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第250話 心の壁

 エルフの国ではなく、人間の住む村で夜を明かした。

 目覚めて一番最初に思ったのは「エルフの国、飽きたな」だった。なので今日の予定を丸ごと覆して、次はドワーフの国に向かう事にした。

 フェニルやアレゼルの監視も引き続き行うし、問題が発生すれば【神眼】で視界に入れてなるべく急いで駆けつけるつもりだ。助けてやる恩などはないが、一度それなりに親しくなってしまったし、監視もつけているのだからそれを見殺しにするなんてできないだろう。


 結局、エルサリオンとの【契約】は果たされていないので、この後エルサリオンがどうなるのかは知らないが、エルフを外交的にするための活動に支障がでない事を祈っておこう。


「本当、飽きっぽいわよね。アキって。……ダジャレじゃないわよ?」


 フレイアがそう言う。そう思われても当然だ。いきなり「エルフの国に行く」などと言い出したかと思えば、飽きたので「ドワーフの国に行く」なんて飽きっぽいどころの騒ぎじゃない。

 もしかしたら本当の俺の名前は『秋』じゃなくて『飽き』だったのかも知れない。

 ……フレイアが無意識に言ってしまったダジャレに関しては軽く触れてやろう。


「面白いダジャレだな、フレイア」

「ちょっと! 恥ずかしいからやめてよ!」


 そんな風に和やかに会話をしながらドワーフの国へ続く道を進む。

 ドワーフの国は更にゲヴァルティア帝国から離れた遠い場所にある山だ。つまり北の方だ。そこにあった村が町から街へと大きくなり、やがて国になったそうだ。

 ついでに言っておくと、そこにスヴェルグが暮らしてい村があるそうだ。当然そこには向かうのだが、本人は自分の村に一時的ですら帰るつもりはないそうなので、あまり乗り気ではなかったのだが、【魔王】である俺の決定なので一介のドワーフごときに拒否権はない。


 ちなみにエルフの国は『ドライヤダリス』と言うらしく、ドワーフの国は『プミリオネス』と言うらしい。両方ともスヴェルグが教えてくれた。

 人間との関わりがなさすぎて国名すらも分からないと言う事なのか、地図には『エルフの国』、『ドワーフの国』としか載っていなかったから助かった。

 スヴェルグが自国の国名はもちろん、エルフの国名も知っていた理由としては、両国はそれなりに国交があったからだそうだ。


「そうだ、言い忘れてたけど、山は天候が変わりやすいから服装とかには気を付けなよ?」

「師匠、山と言うのは一貫してそうですので、警告するまでもないかと……」

「それもそうだね。でも、あの山は特に変動が激しいから一応と思ってね」

「じゃあ次の村か町で防寒具とか諸々買っておこうか。金はたっぷりあるし」


 冒険者活動で貯めた金が腐るほど余ってるのだ。娯楽がないこの世界ではあまり欲しいものがないんだよな。

 散財せず、一ヶ所に貯めておくのもよくないだろうからこうして金をたくさん使える機会が来たのはありがたい。


 そう言えば冒険者活動はどうしようか。金が底をつきそうだったら再開しようと思っているのだが……確か今はAランクだったか。

 ……ならば新しく冒険者登録をし直した方がいいだろうな。流石にAランクともなればそこのギルドのギルドマスターが顔を把握している可能性があるからな。あの、金髪赤目の美少女モードに変形して冒険者登録をすれば俺だとバレっこないので安心だ。





 その後、予定通り次の町で人数分の防寒具を買ってスヴェルグの細かい道案内に従ってドワーフの国──プミリオネスへと向かった。


 それから暫く進み、ドワーフの国があると思われる山が見えてきた。かかった日数は、ゲヴァルティアからエルフの国──ドライヤダリスまでかかった日数とほぼ同じで、一週間ほどだった。


 山が見えた頃には全員が既に防寒着を着用していた。まだ山までは結構な距離があると思うのだが、それでも冬かと思ってしまうぐらい寒い……雪も積もってるし。この世界の正確な月日は覚えていないが、地球で言えば恐らくもう六月頃だろう。それなのにいくら気候の変動が激しいとは言え、これはハッキリ言って異常だ。


