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第243話 王都の王と王

「なーんてね」


 振り返ったアルタは一瞬で秋に迫り、拳を振るった。だが、それは呆気なく防がれてしまった。

 秋はその不意打ちに気付いていたわけではなかったのだが、『思考加速』を使っていた事により簡単に対処できた。


「あらら……最後に一撃ぐらい与えたかったけど、不意打ちでも無理って……どうしようかな」


 アルタの言う一撃とは秋に攻撃を当てる事ではなく、秋に攻撃を食らわせる事だ。 受け止められたりして防がれるのではなく、ちゃんと攻撃を当ててダメージを負わせる事だ。


「どうしようかな、じゃなくて諦めて帰れよ」

「やられっぱなしなんて僕のプライドが許さないから嫌だよ。 せめて君に一撃与えるなりして戦った爪痕を残したいよね」


 拳を掴まれながら言うアルタは、拳を掴まれてしまうと言う窮地にあるのにも関わらず余裕がある様子だ。


「そうか。俺もわざと食らってやるつもりもないから頑張って一撃与えてくれ」


 秋はアルタを投げ飛ばして距離をとる。アルタも空中で体勢を整えて地面に着地する。


「行くよ。【時間歪曲タイムディストーション】」


 言うとアルタはその場から消え、先程いた地点まで移動していた。丁度秋に拳を掴まれていた場所だ。


「【散撃】」


 アルタが使用した【散撃】は、一つの攻撃を複数に拡散して同時に攻撃する事を可能にするスキルだ。一瞬遅れて拡散されると言う事もなく、完全に同じタイミングで攻撃が放たれる。これによりアルタが繰り出した一度のパンチは同時に何発も放たれた。攻撃が同時に拡散する数はスキルのレベルと同じだ。【散撃】のレベルが3であれば、拡散される数も3になる。本物の拳も合わせれば同時に4つの攻撃が放たれる事になる。


 アルタから放たれる4つの拳に、対処する暇がなかった秋は目の前に映る場所に咄嗟に転移した。位置としては秋の目の前、つまり最初にアルタを投げ飛ばした場所だ。


「そう来ると思ったよ。【時間歪曲】」


 最初に秋に投げ飛ばされた地点に一瞬で移動したアルタは、そのまま秋に攻撃を放つ。だがそれでもアルタの攻撃を避ける秋。


 先程からアルタが使用している【時間歪曲】と言うスキルは、自分が辿った時間を歪曲させて数秒前まで自分がいた地点に戻る事ができるスキルだ。【時間歪曲】の副産物のような効果に、数秒前に負った怪我を治療する事ができると言うものがあるが、アルタには【再生】があるのであまり意味がなかったりする。【時間歪曲】で歪ませる事ができる秒数は【時間歪曲】のレベルと同じ数から、それ以下の数だけだ。【時間歪曲】のレベルが4ならば、1秒から4秒前の地点に戻る事ができる。

 ……ちなみに【時間歪曲】にはクールタイムがあるのだが、アルタはそれをカットするスキルを使用していたのでこんな短時間で二度も使用する事ができた。


「なんで今のも避けれるのかな……」


 アルタは後ろに跳んで距離を取り、どこからか取り出した短剣を秋へ投擲する。 その短剣はあっさり風の壁に阻まれ、全く別の場所へと飛んでいった。だがアルタは短剣を投げ続ける。無駄だと分かっているのに投げ続ける。 その結果、辺りにはアルタの短剣が散乱している。



「あいつ何を……?」

「分からないです……」


 ジャンクの呟きに、少し回復した魔力を使ってスヴェルグを治療しながらティアネーが答える。アルタに殴られまくったスヴェルグは意識を失っていたのだ。そしてアルタの行動はライリーとグリンも理解できていない様子だ。


「あれはアルタ様のスキル、【交代】の仕込みですよ」


 だが、そんなジャンク達に答えたのは、いつの間にか近くに立っていた赤髪の男だった。


「っ!? いつの間に……!?」

「えぇっと……グリンさんでしたっけ。俺は最初からここにいましたよ。あなた達が俺に気付かなかっただけで、ね。それで、【交代】の効果なんですが簡単に言うと、自分が触れたものと自分の位置を入れ替える事ですね。自分より大きいものとは交代できないのが欠点ですね」


