第255話 氷の女王
レジーナ・グラシアス。
そう名乗った氷の女王。姿は見えないし、言葉も流暢になっていたが、声が同じなので、アデルとクルトは砕け散った魔物と声の人物が同一人物だと判断した。
「クルト。魔王の配下だって……『先代』のらしいけど」
「先代魔王の配下であっても、魔王の味方なら俺達が倒さないといけないと思う。……限りなく人型に近いの魔物を倒すのは気が進まないけど、仕方ないんだよ」
「……そうだよね……ボク達が我慢するだけで、魔王の被害を受ける人減るんだ。人型の魔物ぐらい倒してみせるさ!」
そう息巻くアデルとクルト。魔王の配下を倒すかどうかの相談をしている。どうやら『強制の称号』による思考操作を受けていないようだ。
氷の女王─レジーナ・グラシアスを倒して神器を手に入れるために二人は洞窟を進む。
道中、『試練』の会場であるこの場所になぜ魔王の配下がいるのか、なぜ魔王の配下が神器のある場所を知っていたのか、なぜ神器を奪って逃走しなかったのか。などを話し合ったが、答えはでなかった。
そして、行く手を阻むように次々と現れる氷の女王。
それが偽物なのは分かっているが、攻撃してくる以上、反撃せざるを得なかった。
何度も砕け散る氷の女王。
人型の生き物を何度も倒さなければならないと言う拷問。
偽物の氷の女王を倒しても経験値は入らず、ただただ体力と精神が削られる。それは雪山で遭難したかのように……寒さが心身共に蝕むように。
これがインサニエルが……教会が仕組んだ『試練』なのかは分からないが、二人にとってこれは『試練』と呼ぶに相応しいものだった。
氷の女王は、二人が未熟なのを知ってか知らずか、それを繰り返して徐々に二人を追い込んでいく。
「はぁっ……はぁっ……! はぁっ……はぁっ……!」
「ふーっ……ふーっ……! ふーっ……ふーっ……!」
普段なら息切れすることなく余裕でいられたはずなのに、人型の生き物を倒すと言う行為からくる精神的疲労に息切れする二人。
「もうっ……休憩したいっ……けど……!」
「氷の女王は待ってはくれない……」
レジーナ・グラシアスはこの洞窟の支配者とでも呼ぶべき存在だ。例えるならダンジョンマスターのようなものだ。
自分の偽物を洞窟内のあらゆる場所に出現させる事ができ、洞窟内にある雪や、氷柱などの氷を通して視界を得る事ができる。
まさにここは……この雪山全てがレジーナ・グラシアスの目の前だ。目の前を彷徨く敵に偽物を嗾けて体力を消耗させ、最後には自分が出向いて──
これがレジーナ・グラシアスの戦い方だ。雪や氷がないところでは無力そのものなので、先代魔王仕えていた時は勇者や賢者との戦闘に参加させて貰えず、どこかの土地を極寒に陥れるのが仕事だった。
『引き返すと言うのでしたら、殺さないでおいてあげましょう。志半ばで死にたくないでしょう?』
声が響く。
これはレジーナ・グラシアスの思い遣りだ。
生前のレジーナが体験してしまった成し遂げられない事の悲しみ。幾ら敵である勇者や賢者が相手と言えど、あんな悲しみは体験させたくない、と言うレジーナなりの優しさだ。
ちなみに限りなく人型に近い魔物は生前人間であった可能性が高い。つまりレジーナは魔物ではなく、魔人だ。
アデルとクルトは、レジーナを人型の魔物だと思っているようだが、レジーナは本物の人間だった魔人だ。
二人はそれを知らない。
「誰が引き返すもんか! ここまで頑張って進んだんだから、最後までやり遂げるんだ!」
『……はぁ……やはり人間は愚かですね。特にあなた方です。……あなた方は勇者や賢者などと呼ばれてはいますが、結局は定めに逆らえない操り人形ではありませんか。それが世のため人のために戦っているなどと喧伝されている……正気じゃありませんよ、人間は』
どうやらレジーナは勇者と賢者の事情を少しだけ知っているようだ。