「す、スヴェルグさんはこの山で暮らしていたんですか……?」


 防寒着の上から腕を抱きながらソフィアが尋ねる。スヴェルグの答えは、「もちろん」だった。だが、その後に一言付け足した。


「でも、あたしがいた頃はこんなじゃなかったけどね。 まぁあれから何百年も経ってるし、何か大きな出来事が起きて色々変わったんだろうね」

「その大きな出来事に心当たりはない?」


 セレネが可愛らしく首を傾げてスヴェルグに質問する。


「……うーん……そう言えば、あの山にある洞窟のどこかに氷の女王が封印されてるって聞いた事があったねぇ。真偽は分からないけど、こうなってる以上、氷の女王の封印が解かれた可能性が高いだろうさ」


 洞窟に封印されていた氷の女王。 その封印が解かれて山の気候がおかしくなっている。……面白そうだな。よし決めたプミリオネス着いたらまずは──


「……我はアキが何と言い出すか分かったのだ」

「私も分かったわ」

「氷の女王に会いに行こう」


 たった今定めた目的を全員に聞こえるように告げる。


「やっぱりね。そんな事だろうと思ったわ」


 呆れたように俺をみつめるフレイア。

 もしかしたら本当の俺の名前は『秋』じゃなくて『呆れる』と言う意味のアキだったのかも知れない。


「ん? どうしたの?」

「いや、なんでもない。」


 積もる雪を燃やすかのように映える、フレイアの赤い目と髪。不思議とそんな光景に暖かさを感じた。なのでそのままフレイアをみつめていたら不思議そうに首を傾げていたので、なんでもない、と言って歩き出した。





 吹雪の一歩手前のような自然の猛威に立ち向かいながら、ふかふかで足を取られやすい雪の道を行く。……ただでさえ悪路だと言うのに、ここは山だから傾斜があるのが更に辛い。


 辛いと言ってもそこまで疲れは感じないのだが、それは俺のステータス異常だからで、フレイアやソフィア、セレネなどのこの中では比較的弱い方の三人の表情は険しいものだった。比較的弱い言っても、一般人とは圧倒的な差があるのだが、それでもこの道を進むのは辛いようだ。

 ……よく見ればクロカやシロカ、クラエルも少し息を乱している。アケファロス、ジェシカ、スヴェルグは今のところ大丈夫そうだが、もう暫くすれば疲れ始める事だろう。


 参ったな。遠くから見た感じでは余裕そうだったが、まさかこれほどまでとはな。雪山を甘く見て舐めすぎていたか……


 ちなみに魔物の類いは一切出てこない。氷の女王とやらの封印が解かれた事による急激な温度の変化についていけなかったのだろうな。

 この山で国を築いているドワーフも見かけないので、まさかとは思うが、そのまさかが現実ではない事を祈っておこう。 ……ドワーフの生死などはどうでもいいのだが、ドワーフの生態や文化を知りたいのでできれば生きていて欲しいのだ。最悪の場合はスヴェルグに聞くのも手だが、それは本当に仕方がない時だけだ。実際に触れて見ないと分からない事もあるのだから。例えばエルフが使っていた【精霊術】や、【精霊術】によって動作する道具などだ。


「くっ……喉が痛いわ……」


 寒い場所での口呼吸は危険だ。それは分かっているはずだが、登山と言うそれだけで疲れてしまう行為をしているのだから、息が切れてしまい、口呼吸になってしまうのは仕方がない事だと言えた。


 だが、俺は思うのだ。


「火魔法で自分を暖めたらいいんじゃないのか?」


 地球違って、この世界には魔法と言う便利なものがある。地球ならライターやストーブ、暖房などの道具を使って暖まる事ができるが、この世界ではいつでもそれができてしまう。なんて便利なのだろうか。


「そのために魔力を使ったら、いきなり氷の女王と戦闘になった時に対処できないかも知れないじゃない」

「ここで死んだら温存する意味もないだろ」


 フレイアの言う事はもっともだ。 だが、死んだら無意味だ。それにここには俺がいるのだ。戦闘など心配する事ではないだろう。


「そうだけど……」

「ほら早く」

「……もう……分かったわよ」


 渋々と言った様子で火魔法を自分の側に灯すフレイア。それに続いてセレネもソフィアも、クロカ、シロカ、クラエルも火魔法で自分を暖め始めた。


 と、その時、急に吹雪が強まって元々悪かった視界が更に悪くなってしまった。あぁ……これでは火も意味をなさないかも知れないな、と思いながらフレイア達がついて来れるようなスピードで歩き出した。


