第249話 エルフの国 3
「分かりましたわ。では、わたくしがエルサリオンが洗脳されたと思う理由を話させていただきますわ」
アレゼルはそう言ってから理由を話し始めた。
「それは、この方達がエルフではないからですわ。それに、今までこんな事になった事がなかったと言うのに、エルサリオンが暴走したタイミングでこの方々がやって来られたからですわね。 どう考えてもこの方々がエルサリオンを洗脳したとしか思えませんわ。 どうせそこの女性方も洗脳されているのでしょうね」
「サリオンはどうだ?」
「俺……私もアレゼルと同じ考えです。 ……最後のは賛同しかねますが」
確かにそうだ。タイミングが一致しすぎている。
あの場にいなかったのならそう考えても不自然じゃない。でもやってないものはやってないんだよ。
「サエルミアはどうだ?」
サエルミアと呼ばれるのは、細い枝に立たずに干された布団のようにして伸びている少女だ。 小柄なのにメロンなのはハイ・エルフ故だろうか。
「ん~……分かんな~い。 と言うか~……エルフじゃない時点でアウトじゃ~?」
顔も上げずに言うサエルミアは風に揺られる干された布団のようにぶらぶらと手足を動かしている。
「確かにそうですわ。 サエルミアの言う通りエルフではない時点で排除しなくてはなりませんわね。 わたくしとした事が、視野が狭くなっていたみたいですわね」
排除したらエルサリオンの目的が果たせなく……勝手にこいつらをエルサリオンの味方だと決めつけていたが、そもそもこいつらはエルサリオン派なのか? 一般的なエルフ同様に保守的な思考を持っているだけじゃないか? ……まぁなんにせよ、こいつらが俺にとって害がある事を言っているのは間違いないのでどうにか潔白を証明しないとな。 最悪の場合は暴力で解決するつもりだができるだけ穏便に済ませたい。
「ふむ。エルサリオンが暴走した時期とこの者達が来訪して来たタイミングの一致、そもそもエルフではないから追い出すべき……か。 じゃあ次はフェニル」
「はい。 私はこの方々は洗脳などを行っていないと思います。……まずエルサリオンさんの普段の素行からですね。普段は王に忠実な方でしたが、陰では王への不満などを愚痴として吹き回っておりました。 ……ですから今回の事をきっかけにエルフに革命起こそうと動いたのではと思っております」
「そんなのはこの方達がエルサリオン洗脳していない証拠にはなりませんわ!」
「そうですが、今はエルサリオンさんにはこうして行動を起こす動機があったと言う事を言っているだけです。 洗脳しているかしていないかは後で話しますので、今はどうかお静かに願います」
食って掛かるアレゼルを冷静にいなすフェニル。アレゼルはそんなフェニルを憎々しげに睨んでいる。フェニルからアレゼルへは友好的な雰囲気を感じるのだが、どうもアレゼルはフェニルを目の敵しているようだ。
これからもアレゼルに屈さず胸を張っていてもらいたい。右側にはフェニルしかいないからな。
「えぇと、エルサリオンさんが洗脳されたかされていないかについては、答えは出たも同然です。 皆さんは知らないでしょうが、この城……と言うより精霊樹には、ハイ・エルフへの精神攻撃を無効化するための結界が張ってあるので、そもそも洗脳なんてできないのです」
精霊樹と言うのはこの大樹の事だろう。と言うかアレゼルやサリオン、サエルミアが知らないそんな重要な秘密をどうしてフェニルだけが知っているのだろうか?
