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第257話 組み伏せ、撃ち抜き、叩き潰す

 アルタは惨状が広がる国を放って各地を放浪していた。

 目的は、多くの生物を支配して自分のステータスを強化するためだ。

 そのためには国なんて言う世界全体から見れば狭い場所に籠って少しずつ力を蓄えるより、世界と言う広い場所を放浪して強そうな魔物や人間を支配するのが手っ取り早いと考えたのだ。


 アルタが力を求める理由には明確で強い意思などはないが、自分の在り方的に強くなければならないと考えて力を求めている。


(【魔王】なんてのが存在するんだから、【勇者】とか【賢者】もいるんだろうなぁ……うん……うん……面白そうだ。敵対して愉快に熱く踊ろうじゃないか)


 アルタは勇者と賢者との戦いに期待をしていた。愉快な戦いに、パーティーに胸をときめかせていた。


(僕の物語をもっと面白く、勇者と賢者の物語ももっと面白くするためにも、頑張って強くならないと。 僕の物語と、勇者と賢者の物語。どっちが強いんだろうなぁ……)


 物語の強弱と言う独特の思考をしながらアルタは自分が支配した赤龍に騎乗して地上を見下ろす。

 強い生物を探すならこうして上空から探す方が早いと考えたからだ。アルタの視力ではここから地上まで届かないが、【遠視】を使えば別だった。


「あそこに結構強いのがいるから降ろして」

「了解」


 赤龍はアルタを乗せて降下する。

 今日、何度目になるか分からない生物の支配作業。そんな作業に一々余計な感情を抱かないアルタは、生物の自由奪うと言うのに軽い気持ちで臨む。


 雪が溶けつつあるその山に降り立ったアルタは、道草を食わずに真っ直ぐ目的の生物の元へと歩みを進める。


 魔物が疎らにいる湿った洞窟。恐らくこの洞窟つい最近まで雪や氷を残していたのだろう。


 地球で言えば春もとっくに終わって、梅雨も明けて夏になっている頃だと言うのに漸く雪や氷溶けている。

 その事を不審に思いながらもアルタは警戒する素振りも見せずに洞窟を進む。そしてそれに追従するのは、どこから現れたか分からない、赤髪赤目で赤い衣服に身を包んだ赤い尽くしの男だ。


 二人は二股の槍のような亀裂……形としては『さすまた』が近い。 そんな亀裂が入った道を越え、その先にある扉の前へと辿り着いた。


 この扉の内側に目的の生物がいる。


 アルタは無遠慮に扉を開け放って、先手必勝とばかりに中にいた生物へ襲い掛かった。抵抗する間も無く組み伏せられる生物。その体は冷たい。氷のようだ。……と言うか氷そのものだ。


 俯せになるように組み伏せられ、アルタにのしかかられている氷の女王──レジーナ・グラシアスは口を開いた。


「そんな荒業にでずとも、既に手負いであった私には何の抵抗できませんし、そもそも反抗の意思はありませんよ」

「そうなの?」

「もちろんです。部屋の外から近づいて来る、魔物よりも禍々しい気配。それを目にして反抗しようとは思いません。普通は」


 こんな物々しい状況だと言うのにも関わらず、それにそぐわない穏やかな会話が繰り広げられる。


「それで、いったいどう言う事なのでしょうか……あの方からも気配がしたと言うのに、あなたからも……?」

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。……それで、私はあなたに仕えればよいのですよね?」

「そういう事。やけに物分かりがいいね?」

「それが私の役目ですから。決して朽ちる事のない……不朽の氷である私の」


 誇らしげであり、どこか悲しそうな雰囲気を漂わせるレジーナに尋ねるアルタ。赤髪の男はそれを静かに見守っている。


「君は死なないの?」

「えぇ。例え真っ二つにされようとも、全身を蒸発させられようとも、近くに雪や氷があればそこから復活できるんですよ。早く死んでしまいたいと言うのに」

「へぇ……僕が生き返るために命を犠牲にしても復活できるのかな……?」

「よく分かりませんが、多分平気ですよ。どんな死に方でも復活できましたから」

「おー、ならとても心強いね。使える命が多いに越した事はないからね。……ふふ、あははは面白いねぇ……異世界は。変なもので溢れててさぁ」


 既に【生物支配】でレジーナとステータスを共有しているアルタは恍惚とした表情でそう笑いながらレジーナの上から退いた。赤髪の男はそんなアルタに対して何も言わず、主人の側に佇む執事のようにして立っていた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ゲヴァルティア帝国、貴族街へと続く門の下。


