第252話 意思ある強制と、意思なき強制
ゲヴァルティア帝国へとやって来ていた、マーガレット、ラモン、エリーゼの三人。移動には馬車を使っているので到着までそう時間はかからないだろう。
馬車の中でラモンは考える。
(確かこの国の侯爵に、俺の家族を買った奴がいるらしいな。ならアキ達を探すついでに一人で色々探ってみるか)
思い出すラモンの顔は虚しさに苛まれている者の表情だ。いつの間にか虚しい思い出となっていたツィールへの復讐を思い出しながらそう決めた。
「どうした? 調子が悪いのか?」
「…何でもねぇよ」
「否定せずにはぐらかすところが怪しいですわね。……わたくし達は友達なのですから、気兼ねなく相談してくれていいんですのよ?」
ラモンの様子を訝しげに思ったのかマーガレットがラモンの顔を覗き込む。いきなりの出来事に返答を間違えてしまった。それをエリーゼに指摘され言い返せなくなってしまった。
(これじゃあアキに嘘を吐くのが下手なんて言えねぇな)
思いながらラモンは溜め息を吐いてから事情を話し出した。家族が奪われたから復讐をして居場所を聞き出して、家族を助けに行くと言う事を。
「…ってわけだ。お前らには関係ねぇから黙ってようと思ってたんだけどな。はぐらかして余計は蟠りを作るぐらいならバレる前に話そうと思ってよぉ」
「私達がいない間にそんな危険な事を……お前の家族を助け出してクドウを見つけたらクドウと一緒にたっぷり説教してやるから覚悟しておくんだな」
マーガレットから発せられた一言に「は?」と声をあげたラモン。「お前の家族を助け出して」この一言にそんな声をあげてしまったのだ。
ラモンは自分が言った通り、マーガレットとエリーゼには関係のない事だと認識をしていたのにマーガレットはそう言うのだ。
「そうですわ。そんなのは一介の学生がするような事ではありませんのよ? マーガレットさん、思い切り叱ってやってくださいな」
「言われなくてもそうするさ。 気持ち的には一日中叱り続けてやりたいところだ」
「…勘弁してくれ。 それより、どうしてそんな事をすんだよ?」
ラモンが純粋な疑問をマーガレットにぶつける。
「私達は友達だからだ。友達が危険な事や悪い事をしていたら叱るのは当然だ。友達のために多少の危険を犯すのも躊躇わない。 ……友達と言うのは互いが道を外れないよう支え合うもので、友達の道が悪路ならばそっと手助けをする。それが友達同士である私達の在り方だ」
違うか? と言って優しげな表情で微笑むマーガレットに吹き出すラモン。
別に面白かったわけではないが、なぜかそれが面白く感じたのだ。
「な、何がおかしい!?」
「…いやぁな、やっぱりマーガレットはいい事を言うなと思ってよぉ。俺はお前ほどにできた人間を見た事ねぇよ」
「い、いや……私なんかよりできた人間はたくさんいると思うぞ……? 例えばエリーゼとか。 それに比べれば私なんかまだまだだ」
「え、わたくしですの?」
思いもよらない話の持っていきかたに驚くエリーゼ。
「あぁ。 私は知っているぞ。伯爵の娘としてのプレッシャーに苛まれているお前の苦悩を。小さい頃、エリーゼのお披露目会でたくさんの貴族に囲まれて顔を引き攣らせながらも一人一人丁寧に相手しているのを見た事がある。 綺麗な容姿であるために適度な筋トレをしているのも知っている」
「ちょ、ちょ、お披露目会はともかく何でそれを知ってるんですの!?」
「エリーゼのところの使用人が王都で話しているのを聞いたんだよ」
「何と言う事ですの……」
誰にもバレないように静かにしていた筋トレが使用人にバレていたどころか、街中でその話をされていたとは……とエリーゼは項垂れた。
「そんなわけで、私よりできた人間など山ほどいるんだぞラモン」
「…そうみてぇだな。でも、俺はお前ほどできた奴は見た事がねぇんだよ。 お前は人のためを思って叱ったり優しくしたりできる本物の騎士だ。 俺はそんなにはなれそうにねぇからお前の事、すげぇと思ってんだぜ?」
