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第251話 降雪の山と、燃え盛る帝都

 とにかく雪山を移動する。

 闇雲に動くのは危険なのは分かっているが、アケファロスやジェシカはともかく、それより弱い生物達がこんな環境に放り出されればどうなるかは目に見えているので急ぐ必要があった。


 どうすればいいのか全く分からない。視界は吹雪のせいで白く染められ頼りにならない。フレイア達の匂いを辿ろうにも、これも視界と同様に吹雪にかき消されて分からない。


 俺が懸念しているのはこの寒さによるフレイア達の凍死だ。ならば寒さの元凶である氷の女王を殺すのが手っ取り早いのだろうが、そもそもそれが見つからないのでどうにもならない。


 完全に手詰まりだ。


「歩き回るんじゃなくて、取り敢えず下山しないかい? そのぐらいの体力はあるだろうから、きっとあの子らもそうしていると思うよ?」

「分かった」


 スヴェルグが言うので、何の考えもない俺は素直に従う事にする。考えてみれば簡単に思い付くような事だが、焦っていてはこの程度の事も思い浮かばなかった。


「全く……アンタ、冷静さを欠いたらなんの役にも立たないんだね……」

「たった今、自分が無能だと思い知らされたよ」

「でも、普通の生き物らしくていいんじゃないかい?」

「普通であるぐらいなら無能がいいな」


 戦う力を得ても俺が無能なのは変わらない。

 俺の頭の悪さはどう足掻いても変わらない。


 それは俺にとって害でしかないが、それが普通の生き物らしい、と言うのであれば俺は無能のままでいい。

 有象無象に埋もれるぐらいなら、無能のまま悪目立ちしながら生きた方が自分の存在に満足して自分の存在を認められると言うものだ。


「ひねくれた考えをしてるね、アンタは。 まぁ、あたしゃできるだけ人の考えに口出ししないように生きてるから何にも言わない。 ……と、言いたいところなんだけど、あの子が世話になってるみたいだから親切心で言うよ。……アンタ、そんな考えじゃいつか絶対後悔するよ。無能は無能なのさ。どう足掻いても何も為せないし成せない。全てを落として奪われて無意味に変えて絶望するより、普通に無難に生きて持ってるものを少しずつ取り零しながら生きた方がいいと思わないかい?」


 スヴェルグが言う。


「確かにそうだ。わざわざ言ってくれてありがとう。……でも、自分を押し殺して普通に紛れて生きるなんてまっぴら御免だ。 俺は無能と言う自分を抱え、四苦八苦しながら足掻いて生きて……そしてひたすら奪って奪って生きるんだ。俺の大切なモノを奪われて俺が傷付きたくないから」


 大切なモノを一度全て奪われた事があるからこそ、こうしていなければやってられないんだ。

 そうしなければ、安らぎも安心も得られない。平穏も平和も安寧も得られない。当然、幸せも得られない。


 なら、幸せを得るため、奪われないようにするためには自分が奪う側に回り、先手必勝とばかりに奪う者達を始末しなければならない。

 奪われてからでは遅すぎるから。


「そうかい。なら、アンタには『愚か者』と言う言葉がピッタリそうだね」

「あぁ、そうだな。確かにいつだって俺は愚かだ」


 吹雪く雪山を下山しながらそんな会話をしていた。







「アキとスヴェルグなのだ!」


 山の麓で集まっていたクロカ、シロカ、セレネ、アケファロスの四人。どうやらフレイアとクラエル、ソフィアとジェシカと更に分かれてしまっていたようだ。


 下山すると言う判断遅かった俺とスヴェルグですら、こうしてクロカ達と会えているのにフレイア達はまだだ。恐らくまだ雪山にいるのだろう。


「ふむ? フレイア達と一緒じゃないのかぇ?」

「どうやら更に分かれてしまってるようだね。はぁ……厄介ったらありゃしないよ」

「ん。探しに行く」


 セレネが雪山へと歩きだすのを止める。お前はフレイア達と一緒で雪山に弱いやつだろうが。アケファロスやジェシカ、スヴェルグと同じレベルなら許可を出しただろうが、お前はダメだ。