 マーガレット、ラモン、エリーゼは騎士と交渉していた。「開けてくれ」「それはできない」「どうしてだ」「貴族街は貴族の街だ。薄汚い平民が立ち入っていいところではない」……そんなやり取りを毎日のように交わしながら三人は計画を練っていた。


 ここ暫くこうして帝国にとどまっていたが、なんの進展もなかった。その果てに辿り着いた解決策は最初にマーガレットが言っていた、門を破壊する、と言うものだった。

 秋達を追わねばならない、だが困っている人々を放ってはおけない、だが早く追わねば追い付けない、だが問題は解決していない、できない……そんな思考の果てに辿り着いたのがそれだった。


 そんな解決策を実行するために、バレずに行動して穏便に帝国を去るための計画を練っているのだ。騎士に毎日尋ねるのは念のためだ。貴族達の考えが変わって平民を受け入れてくれるかも知れないと言う淡い希望からこうして行動していた。


 実際のところ、貴族の一部は平民を受け入れたいと思っているのだが、頑なに首を縦に振らない貴族もいるし、そもそもそれを決める皇帝がどこかへ行ってしまっているのだから、皇帝が全てなこの国では現状がどうにもならないのだ。

 なのでマーガレット達が選んだ選択は正しかったと言える。アルタは相当な事がない限りゲヴァルティア帝国に戻るつもりはないのだから。




 そうして考えた計画は正面突破で一瞬で壁を破る事だ。頭脳派のエリーゼがいながらこんな危険な計画を選んでしまった理由は、貴族街側から攻撃を仕掛けたりしようにもそもそも入れないのでこうして正面突破するしかなかった。もちろん、騎士の気を引たりしてできるだけリスクは抑えるつもりだがそれでも限りなく面倒な事になる可能性は高い。

 だが、もうモタモタしてられない。ティアネー達が先に向かったが、それでも、これを手っ取り早く片付けて後を追わねばならない。何の手掛かりもないアデル達の捜索より、多少の手掛かりがある秋達を追わねばならなかった。そして秋達を見つけ出し、秋の力でアデル達もさがすのだ。だからどうしても秋達との間に差が開くのは避けたかった。


「計画通り私とラモンが騎士達の気を引いておく。その隙にエリーゼはあの丘の上から門を吹き飛ばせるぐらいの魔法を撃ってくれ」

「…大変だろうけどお前にしかできねぇんだから頼んだぜ」

「もちろんですわ。任せておいてくださいまし!」


 そう交わして三人はそれぞれの役目を全うするために行動し始めた。マーガレットとラモンは門の前に立っている二人の騎士を「大変だ!」と言って連れ出す。エリーゼは遠く離れた丘の上へと走る。


 ラモンの言う通りこの作戦はエリーゼの負担が大きい。遠く離れた丘まで走り、丘を駆け上がって、集中して魔力を集めてあの門を丁度撃ち抜くように狙って魔法を放たなければならないからだ。どれだけ体力を消耗するかを考えればエリーゼの負担の大きさが分かるだろう。


 それでもエリーゼは嫌がる事なくそれを受け入れた。


 ……と言うのも、エリーゼは常に自分の無力さに悩まされていたからだ。

 ダンジョン攻略でも安全な後方から魔法を放っているだけで、マーガレット達のように危険と対面しながら戦っているわけではない。後方からの支援が大切なのは十分に理解しているのだが、それでも安全圏から攻撃しているだけなのがもどかしかった。