だが、勇者と賢者は定めに逆らえないどころか、それに気付いていない……気付けないのだ。生物を動かす脳が、思考が操作されているから。
「ボク達が操り人形? ……ふざけないでよ! ボク達はボク達の意思で戦ってるんだ! それをまるでボク達に意思がないように……!」
『……? あぁ、なるほど。操り人形は生まれた時からそうであるから、自分が操られていると気付けない。疑いもしない。そもそも操られて動いているそれが自分の自我だ、などとも思っていそうですね』
操り人形は操られている事に気付けない。人によって動かされる事を自分の自我だと思い込んでいる。だから疑いもしない。
完全な嫌味に頭が沸騰しそうなほどの怒りを覚えるアデル。レジーナの言う事は正しいので、やはりアデルとクルトは疑う事をしない。
「……流石、魔王の配下だね。 人に嫌われる要素が満載だよ。 クルト、ボク、絶対に氷の女王を倒すよ」
「俺も手伝うよ。 勇者の補助が賢者の役目だからね」
『さて、私の慈悲は無下にされましたし、もう終わりにしましょうか』
洞窟内を雪が舞う。氷柱が地面から伸び、そしてそれは人の形をとった。
現れたのは、氷の女王─レジーナ・グラシアス本人だ。
偽物との違いは、貴族ような気品だ。青白かった四肢は白皙に。ブカブカだった裾や袖はレジーナの体型にピッタリに。先端が凍る髪の毛は艶やかに。透明感ある水色の瞳は更に冷ややかに。
アデルとクルトが思わず見とれてしまうぐらいに綺麗だった。生前のレジーナそっくりの氷の彫像が二人の行く手を阻んでいた。
「凍死してください」
見とれるアデルに、レジーナから放たれる氷の弾丸。 紙一重で避けたアデルにレジーナが氷の弾丸で追撃を仕掛ける。
それを横から焼き尽くすのはクルトが放った炎の球だった。鋭く尖った氷の礫はすぐに溶けてなくなった。
「【居合術】」
鞘に納刀された剣の柄を握るアデルは、目を瞑ってじわじわと体を深く落としていく。
それに危機感を覚えたレジーナは、大量の氷の槍を放つが、クルトが生み出した炎の壁で全て焼かれてしまう。
標的をクルトに移したレジーナは、平たく広がったギロチンのようなものを横向きに放つ。
食らえばクルトの胴体は真っ二つだ。……だが、幾ら形状を変えて殺傷力の高いものにしたとしても、これは所詮は氷だ。再びクルトに生み出された炎の壁に飲まれて消えてしまった。
「【一の太刀 刹那】」
アデルがそう言い、一瞬だけ前傾姿勢になると、残像を残して、次の瞬間にはアデルは剣を振り抜いた状態でレジーナを跨いだ反対側にいた。
「【二の太刀 六徳】」
次にアデルが言うと、今度は前傾姿勢になったのを見せず、残像を残して最初の位置に戻った。唯一違うのは、アデルがレジーナに背を向けて剣を先ほどとは反対側に振り抜いている事だろうか。
「あああぁぁあああっ!?」
一秒にも満たないアデルの攻撃を受けたレジーナは痛みに悲鳴をあげた。見れば首と上半身と下半身が泣き別れていた。
レジーナは、【一の太刀 刹那】で胴体を……【二の太刀 六徳】で首を裂かれていた。
首、上半身、下半身の三つに分かれたレジーナは、それでも生きていた。整った顔を苦痛に歪ませながら首と上半身と下半身を結合させて元通りになった。
「ありがとうクルト。おかげで攻撃を当てられたよ」
「練習した甲斐あって綺麗に決まったけど、元通りになった。 恐らく【再生】か【超再生】かな。……他のスキルの可能性もあるけど、大体のスキルは魔力を消費する。この調子でやり続ければいつかは勝てそうだね」
「今のは油断しただけです。そう何度もやられるわけがないでしょう。【不朽の氷柱】」
レジーナが言うと、地面から氷柱が開花した花のように出現した。二人は跳んで躱すが、クルトの脹ら脛の横を氷柱が掠めた。
小さく呻き声をあげるが、それを聖魔法で瞬時に治癒して治す。