「アキ、なんで止めるの?」

「俺が探しに行く。お前らはここで大人しく待ってろ」


 実は案はもう一つある。だが、それをすると周囲への影響がどれほどのものになるのか分からなかったので、スヴェルグがいる時できなかった。しかしここでクロカ達と合流した事により、一人で山に戻る選択肢がとれるようになった。


「流石に危険だと思いますが……」

「ああはなっちゃダメだよアケファロス。あれは飛びっきりの愚か者さね」

「でしたら止めた方が……」

「でも、心配しないでいい。あの愚か者は魔王らしく力業で解決するつもりだろうからね」


 スヴェルグの言う通り力業で解決するつもりだ。


 生物から漏れ出る魔力の波を感知するためには、自分の魔力を触れさせて感知する。そしてその自分の魔力は人体や物などに触れさせる事ができるのが、アケファロスにちょっかいをかけていた時に分かった。


 ならば魔力を操って雲を払い、視界を少しはマシにする。積雪を噴き上げる強風は風魔法で無理矢理制御してしまうので大丈夫だろう。




 それから一人で雪山に戻った俺は雪山を駆け上がり、雪山の中腹辺りまでやってきた。雪崩が起こらないように、体重を軽くするスキルを使って配慮したので雪崩の心配はない。何度も風で吹き飛ばされそうになったが、取り敢えず雪崩の心配はない。


 早速考えていた事を実行する。まず、鬱陶しい強風を風魔法を使って無理矢理押さえつける。あっさり風は止んだが、降り注ぐ雪は止まない。強風を止ませただけでなんとかなるかも知れないと思ったが、やはり積雪の原因である雲を払わなければならないようだ。

 まぁ、この雲も風魔法で払えばいいのだが、せっかく【魔力感知】の別の使い方……【魔力操作】としよう。 ……いや、【魔力操作】はスキルとして存在するな。 じゃあ何と呼ぶべきか…………まぁいいか。とにかくそれを覚えたのだから、それをしてみたくなるのは当然だろう。


 そんなくだらない事を考えながら俺は徐々に魔力を放出していく。ついでに大気中に漂う魔力もかき集める。


 ちなみに大気中に漂う魔力が『マナ』と言うらしく、生物の体内に宿るのが『オド』と言うらしい。どちらのが便利かと言われればマナだろう。あくまでオドは生物の体内に宿る程度のものだ。世界全体の大気中に流れるマナとは比較するまでもないのだ。

 あと、マナやオド他にも『エーテル』と呼ばれるものや、『チャクラ』などと呼ばれるものもあるらしいが、エーテルやチャクラの用法は知られていない。ただ、エーテルやチャクラと言うものが存在すると言う記録だけが残されているのだ。


 思考が逸れたが、俺は体内にあるオドを放出して大気中のあるマナもかき集める。オドとマナを合わせて使う意味は全く理解していないが、使えるものを全て使っておけば最高な結果が出るんじゃないか? と言う考えによってこうしている。


 すると、俺から吹き出るオドと、俺へと向かってくるマナは合わさる事なく衝突し始めた。雲を払うつもりで集めたその膨大な魔力の衝突により、あたりには衝撃波が吹き荒れる。慌ててオドとマナの両方を霧散させて衝撃波を止ませる。

 地吹雪が舞うが、特になんの害もかったので知った事ではない。


 それにしても、オドとマナを合わせる事はできないのか。……ならマナを使う事にしよう。

 オドの方が魔力の質は高く、オドを使用したスキルや魔法の効果は高くなる。例えば火魔法なら火力の強さ、スキルで言えば【魔法武器創造】により創造した武器の硬度や切れ味が向上する……と言ったようなものだ。だが、今は質より量なのでマナの方が有効だろう。


 そう考え、今度はマナだけを集める。今度は問題なく集まり続けるマナは、目には見えないが渦を巻いているのが分かる。俺を台風の目として渦を巻いているのだ。積雪を巻き上げる膨大なマナの奔流。俺はそれを空高く上昇させ、雲を払おうと雲に近付ける。