「や、やめろ! それ以上褒めるな!」
顔を真っ赤にして手を振るマーガレット。ラモンとエリーゼはそんなマーガレットを見て、顔を見合わせて悪い笑みを浮かべた。
「マーガレットさん、もしかして照れてるんですの~?」
「…意外と照れ屋なんだなぁ?」
「なんっ!? ふ、二人とも嫌いだぁ!」
足をバタバタと振り回してラモン蹴り付けるマーガレット。エリーゼはマーガレットの隣に座っているので被害を受けなかった。
「わ、私はただ、これ以上称賛されると傲ってしまいそうだったからやめろと言ったんだ!」
そんなマーガレットの反論は虚しく、マーガレットは暫く二人に揶揄われ続けた。
やがてゲヴァルティア帝国へと到着した、マーガレット、ラモン、エリーゼが乗っている馬車。代金は先払いだったのでそのまま外に出る。
外に出ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
戦争でもあったのかと思うほど酷い有り様だ。あちこちの建物は焼け落ち、真っ黒い塊がそこらに転がっている。人型をしていることから恐らくこの塊は……
「…これはどう言うこった……?」
「ミレナリアに侵攻している間に他の国にやられたのだろうか……」
「何にせよ見ていて気持ちのいいものではありませんわね。……さ、早くクドウさん達とラモンさんのご家族を探しましょう」
エリーゼが立ち尽くす二人の背中を押して移動するよう促す。だが、周囲にはそんな凄惨な光景がずっと広がっているので二人の気を引く事はできなかった。
「お城の方は無事みたいですわよ。お父様からの話によりますと、城の周囲は貴族の屋敷が広がっている、貴族街なのだとか。ラモンさんの家族を買われた侯爵が亡くなっている可能性は低いですわね」
「普通の国なら例え貴族街だろうと無事であれば、避難してきた人々を受け入れているものなのだがここはどうだろうな」
「…貴族関係の話は全く分かんねぇな」
まずは被害が皆無な貴族街へと向かう三人。これ以上凄惨な光景を見たくない事と、人が集まっているだろうからと取り敢えず向かう。
もし貴族街が避難民を受けれていれば、秋達と遭遇する可能性も高まるだろうし、そうでなくても侯爵のいる場所へムカウ事はできる。こう言っては不謹慎だが、ここに避難民が集まっていると言う事はそれだけ貴族の屋敷に接近しても怪しまれないという事だ。ならそれを利用しない手はないと、それまでの取り敢えず向かっている道中に考え、向かう意味を付ける。
貴族街の入り口付近には避難民が集まっている。服も煤けている。そんな煤けた服は破けたりして血も滲んでおり、人々の痛々しさが犇々と伝わってくる。無造作に広げられた応急措置の屋根の下に薄い布を引いたりしてどうにか住みやすい場所を作っている。パーソナルスペースもあったものじゃない。ここで暮らす人々は心身共に疲弊していく事だろう。
正直見ていられない光景だ。脅威からの襲撃などとは無縁であった帝国の人々の間に流れる空気は重いものだった。こんな悲劇に襲われれば否応なしにそんな空気が流れるものなのだが、特に気力や活気がない。そこを統率して頑張っていこう! と言うような人間がいないのでずっとこのままだ。
「…世の中、予想外で溢れてんだな。 ゲヴァルティア帝国に侵攻されてたのは俺らのはずなのに、そのはずなのにゲヴァルティア帝国はこんな状況なんだもんな。 良い意味でも悪い意味でも幸福と不幸の上下が激しすぎるぜ」
「こんなので溢れるこの世界で暮らすのなら、どうやっても生きるのに飽きそうにないですわね」
「騎士として生きるのだからこんな光景には慣れておかねばならないのだが、これに慣れてしまえば私は人間ではなくなってしまいそうだ。 他の騎士達はこの光景を見てどう思うのだろうか……」