「大丈夫か?」

「あたしは大丈夫だよ。……確かこの辺りだった筈だよ。 あたしの住んでた村は」

「こんな吹雪の中でよく分かるな」

「何百年も住んでりゃ嫌でも覚えてしまうんだよ。例え何百年も帰っていなくてもね」

「そう言うものなのか」


 それにしても静かだな。アケファロス。 自分が慕っている、師匠であり、親代わりの人の故郷だと言うのに。

 そこで俺は振り返る。そこに広がっていたのは、前にある景色と全く同じと言える真っ白な世界だった。色はない。白一色だ。


「おい、スヴェルグ」

「なんだい?」

「誰もいないぞ」

「何言ってん──あれ?」


 俺に続いて振り返ったスヴェルグは、頭を掻きながらしまった表情をしている。のんきな仕草だが、焦っているのは目を見れば分かった。


 フレイア達とはぐれたのは確実に吹雪が強まった瞬間だ。 すぐに気付いていれば火魔法の火の明かりでどこにいるかが分かったのだろうが、それをせずにスタスタ歩いてしまった。

 すぐに【探知】を使うが、【探知】の範囲外にいるのか、反応ない。【探知】では死人などの生命ではないものを探し当てられないと言う仕様が俺の焦りを加速させる。

 次に【神眼】を使って広範囲を遠くまで見ようとするが、吹雪の帳が邪魔をして視界が白で埋めつくされる。一面が白い光景には、子供が痛め付けられるのを傍観して無力感を味わった、と言う嫌な思い出が色濃く残っているのでそれが俺の不安を加速させる。


 こんな事になるなら全員に『蘇生』させた生物の監視の糸をつけておけばよかった。


 後悔しながらも俺の心は焦りを加速させていく。


「探すぞっ」

「言われなくても!」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「アキ~! クラエル~! フレイア~! ソフィア~! ジェシカ~! スヴェルグ~! どこに行ったのだ~!?」


 吹雪く雪山で叫ぶのは、地面まで届く長い黒髪を結い、黒い角、黒い尻尾、褐色の肌をした可愛らしい美少女、黒龍ニグレドだ。



「童とニグレド、セレネとアケファロスはここじゃぞ~!」


 吹雪く雪山で風景と同化してしまいそうなのは、地面まで届く白髪を結い、白い角、白い尻尾、白皙の肌をした可愛らしい美少女、白龍アルベドだ。



「おーい……!」


 か細い声で叫ぶのは、さらさらの黒髪から赤い角を覗かせ、小さく開いた口からは鋭い牙を生やした美少女、セレネだ。赤い瞳で雪山を見渡して叫んでいるのだが、か細い、そんな声は響きすらしていないのだが、普段は声が小さくて口数も少ないセレネからすれば頑張って叫んでいるのだ。



「私を揶揄っているのなら早く出て来てくださいー! 悪戯が過ぎますよー!」


 常日頃から悪戯をされたり、揶揄われたりしている美人な女性、アケファロスはそう叫ぶ。白色と黒色が均等に入り乱れた綺麗な髪を揺らしながら叫ぶ。鏡のように綺麗で、若干水色がかった銀色の瞳で周囲を見回している。


「ダメですね……本当にはぐれてしまったみたいです」

「面倒な事になったのだ」

「早く探さないと……!」

「待つのじゃ。迷子になった時に無闇に動くのはよくないのじゃ」


 焦った様子であわあわしているセレネに待ったをかけてそう言うアルベド。


「ですが雪山でそれは危険だと思いますよ?」

「うむぅ……確かにそうじゃな……ならば下山して待つかのぅ?」


 少し悩んで違う答えを出すアルベド。今まで登山したのは無意味になるが、死んでしまっては意味がないのでそう考えた。


「うむ」

「賛成」

「それが賢明ですね」


 反対は出なかったのでニグレド、アルベド、セレネ、アケファロスの四人は下山し始めた。


 四人は途中で洞窟を発見したが、構うことなく下山を続けた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「アキ達とはぐれちゃったわね」


 大して心配した様子もなく雪山の積雪を溶かしてしまいそうな、燃えるような赤い髪と赤い瞳を持つ美少女、フレイアは言う。危機感が足りないのではなく、秋を信頼しての堂々とした姿だ。



『アキ、どこー……?』


 セミロングの桃色の髪で、右目が金色、左目が赤色の美少女? クラエルは親を探す迷子のごとく、今にも泣き出しそうな声色で親のような人物の名前を呼んで探す。



「大丈夫ですよクラエルちゃん。 アキさんならきっと助けに来てくれます」


 最後に小声で「根拠はないですけど」言うのは、透き通る銀髪に、輝く金色の瞳をした美少女、ソフィアだ。聖女である責任からか、生来の優しさからか、心細そうなクラエルに寄り添ってやっている。