「なんと……そうだったのか。なら……違うのか……?」
「ゆ、揺らいではなりませんわよサリオン! スキルではなく言葉巧みに洗脳した可能性だってありますわ……!」
洗脳されていない可能性が一瞬で高まった事に揺らぐサリオンと、アレゼル。 往生際が悪いアレゼルは今にもヒステリーを起こしそうなほどフェニルを睨み付けている。
「純粋な言葉で洗脳した可能性も低い思いますよ」
「どうしてそんな事が言えますの!?」
「……えぇと……徐々に刷り込まれていくのなら分かりますが、出会って日が浅いこの方達にそう簡単に洗脳されるわけがないじゃないですか」
「うっ……く……ぐぅ……」
「……結論は出たようだな?」
少年王が二人のやりとりを見て言う。誰の目から見てもアレゼルの負けだ。低レベルな議論ではあったが、相手が三人もいるのにも関わらず動じずに対応していたフェニルからはオリヴィアのような強かさを感じる。
「……! お待ち下さいませ……! まだ……!」
「往生際が悪いぞアレゼル。 フェニルに言い負かされたそなたの論理は間違っていたのだ。潔く諦めよ」
「そ、そんな……!」
「余は諦めの悪い者が大嫌いなのだ。何度も言わせるな」
「…………申し訳……ありません……」
しゅんとしてしまったアレゼル。 先ほどまではうるさい不快な奴だと思っていたが、悪足掻きする様と今のしおらしい姿を見ていると、なんだか可哀想に思えてきた。
それから俺が無実であると締めくくって退室した少年王に続いてフェニル、サリオン、サエルミアと退室していくが、アレゼルだけは俯いてその場に立ち竦んでいた。
「……くぅっ……フェニル……」
耳をすませば忌々しそうにフェニルの名前を呟いているのが聞こえた。アレゼルからは若干の殺意も感じられるので、もし後で出会えればフェニルに警告しておこう。会えなければ『蘇生』させた生物でフェニルを監視しておこう。このまま刃傷沙汰になるのも面白そうだしそこまで積極的関わらないつもりだ。
「ほら久遠さん、早く行こ!」
「あぁ」
背中を押すジェシカ促されるままに、謁見の間を後にした。特に兵士の案内もないのでエルフの国を歩き回ろうと思い、精霊樹の外に出た。
相変わらず騒がしい。
「うむむ……」
「どうしたのじゃ? 唸ったりして」
「……あの木の実を食べてみたいのだ」
「見た感じ美味しそうじゃが、あの木の実から溢れている魔力は完全に邪悪なものじゃし、確実に腹を壊すじゃろうな」
シロカがそう言うので覚えたばかりの……あれはなんて言うんだろうか……取り敢えず【魔力感知】って呼んでおこう。【魔力感知】を使って木の実が纏っている魔力を感知する。薄く伸ばして感知する。
……本当だ。この禍々しさを表すならティアネーの森にいたあの真っ黒のキメラだ。あれと似たような禍々しい魔力を纏っている。
とても精霊樹なんて神聖そうな呼ばれ方をしている大樹の木の実とは思えない。だが、精霊樹自体は魔力を感じているだけで浄化されそうなほど清らかな魔力を纏っている。
この似ても似つかない魔力の質……木の実が腐っているとかか?
「そうなのだよなぁ……うむむ……どうにかして食べられぬものか……」
「それで悩んでたのね」
クロカは食うか食わないかで悩んでいたのではなく、どうしたら安全に食べられるかを考えていたようだ。
こいつはあれだな。完全に龍種の威厳やらを失っている。人間の暮らしに馴れさせすぎたのかも知れない。野生に返したらもう自力で生きていけないんだろうな。 ……野良猫に餌をやるな、の意味がよく分かった。
「……凄く視線を感じます」
「えぇ。 やはり私達はここでは目立ち過ぎるみたいですね」
ソフィアの言う通り、すれ違う時なんか絶対に振り返られるし、遠くからジーっと見てくる奴もいる。 とにかく四方八方から余すことなく見られている。自意識過剰とかではないのは明らかだ。
「アンタ達、あまり気にしちゃダメだよ。 目があっただけで喧嘩を売られたって言ってくる奴もいるんだから」
「そ、そうなんですね……気を付けます」
ソフィアはそう言うが、やはり落ち着かない様子だ。
今さらだが、エルフの国は歩きづらい。地上に家や店があるのは当然なのだが、木の上にツリーハウスのように家や店が建てられていたりするので厄介だ。木の上へは、地上から木の上へ伸びる橋や、直接木の上に登るための梯子があるのだが、それらが至る所にあるせいでどこがどこだったかが分かり難い。 ちょっとしたジャングルのようだ。