「やはり賢者は身体能力が低いようですね。 どうです? 男なのに女に守られながら戦い、女を援護するしかできないと言うのは? 惨めな気持ちでいっぱいなんじゃないですか?」
レジーナは厄介なクルト煽って正常な判断できないようにしようとする。
一瞬顔を顰めたクルトだったが、すぐに言い返した。
「男だとか、女だとか言ってる暇があれば今の自分の状況をよく見ておいた方がいいよ」
「なんです……?」
クルトの発言につられて周囲を見回すレジーナだったが、周囲には何もない。魔法が飛来する事もない。
そこでレジーナは騙された事に気が付いた。
「【紫電一閃】」
子供でも引っ掛からないような嘘に踊らされたレジーナは、アデルが最近覚えたばかりの技を回避する。左腕を犠牲にして。
「……騙すとはなんと卑怯な……」
「魔物とは言え、あんな分かりやすい嘘に引っ掛かると思わなかったよ……何かごめんなさい……」
「どこまでも私をバカに……!」
忌々しそうに呟くレジーナは、言葉を紡ぐ。
特定のスキルにだけ与えられた『言霊』とはまた違う言葉。
「『朽ちぬ氷の柱、曇天より出づる煌々たる日、氷柱照らす日の光は万物を凍てつかす光の線となる──』」
どこからともなく集束する膨大な魔力。賢者であるクルトはもちろん、勇者であるアデルにもそれは分かった。
どうにかしてレジーナの攻撃を防ぎたいが、途轍もない冷気に当てられて身動きがとれない。悠長に言葉を紡ぐレジーナは目の前にいると言うのに、手が届かない。
焦りを覚える二人は汗を流すが、それすらも瞬時に凍り付いてしまう。
「『カルテスリヒト』」
花のように広がる【不朽の氷柱】の花弁の先端からは薙ぎ払うようにして光線が放たれる。
その瞬間、冷気から解放された二人は必死にそれを回避する。一撃で自分達を葬れるであろう光線を。レジーナと違って自分達は再生する事ができないから。
だが、その光線は近付くだけでものを凍らせてしまうようで、紙一重で回避しようものならたちまち氷の彫像のできあがりだ。
それが分かっていても、無数に伸びる光線を数秒も躱し続けるなど不可能だった。
数秒後、【不朽の氷柱】は輝きを失い、光線を止ませた。
幸い、光線が直撃する事はなかったが、光線は何度も二人の体を掠めた。
アデルは左腕と剣を握る右腕、そして右足を。クルトは杖を持つ左腕と右頬と、右足を。それぞれ凍らせていた。
それを砕かれれば終わりだ。クルトは聖魔法のレベルこそ1だが、その効果は途轍もないものだった。とは言え、【聖女】でも【聖者】でもないクルトでは部位の欠損までは治療できなかった。
「アデル、すぐに溶かして!」
「わ、分かってる!」
自分にまとわりつく氷を火魔法で解凍していく。賢者であるクルトは流石と言うべきか、あっという間に解凍が完了したが、普段あまり魔法を使わないアデルの解凍は殆ど進んでいなかった。両手を凍らされて火魔法の制御が上手くいかなかったのも原因の一つだ。
「勇者、あなたは終わりです」
無数の氷の刃が右足を解凍しているアデルへと放たれた。すかさずクルトが炎の壁で対処するが、【不朽の氷柱】へと直撃した氷の刃は軌道を変えて炎の壁の範囲外へと飛んでいった。
「そこ!」
そんな明後日の方向へ軌道を変えた氷の刃に、氷の弾丸が当てられ、またもや氷の刃は軌道を変えた。その先にいるのはアデルだ。未だに右足を解凍している。左腕も、右腕も凍ったままだ。
「アデル!」
クルトは動けない。
ここで炎の壁を消せば、まだ放たれている氷の刃がアデルとクルトを目掛けてやってくるからだ。
杖を持っていない左手で魔法を放つが、杖で狙いを定めるのに慣れてしまっていたクルトが放った、もう一つの炎の壁は全く違う場所に出現してしまった。
そんな一瞬の出来事の後に、氷の刃はアデルの利き手である……剣を握っている右腕を斬り飛ばした。