「久遠さーん! どこに行ったのー!?」


 叫ぶのはジェシカだ。茶髪をポニーテールにして茶色い瞳をした、如何にも町娘といった風貌だが、それなのに美少女だと言える容姿なのは、ジェシカの明るさがそう見せるのか、パーツがいいからなのか。どちらにせよ、まだ少しあどけなさが残るその見た目は十分に美少女と呼べるものだろう。


「フレイアさんはどうしてそんなに堂々としていられるんですか? 私達は今遭難しているのに……」


 堂々とした立ち振舞いのフレイアに問いかけるソフィア。


「アキなら絶対に私達を見つけてくれるわ。今まで何回も助けてくれたもの。 ……それにアキは今、嘘が下手な癖に王女を攫った【魔王】を演じているみたいだしね。そんな王女みすみす死なせるなんてしないだろうし、私はアキの護衛対象だから死なないし、殺されないのよ」


 そう言うフレイアは幸せそうに微笑みを湛えながら語る。フレイアの言う事は、全て確固たる根拠や確証があるわけではないが、それでもフレイアはそう信じているようだ。


 そんなフレイアの元にジェシカが駆け寄ってきた。


「うんうん……やぁ~っぱりそうだったんだね?」

「……な、何がよ?」


 顔を近付けて言うジェシカにたじろぐフレイア。


「フレイアちゃん、久遠さんの事……信頼してるんだよね?」


 何を言われるのか身構えていたフレイアは、ホッとしたように肩の力を抜いて、聞かれてもいないのに秋について語りだした。


「まぁ……そうね。 …………いつも気まぐれだし……適当な事ばかり言ってるし……適当な事ばかりするし……飽きっぽいし……あんまり笑わないし……若干自己中気味で……どこか心の壁を感じて、私にすらあんまり心を開いてくれないけど………………それでも優しいし……言った事は守るし…………ま、まぁ、とにかく信頼してるわ」


 後半にいくにつれて顔が紅潮していくフレイアをニヤニヤと眺めていたジェシカ。 複雑そうな顔をするソフィア。 首を傾げるクラエル。


 そんな中、ジェシカが口を開いた。


「うんうん、つまり久遠さんの事が好きなんだよね!」

「は、はぁ!? え……な、な、ななな、なんでそうなるのよ!?」

「あは、その反応を見れば分かるよぉ~」

「~~~~~~っ!?」


 頭から煙を出すフレイアは、ジェシカに詰め寄るが、言い返されてさらに煙を噴き上げる。


「ささっ! ……私の夢だった、恋ばなの続きはあの洞窟でしよっか!」


 目を爛々と輝かせるジェシカに腕を掴まれて背中を押されるフレイアは、ジェシカとのステータス差に抵抗もできず、ジェシカが指差した洞窟へと連れていかれた。 置き去りにされそうな雰囲気を感じ取ったソフィアとクラエルも急いで二人の後を追って洞窟へと入っていった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 アデル、クルト、ラウラの三人はアブレンクング王国の王都──シックサールにある、ソルスモイラ教の大聖堂に迎えられていた。


「ふわぁ……なんだか凄く……凄いね……」

「アデル、頭の中が空っぽになってるよ」

「でも、そうなっちゃう気分も分かりますね。この光景を見れば……」


 大聖堂の床は日差しが通る鮮やかなステンドグラスの光によって鮮やかに彩られていた。どこから差しているのか分からない金色にも見える静謐な明かりがオーロラのように、薄く薄く大聖堂を照らしていた。日差しなどでないのは確かだ。


「ささ、お三方共こちらへ」


 大聖堂の奥へと誘うインサニエルに続くため、大聖堂の光景から目を離したアデル達はやや早歩きでそちらへ向かう。




 インサニエルに誘われやってきた大聖堂の奥にある部屋の中心には、美しい女性の像が建てられていた。羽衣を纏い、裾が地面まで届くほどに長いドレスを着ていて、髪は腰あたりまで伸びている。その女性の表情はとても優しそうで穏やかなものだった。


