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第254話 白色の雲、灰色の雲

 地下室から去ったフェニルは、少ししてから後悔していた。 たった一人の友人を、感情の赴くままに言いたい放題言って失ってしまった事に。


 年甲斐もない、癇癪を起こす子供のような言動に吐き気がする。およそ三千年も生きたハイ・エルフでありながら未だに感情の抑制ができていないと言う有り様だ。


 精霊樹の内部、城の廊下を歩きながら自分の情けなさにフェニルは頭を抱えていた。


 ……と、そこに向かい側からやってきた一人のエルフ。

 そのエルフは通りすぎる事なく、フェニルの行く手を阻んだ。


「またアレゼルに絡まれていたのか?」

「……放っておいてください……」


 俯いたままフェニルはそう言う。そんなフェニルの態度を不快に思う事なく、一人のエルフ……ハイ・エルフは続けた。


「その様子だと、いくところまでいっちゃった感じか」

「……っ!」

「でもまぁ、よかったんじゃないか? 何百、何千年と君を敵視していた癖に未だに友情に縋る愚図と縁が切れて。 ……アレゼルのお陰で君の魅力に気付けて君を私のものにできたのには感謝しているが、いい加減私ももう、流石にアレゼルが目障りだったんだ。私も得をして、君も友情の呪縛から解き放たれた。誰も損をしていない最高の結末じゃないか。俯いてないで素直に喜ぼう?」


 言いたい放題言うハイ・エルフを殴りたくなる衝動を寸でのところで押さえたフェニルは、精一杯の作り笑いを浮かべてハイ・エルフに一言言った。


「喜ぶ? 冗談じゃありません。あれでもアレゼルは友人です。喜ぶなんてあり得ません。それに、私は、大きな損をしています」

「損?」

「はい。 私は友人を失い、私は異性愛者なのに同性愛者と結婚させられて……損しかしていません! あなただけですよ、損をしていないのはっ!」


 フェニルは、夫? 妻? である、ハイ・エルフの女性へとそう叫んだ。


「そうなのか、知らなかったな。君が異性愛者だとは。一言もそんな事を言わなかったからさ。それはすまない事をしたな。まぁ今さら言っても後の祭りだ。これからもよろしく頼むぞ」


 そう言って去っていくハイ・エルフの女性の背中を睨み付けながらフェニルは唇を噛んだ。


 ……エルフはともかく、ハイ・エルフは一人で出産する事ができる。精霊樹に宿る木の実……その中でも白色に発光している木の実を食す事で子供を授かる事ができる。

 ちなみに、人間と同じ方法でも妊娠して出産する事は可能だ。

 しかし種族自体が長命であるからか、エルフやハイ・エルフは生殖本能や性欲が非常に弱いので、こうして子を産むのは全体の半数程度だった。

 ハイ・エルフは数が少ないので種の存続にあれこれ言っていられないのだ。


 そして、ハイ・エルフは子供を授かる方法だけでなく、出産の方法も特殊だった。

 と言っても誰かが何かをするわけではない。勝手に現れるのだ。寝て起きたら側にいる。街を歩いていたら突如地面に。

 精霊樹の木の実は魔力の塊である。その魔力の塊を取り込んだハイ・エルフの魔力と木の実の魔力が混ざり合い、胎児として形成され、やがて母と木の実の魔力の分配が不要になった胎児は何の前触れもなく突如として勝手に産まれてくるのだ。

 出産に必須の痛みも苦しみもない、産んだ実感もない、簡単な出産。


 この方法で産まれた子供は愛情を込めて育てられる事が少ない。

 なぜなら、自分が産んだと言う実感を母親が持っていないから。


 だが、もう一人の親である『精霊樹』はきちんとその子供を愛する。精霊樹は自分に実る食用の赤色や橙色、桃色や緑色の様々な果実を与えて、子の成長を見守る。子供が親に捨てられたとなれば枝を伸ばして曲げて、家をも造る。子供が渇いていれば自分に流れる水も与える。まるで意思を持っているかのように的確に子育てをする。

 ハイ・エルフが勝手に自分の木の実を食って産んだ子供であるのにも関わらず、子供が自立するまで育てるのだ。


 そんな都合のいい事情から、精霊樹の木の実に宿る魔力と母体の魔力を得て産まれた子供は、勝手に成長できると言うのが、その育児放棄を加速させていた。


 フェニルもその育児放棄する親の一人である。他のハイ・エルフと事情は違うが、それでも立派な育児放棄者だ。どれだけ善人でもそれは覆らない。無関係の姉に育児を押し付けているのは覆らない。


