔の煽り止まらなかった。「今頃お前の家族は俺様の血肉になってンだぜェ? つまり俺様はお前の家族ってわけだァ!」「お前の家族は美味かったなァ……食った覚えねェけどよォ! ギャハハハハ!」などと次々と沸いてくる悪魔の煽り。
だが、ラモンは拳を握り締めて……唇噛み締めて我慢する。拳にも唇にも血が滲んでいる。
怒りに任せて攻撃しても何ともならないから。しかもそうする事でマーガレットとエリーゼも巻き込んでしまうから。だからラモンは我慢して怒りを堪える。
怒りで煮え滾る脳でラモンは考える。
こんな時にアキがいれば一発ぐらいあの悪魔に食らわせてやれたんだろな、と。
考えるが秋はここにはいない。どこかへと旅立ってしまったからだ。
家族はもういなくなっていた。ならばこの家族を探すと言う目的は消失した。なら次の目的であるアキの捜索をしないとな……ラモンは続けてそう考えていた。
沈んだ気分で踵を返すラモンだったが、その両側をすれ違うようにして誰かが悪魔へと向かっていった。
驚いて振り返るラモン。
そこで見たのは、悪魔へと攻撃をしかけるマーガレットとエリーゼだった。しかも二人ともが素手で向かって行っている。マーガレットはともかくエリーゼまでもが。
「おっと……仲間の方が来ちまうのか。はァ……つまンねェな。怒りに狂った人間を叩き伏せるのが面白いのによォ。 ……いや、こいつらも怒り狂ってるじゃねェか。他人の癖になンで人の事でそんなムキになれンだよ?」
二人の攻撃を容易く躱した悪魔は、空いた右手で地面に転がる肉塊を食いながらそう呟く。
「まァ、なンでもいいわ。先に攻撃を仕掛けて来たのはそっちだぜェ? つまり俺様が正義を振るえるわけだァ。悪魔に正義振るわれるってどンな気持ちなンだろォな?」
悪魔は拳を空振りして体勢崩していたマーガレットとエリーゼをラモンの方へ蹴り飛ばしてから、口角を持ち上げてニヤリと口元に三日月を湛えて笑った。
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氷の女王─レジーナ・グラシアスを【生物支配】で支配下に加えたアルタは赤龍に乗って、一旦ゲヴァルティア帝国へと戻ってレジーナ・グラシアスを城へと連れて帰っていた。
そこで帝国の一部が崩れているのを発見した。
「おわぁ……あの門壊れてるよ。 しかも貴族の屋敷も崩壊してるねぇ……」
赤龍の上から見下ろすアルタは、自分の国が滅茶苦茶になっていると言うのに心底嬉しそうに言う。
「こういうのは僕がいる時に起こって欲しかったよね。……うーん……今からでも遅くないか」
そう呟くと、アルタは赤龍から飛び降りて崩れた貴族の屋敷へと落下する。結構な高さから飛び降りたはずが、ものの数秒で地面に到達した。
へこむ地面は砂埃を上げてアルタの視界を奪う。それを風魔法で無理やり払ってアルタは周囲を見回す。
そこら中に広がる何かが戦ったような激しい戦闘の痕跡。
人型に窪んでいる建物の壁の中には、壁を突き抜けたであろう人型の穴もあった。
力強く地面を踏みつけたような足跡。
魔法か何かで焦げたり凍ったりしている建物に、不自然に盛り上がったり窪んでいる地面。
縦に横斜めに、縦横無尽に斬り裂かれた建物。
……など、貴族街は酷い有り様だった。これでは平民街と変わらない。
そうして未だにこの惨状を作り出した原因は戦っているようだ。貴族街の中心地の方から爆発音や金属音、建物が崩落する重い音などが途切れ途切れに聞こえてくる。
それを聞いたアルタは、戦いが終わっていなかった事に嬉しそうな笑みを浮かべてから、音のする方向へと駆け足で進み始めた。既にボロボロ貴族街だ。今さら被害が増えようと同じだと思って、アルタは建物を破壊しながら進む。
近付くついでに敵に自分の存在をも知らしめて、この先で待ち受けている戦いのために体を暖めているのだ。
近付くに連れて大きくなる戦闘音。それから判断するに、多対一のようだった。数人の悲鳴と一人の愉快そうな笑い声。それから多対一だと推測していた。
アルタはその数人に興味を持っていなかった。
アルタの興味は、数人を相手に楽しみながら戦える一人に向いていた。
もちろんそれを相手に生きたまま死なずに戦える数人の方も凄いとは思っているのだが、どうせ一人が殺さずに甚振っているだけだし、一人を相手に負けているわけだから興味はなかった。
そうして見えてきた戦場。
さすが貴族街の中心と言うべきか。邪魔な遮蔽物もなく、とても見通しがいい。周囲の建物の残骸が散らばっているのにも関わらずだ。
その広場で立っているのは一人の人外だった。その肌は真っ赤だ。てらてらと太陽の光を反射している。恐らくは赤い液体……血塗れなだけだ。周囲には三人の人間が倒れているが、血は散乱していないのでこれが誰の血かは分からなかった。
そして最も目立つのが、全身に無数についた歯形がバラバラの口だ。
鮫のように二重になって獲物を逃がさないように口内へと尖っている歯だったり、唇が歯になったゴーヤようなもの、口内が歯で埋め尽くされていたり、単にギザギザな歯など多種多様だ。
アルタその異形を遠目から観察していると、不意にその異形がアルタに目を向けた。
「あァ? 新しいのが来たなァ……お前からは俺様と似たような雰囲気を感じるぜェ」