 だからこうして自分を計画の要としてくれるのが嬉しくて断る事ができなかった。役に立ちたい、役に立ちたい……そんな願いがエリーゼに拒否権を捨てさせるきっかけとなった。


 だからエリーゼは走る……駆け上がる……心臓を止めるかのように強引に息を整えて集中する……狙いを定める。


 あまりの順調さに、ガラにもなく気分が高揚している。唇の端はプルプルと震えて今にも笑ってしまいそうで、目尻も上がってにやけてしまいそうだ。

 普段のエリーゼからは想像できない表情をしている。


 それが原因だったのだろう。

 エリーゼは後ろから近付く人物に気付けずにまんまと背後を取られてしまった。……だが、その人物は何をするでもなくそうして佇んでいた。


 やがて、エリーゼが極限まで集中して魔力をかき集めた火炎弾が放たれる。それは貴族街と平民街を隔てる門に直撃して爆発する。門が跡形もなく消し飛んだのは明らかだった。


「ほっほっほ、まさか本当に門を破壊するとは思いませんでしたよ」


 声にハッとして振り返ればそこにはあの時の老人が立っていた。


「いつから……いえ、どうしてここに?」

「……ほっほっほ、ここは散歩する時にいつも通る場所なんですよ。そこで激しい魔力の流れを感じたので来てみれば……と言った具合です。つまりは偶然と言う事になりますかね?」

「……それ、嘘ですわよね? わたくしがここに来た時には確かに周囲には誰もいませんでしたもの。……辺り一面青々と茂る草花だけでしたわ」


 エリーゼが鋭い目付きで老人を睨む。怪しい……素直に本当の事を言わずにこうして嘘を吐いた事が。こんな場面で嘘を吐く理由として考えられるのは、油断させておいて不意打ちをする……と言うような事だが、それだとなぜ声をかけたのかが分からない。

 何を考えているのかが分からないのが余計に老人の怪しさに拍車をかけていた。


「ほっほっほ、流石にバレますか」

「あなた……いったい何者ですの?」

「……私の正体を明かすには時期尚早と言うものでしょう。……そうですなぁ……あなた方が探し人と再会できた時にでも、また今のようにどこからともなく現れて私の事を話しましょう。……では、そういう事ですので、また会いましょう。旅人殿」


 ヒラリと手を振って丘を下りていく老人。暫くして老人が去っていった方へ歩いていくと、そこには既に老人はいなかった。

 その先にあるのは草原だけで遮蔽物などないと言うのに。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 マーガレット達と別れたティアネー、ライリー、ジャンク、グリンの四人は街道を進む。秋達と違ってエルフの国─ドライヤダリスで数日を過ごさず、ドワーフの国─プミリオネスへも寄らなかったし、龍の里へも寄らなかったので秋達よりも先に進んでしまっていた。

 だが、その向かう先は同じで、四人は知らないが、アケファロスとジェシカの故郷である国の──ノースタルジアと言う国だ。


 この国は王国や帝国、共和国などにあたらないもので、政治体制もその時その時で異なる。

 例えば王の息子、または娘がそのまま王へとなったり、時には国民から選ばれて王になったりと、色々適当な国だ。ノースタルジアは認めていないが、他の国や人々からはその時に体制に合わせて王国や帝国、共和国などと呼び方を変えられている。ちなみに現在はノースタルジア王国と言うべきだろう。


 そんなノースタルジア王国へ向かう四人。

 その道中で厄介事に巻き込まれそうになっていた。


「くそっ! 死ね! 死ね!」

「早くお逃げください!」


 そう言うのは魔物と戦う騎士だ。騎士が護衛する馬車は街道のはずれからやって来た魔物に襲われているのだ。


「できません! こんな私に仕えてくださっているあなた達を見捨てて逃げるなど……! ……私には……っ!」


 馬車から騎士に返すのは、馬車の窓から身を乗り出す、純白のドレスに身を包んだ美少女だ。歳は14から18と言ったところだろう。

 桃色の髪に、紫色の瞳。騎士を失う事の悲しみによって熱くなっているのか、その白い頬は朱色に染まっている。


「姫様を失ってしまえばどの道我々は責任を問われ、無能のレッテルを張られたまま苦しく生きていく事になるでしょう! 本当に我々に感謝しているのなら、このまま逃げてください!」

