第242話 似た者同士
繰り広げられるアルタとスヴェルグの攻防。
剣の扱いなど知らないアルタはとっくの昔に剣を投げ捨て、素手で戦っていた。
スヴェルグが振るう大剣をアルタは無魔法で体の強度をあげる事で受け、そしてそのまま横に受け流してスヴェルグに拳を振るう。が、それはスヴェルグには当たらなかった。
大剣を振り切った状態で受け流された事によりバランスを崩していたスヴェルグは大剣を斬り返す事もできなかったのだが、そんな隙ができた事を理解したスヴェルグは咄嗟に大剣から片手を離して腰に提げていた剣を取り出し、アルタの拳を防いでいたのだ。
今度は拳を防がれた事によりアルタに隙ができた。スヴェルグは片手で未だ掴んでいる大剣を横に薙いだ。しかしアルタが足を上げた事により脛の辺りで防がれる。アルタの無魔法は全身に張り巡らされていて、片手だけの膂力で振るわれた大剣の攻撃を通さなかったのだ。
そんな攻防は僅か数秒の間に行われたものだった。周囲の人間から見れば人外の戦闘のように映っただろう。実際にその者達の脳裏には龍種同士の戦いのイメージが過っていた。
「なんだい。 ただの狂人かと思えばちゃんと強いんじゃないか。 全く……厄介な相手だねぇ」
「ここまでしている僕と対等に戦うなんて、あの時の梟ほどではないけど君も中々やるじゃないか。」
両者共に敵意はそのままに軽い口調で言葉を交わす。その間も二人の攻防は続いていた。
「梟っていったい何の事だい?」
「この間僕を殺していった奴の事だよ。 いやぁ……為す術もなく殺されちゃったよ。 千年生きたドワーフより強いってどれだけだよって思うよね」
嬉しそうに笑いながらアルタは言う。
「殺していった……? どういう事だい? アンタ死んでるのかい?」
「いいや、見れば分かると思うけど生きてるよ。ただ生き返っただけさ。【生物支配】の効果で配下の生物の命を犠牲にして」
アルタがべらべらとスキルの詳細を話すのは、二人の激しい戦闘音により周囲に会話が聞こえないと言う理由と、スヴェルグを絶対に殺せる自信があるからだ。 どうせ死に行く存在なのだから最後に色々教えてやろうと言うアルタの優しさから教えているのだ。
「なんだって? 【生物支配】にはそんな効果があったなんて聞いたことないねぇ……」
「なら今まで【生物支配】を持っていた奴が生物の命を犠牲にできない優しい奴だったか、何も従える事ができずに死んでいっただけなんだろうね。ダメダメだね。 こんないいスキル得た癖に呆気なく死んじゃうなんてさ」
アルタの言う通り、今まで【生物支配】のスキルを得た人間は全てが心優しい人物だった。このような生物の存在を蔑ろにして無理やり従えるスキルを使う事などできなかったし、もし使用して生物を従えたとしても自分の都合でその生物の自由を奪ってしまっていると言うのに、更に自分が死んだからと生物の命を犠牲にして生き返る事などできなかったのだ。
「僕は【生物支配】の所持者同士で配下の奪い合いとかして見たかったんだけどさぁ、そんな優しい人間が持ってるんだったら無理そうだよね」
そんな事を宣うアルタに鋭い蹴りが放たれた。この戦いの中で一番鋭い一撃だった。
そんな蹴りを防ぐ事もできずにもろに受けてしまったアルタは、地面を跳ねて転がって瓦礫の山に衝突した。
「アンタ生き物を何だと思ってるんだい!?」
「いてて……生き物は生き物でしょ」
「そう言う事を言ってるんじゃないよ!」
「分かってるって。そんなヒステリー起こさないでよ、怖いなぁ。 ……あぁ、で、僕は生き物は全てが玩具だと思ってるよ。強い生き物も弱い生き物も全部ね」
アルタは立ち上がりながら言う。冗談を言ったりふざけている様子は一切ない。至って真面目に本気で真剣にそう言っている。
「弱い生き物は大切に可愛がって甚振って遊ぶ玩具だ。何の役にも立たない、僕より下位の玩具は僕を喜ばせるための玩具。存在価値がある僕より上位の玩具は僕を甚振る教育の玩具。 強い生き物は僕を成長させる為の教育にいい玩具だね。 そして弱い者は強い者に薙ぎ倒され、弱い者は何度も立ち上がって成長して強くなる。そして強くなれれば、今度は自分が弱い者の薙ぎ倒す番だ。そうして強い者は遊びながら、弱い者は遊ばれながら、教育は施されていくんだよ。まぁたまに弱い者に薙ぎ倒される強い者もいるけどね」