それぞれが感想を口にする。
そんな三人に話しかける者がいた。煤けて血も滲んだ服を着ている避難民の一人だ。老いた結果である白髪は灰を被り少し灰色が混じっているが、人のよさそうな微笑みを湛えている。そしてつばの広い帽子を被っており、槍のような杖を突いている。左目がないと言う状態が、どうしてもこの惨劇のせいだと思わずにはいられない。
「すみませんねぇ旅の方々。 見ての通り我がゲヴァルティア帝国はこんな酷い有り様でして……旅の疲れを癒すことはできないでしょう。すみませんね」
「いや、別に構わない。私達はそれほど疲れていないからな」
「そう言っていただけると嬉しいですな……」
「それで、あれはどういう集まりなんだ? 見たところ貴族街へ入れて欲しくて縋っているように見えるのだが」
「見たままでございますよ。 あなたが仰る通り、本当に貴族へ縋っているだけです。ですが、やはり貴族の方々は私どものような平民は相手にしてくれないようでしてね……」
元々頼りにしていないのか、当たり前だと言うような口振りで老人が言う。それに悲壮感を覚えたマーガレットは、老人に言った。
「ならば私達があの門を破壊しよう」
ある人物を真似て言った一言だ。
「…何言ってんだ!? お前らしくもねぇ……!」
「マーガレットさん、落ち着いてくださいまし。 そんな事をすれば目立ってしまい貴族の方々に目を付けられて、ラモンさんのご家族の捜索が大変になりますわ。……いえ、その前に罪人として捕縛されてしまうでしょうね」
エリーゼの言葉にハッとしたマーガレットは「すまない」と謝ってから考え始めた。
(私はクドウではないのだから、やはり私は私なりのやり方をしなければならないな。 だが、私なりと言っても何もできないのが事実だ。ここがミレナリアなら多少の融通は利いたのだが、ここはゲヴァルティア帝国だ。父上の騎士爵も意味を持たない。 …………ダメだ。私には何もできない。 こんな時、クドウがいればなんとかなったのだろうな……)
無意識の内に人に頼る思考を頭を振ってリセットして再び考え直すが、やはり何も案は浮かばない。
「すまない……私にできる事はなさそうだ……」
「えぇ。それがいいでしょうとも。 あまり大きな声では言えませんが、この国の王族も貴族も自分と自分の派閥の事しか考えておりません。下手に手出しをするべきではないですよ」
ほっほっほ、と笑う老人に酷い事をしたなとマーガレットは反省する。
希望を与えておいて、やはり無理だ……と、こんなのは到底許されるべき事ではない。マーガレットが目指す騎士の像は常に民の希望となり、民を幸せに導くものだ。それがなんだ? 老い先短い老人から希望を奪い去って……はい、終わり。……ふざけるな。
マーガレットは拳を強く握り締めて唇を噛んだ。
エリーゼはマーガレットの頭を撫で、握り拳を包み込む。そして綺麗なハンカチでマーガレットの唇から垂れる血を拭き取って言う。
「別に気にする事ではありませんわ。 あのご老人は端からマーガレットさんに希望を見いだしていませんでしたわよ。 どうせ、「小娘が粋がっておるわ」程度にしか思っていなかった事でしょうね。マーガレットさん、あなたは何も悪くありませんのよ。できるできないは置いておいて、人助けのために行動しようとしただけで立派ですもの。 ……ですからどうか折れずに、強く優しいそのままのマーガレットさんでいてくださいまし」
エリーゼは言いながらマーガレットを抱き締めて頭を撫でている。頑張ったけど失敗してしてベソをかいている子供を慰めるように優しく励ますようにマーガレットを慰める。
特に何かを考えたわけではないが、自然とこういう事ができる辺りエリーゼの包容力の豊かさが垣間見える。
「……ありがとうエリーゼ。私は自分が思うよりずっと脆いみたいだ。こんな事で挫けていては騎士など務まらないだろうな」