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アデルとクルトが『試練』に挑んでいる頃、ラウラは自分の部屋でダラダラと過ごしていた。
アデルとクルトとラウラの三人が通う、ランスフィーア魔法学校は全寮制の学校なので、学生寮での生活だ。
そんなラウラの部屋の扉がノックされた。
「はい」
「インサニエルです。少しお話があるんですが、今よろしいですか?」
「大丈夫です」
扉越しに話しかけるインサニエルに答えてからラウラは部屋の扉の鍵を解錠する。
「寮生に聞かれると不味い、大事な話ですから場所を移しましょう」
「分かりました」
アデルが勇者である事や、クルト賢者である事、ラウラが神徒である事は当然だが伏せられている。同時期に三人も転校してきた事は、学生や事情を知らない教師からは不審に思われており、誰もラウラ達に積極的に関わろうとしていない。貴族の子息や息女は、囲いを使って三人の身の回りを嗅ぎ回っていたりする。ラウラ達はそんな居心地の悪い学生生活を送っていた。
インサニエルに連れられて、追っ手を振り切ってからやってきたのは大聖堂だ。ランスフィーア魔法学校からさほど離れていない場所に大聖堂はあるので、行き来は楽だった。
そして案内されるのは大聖堂の奥、つい最近インサニエルの仲間と出会った場所だ。どうやらここが勇者関連の話をするための場所らしい。
「昨日、勇者様と賢者が神器を得るために『試練』に挑みましたよね?」
「そうですね」
「実は今朝、ベール様が「神徒だけ神器がないのは不公平ですから」、と神徒様専用の神器を授けてくださったのです。 今回のために新しくお創りになられたようですので、『試練』はありません」
そう言うインサニエルは奥の部屋を手で指した。ラウラはそれに従って扉を開けた。
そこには白い服に、金色や水色などで複雑に……それでいて綺麗な装飾があしらわれた上等な服があった。
それは一見するとローブのように見えるが、ラウラが手にとって広げてみれば、動きやすいようにと、横太ももから裾、腰部から裾、臍から裾までが開いており、ヒラヒラになっていた。
それだけだと下半身が丸見えの破廉恥な服なのだが、それを補うようにショートパンツがあった。上半身の服に合う上等なものだ。
「その服には【斬撃耐性】【打撃耐性】【衝撃吸収】【魔法耐性】などの効果が付与されていまして、よほどの攻撃でなければほぼ無傷で耐えられます」
「す、凄い……!」
部屋を照らす魔道具に向けて透かしてみたりしているラウラは、服の側に置かれていた武器を手にとった。
片方の先端は魔法使いが持つような杖のようになっており、もう片方は槍のようにも剣のようにも見える刃があった。つまり、魔法の杖と刃物と言う、遠距離攻撃だけでなく近接攻撃もこなせるような仕様になっている。
「ベール様は、神徒様が近距離も遠距離もこなせる事を知っておられるのですよ」
「おぉ、便利ですねこれは。 ……あ! これは……!?」
杖を置いて次にラウラが手にとったのは、見た感じ普通の袋だ。その袋はブツブツと膨らんでおり、中に球体状の何かが入っているのは明らかだった。
実際にラウラが袋から取り出したのは、少々歪だが、十分に球体と呼べるような物体だった。
「それは『再生の種』と呼ばれる種ですね。その種は、砕いても砕いてもずっと再生し続ける事から再生の種と、そう呼ばれています」
「……つまり、種を砕こうとした変な人がいたんですね……」
ラウラは苦笑いして再生の種から植物を生やして操りながら言う。
「先人がその種を砕こうと思った理由ですが、それはこの種から生える植物が周囲の植物の栄養などを吸い取ってしまう害悪な植物だからです。一般的には『吸命草』や、好んで血を吸うわけではありませんが、何かを吸って生きる様から『ヴァンパイアウィード』などとも呼ばれています」