「で、ですがっ……!」


 少女が考える間にも騎士達は傷を追っていく。……中には足を落として、地面に座り込みながら出鱈目に剣を振るっている者もいた。


 もし自分犠牲になって騎士が助かっても、部位を欠損した者はもちろん、無傷の者ですらまともに生きていけない。王族を守りきれなかった事はそれだけ重い事だ。世間からは白い目で見られ、一生無能として働き手もみつからず朽ちていくだけだ。なら、いっそ……


「…………わ……分かりました」


 そう考えた少女は苦々しい表情で決断をした。別れは笑顔で……それが少女の別れに対する意識だった。今にも笑って泣き出しそうなグシャグシャな、そんな悲痛な顔をしている。

 少女を乗せた馬車は徐々に速度を上げてその場を去っていこうとしている。それに安堵の笑みを浮かべた騎士達の戦意はだんだんとすり減っていっていた。



 なんたる醜態。時間稼ぎの囮としてここに残っているのに生きるのを諦めてどうするんだ。せめて一匹でも多く減らして危険を少しでも減らすのが騎士の役目だろうと。


 見兼ねたライリーは騎士達と魔物の戦闘に飛び込んだ。今までは余所の国の事だからと、他国の騎士であるライリーは手出しを控えていたのだが、弛んでいる騎士を見て許せなくなったのだ……騎士としての在り方を軽んじている出来損ないの騎士が。


「甘いぞ! まだ馬車が近くにいるのに諦めてどうするっ!」

「おい、ライリー! 勝手な事をするな!」

「弛んでいるのだから仕方ないだろう!」

「知るか!」


 ライリーに続いてジャンクも飛び出し、それに続いてグリンとティアネーも戦いに加わった。


「あ、あなた方は……?」

「うるさい、喋っている暇があれば手を動かせ軟弱者」


 ライリーだけでなく、ジャンクもグリンもティアネーも戦いに加わった事により、あっという間に魔物達は全滅していた。死者はライリー達が戦いに気付いて加わる以前からいたが、それでも最小限に抑えられただろう。


「はぁ……生き残れた…………あの、ありがとうござ──フガッ!」


 ライブはお礼を言おうとした騎士の後頭部を掴んで顔面を地面に叩き付けた。ライリーに叩き潰された騎士は気を失っているが、生きてはいるのでティアネーが治療する。ライリーのいきなりの凶行に流石のジャンクも面食らってしまうが、すぐに気を取り戻してライリーを宥める。


「離せジャンク! こいつは騎士を舐め腐っている!」

「どこがだよ」

「相手への礼より先に自分の安全を喜んだところだ! しかも主人のために命を捧げる決意をしておきながらだっ! 情けないったらありゃしない! ……私が根性を叩き込んでやるっ!」

「落ち着けって」


 それから暫くガウガウ吠えて落ち着かなかったライリーが漸く落ち着いたところで、ライリーによる騎士達への説教が始まった。


 見も知らぬ相手に説教されるなどと、納得いかない様子だったが、相手が恩人である事や、騎士としての在り方の演説に心を打たれてしまって、騎士達は結局ライリーの騎士としての在り方の講義に聞き入ってしまっていた。


 気付けば、騎士達の安否を確認するために大勢の騎士を連れて帰って来た少女が少し離れたところに立っていた。


「──だから騎士は…………あ…………申し訳ございません!」

「いえいえ! 騎士様の心構えなどを知らない私ですら聞き入ってしまうほどの良いものでした、ありがとうございます。 ……私の騎士達を助けて下さってありがとうございました……!」