 フェニルはフェニルなりに葛藤していた。本心では育てたいと思っているのだが、その一方であの子供を育ててしまえば自分の伴侶をあのハイ・エルフだと認めてしまう事になってしまう。


 フェニルは認めるが、認めない。

 子供の存在を認めるが、卑怯で姑息なパートナーの存在を認めない。

 願わくば、真に愛する人を見つけてこの呪縛から解放されたい。だが、子供の存在がそれを許さない。


 逃げようにも逃げられない。本物の愛すら求められない。自由はない。


 そんな絶望に畳み掛けるようにして起こったのが、友人の喪失。既にフェニルの心はボロボロだった。


 幸いにも、一生に一度しかなく、破られればもう戻れない、フェニルの純潔は守れた。

 それは喜ばしい事だが……現実は無慈悲だ。「処女を失わずに済んでよかったね!」などと言う綺麗事では終わらせてはくれない。今となってはそれを失っておけば楽だったと、フェニルは思っていた。

 中途半端に残っているから諦めずに、諦められずに、愛を求め続けて、逃げ続けて、足掻き続けてしまっている。

 純潔を失っておけばポキリとあっさり折れる事ができて、潔く諦めの境地に至れてきちんと子育てもできていたのでは? 望まぬパートナーを受け入れて堕ちていけたのでは? 心が折れて芯がなくなれば、アレゼルに突っ掛かる事もなく友人のままでいれたのでは?


 ……私の純潔を破られようと、破られなかろうと、最悪な未来なのには変わりない。私に救いはない。 私の救いであったはずの友人ももういない。

 そう考えてフェニルは自室へと足を向けた。


 その途中、精霊樹をくり貫いた窓のような場所から空を見上げる。

 そこには普通であれば、空が覗いているはずであったが、生憎ここは地下だ。空は見えない。天井にある土も見えない。

 精霊樹の葉っぱしか見えない。


 フェニルは過去に腐るほどみた青空を想起していた。

 広い空に興味はなく、フェニルが興味を持つのは……広大な空を何にも縛られずに漂う白い雲だ。風に吹かれて無気力に自由に漂う白い雲。


 一見すると白い雲は自由に思えるが、実際は違う。所詮、雲は風と言う他者の力に任されて道を進んでいるしかないのだ。抵抗できずに流されているしかないのだ。

 フェニルは地に足をつけながら、空に浮かぶ純潔のようにまっさらな雲と自分を重ねていた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ミレナリア王国、王城


 アレクシス・ミレナリアは頭を振り回していた。


「なんで、オリヴィアさんもどっか行ってまうねん! あんたが一番おらんくなったらアカンのにぃ! 秋君も秋君でどこ行っとんじゃ! オリヴィアさん心配してどっか行ってもうたやんけ!」


 関西弁で「ああああ!」と頭を振り回すアレクシスの前に一人の老婆が改めて現れた。


「やっぱり陽吾君には国王は向いていないのかも知れないねぇ……」


 アレクシスを陽吾と呼ぶ老婆。

 アレクシスは、自分の本名を久遠一家とその息子─秋の友達以外に伝えていないのにも関わらず『陽吾』と、そう呼ぶのは何者か。


「……っ! おぉ! 神様やん!」


 アレクシスは頭を振り回すのを止めて、自分が神様と言う老婆に顔を近付ける。


「近いんだよ。 それで、何を悶え苦しんでいたんだい? ……まぁ事情は把握しているけど一応ね」

「あぁ、それな──」


 アレクシスは老婆に自分が悶えていた原因を話す。この国の恩人である、フレイア・アイドラークとその護衛の久遠秋と、久遠秋の従者が失踪した事。 それを探すためにフレイアの母、オリヴィア・アイドラークが国を出た事を話す。


「やっぱりそれかい。 まぁ……その件に関して私が言える事と言えば、その人らには関わらない方がいい。って事だけさ」

「なんでやねん」

「それは言えないねぇ。 言ったら私が裏切り者として他の神から攻撃されてしまうんだよ。ただでさえ、怪しい動きをして目を付けられてるのに、これ以上余計な事はできないよ」


 どうやらこの老婆は他の神に疎まれているようだ。


 ちなみに神の見た目は、神の存在の強さで決まる。存在の強さとは即ち、地上で暮らす生命からの信仰だ。広く崇められる神は綺麗で若い姿をしており、全く信仰されていなくて無名に近い神は老人の姿をしている。