「……この人……運命の女神……べ、ベール……様……ですか?」


 ラウラが『ベール』と言う名前と『様』と言う敬称をつけるのを躊躇いながらインサニエルに尋ねた。ラウラが躊躇う理由は、自分の名前がラウラ・ベールだから。 つまりベールが自分の家名だからだ。なのでそれに敬称をつけるのを躊躇うのは当然だろう。


「えぇ。そうですよ。我々、テイネブリスが協力を申し出ると快く……とはいきませんでしたが、ベール様も【魔王】は危険だと認識していたようで、渋々受け入れてくださいましたよ。 お陰で計画は順調に──」

「インサニエル殿。 そろそろ本題に移ってはどうだ?」


 余計な事を口走りそうになったインサニエルを、インサニエルの腕にぶら下がりながら黙らせるカエクスは、話を進めるよう促した。


「あぁ、すみません。……それで皆さんをここにお連れした理由ですが、前も話しました通り、我々の仲間を紹介をするためですね」


 インサニエルは女神ベールの像を囲むようにして円卓のように設置された机を手で示す。その机の相方となる椅子に座るのは全員が白いローブに身を包んだ者だ。


 それからインサニエルの仲間である、個性的な人物達の自己紹介が始まり……暫くしてそれは終わった。 すると、インサニエルが何かを始めた。

 女神ベールの像の前に跪くインサニエルは、祈るように手を組んで目を閉じた。


 アデル達には理解し難い光景だった。邪神を崇拝する者がこうして他の宗教で崇められる神に祈りを捧げているなんて。そして想像する。もし、この場にソルスモイラ教の信者がいればどのような反応をしたのだろうと。一応は協力関係のようだが、流石に邪神崇拝者に祈りを捧げられるなど怒りに悶えるのではないか、と。


 すると突然、何の前触れもなく女神ベールの像に一筋の光が差した。

 思わず天井を見上げるが、天井は天井のままで、明かりもないし、太陽の光が差し込む穴もない。

 ならばこの光はいったいなんなのか。どこから来ているのか。考えが進む間も無く声が響いた。


 アデルとクルト、ラウラ、の三人が共に聞いた事のある声が。


「聞こえていますか。 勇者アデル、賢者クルト、神徒ラウラ。そして邪神崇拝者の皆さん」


 突如響き渡る声に驚く三人。インサニエルやカエクス、二人の仲間は慣れているのか驚いた様子はなかった。


「え、え、あ、あぁ……はい! 聞こえます!」


 慌てながら答えたため、何度も言葉に詰まってしまう。しまった、と言うような表情で落ち込むアデルを余所に、女神ベールは話を始める。


「夢を介さずに話すのは初めてですね。 この間は急いでいたためしっかりお話ができなくてすみませんでした」

「い、いえ! そんな……! 忙しいなか、ボク達のために時間を割いてくださったのですから、寧ろ感謝しています!」

「そう言ってくださると助かります」


 女神ベールは時間や努力に厳しい女神だった。

 それは女神ベールが刹那の間に無宗教の者と、自分の信者の全ての運命を丁寧に定めなければならないからだ。

 本来ならこうして人と関わっている暇などないのだが、運命はある程度勝手に定められる。だからこうして関わっていられるのだ。

 だが、それでも勝手に定められた運命は女神ベールの想定していないものへと変化してしまっている。

 他人に自分の敷いたレールを歩ませたい女神ベールにとっては、例え勝手に運命が定められたとしても自分の手で刹那の間に運命を定め続けたかったのだ。だから女神ベールは時間を、刹那の努力を大切に思っていた。


 ちなみに勝手に定められる運命とは、世界が定めたものだ。

 天然の運命─天命とはまた違う運命の形だ。


「それで……いったい私はなぜ呼び出されたのでしょうか?」

「我々が本当にベール様と協力関係にあると伝えたかったので、こうして呼び出して実際に会わせただけです」

「……でしたら私はもう帰らせていただきます。こうしている間にも私の意図しない運命が定められていっているので」


 インサニエルが自分を呼び出した理由が途轍もなくくだらない事であった事に若干の怒りを覚えたベールはそそくさと帰っていった。女神ベールの動きは見えないが、この場から去ったのは誰にも感じられた。


「……我々が女神ベールの協力を得ている事を証明できたので、今日はもうお開きとしましょう。 勇者様方も荷解きとか色々しなけらばならない事もあるでしょうしね」


 と言うインサニエルの言葉であっさり解散し始めるインサニエルの仲間達に続いてアデル達も戸惑いながら大聖堂を出た。向かうは、現在いるアブレンクング王国の王都シックサールにある、ランスフィーア魔法学校だ。