と、そこで俺がフェニルに付けていた『蘇生』させた生物がフェニルの危険を知らせてきた。 『蘇生』で再現した生物は全て俺と繋がっているようで、【念話】スキルを与えていなくてもそれに近い事ができるようだ。今で言えば、フェニルが危ない! と、『蘇生』させた生物が警鐘を鳴らすような感じだ。
あと、『蘇生』させた生物の居場所は、俺と『蘇生』させた生物が糸で繋がっているかのような感覚で分かるので一々【探知】で探す必要もなかったりする。そしてその生物が警鐘を鳴らせばその不可視の糸が赤く染まったような感覚がするのでどっちのどこにいるのかが分かる。
俺は【遠視】でフェニルに迫る危険を見ようとするが、どうやら【遠視力】の効果が及ばない範囲にいるようで、見る事ができなかった。【遠視】で見た場所は、視界に入ったものとして扱われるので【転移】を目視で行えるのだが、まぁ見えなければ意味がない。
困ったな。【遠視】を使って暫く様子見をして、絶体絶命のところを【転移】で助けに入って媚を売るつもりだったのにな。お礼としてエルサリオンの代わりにこの国を案内させる計画が失敗しそうだ。
「どうしたのアキ?」
「フェニルって言うハイ・エルフが、何者かに襲われてるらしい」
「助けに行かないの?」
「……どうしようかな」
計画通りに進まなかったせいでやる気は削がれた。だが、俺の気持ちとしては俺達を庇ってくれたから助けてやりたいのだが……やはりやる気がなくなってしまったからなぁ……
あ、そうだ。そう言えば【神眼】があった。
この【神眼】と言うスキルは【遠視】の……と言うか「~視」系のスキルを全て混ぜ合わせたものだ。左目が金色に発光していた男が持っているであろうスキルでもある。 これなら【遠視】より遠くが見える。
「よし、行ってくる」
そう言ってから俺は警鐘が鳴らされた方向にある糸に意識を向ける。
他の方向にはアデル達を監視する生物の糸が伸びている。
ついでにマーガレット達にも監視の生物を付けておいたのだ。あいつらならアデル達と魔王討伐をしに来るだろうな、と思っていたのだが、どうやらアデル達とマーガレット達は別々に行動しているようだ。
オリヴィアも屋敷を出て行動している。周囲には使用人がいると願いたい。
父さんや母さん達もあの喫茶店の特徴である『移ろい』の部分を思い出したのか、各地を転々としているな。
ティアネーにライリー、ジャンクにグリンも揃って行動している。
纏めると、アデル、クルト、ラウラの三人。
マーガレット、ラモン、エリーゼの三人。
オリヴィアと、恐らく使用人達。
父さん、母さん、冬音、春暁の四人。
ティアネー、ライリー、ジャンク、グリンの四人。
こいつらには『蘇生』させた生物の監視をつけているのでこいつらの動向は筒抜けだ。
これに特に意味はないが、突然会いたくなった、とかでそのうち俺の役に立つ事になるだろうからこうして監視している。 まぁ極力こいつらの動きには目を向けないようにするつもりだ。全てを把握するなんて面白くないからな。
そんな事を考えながら俺は精霊樹へと転移した。
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精霊樹の内部にある、城の地下室にて。
「アレゼル、あなた、どうしてこんな事を?」
「決まってますわ。 あなたが目障りだからですわよフェニル」
精霊樹の根で、上手く部屋のように構築されたデコボコな地下室。精霊樹が切り倒されたり腐り落ちたりしない限り崩落の危険はないとても安全な地下室だ。
そんな一室で嘗て友人同士だったフェニルとアレゼルが揉めていた。正確にはアレゼルが一方的にフェニルをせめ立てていた。地下室を構築する精霊樹の根。その根の中で一番太いものにフェニルは縛り付けられていた。
「どうして? どうしてそんな事を言うのですか?」
「どうして……ですって? ……ですから目障りなんですの、あなたが。いつもいつもわたくしに食って掛かって、わたくしを言い負かして公の場で恥をかかせる。 あなたのせいでわたくしの評判は転落、あなたのせいで下のハイ・エルフにもバカにされてますの」
アレゼルはフェニルに語る。どうしてアレゼルがフェニルを疎ましく思っているのか。
「……もう限界でしたのよ。 最初は友人だから、って……あなたにも意思があるのだから意見の食い違いなんてのは当たり前、って……ですがもう無理でしたの。こんな事が何百、何千年と続けば。 ……ですが、わたくしはまだ……まだ耐えられましたわ。 あなたがわたくしの大切な友人でしたから」
「だったらどうして……」
「……それは……あなたがわたくしの友人ではなくなったからですわ」
「………………え?」