 運命の女神ベールが美しい姿をしているのがなによりの証明だ。つまり、この老婆は無名に等しい存在が弱い神と言う事だ。


「なら、バレへんようにいつも通り校長として行動すればええやんか」

「それがねぇ……クドウ君を介して『遊戯の女神』が校長として下界に降りてた私の事を見つけたみたいでねぇ……」

「え? 神様の話やったら遊戯の女神っちゅうんは味方やったんちゃうん?」

「それがね、「アタイの可愛い秋クンの物語に干渉しないで~☆」ってさ。あの子には絶対逆らえないよ。見た目も中身も若過ぎるんだよあの子は。……子供みたいに遊びにかまけてたと思ったら、今度は好きな男の独占と来た。恋愛感情とは違うんだろうけどもう手に負えないよ」


 戦慄するような呆れた物言いで愚痴る老婆に、アレクシスは苦笑いする。


「……ほんなら神様は何しに来たん?」

「あぁ、私ところに通ってる生徒がクドウ君の捜索をしたいって言ってるから、ついでに悶える陽吾君を宥めるために報告しておこうとね」

「ほんまか! どこにおるんや!?」


 キョロキョロと辺りを見回すアレクシス。 しかしそこにはアレクシスと老婆以外いない。王の私室に使用人はいない。


「連れてくるわけないだろう。……ほら、これ名簿。赤丸で囲ってあるのがそうだよ」


 老婆がどこからか取り出したのは生徒の情報が網羅された名簿だ。踏んだくるように受け取ったアレクシスはパラパラとページを捲って赤丸で囲まれた生徒を把握した。一部、教師も含まれていたのには驚きだ。


 赤丸に囲まれていたのは……


 紫髪青目のシュレヒトと言う男子生徒。

 黒髪黒目のお坊ちゃんヘアーのアーク・ザティオと言う男子生徒。

 黒髪ロングで黒目の生徒会長フレデリカ・エルウェッグと言う女子生徒。

 青髪青目のスカーラと言う女子生徒。

 青みがかった黒髪に青みがかった黒目のモニカと言う女子生徒。

 茶髪橙目の細身で眼鏡をかけたアンドリューと言う男性教師

 モニカの姉であるナタリアと言う女性教師。


 の七名だった。

 アレクシスは知らない事だが、シュレヒトはスカーラの舎弟。アークはバカつくほど生真面目で、過去にある生徒に対して退学を要求していた。フレデリカは魔人。スカーラはドMだ。


 まともなのはモニカ、アンドリュー、ナタリアの三名だ。夜に生徒の家に押し掛けて生徒に抱き付くナタリアまともなのかはさておき、半分以上が変人だ。


 だが、それを知らないアレクシスは大層喜んでフレイア、オリヴィア、秋の捜索を頼んだ。





 国王に期待されて捜索をお願いされた事をリサンドラ・フェルナリスから聞かされた七人は青褪めて滝ように汗を流していた。

 国王などよりもっと上位の存在を目の前にしている七人は、それを知らずに国王からの期待と頼みによる緊張感に苛まれてガチガチになっていた。


 青く晴れた空。

 フレイアと、オリヴィア。そして秋を探すために七人は王都を出た。


 話によると、ゲヴァルティア帝国方面にはライリーが向かったそうなので七人は反対側の、アブレンクング王国方面へと向かった。

 だが、白い雲はアブレンクング王国からゲヴァルティア帝国へと流れている。まるで目的地を示すように。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 最果ての大陸からやってきた魔物に殺されそうになっていたところを何者かに救われたアデル、クルト、ラウラの三人。

 そんな三人は馬車に乗ってアブレンクング王国へと帰っていた。


 誰に救われたのか気になっていた三人は御者に何か見たか? と尋ねるが、御者に怖くて見ていなかったと言われて複雑な気分を味わっていた。


 そんな三人と一人だが、その歩みは世界全体で見ればゆっくりなものだった。理由は時鐘の老人のせいだ。


 やっとの事で帰還したのは、四日も経った頃だった。ミレナリアの王都を出て、大体三週間が経過していた。だが、遅い時に囚われているアデル達と違って秋達は正常な時間で生きているのでアデル達は追い付くどころか更に差を開けられていた。

 時鐘の老人の匙加減一つで三人の歩む時間の流れは変動する。時鐘の老人が時間を司る神より低い立場にならないためには加減をする事も大切だった。不自然さを隠蔽するために時に流れを早くする事もあったが、それでも依然として差は開いたままだ。