「君はどんな存在なんだい? 人間ではないんでしょう?」
「俺様は生まれたての悪魔だ。……ンでお前は……人間っぽいけど、なーんかピンと来ねェんだよなァ」
悪魔。その名前を聞いてアルタは更に笑みを深める。
悪魔。悪魔。悪魔。……その如何にもな容姿と存在の一致。アルタが異世界に来たからには一目見たくて仕方なかった悪魔と言う存在。それが今、目の前で瓦礫の山で佇んでアルタを見ている。
それが面白くて面白くて仕方なかった。
「そっか悪魔かぁ。へぇ……なるほどね」
「あ? ……ンだお前」
「何でもないよ。 そんな事よりさ、ここ僕の国なんだけどさ……こんな風に壊されちゃ堪らないんだよね」
「ほう! ここはお前の国だったのかァ! そりゃあ済まねェ事をしたなァ。……だが俺様は悪魔だから壊してなんぼなのよ」
一度謝ってから開き直る悪魔に更に笑みを深くするアルタ。アルタの予想通りの会話が広がる。
「そっか。なら退治しないとね。悪魔は悪魔らしく正義に裁かれてよね」
「嫌なこったァ! 先に正義を振るっていたンは俺様だしよォ!」
アルタと悪魔の拳がぶつかる。
二人の人間離れした膂力がぶつかり合う。ややアルタが有利なように見えるが、それは間違いだ。悪魔の体に浮かぶ無数口の一つが移動してアルタの拳を飲み込もうしているからだ。
アルタは悪魔から距離を取らざる得なかった。だが、そんな行動は悪魔とって想定内過ぎた。
後ろに跳んだアルタに密着するように追いかける悪魔はさらに拳を振るう。
空中と言う自由が利かない場所にいるアルタは腕をクロスして防ごうとするが、踏ん張る事ができずに力負けして地面に叩き付けられてしまった。
砂埃が舞う。
ほんの僅かな時間で行われた攻防アルタの負けだった。だが、それはすぐに覆った。と言うか無かった事になった。
少し離れたところでアルタの出現、もしくはアルタの奇襲に備える悪魔だったが、悪魔は気付いていなかった。
時間を遡って無傷に戻っているアルタが背後で拳振りかぶっている事に。
悪魔が背後に気配を感じて振り返った時にはもう遅かった。
「【散撃】」
4つ一遍に放たれる拳を防げなかった悪魔は無様に地面を転がりながらサッカーボールようにアルタに蹴り上げられた。
空中に打ち上げられた悪魔。それをジャンプして追いかけるアルタだったが、悪魔の腹部にパックリ空いた大きな口に危機感を覚えたアルタは、【時間歪曲】で再び時間を遡って安全地帯に避難する。
「ハハッ! いい勘してンじゃねェかよ。人間の癖になァ? どうやってそこまで至ったのか教えてくれよォ」
「強制的に従わせて勝手に共有してるからかな」
「……あ? わざわざ気取った言い方してンじゃねェよ。カスの家畜風情が。生意気なンだよ」
「おー怖い怖い。いきなり怒んないでよ。もしかして情緒不安定なのかな? 生まれたての生き物が自我を持ったらこうなっちゃうみたいだね」
悪魔の怒りの琴線に触れてしまったのか、悪魔は怒り始めた。
アルタはそれに対して戯けながら悪魔を挑発する。
「テメェだけは絶対にぶっ殺す」
「僕は君を殺さないよ」
「あたりめェだろォが。お前は死ぬンだからなァッ!」
先ほどと比べ物にならないほど俊敏な動きでアルタぬ接近して跳び蹴りを放つ悪魔だったが、足の裏を掴むようにしてアルタに受け止められてしまった。
危険な状態に陥った事を悟った悪魔は、瞬時に足の裏の口でアルタの掌に噛みついた。
驚いたアルタは放そうとするが、足の裏の口が食らい付いていて離れない。振っても振っても……悪魔を地面に叩き付けても足の裏の口はアルタの掌を放さない。
それから少ししてアルタは何かを体内に流し込まれている事に気が付いた。全身が痺れるようにして感覚がなくなり、ただ痛みだけが伝わってくる。眩暈がするし吐き気がする。金槌で頭を殴られているような激しい頭痛もする。……そして……意識が朦朧とする。
「どうだァ? 俺様お手製の猛毒はよォ? 俺様の猛毒の品質のレビューはあの世でしててくれ。その内、読みに行くからよォ。 じゃあな天国か地獄でも頑張れよ、皇帝様」
そんな悪魔の言葉を最後に呆気なくアルタは意識を手放した。
そして呼吸や鼓動、思考などの生命活動を停止させた。
だが、死んだはずのアルタはすぐに呼吸を始めた。アルタの全身に血が巡る。アルタの思考も再開された。瞼も開く。声も出る。腕も動く。足も動く。首も……全てが元通りだ。体内の毒も除去されている。寧ろ一度死ぬ前よりも体の調子がいいかも知れない。
「うーん……普通の猛毒だね。体内に入ったらすぐに死んじゃう程度の普通の猛毒だったよ。だからこの毒の点数は……百点中……百点ぐらいかなぁ……」
「お前……何で生きてンだよ」
「何でって……そりゃあ死んでないから……いや、生き返ったからだよ」
何でもない事かのように言うアルタ。言うまでもないだろうが、【生物支配】で配下の命を犠牲にして生き返ったのだ。
配下の命を犠牲にする事になんの感情も抱かない。弱いから。一度アルタに屈してしまって弱さが証明されてしまったからだ。
そんな興味の移り変わりが激しいアルタはそのまま言葉を続けた。
「さて、じゃあ続きをしようか。悪魔」
「ハッ! ……いいじゃねェか。上等だァ。お前が死ぬまで何度でも殺し続けてやるよォ!」