「物騒な呼び名ですね……しかも種が砕けなくて、植生するのを事前に防げないなんて、厄介すぎますよ」
「えぇ、厄介です。ですが神徒様はそれを操って武器にできるのですよ。砕けない種で奇襲し、好んで血を吸わない吸命草に相手の血を強制的に吸わせて相手を干からびさせる」
「凶悪ですね……」
そう言うラウラの顔は引き攣っているが、どこか嬉そうだ。
それもそのはず、自分専用の装備……神器が与えられ、それを使って戦いをする。戦いがそれほど好きではないラウラだが、それでも嬉しかった。
神に認められ、神が自分のためにわざわざ神器を創って自分に与えられたと言う事が。
特に神を崇拝していたわけではないラウラだが、その事実に喜びを抑えきれなかった。
【勇者】や【賢者】とは違う、【神徒】と言う存在。作用する強制の力も、また違うのだろう。
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ドワーフの国を出た俺達は、次の目的地へと向かっていた。
次の目的地は黒龍の里だ。近くには白龍の里もあるのだが、出会った順番で言えばクロカが先なので黒龍の里に先に向かう。
黒龍の里や白龍の里などの、龍が棲息する場所は一つの場所に密集している。里と里に大きな間がなく、龍の里同士が隣接しているのだ。つまり、黒龍の里、白龍の里を訪ねた後で速やかに他の龍種の里へ向かう事ができる。
オリヴィア達は赤龍の里方面に進んでいるので鉢合わせる可能性が高いが、つい先ほどオリヴィア達は龍の里密集地帯を避けるように移動していったのを監視して把握したので出会す可能性は限りなく低くなった。
それはいいのだが、一つ問題があった。
「里に帰りたくないのだ~……」
こうしてクロカが里に帰るのを嫌がっているのだ。理由を聞けば、「黙って里を出てきたから、親に怒られるのだ……」だそうだ。姫が簡単に家出できてしまう龍の里。いったいどんなところなのだろうか。嫌がるクロカのおかげで俄然興味が湧いてきた。
「そう言えば、ジェシカとスヴェルグは龍の里に行った事あるのか?」
「もっちろん! エルフの国とかドワーフの国とかの人間を嫌う亜人の国はともかく、魔物である龍の里ぐらいなら自由に出入りできるからね。アケファロスちゃんを探すついでに観光してきたよー」
「あんまり面白いところではなかったねぇ。龍が惰眠を貪ってるだけの死んだような里さ」
スヴェルグはそういうが、龍が見れるだけでも相当貴重な体験だし、それが寝てるとなれば更に貴重なものだ。まぁ、本当にそれだけだと言うのなら、白龍の里には行かずに次の目的地に向かう事にしよう。
道中、アンデッドが蔓延る沼地などを避けてできるだけ安全に黒龍の里へと向かう。別にアンデッドの蔓延る沼地突き進んでもいいのだが、目的地がある内に寄り道するつもりはないので無視だ。目的地を一通り網羅して暇になったら行こうと思う。
あぁ、拠点もどこかに構えなきゃいけないな。俺は【魔王】なんだし、大きい城のような建物が欲しいな。まぁ土魔法で頑張ってみよう。
そんなこんなでやってきた黒龍の里。折角龍の里に来たので、俺も変形している。スナッチ・ザペスでストレス発散した時と同じで、灰龍スタイルだ。服装も同じものに変えた。
「いいなぁ……私もそんな風に色んな楽しみ方してみたいよ」
「相変わらずじゃな。角のや尻尾のツヤとかハリや細かい形状が龍ものではないのじゃ。それどころか竜ですらないかも知れんな」
「今回は自力で変形したから色々適当なんだよ」
相変わらず角や尻尾のクオリティにうるさいシロカ。クロカは何も言わないが、どこか不満そうだ。
ちなみに自力で変形した事にあまり意味はない。強いて言えば自力変形の練習だ。スキルや魔法が何らかの手段で縛られても悪影響が少なくなるようにだ。スキルや魔法を封印する結界があるぐらいだし、対策しておいて損はないだろう。