「そんな事ありませんわよ。マーガレットさんは強くて優しい。そんな人は人に好かれますもの。……それに、人は躓いて、また立ち上がって成長していく生き物ですのよ。躓いてそのまま地面を舐めたままにならない限り何度でも立ち上がれますわ。ですから諦めない限り何度でも挑戦し続けるといいですわ。……もう一度言いますけど、折れずに強く優しいそのままのマーガレットさんでいてくださいまし。わたくし達はそんなマーガレットさんが大好きですもの」
至近距離でマーガレットに微笑むエリーゼ。そんなエリーゼにマーガレットははにかみ笑いを浮かべた。そして気付けばマーガレットはエリーゼを抱き返していた。
ソフィアを聖女するならばエリーゼは聖母だ。マーガレットは冷静になったような、嬉しさでぐちゃぐちゃな頭でそんな事を考えていた。
抱き合う二人。
そんな二人の友情を見せつけられたラモンは一歩引いた位置でそんな二人を微笑みながらみつめていた。
(やはり諦められない。どうにかしてこの門を開けて、この人達を貴族街へと連れていく。 クドウからは遠ざかるだろうが、目先の困っている人間を救うのが優先だからな)
再び人々に希望を与えようと……与えねばならないと強いられているように、失望させてしまった老人へのお詫びも兼ねて門を開こうと、マーガレットの心は立ち上がっていた。
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マーガレット達と同じく、ゲヴァルティア帝国へ向かっていた、ライリー、ティアネー、ジャンク、グリンの四人。
こちらもマーガレット達と同じく馬車を使ってゲヴァルティア帝国へと向かっていた。
だが、御者がライリーやティアネーの美貌を求め、邪魔者であるジャンクとグリンを先に始末しようとしてジャンク達に攻撃を仕掛けた。ジャンクとグリンが返り討ちにし、馬車の御者を捕縛して近くの村の衛兵につき出した事によって、四人は徒歩で移動する事になっていた。
「はぁ……これだから女は嫌いなんだよ。いつもいつも面倒事の種になる」
「先生の言う通りです」
愚痴るジャンクに、同調するグリン。ジャンクの口振りから察するに、過去に一度女性絡みで嫌な事があったものと思われる。
「そうは言われましても私達は何もしてないです……」
「それが厄介なんだよ。本人に悪気があるわけじゃないってところが。だから責めようにも責められない。本当に面倒だ」
「なら、そうして愚痴るのを止めたらどうだ?」
イライラした様子のライリーがジャンクに言う。人の愚痴を聞いて怒るのは普段のライリーらしくない。普段のライリーは「さぁ、私に愚痴をぶちまけろ!」と言うような姿勢であるのにも関わらずだ。
だが、そんなライリーがイライラするのには理由があった。
「過去に何があったかは知らんが、関係のない私達に不満をぶつけるのは止めてくれ。 何時間も同じ愚痴を延々と聞かされるこっちの身にもなってみろ」
そう、ジャンクは何度も何度も同じ愚痴を垂れていたのだ。その度には謝って謝って、愚痴って愚痴って……を繰り返していた。
そんな四人は次の町で馬車を借りてゲヴァルティア帝国へと向かっていた。途中の村で馬車に乗れたからか、ジャンクの愚痴は止んだ。
既にマーガレット達とは差が開いてしまっているが、ライリー達はそれを知らない。だが、ライリー達は急ぐ。
強盗に脅されて、お金をバッグに詰めるかのごとき焦燥に駆られて。
失踪者を探すには急がなければならないから。山で遭難した人間を探すのと同じで、急がなければ捜索からの発見は困難を極めるのだ。時間が経てば経つほど、失踪者は進む。進めば進むほど追うのは難しくなる。当たり前の事だ。 ……それを世の人間は『鬼ごっこ』と言う形で知っている。
やがて、ライリー達がゲヴァルティア帝国に到着したのは、マーガレット達が到着して一日が経過した頃だ。
