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第260話 折れぬ挫けぬ

 オリヴィア・アイドラーク。

 亡国アイドラーク公国の王妃であり、夫である国王を早くに亡くした悲惨な道を辿る者。


 そんな悲劇を背負うオリヴィアに追い討ちをかけるようにして襲い掛かる息子と娘の失踪。それはアイドラーク公国からミレナリア王国へ逃げる際にいつの間にか消えていた長男と長女の事だ。


 立て続けに起こる家族の喪失。常人なら折れてしまいそうな悲劇の連続だが、オリヴィアは折れずに前を向いて進めた。オリヴィアの支えである家族がまだ一人残っていたから。


 そんなオリヴィアの支えであった最後の家族、フレイア・アイドラークすらもいなくなってしまった。話によれば魔王に攫われたという。


 ここまで悉く自分の家族を失うのは一周回って面白くすらあった。だが、それ以上にこのまま折れてやるものか。と言う強かな意地がオリヴィアに芽生えた。


 だからオリヴィアは全てを賭けて……懸けてフレイアの捜索を実行する。自分に残った屋敷の使用人を全て連れて、屋敷を無防備にしてまで。

 空き巣に入られ、金品を奪われ、亡国関連の情報と言う弱味を握られようとも……全てをフレイアのために捨てて捜索する。


 失ったままではいられないから。死んだとは限らないから。落としただけならまだ拾い上げる事ができるから。


 どれだけ辛い旅路になろうとも、これ以上何も失わずに全てを維持したまま生きる。使用人も誰一人死なせないし、苦労もかけない。全てを上手くいかせて大切な人々を全員幸せにするために。


 強固で砕けない、まさに不壊の決意を抱くオリヴィアはフレイアとその護衛とその護衛の従者を探すために進む。


 フレイアの護衛は神殺しを為せるほどの実力者だ。

 神をも殺せる、まさに無敵の護衛が魔王などに負けるはずがない。


 だからフレイアを守りきれずに魔王に殺されて死んだのではなく、その護衛がフレイアとその従者と共に失踪したのだとオリヴィアは考えていた。


 ……なので実を言うとそこまで焦ってフレイアを捜索しようとはしていなかった。捜索に必死ではあるが、激しい焦燥に駆られているわけではない。

 フレイアの護衛のステータスを実際に目にしたからこそこうして余裕を持てているのだ。口で信頼を勝ち取るより明確な信頼を得られるステータスと言う存在。それは恐ろしくもあり、頼もしくもあった。


「はっ!」


 オリヴィアの一団に接近する魔物が淡い紫色の輝きを放つ剣によって斬り捨てられる。魔力を変質させずに、ただ単に魔力を流しているだけの状態の魔剣。


 それを振るうのは──


「マテウスさん。魔剣と言うものは魔力を変質させないと効果を発揮しないんですよ?」

「知ってる。 けど、切り札ってのは最後まで取っておくものだろう?」

「はぁ……全く……」


 ドロシーは剣を鞘にしまいながらそう言うマテウスに向かって溜め息を吐いた。



 そう。オリヴィアとマテウスとドロシーは行動を共にしていた。


 経緯はこうだ。アルタと秋達が戦闘を繰り広げた王都でマテウスが事後処理に奔走していたところに、急いでいるオリヴィア達と遭遇したのだ。


「あ、確かアキの住んでる屋敷の……」


 そう声をかけたマテウスに反応したオリヴィアはマテウスに近付いて話を聞こうとした。秋達の知り合いなのなら何か知っているんじゃないかと思って。


「あの、クドウ様達がどこへ行かれたかご存じないですか?」

「どこへって……アキがどうかしたんですか?」

「実は──」


 そう言ってマテウスに事情を説明するオリヴィア。オリヴィアが話し終わると、マテウスは資材やら書類やらを投げ捨ててドロシーを引っ張ってきて「早く行きましょう!」とオリヴィア達を急かした。

 戸惑うオリヴィアとドロシーだったが、そんなオリヴィアにマテウスは声をかけた。


「早くアキ達を追わないと!」

「……え……え?」

「アキは俺達の恩人なんです! そんな恩人が危険に晒されているかも知れないのを無視できない! さぁ早く行きましょう!」

「お仕事は……?」

「レイモンドがやってくれるから大丈夫!」


 マテウスの決意の固さを知ったオリヴィアは頷いてマテウスとドロシーと共に歩きだした。オリヴィアは王都から出るまでにマテウスが呟いた一言が気になっていた。「アキのおかげで俺達は結ばれたんだ。だから今度アキの番だ」そんな呟きが妙に頭から離れなかった。