 赤髪の男はアルタのスキルの解説を始める。アルタの支配下にある赤髪の男が、アルタが不利になるような事をするのには理由が……と言うかアルタの命令だった。


 先程アルタが魔物と騎士の軍に戻った時に伝えていたのだ。「あそこの五人は観客なんだ。だから僕とあいつの戦いを一緒に観戦してて。それともしあの五人が僕達の戦いを邪魔しようとしたら止めて。あとは僕のスキルの解説とかしてあげてよ」と言ったように命令していたのだ。

 アルタがそう命令する理由は赤髪の男に説明した通り、ジャンク達に戦いを観戦していて欲しかったから、後は秋へ攻撃を与えるための最終手段の一つだ。


「…………」

「そんなに警戒しないでください。 あなた達程度ではいくら俺を警戒しても意味ないですから」


 そう言う赤髪の男に腹を立てたグリンが掴みかかろうとするが、ジャンクがそれをとめる。


「やめろ。俺らじゃこの男には勝てない。さっきの自称皇帝……アルタだったか? あいつよりは弱いが、俺らじゃこいつにすら届かない」

「先生……」

「こいつが通常の龍種であれば余裕でいけただろうが、こいつは……恐らく異常種の名前持ちだ」

「なんだと!? そんな危険な存在は早急に倒さねば……!」


 ライリーがそう言うが、またもやジャンクが「名前持ちの異常なんかには俺らじゃ敵わない」と言ってとめる。言われて冷静になったのか、そんな強力な存在には絶対に勝てないと、ライリーは唇を噛んだ。


 ちなみに『異常種』とはその名の通り、通常の種から外れた存在だ。異常種はその全てが通常種より圧倒的に強く、個体によっては通常種より大きかったり小さかったり、と大きさが異なったりと、何もかもが桁外れなのだ。


「俺が異常種だとかはどうでもいいんですよ。ほら、アルタ様の戦い見ましょう」


 赤髪の男が指差す先の光景は、奇怪なものだった。


 アルタが短剣と位置を入れ替えて秋へと近付き攻撃仕掛け、そしてその入れ替えた後の短剣は宙を舞い、アルタと共に秋へと襲いかかっているのだ。


「あれは【念動力】ですね。あらゆる物体を思いのままに操れるスキルです。大きすぎるものは無理ですがね」


 解説をする赤髪の男の話はジャンク達の耳に入っていなかった。なぜなら目の前で繰り広げられる攻防が、やっと目で追えるほどのものだったのだから。そんな状態で【念動力】がどうのと言われても意味が分からないのは当然だ。


 そんな高速で展開される苛烈な戦闘に釘付けになるジャンク達。と、そこでティアネーの治療をしていたスヴェルグが僅かに身動ぎをして目を覚ました。


「剣聖様!」

「う……ここは……そうかい、あたしは気を失って……あの狂人は?」

「皇帝アルタならあそこで……」


 ライリーがスヴェルグに駆け寄り、少し離れた場所を指差す。


「…………いったい誰があの狂人と……?」

「えっと……アキ・クドウと言う……私が勤める学校の生徒です」

「はぁ!? ただの学生があいつとぉ!?」


 スヴェルグは大声をあげて驚愕を露にする。 それに釣られて一番近くにいたライリーもビクッと肩を震わせた。だがスヴェルグはそんなライリーを意に介さず少し離れた場所で繰り広げられる戦いをジッとみつめる。