「勇者様、賢者様、神徒様。 お帰りが遅いから死んでしまったものかと思っていましたよ。 ……傷を負われたようですが、無事でなによりです」


 衣服の裂傷を見たインサニエルが言う。そしてそれで何かを思い出したのか続けて言葉を発した。


「伝えるのを忘れていました。 勇者様、賢者様」

「ボクとクルトだけ?」

「えぇ。今回ベール様が勝手に定められた【神徒】は関係ありません。なぜなら【勇者】と【賢者】だけに与えられた装備の事ですから」


 ラウラが就いている【神徒】と言う役割は運命の女神ベールが今回の【魔王】を恐れて突発的に与えた役割だ。代々伝わる【勇者】と【賢者】の装備がないのは当然だった。


「それなら私は関係ありませんから先に部屋に帰ってますね。 もうクタクタです……」


 疎外感を感じているラウラを見送るアデル。鈍感なクルトそれに気づかずインサニエルついていっていた。遅れてアデルも駆け足で追いかける。


 やがて案内されたのは大聖堂の地下室だった。ここには何も置かれていない。あるのはもう一つの扉だけだ。


「【勇者】と【賢者】の装備は勇者と賢者のために神が与えた装備です。我々はそれを『神器』と呼んでおります」

「神器ですか」

「はい。 そんな貴重なものですから管理も厳重にされていましてね、強盗などに奪われないように危険な道のりの先に保管してあるのですよ。教会や神器、勇者と賢者の権威を貶めないように、我々はそれを『試練』と呼んでいます」


 インサニエルの説明に二人は頷く。二人は目の前の扉の先にその『試練』があるのだろうと勘づいていた。


「神器を保管していた教会の権威が貶められるのは分かりますが、なぜ神器や勇者と賢者まで?」

「『神器は強盗程度に盗まれてしまう矮小な存在だ』なんて言う者が現れるんですよ。それを大切に保管していた教会バカだ~そんな物を授けた神もバカだ~それを使う勇者や賢者もバカだ~と言った具合ですよ」

「酷いね……」

「そう言った輩は宗教そのものか、このソルスモイラ教を嫌う者達だけなので、その声は小さいのですがやはり権威を貶められるのは痛いんですよ。ですから『試練』などと言う厳かな呼び方をしているわけです」

「色々大変なんだね。権力者も」


 へぇ~と相槌を打つアデル。今まで権力者にいい感情抱いていなかっただけに、かなり意外そうな顔をしている。アデルが権力者に何かをされたわけではないが、世間のイメージが悪いのでそれに便乗して、と言う感じだ。


「では、そろそろ準備は宜しいですか? なに、勇者と賢者であるお二人ならば簡単ですよ。緊張される必要はありません」

「……ふぅっ……! よし、準備いいよ!」

「俺も大丈夫です」


 ふんす! と、胸の前で両手で拳を握り締めるアデル。所謂、ぞいの構えと言うものだ。ジェシカが見れば「かっわいい~!」とアデルを撫でくり回した事だろう。


 杖を握り締めてコツンと地面を打つクルト。その表情は勇ましかった。【魔法Lv成長不可の呪い】をかけられているクルトがここまで来れたのはクルトに備わるやる気のおかげだろう。秋と最初に出会った頃の甘さはすっかり抜け落ちていた。


 二人やる気を感じ取ったインサニエルは、試練へと続く扉を開けた。


 その先に広がるのは黒い渦だ。先へ進もうと意気込んでいた二人だったが、先が見えない事に一瞬狼狽する。だがそれは本当に一瞬だった。

 顔を見合わせた二人は頷き合って同時に黒い渦へと飛び込んだ。普段見慣れていた、使いなれていたものにそっくりだったから先が見えない事に対する抵抗は薄かった。





 黒い渦の先に広がるのは、真っ青な空。

 飛び込んだ勢いを少し残した後、アデルとクルトは空が遠ざかっていくのを感じていた。背中には大地の気配。

 つまりアデルとクルトは背中から地面へと落ちていっているのだ。


「「うわあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!?」」


 二人の絶叫が木霊する。その絶叫も落下する二人のようにその場にとどまらず遠くで響いて木霊となっている。


 ハッと気を取り戻したクルトは、自分とアデルを風で包み込んで落下速度をゆっくりなものへと変える。それでも落下は完全には止まらず、結構な衝撃を伴って二人は地面に落ちた。