 一方、マテウスに仕事を押し付けられたレイモンド・シルヴェール─マーガレットの父親は文句を言いながらもきちんとマテウスの分の仕事を片付けていた。こんな時にライリーがいればレイモンドの負担も軽くなったのだが、生憎とライリーもいなくなっていたので、レイモンドの悲惨さを加速させていた。



 ミレナリア王国からゲヴァルティア帝国方面に続く街道を逸れて草原を突っ切っていたオリヴィア達。

 なぜ街道を進まずにわざわざ危険な草原を進むのか気になったマテウスはオリヴィアに尋ねた。


「どうしてこんな場所を進むんですか?」

「勘です」

「……はい……?」

「フレイアとクドウ様達はこっちへ向かっている気がするんです」


 オリヴィア達が進むのはミレナリア王国の北方にあるノースタルジア方面だ。途中までドライヤダリスとプミリオネスの間に到着するように進んでいたのだが、途中で進路を変更してノースタルジアへと向かっていた。

 その進路はちょうど、不死者の沼地と龍の里密集地帯の間を縫うような進路だった。


「勘ですか……まぁ……なんの手がかりもないですし、宛もなく彷徨うよりはマシですね」


 マテウスが言う。オリヴィア達は何かの手がかりがあって進んでいるわけじゃないのでこうして勘に頼る必要があった。


「えぇ。それとこれも勘なんですけど、うちの長女もノースタルジアに向かってそうな気がするんですよね」

「他にもお子さんがいらっしゃるのですか?」


 ドロシーの問いにオリヴィアは「そうですね。他にも息子がいます。……実はフレイアは末っ子なんですよ」答える。

 ドロシーはどうして一緒に暮らしていないのかを尋ねたかったが、婿入り嫁入りなどの都合があるし、別におかしい事じゃないと考えてその口を噤んだ。


 話に夢中になっているマテウスとドロシーは近付く魔物に気付かなかったが、その魔物が放った火の球を放つ攻撃は何かに阻まれた。見えない壁にぶつかったかのようにして空中で消滅した。


「マテウスさん、ドロシーさん気を付けてください。ここは魔物は出る場所なんですから」


 ミディアムボブの黒髪と翡翠の瞳を持つ、嘗て【城塞】呼ばれていた女性──リブはマテウスとドロシーを注意する。


「ごめんなさいリブさん……油断してました」

「あ、ごめん。リブ。助かった」


 マテウスは言いながら魔物を斬り捨てた。


「いやぁ……それにしても懐かしく感じるね。リブ」

「何がですか?」

「君とこうして旅をするのだよ。【冒険王】もティオ=マーティもグラディオもいないけどさ。あの時のメンバーがここに三人も集まってるんだよ? いやぁ……色々あったね」


 マテウスが語るのは逃亡者として生きていた時の事だ。それを理解したリブも「あぁー……確かにそうですねぇ……」と空を仰いで大変だった時の思い出に耽っていた。


「お知り合いだったんですか?」

「はい。私とマテウスとリブさん、他にも三人いたんですけど、その六人で……旅をしていたんですよ」


 ドロシーが濁して説明するが、オリヴィアはリブの事情を知っているので意味がなかった。


「あぁ! 話に聞くゲヴァルティア帝国から来た異世界人の方々ですか!」

「知ってるんですか?」

「えぇもちろん。リブさんの目を見て聞きましたからね。なるほどそうでしたか。うふふ、再会できてよかったですね」


 事情を話そうとしなかったリブに【看破】を使っていたオリヴィアは瞳を覗き込んで事情を把握していた。

 これが【看破】の怖いところだ。相手が語らずとも瞳を覗けば覗くほどに相手の事を見抜いて知る事ができるのだから。本人が気付いていない本性にも、その人が心に負ったトラウマも、何も聞かなくても覗くだけで全てを看破してしまう凶悪なスキルだ。