「……驚いたねぇ……クドウとか言うの、対等に渡り合うどころか軽くあしらってるよ……あんなのが学生だなんて恐ろしいったらありゃしないよ」

「黒龍と白龍の匂いがする人間。どれほどの人物かと思っていましたが……まさか学生とは思いませんでしたよ」

「誰だい? アンタは」

「俺はアルタ様の配下ですよ」

「そうかい。今のところ攻撃してこないんだね?」

「えぇ。俺の役割はあなた達とあの戦いを観戦する事ですから」


 そう言う赤髪の男にスヴェルグは、「アルタとやらはともかくこいつ程度なら……」と物騒な事を呟いていた。


「ささ、剣聖様も一緒に観戦しましょう」







 いつまでたっても攻撃を当てられないアルタ。ジャンクの時のようにイライラする事はなかったが、だんだんとアルタは飽きてきていた。勿論強者との戦いはアルタにとって楽しいのだが、流石に何も為し遂げられないとやる気はなくなっていった。


「飽きてきたね。もうやめようか。 おい!」


 攻撃の手を止めたアルタが、赤髪の男へと呼び掛ける。するとそれだけで赤髪の男は行動を始めた。 赤髪の男がとった行動は、魔物と騎士達を王城へ進める事だ。 秋を相手に何も為し遂げられないのなら本来の目的を為し遂げよう。と言う事でさっき自軍に戻った時に伝えておいたのだ。


 そして赤髪の男がとったもう一つ行動は……


「何するです!?」


 ティアネーを脇に抱えた赤髪の男。そう。アルタが自分の欲望を満たすために攫えと命じていたのだ。アルタはティアネーが見せた絶望の表情が気に入っていたのだ。


「ティアネー! ……貴様っ!」


 叫んで赤髪の男に剣を振るうライリーだったが、赤髪の男はティアネーを盾にして攻撃の手を止めさせた。そして赤髪の男はそのままライリーを宙へ蹴り上げた。そうして高く蹴り上げられたライリーを空中でキャッチしたジャンクは、ライリーを地上にいるグリンに投げ渡してから赤髪の男へと魔力の剣で斬りかかるが、ライリーの時と同じように赤髪の男はティアネーを盾にしていた。だが、ジャンクのそれはフェイントで、本命は赤髪の男の後ろに出現させた魔力の剣だった。


 髪と瞳と同色の赤い血を噴出させながら前のめりになる赤髪の男。その背には深々と刺さった薄紫色の剣が。


「ぐぅっ……!? ゆ、油断しました……」


 赤髪の男は、痛みでティアネーを手放しそうになるがなんとか堪えて後ろへ跳躍してジャンク達から距離を取った。スヴェルグは先程まで意識失っていた事もあり、立ち上がるのにすら苦労していた。そしてそれは立ち上がってからもフラつきとして表れていた。


 そんな中、秋は何かを考えていた。


「ティアネー……?」


 秋が思い出すのはティアネーの森で怪しげな研究をしていた一人の少女の事だ。だがその少女は先日の魔物の大群の襲撃の時に小屋ごと魔物達に壊されて殺されてしまったはずだ。実際に小屋の残骸を退けていると小屋の残骸間かた赤い液体が垂れてきていた。


 そしてそこで引っ掛かりを覚えた。


(赤い液体……? そう言えば最近血液以外の赤い液体を見たな。 ……そう、あの怪しげな露天で……確か『大人化の薬』だったな。 ……ん? 『大人化の薬』……? それってティアネーが研究していたあれだよな。それにあの黒いとんがり帽子─魔女の帽子と黒いローブ……あそこの露店の店主じゃ……? ……! まさか……)


 何かに思い当たった様子の秋は赤髪の男へと駆け出そうとしたが、そこにはアルタが立ちはだかった。


「行かせないよ? だってこれは君の集中力を欠かせてここで君を攻撃するための作戦なんだからさ」

「……どうしてあいつを人質にとったんだ?」


 ティアネーとの関係に今気付いた秋は、ピンポイントでティアネーが狙われた意味が分からなかった。 秋ですら気付かなかった二人の関係にどうして気付けたのか。その疑問にはアルタが答えた。


「簡単さ。 さっきジャンクとライリー、ティアネーで話していた時に君の話がでてきてたんだよ。その時に一番君を信頼してる口振りだったティアネーを人質にとっただけだよ。 黒龍を従えているとか何とか言ってね」