 本来なら雲までに到達するのに時間がかかるのだろうが、ここは山の中腹だ。それなりに雲からの距離は近くなっているので雲への到達にそれほど時間はかからなかった。


 積雪を伴った渦巻くマナによる風圧で雲は空に穴を空けた。そんな穴はどんどん広がっていく。マナの渦が横に広がっていったからだ。地面に届く間もなく雪は渦に呑まれ、雲は向こうへ追いやられる。

 人類が機械や魔法を使わない限り、手を伸ばしても決して届かない大きく広い空がぽっかり空いた穴から覗く。どこまでも青く蒼い、水面を映したかのような澄み渡る青空。さきほどまでの、塩入れから塗された塩のごとく降り注がれていた、雪が降る曇り空とは大違いだ。


 先程の曇天から一転、晴天が笑顔で白い地面を見下ろす。雪が太陽の光に照らされてキラキラと煌めいており、とても現実のものとは思えない光景だ。

 現実のものとは思えない光景と言えば、今の今まで吹雪のせいで気付かなかったのだが、俺が今いる場所はとても眺めがよくて、遠くに見える草原が風に吹かれて波のように草が揺られているのまで見える。 ついでに言うと、目を凝らせば麓にいるクロカ、シロカ、セレネ、アケファロス、スヴェルグの五人が、青い空と煌めく積雪を交互に見ているのが見える。


 さて、問題のフレイア達はどこにいるのだろうか。


 俺は振り返って歩きだす。


 そこに声をかけてくる者がいた。聞き覚えのない声だ。冷ややかで体の芯から氷付けにされてしまいそうな、か細く、ひ弱で、冷たい声色だ。死人が言葉を発すればこんな感じなのだろうと思う。夜中にこの声で「うらめしやぁ~」とでも言われれば、忽ち全身から嫌な汗が溢れだす事だろう。


「私の世界がぁ~……なんて事をするんですかぁ~……」

「お前が噂に聞く氷の女王か。 吹雪を起こす環境は少々邪魔だったので退けさせてもらったぞ」

「おのれぇ……人間め~……! 私の世界を返せ~!」


 そこにいたのは、袖も裾もブカブカな白いドレスを着た窶れた雰囲気の女だった。ドレスはどことなくウェディングドレスに見えなくもない。

 先端が凍り付いた真っ白い髪に、氷のように透明感のある薄い水色の瞳に、雪のように白い……死人のように血色のない青白い肌だ。


 そんな見た目の女は精一杯脅しているのだろうが、そんな覇気のない声で脅されて怯む者などいるわけがないだろう。寧ろ舐められて終わりだ。……だが、俺は決してこいつを舐めたりなどしない。どれだけの期間がかかったのか分からないが、この大きく高い山を吹雪で支配するほどの生物だ。危ない奴なのには変わりない。


 ティアネーの森にいたキメラと言い、こいつと言い、どうして魔物は自分だけの世界を持ちたがるのだろうか。……そりゃあ確かに自分だけの世界があれば快適だろうが、人の住む国を侵してしまえばそれはお前だけの世界ではなくなる。

 そんな事を説明してやりたいが、魔物であるこいつには人間のそんな常識などは理解できないだろう。


「死にたくなければ……ここから立ち去れ~……」

「俺には用事があるんだ。それが終わるまでは帰れない」

「用事とはなんだぁ~……!」

「人探しだ。お前はここらで人を見かけなかったか?」


 氷の女王に尋ねる。


「見かけましたよぉ~……」

「マジか! どこで見かけたんだ!?」

「私の洞窟だ~……勝手にやってきて私を追い出したんです~……」

「あっそ。 早く案内してくれ」


 何か愚痴を言っているようだったが、どうでもいいのでスルーして案内を催促する。 出ていって欲しいならさっさと案内しろと言う事だ。 そんな俺の意図を汲み取ったのか、氷の女王は俺に手招きをして洞窟まで案内してくれた。