 このランスフィーア魔法学校は、ミレナリア王国にあるフェルナリス魔法学校とライバル関係にあったりする。

 学校行事などで友人との再会の機会が多いであろうと言うインサニエルなりの気遣いだったのだが、現在フェルナリス魔法学校にアデル達の友人はいない。


 マーガレット、ラモン、エリーゼは秋を探しに旅に出た。

 秋は【魔王】であるから勇者、賢者から離れるために各地を転々している。ついでに世界を観光している。フレイア達は秋と同行している。


 なのでフェルナリス魔法学校にはアデル達の友人はもういない。アデル達が知り得る事ではないが、インサニエルの気遣いは無意味だったのだ。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ミレナリア王国にある、冒険者の街フィドルマイア。

 その付近にある森……ミスラの森。

 そのミスラの森の奥地にある断崖に面した海。

 その海の先には、発見されてはいるが未だに調査を進められない大陸……と言うには少々小さすぎる島があった。


 未開の島には恐ろしく強力な魔物が蔓延る草原、雷鳴が轟く砂漠、暴風が吹き荒れる荒野、吹雪が生き物を凍てつかせる雪原と雪山、溶岩が濁流のように溢れる溶岩地帯と、噴火寸前の火山。


 この世の自然災害を詰め込んだ地獄のような、世界が自分の意思を主張している島。正確に言うならこれは意思の主張などではなく、自分で自分を認識するための自然災害だ。神に自分の存在を奪われた世界が自我を保つための自然災害の宝庫だ。大きな現象を自分が引き起こしていると言う事実を認識して自我を保つのだ。


 ならばその、世界が自我を保つための『心の壁』、とも言うべき島に住む生物は心の壁の守護者だ。


 そんな守護者の末席にいたゴブリンはどこからともなく現れた一人の男に遭遇した。

 その男は無用心にも、最も魔物が凶暴で危険な環境である『草原』で寝ていた。そんな男をみつけたゴブリンは歓喜していた。とうとう世界の役に立つ事ができると。だが、無情にもゴブリンは男に殺され……他の魔物も男に殺され……とうとう男には逃げられてしまった。


 心の壁の破壊こそされなかったが、急な外敵の登場に驚いた世界その男に目をつけた。それからはあらゆる手段を使って男に接触した。アビスと言う『原形』の魔物を仕向けたり、男が通う洞窟をダンジョンにしてみたり……まぁそのダンジョンの一部は天敵である『神』に乗っ取られてしまったが。


 そんな事を続けた結果、男は神でも、神寄りの人物でもない事が判明した。世界は歓喜した。味方に引き込めれば神に対抗できるかも知れないと。


 まずは【魔王】の称号を授けた。そのタイミングは男が、世界が定めた理を越える力─『蘇生』の力を乱用したタイミングだ。理外の力であるからこそ、前例がないのでそんなタイミングでも怪しまれることはない。……男は自分の世界に存在していなかったが、監視をつけていたので、世界は別世界の様子を見る事ができ、干渉できたのだ。


 男が多くの人間や魔物などの生物を『蘇生』させたことにより、魔物を統べる王──と言う意味を持つ【魔王】へと変化を遂げさせたのだ。


 それからは偶然にも近くにいたアビスを再び仕向けてみたが、芳しい反応は得られなかった。

 世界は残念がった。だが、同時にあの男は現状こちら寄りの中立なのだから下手に手出しをしなければ無害だと考えて暫く様子見をする事にした。



 そんな男を発見するきっかけとなった、世界の心の壁である島から数体の生物が抜け出した。島の守護と言う使命を与えていたのにも関わらず。


 抜け出した生物との間にある不可視の糸を辿って、生物の同行を探るが、イマイチ何がしたいのかが分からなかった。唯一分かったのは、主である世界のためだと言う事だ。

 だが、その生物が抱く考えは人間や亜人などの知的生命体に恐怖を与えて殺し回ることだ。


 世界が一生懸命育んでいた知的生命体を殺すのが、世界のためなのか?


 自分の事を一番理解しているはずの生物が行う行動なのだからなにか考えがあるのだろうと、世界は暫く静観する事にした。



 この時の世界は知らなかったが、この生物達がとった行動は世界のためであったが、それは確実に世界にとって害になる行動だった。恐怖を与えた知的生命体が何に縋るかを世界がちゃんと考えていれば、面倒な事態にはならなかっただろう。

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