「そうだったのか」


 アルタは予想外のところから情報を得ていた。ここからジャンク達のいる場所はかなり距離があいているはずなのだが、アルタには聞こえていたようだ。


「まぁ、そんな事はどうでもいい。 ……赤髪の男が抱えている女をこっちまで連れてこい」


 秋がそう命令する相手は、たった今ここに蘇生させられた生物にだ。

 その生物は速攻で形を構成させたからか、あらゆるパーツが適当に付けられていた。ベースとなる形は人型だ。……左腕は首の位置にあり、右腕は腰辺りから生えていた。頭部は肩の辺りから。唯一まともなの状態なのが両足だけだ。


 秋はアルタが話している間に『蘇生』を使って生物を蘇生させていたのだ。アルタへの質問はステータスの数値の振り分けや、スキルや魔法の分配、それらに割くための時間稼ぎに過ぎなかったのだ。


 命令にあったティアネーをこちらまで連れてくる必要はないのだが、現段階では『蘇生』させた生物には明確な自我がないので、あれ、それ、そこ……と言ったような表現をしてしまうと、蘇生させた生物は予想とは違う動きをしてしまうので、こうして分かりやすく伝える必要があった。なら、『ジャンクやライリーの場所に連れていけ』でもいいと思うが、蘇生させた生物は人名などを知らないのでそれは不可能なのだ。


「なにあれ」

「教えるわけないだろ」


 呆然と異形が一瞬で駆けていくのを眺めるアルタがそう言うが、秋は教えてやらない。 説明が面倒臭いのもあるが、そもそも敵に軽々と自分の情報を与えるわけがないのだ。


「うーん……あれが何か分からないけど、不意打ちも人質も無理となればもう君に一撃を与えるのは不可能そうだね」


 閃光の如き素早さであっさりティアネーを奪還されてしまい、立ち尽くす赤髪の男を見ながらアルタはそう口にする。 赤髪の男はあれでも王に関わりのある人物だ。それらしく力は強く、威圧感もある。赤髪の男は王の地位こそ得なかったが、それでも単純な力は周囲から突出していた。目の前の人物は、そんな強者の部類に入る人物をあっさり出し抜くようなものを従えているのだ。その時点で秋とアルタには格に圧倒的な差があった。


 それを見せつけられたアルタは投げやりに言った。


「もういいや、大人しく帰るよ。じゃあまた会おうね、アキ・クドウ──アキ君。 ……『同じ王』同士、仲良くしようね」


 アルタはそう言って踵を返した。その道中でしっかり赤髪の男も回収して、魔物と騎士が混じった自軍を連れて今度こそ帰っていった。



 一気に生物の密度が低くなった瓦礫まみれの王都の一部。スヴェルグとアルタの……秋とアルタの激しい戦闘の被害を受けまいと、いつの間にか結構遠くまで離れていたライリーが引き連れている騎士達が戻ってきている。


 そんな中、何かを考えるように空を仰ぎながら秋は呟いた。


「同じ『王』同士、ねぇ……」


 小さく呟いた秋は無表情で……だが少しだけ困ったような表情をして自分のステータスを開いた。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

名前:久遠秋くどうあき

種族:異質同体キメラ人間

Lv2910

MP :36,668,973

物攻 :36,668,988

物防 :36,668,979

魔攻 :36,668,990

魔防 :36,668,973

敏捷 :36,668,984


固有能力

【強奪Lv5】【生存本能】 【悪食】 【化け者×4064】 【傲慢】 【強欲】 【暴食】 【憤怒】 【怠惰】 【嫉妬】 【色欲】 【謙虚】 【無欲】 【絶食】 【慈悲】 【勤勉】 【忍耐】 【純潔】


常時発動能力

無し


任意発動能力

無し


魔法

火魔法Lv8

水魔法Lv7

土魔法Lv9

風魔法Lv6

氷魔法Lv7

雷魔法Lv9

光魔法Lv7

闇魔法Lv8

無魔法Lv9

聖魔法Lv6

時空間魔法Lv8


称号

異質同体人間 人外 理殺し 神殺し 神喰らい 同族喰らい 魔王

__________________________






「…………【魔王】……はぁ……どうしたものか」


 秋が悩むのは、アデルとクルトとの関係だ。【勇者】と【賢者】は【魔王】を倒すために力とその称号を得ることができる。

 なぜその【勇者】と【賢者】が【魔王】を倒すのか、なぜ【魔王】は倒されなくてはならないのか、なぜこの三人が敵対するのか、戦わねばならないのか……それは分からないが、これだけは言える事がある。