 マテウスとドロシー、リブが思い出話に花を咲かせている様を眺めるオリヴィア。その表情は優しいものだった。【看破】なんて言う恐ろしいスキル持っている人間の目ではなかった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 エルフ外交的な種族へと変えると言う目的を抱いているエルサリオン。そのエルサリオンは秋との【契約】を破ってしまったために酷い目に遭っていた。救世主との契約を破ってしまった事の代償は大きく、エルサリオンは不利な状況に追いやられていた。


 エルサリオンに与えられた代償は、逃げ隠れができなくなると言うものだった。ある人物がエルサリオンを探そうすれば、その人物の脳内にエルサリオンの居場所が浮かびあがるのだ。


 なのでエルサリオンからすればなんの代償も与えられていないように感じられるのだが、異常なほどにに追っ手に見つかるので、エルサリオンは運が悪くなると言う代償を与えられたと勘違いしていた。


 そんな目的への活動に致命的な支障をきたす代償を与えられたエルサリオンは自分の味方である弟──サリオンを使って地道に準備を整えていた。


 ここはエルサリオン達の拠点だ。と言ってもまたすぐに見つかってしまうので放棄しなければならないのだが。


「さて、また拠点を変えたところで作戦の確認だ。サリオンはいつも通りで頼む」

「俺は今まで通り、エルフ達を説得して仲間を増やしておけばいいのだな?」

「そうだ。そしてディニエルの班は次の拠点をたくさん用意しておいてくれ。俺には不幸の呪いがかけられているからな。どうせまたすぐにバレる」

「……うん」


 ディニエルは陰気な雰囲気の口数が少ないエルフの女性だ。ハイ・エルフではない、普通のエルフだ。


「マグロールの班はその拠点の防衛を頼む」

「うっす」


 マグロールはやる気のなさそうな男性だ。ディニエルと同じくハイ・エルフではない普通のエルフだ。


「ダイロンの班は俺の居場所をみんなに伝えるのを頼む。不幸の呪いをかけられてるから常に移動し続けなければならないんだ」

「はい」


 ダイロンは眼鏡をかけた髪の長い男性だ。こちらはディニエルやマグロールと違ってハイ・エルフだ。


 ディニエル、マグロール、ダイロン。この三人が従えるのはそれぞれ三人ずつのエルフ達だ。サリオンが頑張って説得した結果である。エルサリオンが革命を起す事を決めて二週間近く経っているが、かなり早いペースで集まっていると言えた。


 エルフは変化を好まない保守的な種族だ。そんな長年外との関わりを断ってきたエルフという種族の心を動かすのは簡単ではない。

 それがたったの二週間で12人も集まった。ディニエルとその配下の三人、マグロールとその配下の三人、ダイロンとその配下の三人の12人だ。サリオンを含めば合計で13人ものエルフが集まった事になる。


 だが、それでもエルフ全体を変えるのはまだまだ叶わない。たったの13人で一つの種族を動かすのは不可能だからだ。


 居場所が貼れてしまう代償を背負ったエルサリオン。エルサリオンを追うエルフ達は今まで勘でエルサリオンの居場所が分かったと思い込んでいたが、漸く最近エルサリオンを発見できる力を得た事に気が付いた。


 更に悪くなるエルサリオンの立場。仲間も少ない。

 詰みのように思えるが、世の中何があるか分からない事をエルサリオン知っている。人間か魔物かも分からない生物が現れてエルフ国へ入ってくる事もある。

 だからエルサリオンはその予想外が良い方向で表れる事を願って……諦めない。最後まで諦めない。決意を抱いて。


──無駄に資源を食い潰す世界の穀潰し。


 そんな不名誉な呼ばれる方をされないためにも。

 エルフの名誉のためにも、エルサリオンはエルフを変えるのだ。例えそのせいで罪のないエルフが欲深い人間の魔の手に掴まれようとも。

 革命に犠牲は付き物だと己を納得させて。


 エルフの未来のためにエルサリオンは革命を起こす。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 くり貫かれた窓のような場所から空を見上げるフェニル。心ここに有らずと言ったような表情をしている。