 そう言って頭を下げる少女に頭をあげさせるライリー。どうやらこの少女は姫らしいので、簡単に頭を下げさせるわけにはいかなかったのだ。それも他国の騎士ごときを相手に。


「そうだ! お礼をしたいので私の住んでいるお城までいらしてくれませんか?」

「え……いや…………分かりました」


 王族の申し入れを断る事ができなかったライリーはそれを受け入れてしまった。ジャンクやグリン、ティアネーが喚いているが……これは仕方ない事だったのだ。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 赤い髪の女性は、赤い髪の女の子と手を繋いで歩く。

 二人は親子である。顔付きも似ていて女の子は将来、母のような美人になるであろう事が窺える。


 仲睦まじいやり取りを繰り広げながら歩く。

 幸せそうなやり取りだ。 だが、二人の現状は幸せとはほど遠いものだった。母国……いや、祖国は滅び、娘以外の家族とも離ればなれになった。

 夫や娘以外の家族と離れる道は自分で選んだものだったのだが、娘はともかくその夫も失踪してしまった。


 現在生存している事が分かっている肉親はここにいる娘と兄だけだ。


「お母様、次はどこを探すの?」

「そうね……じゃあ、ノースタルジアに行きましょうか」


 二人が歩くのは街道を逸れた場所にある、アンデッドが蔓延る……不死者の沼地と言う場所だ。エルフの国─ドライヤダリスから不死者の沼地を突っ切ってノースタルジアへと向かっている。


 襲い来るアンデッドは全て組み伏せ、撃ち抜き、叩き潰して進む。アンデッドが蔓延るこの沼地を突き進むのは並大抵の騎士や冒険者でも難しい。ここに出現するアンデッド自体が強い事もあるが、アンデッドに噛まれてしまえばアンデッド化してしまうからだ。


 だが、だと言うのに赤髪の親子は苦もなく進む。人を変えてしまうアンデッドを恐れず進む。


「ハル……元気にしてるかな?」


 少女が言うのは、お互いが4歳の頃に出会った少年の事だ。出会ったきっかけは思い出せないが、室内で初めて出会ったのは覚えている。

 紅茶と珈琲のいい香りが漂う室内で、魔道具による明かりに照らされて、一本の光の筋に浮かぶ黒髪で黒目の少年。


 穏やかで平穏な雰囲気を醸し出していて、とても優しそうな目をしていた。暖かい環境で平和に暮らしてきた人間の目。世の中の汚点や穢れを知らない純粋無垢で清浄な人間。


 自分の母国が滅んで大変な暮らしをしている中、その人生で初めてできた友達。今までは少女の立場も相まってそんな関係の人間はいなかった。

 だが、幸か不幸か母国が滅んでからそれが一変した。喜ぶべきじゃないのだろうが、それでも初めて友達ができた事は喜ばしい事だった。


 少女は気付いていないが、人間とは自分に無いものを欲しがるもので、平和な暮らしをしている『ハル』を羨んでいた。そしてそれは歪むようにして形を変え、嫉妬へと変わった。それも醜い嫉妬だ。


『私が苦しんでいるのに平和でいるなんてずるい』

『私と同じ子供なのにどうして』

『私も平和な暮らしがしたい』

『ずるい……ハルだけ幸せな暮らしをして』

『私も欲しい』

『欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい──』


 中途半端に仲良くなってしまった事や、友達との付き合い方が分からなかった少女は友達である『ハル』に嫉妬してそんな感情を抱いてしまった。

 相手に悪意があるわけではないのは分かっているが、だが辛い環境におかれている自分と平和な環境におかれている友達を比較してしまえばもうそんなのは関係なかった。


 そんな、どちらかと言えば『嫌い』と言う部類に入る友達の事が気になって会いたくなったのには理由があった。


 少女は自覚して受け入れたのだ。


 長い旅路の中で考えるのは唯一できた友達の事だ。 いくら『嫌い』と言う感情が強くても『唯一』と言う言葉が付けば考えざるを得なかった。そうしてずっとと言っても良い程、友達の事を考えている内にやがて自分の醜い嫉妬心を自覚して改めた。「私、友達に対してなんて事を……」と。