そこで概ねマーガレット達と同じ反応した後に、同じ行動をとり、貴族街へと向かった。門のすぐそばで、避難民達は未だに生活していた。その生活が変わる様子はなかった。
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アブレンクング王国に滞在していたアデル、クルト、ラウラの三人の元にインサニエルがやってきた。
「昨日、この国に到着されて疲れているところ申し訳ないのですが、ミレナリア王国に『最果ての大陸』よりやってきたと思われる強力な魔物が現れ、フィドルマイアを抜けて現在は王都ソルスミードへと向かっていると言う情報を入手しまして……勇者様方にはその魔物の討伐に向かっていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
最果ての大陸
それは大陸と呼ぶほど大きくはないのだが、一般的にそう呼ばれている場所だ。そこに蔓延る魔物はどれも異常で、亜人を含む人類が未だに調査を進められていない陸地だ。そしてそこは気候の変化が著しく、どんな手練れでも早々に帰還してしまう魔境だ。
そんな場所からやってきた魔物の討伐。真っ青になるアデル達だが、行動に移さないわけにはいかなかった。なぜなら昨日、勇者として知られてしまったからだ。まだ公にはされていないが、それでもインサニエルの仲間には勇者だと知られてしまっている。 ならばもう引けない。
勇者として、賢者として、神徒として、特別な役割を得た者として、世のため人のために奔走して奮闘しなければならないのだ。
どれだけ疲弊していても、衰弱していても、病床に臥していても、精神的に参っていても、自分を犠牲にして磨耗する事を厭わず世界のために戦い続けて、闘い抜かねばならない。
なのでアデル達の回答は決まっていたも同然だった。
「分かりました」
馬車に揺られて見えて来たのはフィドルマイア。既に人はいない街だったが、魔物達が暴れたのか再び街は炎上していた。ここではもう誰も死んでいない。……そのはずなのにどうしてか無性に悲しかった。
……罪のない人々が多く死んだ悲しみの地が、こうして無情にも荒らされているからだろうか。
答えは出ないが、三人はその悲しみを戦う意志を燃やすための薪にして脅威となる魔物を討伐する意志を固めた。
その魔物達はフィドルマイアとソルスミードの間にある街道を進んでいた。理性のない魔物の癖に人間が作った街道を歩いていた。
周囲の土や砂をかき集めてどんどん巨大になっていく砂の巨人。
背中から氷の柱を無数に生やした白い熊。
全身がピカピカ輝いて実体を捉え辛い雷の鳥。
全身が燃え盛る溶岩を垂れ流しているスライムようなもの。
干からびた死体のような見た目で風を纏っているもの。
そんな五体の魔物は仲良く街道を歩いていた。
普通ではない雰囲気が漂っている。最果ての大陸からやってきたのだから普通ではないのは覚悟していたが、まさかこれほどまで個性的とは思わなかったアデル達は馬車からおりてから暫く近付くのを躊躇っていた。
あの魔物の一体一体から漂う雰囲気はクラエルを2倍ほど強くしたぐらいのものだ。それがアデル達の歩みを妨げる原因でもあった。ちなみにクラエルはニグレドやアルベドと言った龍種よりも多少は強い。それを2倍も強くしたともなればどれほどの強敵か分かるだろう。
「あれ、私達に倒せますかね……?」
「倒すしかないんだよ。ボク達は【魔王】を倒さないといけないんだから、この程度で怯んでいられないよ」
「うん。アデルの言う通りだ。【魔王】はこんなのとは比べ物にならない程強い。ならこれからはこう言う強敵と戦って強くなるしかないんだよ」
決意したような表情で言うアデルとクルトに感心するラウラ。自分の甘さが分かったところでラウラは頬を二度叩いて気合いを入れる。
(神徒なんて大層な地位に就いているんだ、二人に負けてられません!)