 そんなフェニルの肩がちょんちょんとつつかれた。


 それに反応して振り返るフェニルが見たのは目元を真っ赤に腫らしたアレゼルだった。だが不思議と不細工ではなかった。


「アレゼル、あなた、何て顔をしているんですか?」

「一種のお化粧ですわよ」


 すぐにアレゼルから目線を外して言うフェニル。その何気ない仕草で傷付くアレゼルだったが、何でもない事のように戯けて返す。


「そうですか。 それで、何の用ですか?」

「仲直りがしたいんですの。あんな酷い事を言っておいて虫の良い話だとは思いますけど、わたくしはフェニルと仲直りがしたいんですの」


 アレゼルが俯きがちに言う。一瞬靡きかけるフェニルだったが、ここで靡いてしまえばそれこそ終わりだと思って堪える。そこに余計な意地があったのも事実だ。


「受け入れてもらえるとは思っていませんわ。ただ、わたくしとフェニルを陥れたあいつに復讐でもしたいと思いますの。それだけで良いんですの。……どうかお願いしますわ」

「……復讐を遂げたらどうするんですか?」


 目線だけをアレゼルに向けてフェニルは問う。


「フェニルの言う通りに生きるつもりですわ。関わるなと言われればそうします。国から出ていけと言うのであればそうします。死ねと言われればそうします。 ……フェニルのいない生活で意思を持って生きていけそうにないんですもの」

「そうですか。じゃあ──」


 失望したように目線を戻すフェニルだったが、アレゼルが続けた言葉でその動きを止めた。


「ですが……わたくしとしては今まで通り……いえ、今まで以上に仲の良い友達として一緒に生きたいですわ」

「私と?」

「はい。わがままなのは承知してますわ。ですけど、どうしてもわたくしはフェニルと生きたいんですの」


 フェニルは黙って前を向く。だが、その目線の先にあるのは覆われた空ではなく、正面だ。正面も土ではあるのだが、それでもフェニルは正面を見据えている。


「分かりました。なら私の言う通りに生きてくださいね」

「……! もちろんですわ!」


 なぜか嬉しそうに返事をするアレゼル。無視されなかった事が、一緒にあいつに復讐できる事が、フェニルに認めてもらえた事が嬉しかったのだ。


 フェニルとアレゼルは並んで歩く。歩く歩幅が同じなのは長年の付き合いがあったからだろう。意識せずとも足並みは揃っていた。


 城を出て向かうのはフェニル部屋ではなく、二人を陥れたあのハイ・エルフの女性の部屋だ。

 部屋にいればそのまま襲撃してボコボコにして拉致して静かな場所でたっぷり恨みを晴らす。部屋にいなくても扉の陰から飛び出して拉致して静かな場所でたっぷり恨みを晴らす。