「ふべっ!? …………いてて……ありがとうクルト。クルトがいなかったら死んでたよ……」

「……酷い目に遭った……こんなの初見殺しもいいところだよ」


 体を擦りながら二人は立ち上がり、周囲を見回す。

 どこかの山の麓のようだった。麓であっても寒いが、それほどではなかった。山は吹雪いており、とても今の服装では進めそうにない。


「ねぇクルト。多分あの雪山だよね?」

「だろうね。他にもそれっぽい場所はないし。 それに……俺の中の賢者が言ってるんだ。あそこにあるって」


 クルトの言う賢者とは『称号』の事だ。【賢者】であるクルトに備わっている『強制の称号』がクルトに訴えかけているのだ。あの雪山に神器があると。『称号』も『神器』も神が与えた力だ。引かれ合うのは当然と言える。


「クルトも感じるの? ボクも感じてるよ。ボクの中で何かが蠢いている感じがするんだ……」

「あ、アデル……言い方に気を付けて……!」


 赤面するクルトと、自分の言い方に問題があった事に気付かないアデル。


「と、とにかく! ……近くの村とか町で防寒具を買おうか」

「そうだね。流石にクルトの体温だけで、あの寒さは凌げないだろうからね!」


 振り返ったクルトに抱き付くアデル。普段の姿からは想像できないアデルの行動に狼狽するクルト。見知らぬ土地に放り出された不安感から、無意識に人の温もりを感じたかったのだろう。


「えぇ!?」

「冗談だよ~」


 クルトから離れ、クルトの肩を叩いて雪山とは反対方向に走っていくアデル。それから少ししてからクルトも後を追った。


 覆りそうで覆らない二人の関係。互いの事を兄のように、妹のように思っている、そんな関係だ。小さい頃からずっと一緒にいる二人がお互いを男女だと意識しだすのは厳しくて難しかった。



 ちなみに、時鐘の老人はアデル達から引き離されてしまっていた。時鐘の老人の時間の操作には効果範囲があるのだが、時鐘の老人がアデル達の行方を見失った事から、その範囲外へとアデル達が出たのは明白だった。



 久し振りの普通の時間の流れに気付く事なく、アデルとクルト防寒具を揃えて雪山を登っていた。青空は曇天に覆われて窺う事ができない。

 吹雪く雪山は酷く視界が悪いが、『強制の称号』に導かれる二人はある一点を目指して進み続けた。と言うか、吹雪いている雪山で休むなど愚かにもほどがあるので二人が止まる事はできなかっただけだ。


 やがてたどり着いたのは雪原だ。周囲には何もない。少し離れたところからは廃村が覗いている。無傷で動かない凍死体が無数に転がっているが、不気味すぎて近付く気にはなれなかった。


「ボクの中の勇者ここにあるって言ってる。クルトもそう?」

「うん。でも、何もないよね」


 どうしたものかと立ち尽くす二人。そんな二人の、もこもこのフードと肩に雪が積もる。


 横には廃村。正確には少し下に廃村が見えている。

 そこでクルトが言った。


「アデル。 神器、もしかしてこの下に埋もれてるんじゃないかな」

「え?」

「あそこに廃村があるって事は、ここは丘の上か積雪の上なんだよ。でも、俺達の勇者と賢者がここにあるって言ってるんだからここが丘の可能性は低い。なら……」

「なるほど……賢いねクルト!」

「ありがとう。じゃあ俺が火魔法で溶かすから離れてて」

「大丈夫それ? 洪水とかならない?」

「大丈夫だよ。でてきた水は水魔法で操作して、溶かし終わったらまた火魔法で蒸発させればいい」


 そう言ってクルト作業を始める。

 火魔法で雪を溶かし、溶けた雪から発生した水を水魔法で操作して大惨事にならないよう気を付ける。 ついでにその水で降雪を防げば、再び雪が積もる事はなかった。


 やがて見えてきた建造物は、ボロボロの小屋が一件だけだった。だが、この積雪の中で、雪の重さで潰されなかった時点でそれが見せかけなのは分かりきっている。


 水を蒸発させてボロボロの小屋へ足を踏み入れるアデルとクルト。

 しかし小屋の中にあったのは二つの鍵だけだった。何の変哲もない極普通の鍵だ。


「丁度二つだよ。しかも、ボクの勇者が別の方向を指し始めた。多分これは必要な物だよ」

「じゃあ貰って行こうか。もう誰も使ってないみたいだし」


 鍵を取って『強制の称号』が示す方向へ進み始める。そこにアデルとクルトの意思はあるのだろうか。『強制の称号』が思考を誘導してアデルとクルトを導いているだけではないのだろうか。