さて、本命の黒龍の里だが、何にもない。一切の文明が感じられない。ただただ龍が眠っているだけだ。言ってしまえばただの草原で龍がたくさん寝ているだけ。里じゃなくて、龍の草原や平原を名乗るべきだろう。
唯一他と違う場所があるとすれば、一ヶ所だけ草が生い茂っている場所がある事だろう。クロカによると、あそこは王族の土地らしい。なるほどな。
いやぁ……龍が寝ているだけの土地は貴重なのだが、人型とは言え、いつももように龍の寝ている姿は見ているからな……全く感動とかはない。
「ラッキーなのだ。母様も父様もいないのだ……! ほれ、飽きただろう、次行くのだ!」
「ん。ニグレドよかった」
クロカに背中を押されるままに白龍の里へやってきたが、こちらも全く同じ様子だった。
だが、クロカ同様に黙って里を出てきていたらしいシロカは親に見つかってしまっていた。
「チビすけ、久し振りに帰って来たと思えばなんだその格好は? 何故人間のような姿でそのような布を纏っている?」
「童はチビすけじゃないのじゃ。今はアルベドと言う立派な名前があるのじゃ。父上」
人化状態のシロカは龍の姿の父親を見上げながら話している。いやしかし「チビすけ」か。元々名前がない魔物なのだから呼び方特殊なのは分かるが、それにしても、チビすけか。
いいな……シロカにピッタリじゃないか。今度俺もそう呼んでみよう。
「名前だと……? ふむ……その歳でもう番を決めたか。……それで、どいつなんだ? 見たところ雌しかいないようだが……婚約の挨拶に帰って来たのだよな?」
「こ、婚約!? た、確かに名付けはそう言う意味になるのじゃが、違うのじゃ。相手は龍種の結婚制度を知らんのじゃよ。今日はその者が里に行ってみたいと言うから帰って来ただけじゃ」
…………え? 婚約……? 名付けが……? マジで……?
「なんだと? 結婚もしないのに名付けを許したのか? ならばどうするのだ、お前の番は。 姫であるお前が跡取りを産まずしてどうする?」
「そんな事知らぬわ。 兄上にやらせればよいじゃろう。兄上の妹である童が跡取りを産む必要はないはずじゃ。 と言うか普通、跡取りをどうこうするのは長男の役割じゃろうに」
シロカには兄弟がいたのか。知らなかったな。
「だが彼奴は自分より強い者にしか従わないと言う龍種の風習を異様に重視する奴だ。老いて衰えた俺ではもう敵わんのだよ」
「…………ふむ……」
腕を組んで考え事をするシロカ。チラリと振り返って俺を見てニヤリと笑った。今のところ「シロカの仲間A」と言う立ち位置だったんだが……嫌な予感がするな。横を見れば、哀れむような視線のフレイアがいる。
「ならば童の仲間に戦わせよう。父上より強い童を簡単に負かすような奴じゃ、心配はいらぬのじゃ」
「お前を簡単に……ふむ……よかろう。取り敢えず彼奴と戦わせてみよう。もしその者が負ければ、彼奴がどんな要求を突き付けてくるか分からんがな」
と言う事でシロカの兄と戦う事になった。相手の予定や事情もあるそうなので、明日の朝に戦う事になった。つまり今日はここで一泊しなければならないと言う事だ。
最悪な展開が続いているが、気分転換にバーベキューでもしようか。幸いここは草原だ。さぞ夜空が綺麗な事だろうし、いい気分転換になるだろう。
肉はたくさん持ってる……鉄板は……ないな。 ……じゃあ仕方ない、俺の腕を代わりにしよう。【鋼鉄化】すれば問題なく鉄板の代わりになるはず。熱さは直に伝わってくるだろうが、大したダメージにはならないだろうし、【忍耐】の効果も得られるし問題はない。野菜がないのが欠点だがそこは仕方ないだろう。
それから俺はバーベキューの準備に取りかかった。龍種の食欲を刺激して肉を集られるのも嫌なので里からは離れた場所で準備を進める。