 アレゼルはそう考えていた。それだけで済ますつもりだった。


 しかしフェニルはそれに加えて、自分にされた事と同じ事を体験させようとしていた。

 だが少し違った。ハイ・エルフの女性と結婚させるのは男性だ。異性愛者のフェニルが同性愛者と結婚させられたのだからその逆にしないと御褒美になってしまうからだ。

 そうして異性と結婚したからそう言う事もできてしまうのだ。その結果である愛の結晶も最後まで責任を持って育てさせる。

 フェニルは自分が体験した以上の酷い目に遭わせようとしていた。


 だが仕方ないだろう。これは復讐だ。報復ではない。規模が違ってしまうのは仕方ない事だと言えた。


 そうして二人は城を出て精霊樹を移動して復讐対象の家へ向かう。だが、その道中で酷いものを見た。

 精霊樹の内部で、晒し者にするかのように吊るされたそれを見た。


「あ、あれは……ナルルース……?」


 フェニルが言う。ナルルースとはフェニルとアレゼルを陥れたハイ・エルフの名前だ。フェニルを脅して娶り、精霊樹の木の実を使って子供を産ませたハイ・エルフだ。


 それが全裸に引ん剥かれ、両手両足を縛られて、首から『私はオークの餌です』と書かれた看板を提げて、自宅の屋根の上から吊るされていた。



 すると、唐突にアレゼルが笑いだした。それはもう、今までの上品な口調でつけられた貴族のイメージ崩れるほどに、大声で楽しそうに。

 釣られてフェニルも笑いを堪えるように笑いだした。


 見れば周囲のエルフ達も指を指して笑っている。

 スタイルのいい女性があられもない姿を晒していると言うのに、邪な考えを抱く者はいなかった。ナルルースはそれほどにみっともない姿を晒していた。


「~~~っ! も、もういいです……ふ、復讐なんてしなくても……っ! これで十分ですよ……ぷ……ぷぷ……」

「あはははは! ふふふ……あは、あはははは! わ、わたくしももう良いですわ~!」


 そうして一頻り笑いあったフェニルとアレゼル。

 そしてお互いに向き合う。復讐しないのならどうするか? と言う話だ。


「もういいですよ」

「え?」

「もういいです。アレゼルを赦します。さっきのを見てたら、うじうじしてるのが何だかバカらしくなってきましたもの。それに、悪いのはアレゼルじゃなくてナルルースですしね。ごめんなさい。八つ当たりをしてしまって」

「そんな事ないですわ。わたくしがフェニルが目を付けられる原因を作って、そしてフェニルの傷口を抉ったんですもの。わたくしも悪いんですわ。ごめんなさい」


 吹っ切れた二人はその流れでお互いの非を認めて謝り合う。


「じゃあお互い様と言う事でどうですか?」

「えぇ。そうしましょう」


 二人は笑いあって握手をする。石のように固い握手だ。


「……そう言えば誰がナルルースをあんな目に遭わせたんでしょうか?」

「あぁ、えぇっと……アキさん? でしたか。 あの方がやったのだと思いますわよ。あの人、私達の喧嘩を最初から見ていたそうですから。あの人なりの恩返しなのだと思いますわよ。あの時、唯一フェニルだけがあの人を庇ってあげてたんですもの」

「えぇ!? 気付きませんでした。……しかし、そうですか……恩返しですか。ふふ、明らかに貰いすぎですから今度合ったらお礼をしませんとね」


 その秋は今日中にエルフの国を出てしまうのでそんな機会がないことを知らないフェニルは呑気に言う。


「あ、そうでしたわ。復讐を遂げれていたらフェニルはわたくしにどんな言う事を聞かせるつもりだったんですの?」

「ん? 一生私の友達でいて、って言うつもりでしたよ。復讐だけして終わりじゃなくて、まだ私と友達でいたいって思ってるみたいでしたから」

「そうだったんですのね……」


 嬉しさを堪えきれずニマニマしてしまうアレゼルだったが、フェニルは気付いていなかった。


 アレゼルは思う。


 もう二度とフェニルを傷付けないと。

 あれほどにフェニルの心を深く抉ったわたくしを赦してくださったのですから、と。

 折れなくてよかったと。


 傷付けてしまえばもう次はないのだから。折れていれば今のように並んで歩く事など二度となかったのだから。


 そして感謝する。友人を失った悲しみで陰鬱とした気分でいたわたくしを笑わせて慰めてくれた秋に。笑わせるつもりがなかったのは理解しているが、それで救われたのは確かだ。偶然でもなんでも感謝するべきだと思う。


「ねぇアレゼル、アキさんにどんなお礼をするべきだと思います?」

「そうですわね……」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 フレデリカ達七人が見向きもせずに通過した『千剣の霊峰』


 その千剣の霊峰には大昔から『剣神』が住むとして近隣の村や町に住む者達から神聖視されていた。


 剣神とは言っても本物の神ではない。千の剣を使い、千の剣を叩き折った伝説を持つ、そんな剣の神の如き剣技を使う事からそう呼ばれているのだ。


 剣神は全ての生物に課せられた試練だと言われており、剣神を打ち負かす事ができた者は世界を救う救世主として扱われる。亜人でも魔人でも、果ては魔物までもが【勇者】や【賢者】のように大事な存在として扱われる。


 なぜ剣神そのものがそう言った扱いがされないのかと言われれば、それは剣神が人格破綻者で、正義を振るう人間に必要なものが欠落しているからだ。




 そんな剣神が剣神と呼ばれる以前の話だ。


 当時、子供だった剣神はとんでもない悪童だった。親を殴り蹴り、兄弟をも物のように扱う。近隣住民の家の硝子を破壊したりその家の柱を折って倒壊を招いたり、ムカつく人間は徹底的に追い詰めて最悪の場合には精神崩壊まで追い込んだ。


 とても子供のする事ではないし、悪童とか言うレベルではない。


 そんな好き放題できる子供時代を送れていたのにはわけがあった。


 剣神は周囲の子供から……大人からも逸脱した強さを持っていたからだ。所謂、神童だ。大人が力でも勝てないような異質な子供になんかには誰も手が出せなかったのだ。……まぁ、悪行を注意はされるのだがそれも優しくだった。