 案内されたのは、さっきいた場所からそう離れていない岩壁に空いた洞窟だった。

 入り口から中を覗くと、すぐそばでフレイア、クラエル、ソフィア、ジェシカの四人が仲良く談笑していた。衰弱している様子はなく、元気そのものだった。


 この空気感には覚えがあるぞ。

 確か、母さんとフレイアが初めて会った時にしていたガールズトークの時に流れていた空気と全く同じだ。


 この空気感の中では、話に割り込み辛いので俺は話が終わるまでは離れたところで雪遊びする事にした。氷の女王がうるさいが、軽く【威圧】を使えば驚くほど大人しくなった。


 話が終わるまでに雪だるまは幾つできるだろうか。かまくらは幾つ作れるだろうか。話が終わるのが先か、日が暮れるのが先か。

 それらは分からないが、俺が雪遊びに飽きてしまわないうちに終わらせて欲しいものだ。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 時は少し遡り、ミレナリア王国との戦争を終えて自国へと帰っていたアルタの話だ。


 アルタは自国を目の前にして愉快そうに笑っていた。

 自分が治める国から火の手が上がっている。


 恨まれる覚えがありまくりだったアルタは大して驚いていなかった。寧ろ喜んでいた。 この度の戦争ではあまり愉快に、満足がいくほど暴れられなかったので、帰国後に控えているであろう珍事に胸を踊らせていた。


 帝都への門を潜ったアルタは騎士や魔物だけを城に戻らせ、城に戻るのを一人だけやめて火の手が上がる帝都へと繰り出した。


 逃げ惑う人々。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。男も女も、子供も老人も、等しく逃げ惑う。我先にと駆ける大人に押されて子供や老人が転倒するが誰も助けない。


 付近に脅威となるような人物はいない。強いて言えば火事場泥棒がいる事ぐらいだろうか。だと言うのにこんな有り様だ。

 アルタは愉快に思いながらも自国の民の心の弱さに呆れていた。


 現在アルタが治めるこのゲヴァルティア帝国は周囲の国々の中でも最も強いらしいが、その国の強さに胡座をかいていた帝国の民はこういう事態の対処能力が著しく低下していた。


 やがてそんな光景に飽きたアルタは、そこらに散らばっている死骸を貪ってからこの騒動の元凶を探し始めた。

 だが、元凶はあっさりみつかった。新しく火の手が上がっていく方向を辿れば簡単だった。


 そこには赤髪で赤目と言う自分の部下にそっくりな色合いの男と、左目が金色に輝いている男がアルタを待ち構えていた。


「僕の目が言う通り皇帝が来たよ?」

「俺の勘の通りとも言う」


 この騒動の元凶である二人の男に話しかけるアルタ。その口から出たのはアルタが全く思ってもいない事だった。


「君達だね? 僕の大切な国を滅茶苦茶にしたのは」

「大切だ? よく言うぜ。前皇帝と同じで国の事や民の事を欠片も考えてないような奴がよぉ?」

「で、僕になんの用? こうして僕を待ち構えてたんだから何かあるんでしょ?」


 赤髪の男が言う事を丸ごと無視して用件を聞き出す。「バレちゃった?」などと言う軽口を叩く余裕がないほどアルタは追い詰められていた。これから起こる愉快な出来事に。


「復讐だよ。お前が俺に何かしたわけではねぇが、前皇帝のした事だ。だが、復讐の矛先がなくなっちまったから前皇帝同様のイカレ野郎であるお前に復讐しに来たってわけだ」

「僕に復讐したいならこんな事はしなくてよかったんじゃないかい?」


 アルタは両手を広げて周囲の惨状を示す。建物は焼け落ち、崩落し倒壊し……瓦礫の下敷きとなった人間や、火だるまとなって絶叫しながら駆けずり回る人間。それらを指す。


「確かにそうなんだがよ、俺はこの国の全てが赦せねぇんだよ。 自国の強さに胡座をかいて滅ぼされる下々を嘲笑う、そんなこの国の全てがな。 だからお前をおびきだすための餌としてついでにこうして裁いてんだ」

「なるほどね。君がどうしてゲヴァルティア帝国の全てを憎んでいるのか知らないけど、今から僕は皇帝として国を襲った襲撃者を裁かないといけないわけなんだけど……まぁ、志半ばで終わらないよう精々頑張ってね」