 今まで【勇者】【賢者】【魔王】が戦わなかった事はない。


 どんな形であれ、今までの歴史ではその三人の戦いは確実に行われていた。

 絶対正義と謳われる【勇者】が臆病者で意気地なしでも……賢く魔法の技術に長けていると言われている【賢者】が愚かで魔法が拙くても……絶対悪と謳われる【魔王】が自分が損をするぐらいのお人好しでも……絶対に戦いは行われていた。


 そんな訳から秋は悩んでいた。流石に今まで行動を共にしていた仲間が……友達が攻撃してくるとは思えないが、臆病者な勇者も、愚かな賢者も、優しい魔王も……そんな関係であってもこの戦いが起きてしまうのだから、あまり仲間や友達云々の感情的なものは期待できなかった。


 何者かが【勇者】か【賢者】か【魔王】の思考に干渉して戦いを発生させている。そして恐らく思考が操作されているのは【勇者】か【賢者】、或いは両方だ。


 秋がそう考える理由は、誰かが思考に干渉しているとすれば、なぜ【魔王】に自害を命じないのか? と考えたからだ。【魔王】に干渉できないから【勇者】と【賢者】を使って倒させる。当然の思考回路だ。


 秋は誰かが意図的に戦いを発生させていると考えているので、アデルとクルトと戦う未来に悩んでいたのだ。


 そんな厄介な未来を招くであろうこの称号をいつ手に入れたのか。


 それは、秋が『蘇生』への理由を深めるために白の世界で色々試していた時だ。丁度マーガレットが戦争関連のゴタゴタで忙しくしていた時だ。

 生物を『蘇生』させられる数の限界を調べたり、与えたスキルや魔法をどのようにして使うのか、使用不可能なスキル魔法はあるのか、そういった実験を行っていた時だった。何の気なしにステータスを開いたらいつの間にか称号の欄に【魔王】と記載されていたのだ。



 どうしたものかと秋が思考していると、ティアネーを抱えた異形が歩いてやってきた。 ……だが、異形はそのままティアネーを抱えた状態から動かない。連れてきてからの行動を命令されていないからだ。離せとも、下ろせとも、命令されていないからだ。

 蘇生させた生物に『自由にしていろ』と命令すればそれは自由に行動を始めるのだが、その事から蘇生させた生物にも多少なりとも自我があるのだろうが、こう言った細かなところで融通が利かないのだ。


 一々離せと命令するのも面倒臭いので秋は異形を消滅させた。すると当然ティアネーは地面に落ちる。所謂お姫様抱っこのような抱えられかたをしていたのでお尻から地面叩き付けられたティアネーは、腰の辺りを擦りながら秋を見上げた。


「お、お久しぶり……です?」

「最近会ったばかりだろ。 まぁその時お前がティアネーだとは気付かなかったがな。 ……それで、何だその姿は?」


『大人化の薬』などと言うものを売っていたので大体理解しているが、一応本人の口から聞いておきたいと思ったのでそう尋ねる。


「えぇっと……研究の成果……です。 私は遂に大人の体になることできたのですよ! どうです? この体。 ボンキュッボンでセクシーでしょう!?」

「……確かにボンキュッボンなんだろうが、ローブで隠れてキュッの部分が分かり辛いな。 ……前々から気になってたんだが、どうしてお前は俺と同じぐらいの年齢の子供なのに大人の体型に拘るんだ?」

「クドウさん……あなた、今まで何を見て生きてきたです? 同年代の周りの女の子はもっと背も高くて胸も大きくてお尻もセクシーな感じだったです! でも私は、背も低くて胸もぺたんこでお尻もセクシーじゃないです! これで焦らない方がおかしいです!」