 何の取り柄もない貧相な小さな村では神童だと言うだけで剣神の罪は帳消しになっていた。厳密には帳消しになったのではなく、黙認されているだけだが。


 その後、大人になって人が変わった剣神はそんな今までの自分勝手な行動を恥じた。剣神は少しでも償うために大きな街へ出て騎士やら冒険者やらとして目覚ましいほどの活躍をし、貧しい村の人々を金銭的に助けていた。


 だが、幼い頃の剣神の悪行を知っていた大人達はそれを受け取らずに捨てていた。また難癖を付けられて酷い目に遭わせられるんじゃないかと考えて。

 剣神は時々村に帰っていたが、一向に暮らしがよくなっていない村の人々を見てそれを察していた。


 剣神が去って訪れた幸せを謳歌していた村は、すぐに土砂崩れにのまれて滅んだ。元々立地が悪かったのだ。


 それを村に帰って最初に知った剣神は無心で土を掘り起こした。幸い、力だけは強かったので、普通に土を蹴れば地面は簡単に抉れた。なので掘り起こしは簡単だった。


 ボロい家屋は無残にバラバラに。

 人間は土に埋もれて歪な体勢で顔を歪めながら死んでいたり、土に潰されて全身が複雑に折れていたりと村人は全員が酷い死に方をしていた。


 何もかもが潰れてバキバキに折れ曲がった世界だ。

 そこで折れていない物を見たくなった剣神は、村の残骸を漁り始めた。目につくのは剣神が送った大量の金銭の数々。自分の行動のせいで最後まで誰にも信じられていなかった事実が剣神の心を酷く傷付けた。自業自得なのは理解しているが、それでも傷付けた。

 そうして唯一折れていなかったのは、自宅から見つかった家宝の剣だった。……もし、これが見つからなければ剣神の心は折れていた事だろう。


 これ以来、剣神は剣にのめり込むようになっていった。自分がどんな扱いをしても全く折れない剣が自分を認めてくれているような気がして。

 だから剣神は心に空いた虚無を埋めるように、やがて物足りなくなっては、物足りなくなっては、自分が家族や他の村人に送った金を握って街で剣を買った。そうして今まで買った剣は万を越えるだろう。


 そんな剣神だったが、とうとう家宝の剣が折れた。


 まぁ何十年も経てば折れるよなと、その時は思って素直に諦めた。だが、それを皮切りに剣はどんどん折れていく。古い新しいを問わずポキポキポキポキ折れていく。


 そして残った剣はちょうど千本だけだった。


 剣神はその剣だけが自分の心の支えだと思い、その剣を大切にして生きた。今まで誰一人……何一つ大切にできなかったから、その穴を埋めるように……鞘に剣を納刀するが如く。


 そうして剣と生きている内に自分が老いていない事に気が付いた。その事には特に何も感じなかった。明らかな異常事態だが、剣だけが全ての剣神にとっては些末な事だった。


 やがてそうしている内に、時折山に訪れる人々からは土地神だとか呼ばれるようになった。それもそのはずだ。剣神がこの滅んだ村にいると、山の周囲で起こっていた土砂崩れがぱったりと収まったのだから。


 そしてその土地神と言う呼ばれ方が歪んで歪んで歪んで、現在の剣神と言う呼び名が定着していた。


 剣に憑かれた哀れな人間……それを剣神と崇めてそれに挑む人々……なんと歪な事か。だが、いくら神と崇めようとも、崇められようとも、剣神が犯した過去の罪は流れない。故に剣神は救世主として扱われない。


 悔い改めて永遠の牢獄で生きているが、何をしようとも一度背負った罪は背中に張り付いて離れない。


 剣神を打ち負かすと世界を救う救世主として扱われる理由は、単純に永遠を生きて研鑽し続ける人間を負かせる程の強さを持っているから。


 しかしその本質は、周囲の人間を無自覚に不幸にしてしまう『疫病神』と言う強力な悪を負かせたから。それが為せたから救世主として扱われるようになるのだ。


 そんな扱いを受けようとも、剣に憑かれてしまった剣神が折れる事はなかった。

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