 瞬間始まる高速で繰り広げられる戦い。一般人には視認できないものだが、【神眼】を持つティオ=マーティは優れた動体視力によってその戦いを追っていた。

 ティオ=マーティからすればアルタの方が不利に見えるが、実際は【冒険王】の方が不利だった。

 【冒険王】がアルタに攻撃を食らわせても、アルタは痛がる素振りを見せず、無反応だ。変わらず嬉しそうな表情で獣のように荒々しく我武者羅に向かってくるだけだ。

 【冒険王】が抱いた感覚とすれば、核のないスライムを相手にしているような感じだ。肉を断つ感触はあるのだが、手応えがないのだ。


 そしてアルタも【冒険王】の巧みな足捌き、体捌き、剣捌きに翻弄されてまともに攻撃を食らわせる事ができないでいた。攻撃が当たった! と思っても未来予知でもしたかのような紙一重で躱される。


 暫くして漸く戦況をつかめたのか、このままでは不味いと思ったティオ=マーティは【冒険王】の補助に努め、アルタの妨害に努め始めた。


 ティオ=マーティの持つ【神眼】と言うスキルは通常の人間が入手できない、つまり特定の魔物だけが持つスキルだ。


 だが、例外はどこにでもあり、魔物専用のスキルでも、転生、転移、召喚などでこの世界にやってきた異世界人はこの世界に存在するスキルの全ての中からどれか一つを得られる。そこには魔物専用や、特定の種族専用などの決まりは関係ない。

 中にはスキルではなく、魔法の才能を与えられたり超人的なステータスの数値を与えられる者もいるが、それらよりも圧倒的にスキルを得る異世界人が多いのだ。


 そしてそんなティオ=マーティが得た【神眼】と言うスキルはこの世界に存在するすべての『目』に関係するスキルの欲張りセットだ。【遠視】に【透視】、【鑑定】や【千里眼】……と言った見る……視る事に特化したスキルなのだ。その中には【魔眼】や【邪眼】と呼ばれる生体に直接的に効果を齎すことのできるスキルも含まれている。【魔眼】と【邪眼】に違いはないので、一般的には二つを纏めて【邪視】と呼ばれている。


 そんな【邪視】を使用してティオ=マーティはアルタへと妨害をして【冒険王】の補助を行う。麻痺や毒、石化や魅了、拘束や思考能力低下、それらはあらゆる魔物のステータスを……耐性スキルを持つアルタには効きめが薄かったが、一瞬でも妨害をする事ができた。


「邪魔しないでよ。君は復讐心なんて抱いてないし、戦う力もない。完全な役立たずの部外者なんだからさ。死にたくなかったら大人しくしててよ」

「生憎と、僕の命は既にあるはずのない命なのさ。それを救ってくれた【冒険王】に生きることを許されたんだ。なら本来あるはずのなかった命、僕は死ぬまで恩人であり友達の【冒険王】についていく。それだけさ。殺したきゃ勝手にすればいい」


 ティオ=マーティはアルタの脅しに屈さずに言い返す。殺せと言われて、分かりました、となるほどアルタは素直ではない。

 アルタは生者も死者も等しく自分の玩具だと思っている。だが、アルタの遊び方は本来のものではなく、独自の遊び方だ。例えるなら、黒◯げ危機一髪で、海賊の頭を押さえつけながら空いた穴にひたすら剣を刺し込んでいき、そして果てには海賊の頭を押さえつけながらノコギリで海賊の首を斬り落とすような、正規の遊び方だとは全く違う遊び方をする。


 アルタに殺されたくなければ「殺してくれ」「殺したきゃ殺せ」などと懇願するのが正しい対処法であった。……その先には殺されず苦痛を味わうだけの拷問の未来が待っているのだけれど。


「じゃあお前は殺してやらない。僕に「殺したきゃ勝手にすればいい」と言った事を後悔して、一生「殺してくださいお願いします」と懇願するだけの壊れたファービー人形みたいにしてあげるよ」


 ティオ=マーティの【邪視】による妨害を受けながら【冒険王】と戦うアルタ。途中で何度も腹を貫かれ、首を落とされ、心臓を抉られたりして何度も死んだが、支配下にある生物の命を犠牲にして復活を遂げた。