 その頃には自分の不遇も受け入れていた。と言うかいつの間にか受け入れていた。原因は旅には慣れたからだ。適応してしまえば、もう旅は辛くなかった。ぶっちゃければ自分のおかれた環境は辛いものではないと刷り込まれていたようなものだ。それに伴い、過去の辛い暮らしも記憶からは抜け落ちていた。つまり、この刷り込みは改竄とほぼ同義だった。


 醜い嫉妬心を自覚する前に、不遇を受け入れて適応していた少女が何を考えるか。


 それは『私も平和な暮らしを送っていた癖にどうして……』と、自分を悪者に仕立て上げる事だった。『辛い暮らしは辛いものではなかった』と刷り込まれて改竄されていた少女はそう考えた。

『謝らないと……ずっと無愛想な態度をとっていた事を……ずっと憎まれ口を叩いていた事を……ずっと酷い事を言っていた事を……ずっと──』


 そう。 少女が少年に会ってまずしたい事は謝罪だ。少年に会う目的も謝罪だ。会ってから何をして遊ぶかや、会話なども一切考えていない。ただただ謝りに行くだけだ。


 ここだけの話、その少年の初恋の相手はこの少女だ。

 そんな初恋の相手が自分会いに来た理由が謝るためだけで、遊ぶつもりも会話する気もないと知ったらどう思うだろうか。

 きっと深く傷付き悲しむ事だろう。つまらない嫉妬心から来ていた行動を謝罪する以前よりも友達を深く傷つけてしまう事だろう。


 そんな考えにまで至らないし、相手の恋心にも気付けないのが子供だ。

 仕方ない事だと諦めるしかないのだが、人の気持ちを考えず踏み躙るのは仕方ないでは済まないのだ。


 経験が浅く、無知であるが故に無自覚で無意識に人を傷つける、冷酷で残酷で非道な生き物。

 人の心を無理やり組み伏せ、無残に撃ち抜き、無情に叩き潰す。

 これは完全な悪だが、その本人に自覚がないのだからどうしても裁けない。裁いてもその本人は罪を認識できない。悪いことしたと言う意識がないから。

 そんな、どこまでも厄介でどこまでも面倒臭い生き物……それが子供だ。


「……ハル……ああ、あの子の事ね。えぇ、きっと元気よ。ステラも見たでしょう? あの子の風邪すらも吹き飛ばせそうなほどの元気さ」

「見たけど……でも気になるの」

「そっか。じゃあノースタルジアを探し終わったら、一旦ミレナリア王国に帰って会いに行きましょうか」

「やったぁ!」


 喜ぶステラを見て母親も笑顔になる。

 言うまでもないだろうが、二人が探しているのは自分達の家族だ。母を見つけ、妹も見つけ、夫も見つけるためにこうして各地を渡り歩いている。

 ……父親は既にこの世に存在しないので探してはいない。


 だが、アンデッドとして生き返っているかも知れないので、こうして不死者の沼地を通ってみたが、父親らしき人物はいなかったので諦めてノースタルジアへと向かう。手掛かりがあってノースタルジアへと向かうわけではないが、あと探していない国がノースタルジアと魔の国だけしかないので近い方へと進んでいるだけだ。


 ミレナリア王国もアブレンクング王国も、あのゲヴァルティア帝国にもいなかった。エルフやドワーフの国はそもそも人間を受け入れないので論外だ。残りのノースタルジアと魔の国へと向かうのは当然だった。

 他の細々した村や町の捜索は全くしていないので、この二国にいなければ地道な作業になってしまうだろう。……誰に似たのかは知らないが随分とめんどくさがりな性格をしているようだ。


 二人の親子は仲睦まじく和やかに不死者の沼地を突っ切って街道に出たが、どちらに進めばいいのか分からないので近くにあった看板を見て目的地であるノースタルジアへ続く道を確かめる。


 そして、確実に目的地がある方向が分かったところで、再び真っ直ぐ進み始めた。

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