 この寄生虫に寄生される宿主ような構図は、神に寄生される世界のようだった。世界が生んだ人間に、神が【勇者】や【賢者】などと言う称号を持たせて思考操作しているのだから強ち間違いではないのかも知れない。


 そうして辿り着いたのは洞窟だ。不思議な事に吹雪は洞窟の内部へ入って来ない。そんな雪がなく比較的暖かい洞窟にはもこもこのフードは邪魔だった。


 フードを取った二人は洞窟の内部を進む。薄暗くて明かりがない洞窟。ダンジョンと違って、どこからか照らす光がないので薄暗いなんて事はなく、完全な暗闇だ。

 火魔法や光魔法で洞窟を照らすのも考えたが、仮にも『試練』と言う以上、何があるか分からないのでできるだけMPの消費は押さえたかった。

 そんな二人がとった手段は、原始的な方法だった。ただの棒切れに巻かれた専用の布にマッチ程度の火魔法で火をつける。松明だ。


「ボク達の世界では松明なんてのがあるけど、クドウさんの世界ではどうなんだろ?」

「さぁ? ジェシカさんが言うには、キカイって言うのがあって、それがこの世界で言う魔法と同じ立ち位置らしいけど……うーん……キカイってどんなのだろう」


 地球の技術を知らない二人は色んな想像を膨らませる。その姿は、魔法に幻想を抱く地球人そのものだった。 どこの世界でも、人間がそこにないものを求めるのは変わらないようだ。


 妄想に耽る二人は前を見据えて表情を引き締める。風が吹くはずのない洞窟の奥から風が吹いてきたからだ。奥に外に繋がる穴や出口があるのかも知れないが、それでも変化にはどんなものでも警戒しなければならない事を二人は知っていた。


 何かが近付いて来る気配がする。アデルはアイテムボックスから更に布が巻かれた棒切れを取り出して火を灯す。そしてそれを奥へ投げ捨てた。


 一瞬の揺らめきを経て姿を現したのは、袖も裾もブカブカな白いドレスを着た窶れた雰囲気の女性だった。ブカブカな袖と裾からは、真っ白で死人のように青白い四肢が出ている。

 髪の先端が凍り付いた真っ白で長い髪に、氷のように透明感のあって冷たい薄い水色の瞳。


「また人間が来たぁ~……何の用だぁ~……」


 か細い声を発する女性に戸惑うが、アデルは答えた。『試練』であって、人が容易に立ち入れないはずの場所にいる女性に不信感を抱きながら。


「ボク達はこの奥にある装備が欲しいんだ」

「装備ぃ~……? あぁ~……あの扉の奥に大事そうに飾られているあれですかぁ~……?」

「知ってるの!? 案内してくれないかな? そしたらすぐ出ていくからさ! 魔物の君が人間と関わりたくないのは分かってるけど、お願い!」


 話しながら相手が魔物だと理解したアデルはそれでも人間に接するようにして頼み込んだ。

 クルトはこの女性が敵のような気がしてならなかった。だから決して頭を下げずに目を離さず注視する。

 クルトの怪しむような視線に気付きながら女性は言葉を発した。


「それはできません~……」

「どうして?」

「私は人間が嫌いだからですぅ~……魔王様の匂いがする者やぁ~……その連れの人間は許容しますがぁ~……勇者と賢者の匂いがするあなた達は絶対にダメですぅ~……」

「なぜ魔王を許す……?」


 クルトが腰を低くして構えながら問う。アデルも頭を上げて剣に手をかけた。敵の匂いがするから。

 アデルの中の勇者が、クルトの中の賢者が、目の前の女を殺せと思考を操作するから。思考の操作に気付かないアデルとクルトはそれに従って臨戦態勢に入っていた。


「それは私がぁ~……先代のぉ~……魔王様の配下だからですぅ~……っ!」

「はぁっ!」


 氷の礫を放つ氷の女王。それを斬り裂いてアデルが氷の女王に肉薄し、二度剣を振るう。見事にアデルの剣が命中し、氷の女王は簡単に砕け散って崩れ落ちた。


 するとどこからか声が響いた。先ほどとは打って変わって流暢な物言いの声は洞窟内を響いた。


『これはただの挨拶です。 私は先代の魔王様に仕える氷の女王──レジーナ・グラシアス。 今代の魔王様のために全力であなた達を斃します』

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