アレゼルの口から出た、奈落に突き落とすような一言でフェニルは呆然する。生まれてからずっと一緒にいた親友とも呼べる存在からそう言われてしまったのだ。
「友達じゃ……ない……?」
「そうですわ」
「ど、どうして?」
「質問ばっかりですのね。思い当たる節はあると思いますけど…………まぁいいですわ。 教えて差し上げます」
アレゼルはそこで言葉を区切る。 焦らしてフェニルに嫌がらせをしているのではない。アレゼルがそれを口にするのを躊躇ったからだ。これを口にすれば、今まで一緒に歩んできた友人との関係が本当に終わってしまう。そう考えれば、どれだけフェニルが憎くても躊躇ってしまったのだ。
「そ、それは…………あなたがわたくしの想い人と結ばれたからですわ」
「……っ!」
アレゼルの口からやっと出た言葉はそれだった。フェニルは思い当たる節があるのか、気まずそうな顔をしてアレゼルから視線を外した。
「……わたくしは何度もあなたに相談しましたわ。あの方と結ばれたい、どうすればいいんでしょう? ……って。 それなのにあなたはあの方と……結婚してしまった。わたくしがエルフは長命だからと、焦らなくても大丈夫だと燻っている間に。……当時のわたくしはこれほどエルフが長命なのを恨んで憎んだ事はありませんでしたわ。当時のわたくしはあなたを憎みたくなかったからこうしてエルフの特徴を憎んだんですのよ。 ……ですが、その甲斐なくわたくしはあなたを憎んでしまいましたわ。 いつもいつも目の前で想い人と友人がイチャイチャしていれば誰だってそうなってしまいますもの」
一度言ってしまえばそれからは驚くほどにスラスラ言葉が出てきた。何も考えずに口から勝手にもれだしてくる。 もう戻れない。何百、何千年とかけて培ってきた何物にも変えられない年月が、友情が……この短時間で燃え尽きた。
「違う……違うの……アレゼル。 私はあなたの想い人を盗ったんじゃない……」
「今さら何を言うんですの? あの方との幸せな結婚を終えて幸せの結晶である子供まで産んだ癖に」
アレゼルの言葉がフェニルの傷を抉る。例えるなら腹に空いた穴に手を突っ込み、心臓を鷲掴みにするぐらい残酷な傷の抉り方だ。
「私が……奪われたんです……」
「……はい? 何を言うかと思えば……元友人から掠め取った元友人の想い人を悪く言うつもりですの? 呆れましたわ。もっとまともな人だと思っていましたのに。 友人の想い人を奪った時点でまともではないのですけれど」
死体を蹴り飛ばすがごとくフェニルを罵倒するアレゼル。 ここまで来ればもはや絆の修復など不可能だろう。
「違うの……聞いて……お願い……!」
「勝手に話せばいいでしょう? わたくしが盗人の話に耳を傾けるかは別ですけれど」
腕を組んで蔑んだ目でフェニルを見下ろすアレゼル。そんなアレゼルに構う事なく、フェニルは友人に助けを求めて話し出した。
「…………私はあの人に興味なんかなかったんです」
「……はぁ~……」
「でも、あの人は違いました。 あの人はアレゼルじゃなくてアレゼルに恋愛のアドバイスをする私に興味を持ってたんです。 アレゼルのいないところで色んなアプローチをされました。金はたくさんある、私はハイ・エルフの中でも特に美しい、って。 ……でも、私はそれを流してました。適当に。そんな態度が気に障ったのか、あの人は私を脅してきました。アレゼルの弟と妹を人質にして」
「……え……? わたくしの……?」
フェニルから語られる内容に驚くアレゼル。 アレゼルが見ていた想い人の像と全く違うのだ。アレゼルは今のフェニルを疑っていなかった。何百、何千年も一緒にいれば、相手が真実を話す時の雰囲気などが分かるようになっていたからだ。
「あの人はお医者さんに知り合いがいたみたいで、怪我をして入院していたアレゼルの弟と妹を死なせたくなかったら私のものになれって。あとで知った事ですけど、あの事故もあの人の知り合いが仕組んだ事だったんだそうです……」
フェニルが言う事故とは、折れた精霊樹の枝がアレゼルの弟と妹を貫いた事故の事だ。弟は左半身を、妹は腹部を。
そんな大怪我を負っても死ななかったのは、精霊樹の枝が特殊なものだったからだ。精霊樹の葉や、枝、根をどのように使っても絶対に生物を殺せないのだ。
枝で鋭い剣を作って生物を斬ってもそれで生物は死なない。
その後の出血などで死にはするのだが、例えば枝が腹部を貫いた場合、精霊樹の枝はその周囲の傷をゆっくりと癒すので簡単には出血で死なない。要するに拷問に最適な素材なのだ。
そんな理由から、大怪我を中途半端に癒されてしまった弟と妹に特殊な治療を施す必要があったのだが、フェニルを欲しがる者はそれを利用してフェニルを脅したのだ。