ラウラはそう考えて、アデルクルト共に走り出した。
戦力も、数も相手の方が上だ。勝ち目などないに等しい戦いに身を投じた。だが、相手は所詮魔物。戦力も数も不利なのなら魔物にはない知能を使って戦えばいい。
そう考えて自分を鼓舞するアデル達。
冷静に考えれば分かった事だが、思考を操作されて偽物の勇気を与えられ、戦意を植え付けられた三人は気付かなかった。
知能のないはずの魔物が徒党を組んで街道を歩いていると言う不自然な点に。
いや正確に言えば気付いていた。近付くのを躊躇っていたのがその時だ。
しかし思考操作と言うのは厄介なもので、その不自然な点への気付きをも忘れさせ、不自然な点に気付けないよう操作されてしまっていたのだ。
全ては【魔王】を討伐するために。
その妨げになるものは問答無用で思考操作の影響を受ける。【魔王】の討伐に直接影響しなくとも、どこかで絆され、【魔王】討伐を疎かにしてしまう原因があるとその事柄も忘却の彼方へと葬り去られてしまう。
家族との思い出が魔王討伐を疎かにする原因なら家族の存在を忘却する、恋人との思い出が魔王討伐を疎かにする原因なら恋人の存在を忘却する……
誰かが操作しているわけじゃない。
この思考操作は、【勇者】【賢者】【神徒】と言う称号に備えられていた罠のようなもので、その称号を得てしまえばもう終わりだ。【魔王】の討伐だけに身を捧げる生け贄へと変貌を遂げてしまう。
神の干渉がなくとも勝手に思考が誘導され、強制的に抱かされてしまう偽物の勇気。その『称号』に抵抗する事はできないし、思考操作に気付こうとも、それすら操作されて忘れさせられてしまうので救いはない。
これは『特殊個体』や『名前持ち』のような『認定の称号』に似ているが、こちらの【勇者】【賢者】【神徒】は忠誠心に関係なく事柄を強制させられるので、称するとすれば『強制の称号』だろう。
そんな足枷となる称号のせいでアデル達は傷を負って、負って、負い続けて……圧倒的な劣勢へと陥った。称号に陥れられた。
この魔物達は世界の味方だ。神に付いて【魔王】を倒そうとするアデル、クルト、ラウラを見逃すはずもない。手負いで動きが鈍いアデル達へと容赦のない猛攻が繰り広げられる。
やがて地面に倒れ伏したアデル達。 無傷で迫る五体の魔物達。
馬車の御者も馬車の内部に引っ込んでしまい、助けを呼びに行くと言う行動はとっていない。インサニエルやカエクスは用事があるとかで大聖堂へ向かった。今頃は運命の女神ベールと会っているのだろう。
アデル達が思い当たる救いはない。
そんな救いを求めて救いを探すアデル達にジリジリと距離を詰める五体の魔物達。そして囲まれる。地面に倒れ伏したアデル達を見下ろし、嘲笑うように見下す。
五体の魔物達からすればさぞ嬉しい事だろう。世界の敵となる神の下部である、【勇者】【賢者】【神徒】を殺せるのだから。
思わず嘲笑ってしまうのも無理はない。
これほどに弱すぎる神の下部を嘲笑って、こんな駒しか用意できない惨めな神を嘲笑うのだ。
そんな魔物達に嘲笑されるアデル、クルト、ラウラはこんな窮地に陥ってもなお、魔物達を睨み付ける。他の者が見れば、なんと強い志だ! と褒め千切っただろうが、これは『称号』のせいだ。『強制の称号』は動けないアデル達の体に鞭を打って動かそうしているのだ。
最後まで諦め悪くでしゃばる『強制の称号』は、最期までアデル達に意思を持たせないようだった。
──そんな時、どこからともなく大きな口が到来し、五体の魔物だけをあっという間に綺麗さっぱり喰らい尽くしてしまった。
そのアデル達にとって救済とも言える大きな口はすぐに去っていくが、その刹那、五体の魔物の死亡により『強制の称号』の思考操作から解き放たれたアデルとクルト、ラウラの三人は揃ってその口の向かう先を視線で追った。
その先にあったのは、『名無しのパーティ1001』に所属していた頃、毎日のように見ていた黒い渦。
黒い渦へと引っ込んでいくドス黒く禍々しい大きな口には見覚えも覚えもなかったし、王都を離れてまだ数日しか経っていないが、王都に帰りたくなるような、そんな懐かしい雰囲気を感じさせた。
その後、魔力が回復したクルトの聖魔法で体の傷を癒したアデル達は、怯えて縮こまっていた御者に帰還を促してアブレンクング王国へと帰った。自分達は無様に血を流して地を這っていただけだが、【勇者】【賢者】【神徒】としての尊厳もあるので、何者かの介入より救われた事は黙っておいた。
……と言うか……何に救われたか思い出せなかった。
魔王討伐の妨げとなる故郷への懐かしさは、再び出張ってきた『強制の称号』の思考操作によって忘却の彼方へ葬り去られていた。