「ふーん」


 自分で聞いておいて興味のなさそうな返事をする秋にため息を吐いてからジャンク達に手招きするティアネー。

 それに導かれてやってくるジャンク、グリン、ライリー、スヴェルグ。中でもスヴェルグだけは戸惑いがちにやってきていた。


「クドウ、怪我はないか?」

「問題ない」


 最初に話しかけるのはライリーだ。ジャンク達に説得されて大人しく観戦していたが、やはり心配だったのだろう。


 ライリーにとっては、部下も生徒も家族のように大切ものなのだ。

 それはライリーが今時珍しいほどに人に関心を持っていると言う事の表れだ。ライリーにとっては少しでも自分と関係ができればそれは他人ではなく友達……とまではいかないがそれに近い関係へとなるのだ。流石に王族や貴族を相手にそんな感情は抱かないが、概ねそんな感じだ。


「そうか……ならよかった。 ……だが、一応確認しておくぞ」

「え?」


 そう言うとライリーは秋の腕を掴んでまじまじと観察したり、ズボンの裾を持ち上げたりして念入りに怪我の有無を確認する。


 いつものライリーであれば言葉で確認をとって終わりだったが、今回に限っては憧れの『剣聖』ですら歯が立たなかった相手と自分の教え子が戦っていたのだ。これぐらいするのが当然だと言うのがライリーの考えだった。


「羨ましいこったなぁ」

「いやいや、こんな事をされる方の身にもなってみろよ。……地獄だぞ?」


 グリンの羨望を孕んだ発言に言い返す秋。秋は実際に顔を引き攣らせており、身動ぎ一つできない緊張感に襲われている様子だった。これがニグレドやアルベドなどの親しい存在であれば緊張などしなかっただろうが、相手は全く親しくない教師なのだ。秋が居心地の悪さを地獄と称するのも納得できるだろう。


「そこら辺にしておけ。 ……えっと……クドウ……だったか? 凄い戦いだった。 俺達が目で追うのがやっとだった戦いの中、怪我一つなく生き残り余裕そうにしているなど……俺が負けたのも納得だ」


 ライリーを引き剥がしてから言うジャンク。その視線には嘘のようなものは含まれていなかった。強くなるためなら相手を殺すのも厭わないと言った残酷な考えのジャンクが人を褒めるのが意外だったのか、グリンが目を見開いている。


「お前が教えてくれなかったら、俺はあのままお前達が全滅するのを見届けてただろうな。作戦だとか思ってな。 だからこの結果はお前のおかげでもあるんだ。 助かったぞジャンク」


 間抜けな秋は本当に作戦だと思って動かなかっただろう。例えジャンクやライリーが死体に変わったとしても、スキルや魔法の効果でそう見せているだけだ、などと思っていた事だろう。


「んで、そこのお前がアケファロスの師匠か? あいつの話通りのドワーフだし」

「……!? アンタ、あの子を知ってるのかい!?」

「知ってるぞ」

「そうかい! あぁ、間違いないよ、あたしがアケファロスの師匠のスヴェルグだよ。 ……それで、あの子はどこに?」


 秋に詰め寄るスヴェルグ。ライリーの時と違って今度はそれを手で制しながら秋は答える。


「アケファロスはあっちの方で帝国軍と戦ってる。側にはジェシカと、俺の仲間もいるはずだ。案内しようか?」

「あぁお願いするよ」


 アケファロスのいる方向を指差して示し、歩きだした秋とスヴェルグにティアネーが声をかけた。


「あの、私も行っていいです?」

「別に構わないけど、何をするんだ?」

「久しぶりにフレイアさんに会いたいと思って……どうせ一緒にいるんですよね? あ、そうだ! ジャンクさんとグリンさんとライリーさんも行くです?」

「いや、俺は行かない。 別に知り合いもいないしな」

「先生が行かないなら俺も行きません」

「……私は付いて行きたいのだが、ここの後処理があるから無理だな」


 見事に全員が断った。「そうですか」と返したティアネーは苦笑いを浮かべながら秋とスヴェルグに「行くです」と言ってここを離れた。先程秋が方向を指で指していたのでティアネーはそちらへと進んだ。

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