「そ、それを……受け入れたんですの……?」
「えぇ。そうでもしないと、アレゼルに合わせる顔がなかったから……でも、どのみちアレゼル合わせる顔なんかなかったみたいですけどね。 うふふ」
フェニルは笑うが、アレゼルは笑えなかった。
当然だ。想い人を盗ったと思っていた相手がアレゼルの家族を救うために自分の身を犠牲にしていたなど……そんな友人を突き放して罵倒して……笑うどころか、自分の愚かさに涙が溢れるばかりだ。
「…………知りませんでしたの。 謝って済まないのは分かっていますわ……それでも……ごめんなさいフェニル! わたくし何も知らずに……何も聞かずにあなたの事を憎んでいましたの!」
アレゼルの脳内からは自分に食って掛かるフェニルや、それに言い負かされて公の場で恥をかかされること、評判、他のハイ・エルフにバカにされる事などどうでもよかった。今の自分は公の場で言い負かされりのより恥をかいている。優しい友人を貶すような自分の評判などこれが妥当だ。 他のハイ・エルフにバカにされて当然だ。
「謝っても赦しませんよ。私が今この瞬間、どれだけ傷つけられた分かってるんですか? 幸せな結婚? 幸せの結晶? ふざけないでください。私ももう限界なんですよ。私が誰のためにこんな道を歩いたと思ってるんですか。あなたと、あなたの家族のためです。……そもそもあなたの恋愛相談にのったから私はこんな事になっているんですよ」
「…………え?」
「あの人はあなたの恋愛相談にのっている私を気にいったんです。なら、あなたの恋愛相談にのったからこうなった。そう考えるのが普通ですよね?」
「……そう……ですわね……」
「なのに! どうして私が罵倒されないといけないんですか!? あなたとあなたの家族のために私の体を投げ渡して、結婚させられて……子供まで産ませられて! もう散々です! 全部あなたのせいです!」
フェニルは自分の思いをアレゼルにぶつける。 アレゼルは黙って受け止めるしかない。 自分がした事を受け止めて償うために、逃げずに真正面から向き合わねばならなかった。
……それが、自分のせいで滅茶苦茶な人生を送る事になった友人への向き合い方だから。
「ごめんなさい……フェニル……赦してなんて言いませんわ。 でも、わたくしの人生の全てを捧げさせてくださいまし。わたくしのせいで滅茶苦茶になった人生を少しでも豊かにさせてくださいませんか?」
「お断りさせていただきます」
「で、でしたらあなたのお子さんのお世話……!」
「それも結構です。それは私に同情してくれたお姉様がしてくれていますから。第一、あなたから突き放してきたと言うのに、すり寄ってくるなんておかしくないですか? ……私はあなたの自己満足に付き合いたくありませんから、そのまま一生罪を背負って苦悩し続けてください。それで私の人生は満たされますから」
「…………」
そう言うフェニルの拘束を黙って解き始めるアレゼル。 やがて拘束が解かれたフェニルは出口へとスタスタ歩いて行き、そして部屋を出た。その間、フェニルはアレゼルを一瞥する事もなかった。
地下室にただ一人取り残されたアレゼルは、膝から崩れ落ちて嗚咽を殺しながら咽び泣いた。くだらない動機から来た憎みを憎みながら。自分が惚れた想い人がクズだった事と、そのクズを盗られたと思いこんだ事による最悪な失恋に吐き気を催しながら。かけがえのない友情をつまらない感情で消失させてしまった事を後悔しながら。
そんなアレゼルの様子を息を潜めながら秋は眺めていた。二人のやりとりの一部始終を見て、何と声をかければいいか分からなかったのだ。
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二人の間のやりとり、その間に流れる空気、アレゼルがフェニルに何もしなかったせいで姿をあらわし辛かったので、一部始終を見届ける事になってしまった。ちなみに【認識阻害】【気配遮断】【無音移動】と言った類いのスキルは使っていない。単に気付かれなかっただけだ。
重苦しい話……その後に堂々と加害者になるはずだったのが、被害者となったアレゼルの前に姿をあらわすなど到底できない。いくら俺でもそんなに無神経ではない。
……それにしても、あの処女だった母親はフェニルの姉だったのか。望まぬ結婚とはいえ、妹に先を越されてしまった姉はどんな気分なのだろうか。慈しむような目で子供を見つめていた事から少なくとも悪感情は抱いてなさそうだったな。……それと、フェニルからしたあの匂い……あれはいったいどういう……?