 何度も生き返るアルタに戦慄する【冒険王】とティオ=マーティは、殺しても効果がないと判断して、逃げようと行動を改める。アルタの目を潰して逃走を図るが、視力を奪われたアルタは自害して視力の復活を遂げ、二人の逃走を阻む。


「君達が喧嘩売ってきたんだからさァ……ちゃんと最後まで相手してくれないかな?」


 若干高揚してきているアルタは、路地裏へと走る二人の前に移動して行く手を阻む。


「……さっきまでと随分様子がちげぇじゃねぇか。俺達相手に手加減でもしてたってか?」


 老け顔の【冒険王】24歳が額に汗を滲ませながらアルタに言う。ティオ=マーティは度重なる【邪視】の使用により、MPが尽きかけているためあまり動いていないのにも関わらず息切れを起こしている。


「新品の、貧弱な玩具でいきなり激しく遊ぶわけないだろォ? 軽く遊んでただけでもうボロボロみたいだけどね」


 アルタが嘲笑を浮かべる。

 その嘲笑は突如アルタの頭上を覆う影に覆われて視認し辛い。建造物にまだ宿る炎でゆらゆらとアルタは照らされているが、嘲笑が視認できるほどではなかった。


「ん?」


 頭上を覆う影を不思議に思ったのか、アルタが頭を上げると同時にアルタの胴体からは大きな百足の胴体が生えた。 黒光りする百足の胴体。そこから伸びるは橙色の足は素早く蠢いて血を撒き散らしており、とても気色が悪い。


「今のうちに逃げるといい。 この者が復活するまでは多少の時間がかかるようだからな」


 そう声をかけるのは『知る者』だ。


 路地裏を生んでいる二つの建物の上から百足の胴体のような尻尾を伸ばしてもアルタを持ち上げながら話しかけている。釣り針にかけられた蚯蚓のような有り様のアルタ。それからすぐにアルタの復活は終わた。

 アルタの復活は徐々にではなく、一瞬で元通りなのだ。アルタの復活の妨げとなる、百足の胴体のような尻尾は斬り落とされていた。


「痛いよ。それに不意討ちなんて酷いよ。 二人もそう思わないかい?」


 二人は答えない。答えられない。驚愕に縛られて。


 突如現れた異形……キメラ。だんだんと復活の所要時間が減っていっているアルタに驚いて一切の行動が封じられていた。


 そんな二人を見兼ねたアビスは大地を震わせる咆哮をして、残った百足の胴体のような尻尾で二人を蹴散らして、余ったもう一本の尻尾でアルタを再び宙吊りにした。


 視線を移すと、【冒険王】とティオ=マーティは遠くへと走っていっていた。流石にあれだけのショックを与えれば目先の危険を察知して逃げるのは当然だった。


 それを見届けたアビスはアルタから尾を引っこ抜く。当然アルタは血飛沫をあげて地面に叩き付けられた。そして徐に立ち上がる。


「どうやら死ねば死ぬほど、復活までの間隔は短くなるみたいだね。限度はあると思うけど。 ……それで、君は何かな? どうして僕の玩具をどこかへやったのかな?」

「あれらの死は私にとって不都合だからで、お前が生き物を殺して力を付けるのも私にとって不都合だからだ」

「だからって、あぁはいそうですかなら仕方ないですね、って済ます事はできないんだよね。責任をとって代わりをしてくれない?」

「断る」

「だよねー……そんで、確か君みたいなのをキメラって言うんだっけ? いきなりで悪いんだけど僕に支配されてみないかい?」

「断る」

「だよねー」


 アルタが駆け出すより先に建物の上から飛び立つアビス。空への攻撃手段があるにはあるが、威力などのもろもろが弱々しいアルタはそれを見届る事しかできなかった。


「二兎を追ったわけじゃないけど、一兎も得られなかった。 一石二鳥どころか一鳥も得られない。ほんと、嫌になっちゃうよ」


 アルタは、アビスが飛び去った方向とは反対側にある城へと歩みを進めた。なんの意味もない、完全な無意味であった徒労に悪態を吐きながらアルタはトボトボと徒歩で歩みを進める。


 アビスの羽搏きが齎した強風で帝都の建物の炎は鎮火していた。

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