そんな事を考えながら俺はアレゼルへと向かっていった。
姿をあらわさずに見ていても何も進まないだろうからな。……だからと言って無駄に干渉する必要もないのだが、傷付いた人間……エルフに干渉するのは面白そうなのでこうして干渉するのだ。 さらにボロボロするのも、慰めて依存されるのも、どちらもいい感じに面白い事になるだろう。
「ぅぇ……あぐっ……ひっ……ぅぅ……」
「よぉ」
「……っ!?」
咽び泣いていたアレゼルは俺から投げ掛けられた言葉にバッと顔を上げてから、すぐに自分の手で顔を自分の覆い隠す。
「え? え? すんっ……ど……どうして……? いつから……?」
涙を拭って、震える声と体を押さえ付けようと頑張りながらアレゼルは言う。しかし涙を拭いはするものの、拭ったそばから涙が頬を伝って襟元から衣服の内側に流れている。そして震える声と体を押さえ付けようとしているそれが却って震えを加速させている。
「アレゼル、あなた、どうしてこんな事を? ってフェニルが言った時にはいたな」
「さ、最初からですのね……それで……どうして今さら出てきたんですの? 傷付いたわたくしを笑いに来たんですの?」
震える声で挑発するような事を言うアレゼル。どうしてこんな態度なのかは分からないが、まぁ、恐らく俺への印象が最悪だからなのだろうな。
「どうするかなんて決めてないな。お前に追い打ちをかけるのも、お前を慰めるのも、そんなのは別にどっちでもいいんだよな」
「……?」
「で、どっちがいい? 追い打ちか、慰め。 ……それとも事態の解決。 どうして欲しい?」
俺が言う事態の解決とは、ここで起きた出来事をフェニルとアレゼルの記憶から消す事だ。ついでにフェニルに迫った奴も見つけ出して潰そうかと思う。俺が魔王なのだから、俺以上の悪行で目立たれるのは鬱陶しいからな。
……別にフェニルやアレゼルのためなんかじゃない。
「…………」
アレゼルは溢れる涙をそのままに考え込む。印象が最悪な俺からの提案に、真剣に悩んでいる。藁にでも縋る思いなのだろう。
赦してなんて言わない、人生の全てを捧げる、そんな事を宣ってはいたが、実のところはフェニルと仲直りしたくて堪らないのだろう。
「まず、今のわたくしには気力がありませんわ……友人を失った喪失感で、何もする気になれないですわ。……ですから慰めて欲しい……と言いたいところですけれど、敢えて追い打ちをかけていただきますわ。 友人にあんな仕打ちをしてしまったわたくしは傷付いて強くならないといけませんの」
「そうか」
追い打ちか……追い打ちねぇ……今気付いたのだが、追い打ちしてくださいと正面から言われたらやり辛いな。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………どうしましたの?」
「……追い打ちしてって言われたら……やり辛くなるんだな。知らなかった」
「…………」
呆れたような表情で俺を見上げるアレゼル。
やめろ。そんな目で俺を見るな。選択を迫った癖にこの様だ。恥ずかしいったらありゃしない。
「……ぷっ……あははは! おかしいですわ~! ふふふふ……ははは!」
口に手を添えて、上品に、それでいて無邪気に笑うアレゼルからは先ほどまでの悲壮感が感じられない。笑い声と共に吹き飛んでしまったのだろうな。やはり笑いは……楽しい事は……面白い事は最高だ。俺が求めてしまうのも無理はないだろう。
やがて、一頻り笑い終えたアレゼルは、先ほどとは別種の涙を拭って一息吐いた。僅かに紅潮したアレゼルの頬がエルフ特有の白い綺麗な肌に合わさってとても絵になっている。これじゃエルフが奴隷として攫われるのも無理はないだろう。
「あぁ、おかしい……ふふっ……お陰でさっきまでの陰鬱とした気分が消し飛びましたわよ。 これは慰められた……事になるんでしょうか? まぁ……ありがとうですわ」
「あ、あぁ……で、問題の解決はどうする?」
「それは遠慮しておきますわ。 これはわたくし一人の問題ですもの、自分でケリをつけますわ」
「そうか」
らしいので、大人しく手を引こう。 色々滑って上手くいかないのでもう早く帰りたいから潔く諦める。フェニルは元より、アレゼルの監視も行う事にするが、進展がない限りは傍観者に徹しておこうと思う。
その後は用事を済ませてフレイア達の元に戻ってからエルフの国を暫く観光して、森の外にある人間の村の宿屋に宿泊して今日を終えた。