アルタは自分の経験の混じった考えを述べる。弱いから遊ばれてきた立場だったアルタだが、そこに恨みや憎悪はなく、寧ろ感謝していたり共感していた。
「……何一つ理解できないね……狂人を叱ろうとしたあたしが間違ってたよ」
「嘘だぁ。 だって、君だってそうして成長してきたんでしょ?」
「何だって……?」
アルタの言う事に覚えがないスヴェルグは聞き返した。
「君だって数え切れないほど弱い者を薙ぎ倒して成長して来たはずだよ。 この世界ではその弱肉強食の履歴が自分自身に刻み込まれる。自分の罪を数えるように」
「…………」
「君はどうやってその強さ──レベルにまで至った? ……君のステータスに表示される『レベル』は色んな生物を薙ぎ倒して自分が成長した証なんだよ。 強い生物だったり弱い生物だったりね」
「…………」
スヴェルグは俯いて答えない。生物を殺しすぎた事がスヴェルグの足元に纏わり付いているのだ。狂人の考えなど理解できないと切り捨てたが、その狂人の言っている事は過去に自分がやってきた事だった。
自分が目の前の狂人に似ている……いや、同じ。
それを認めたくないからこそアルタを視界から消し、答えない事によって存在を否定した。これはただの現実逃避に過ぎない。
だが、現実と言うものはいつも自分に重なり続けるものなのだ。
理想を追うために自分の世界に逃げても、現実は無情に重なってくるのだ。
正常な人間は現実世界が、自分の清く真っ白な居心地の良い世界を侵食しだすと現実に戻ってくるものだが、異常者はそのまま世界の重なりを受け入れてしまい、自我が崩壊し、魂も消滅して現実と自分の世界の狭間を─存在と消滅の狭間を死ぬことなく無窮に漂う『無』になってしまう。
中にはそれを自分の意思で……自力で行ってしまう本物の異常者もいる。
だが、スヴェルグは正常な人間だ。だから無情で暴力的な現実の接触により意識を外に向けてしまった。
気付けば空を仰いでいた。その青い空を覆い隠すのはスヴェルグに跨がるアルタだ。
アルタは現実逃避していたスヴェルグを殴り飛ばし、そして馬乗りになっていたのだ。スヴェルグは殴り飛ばされた衝撃で現実に連れ戻されたのだ。
「君は強いんだから簡単に廃人になったらダメだよ。弱者を薙ぎ倒して成長した罪を償わないとダメだよ? だから存分に僕と言う強者が君と言う弱者を甚振ってあげるからね」
「…………」
アルタが敵意も殺意もない、甚振るための拳をスヴェルグに振るう。
先程までアルタと対等に戦っていた人物があっさり組伏せられて殴打される光景に誰も動けない。一歩も動かずにその光景を眺めるだけだ。特に『剣聖』スヴェルグに憧れを抱いていたライリーは膝から崩れ落ちていた。
スヴェルグが殴られる音とアルタだけが静寂の支配から脱して響く。
やがてスヴェルグとアルタの拳の衝突点から漏れる音はだんだん水気を帯びてきていた。それと同時にアルタの拳が赤く染まり、飛び散った血飛沫が地面を打つ。
そんな静寂に描かれる狂気の芸術品は、唐突に廃棄された。
騎士達が生み出した建物や道路の残骸、瓦礫が一点に集まりだした。
その一点にはジャンクがいた。
「どいつもこいつも情けないな。 ドワーフが一人やられたぐらいで怯むな」
瓦礫を纏ったジャンクは、瓦礫で構築した鞭でアルタを払い飛ばした。スヴェルグへ拳を振るうのに夢中だったアルタは避けられなかったのだ。
「グリン、そのドワーフを退けろ。邪魔だ」
「は、はい先生!」
グリンはスヴェルグを抱えてティアネーとライリーの元に走っていった。
「邪魔なのは君だよ。せっかく弱者と一緒に成長していたのにさ」
「何が成長だ。お前は適当な事を言って暴力を振るいたかっただけだろうが」
「適当に言ったけど、適当だったでしょ? なんてね。 じゃあ次は君にしようかな。ごめんねグリン。君の番は後になりそうだよ」
言ってからアルタは、遠くからでも見えそうなほど高い塔のように瓦礫を纏ったジャンクへと走り出した。
瓦礫の塔は砕かれても元に戻る。瓦礫の塔が攻撃をしても躱される。いつまでも進展しない戦いにアルタのストレスは溜まっていくばかりだ。アルタに攻撃を当ててくれるならまだしも、瓦礫の塔の攻撃はアルタに当たらないのだ。 何の手応えもない相手にイライラするアルタ。
当然だ。ジャンクは元より攻撃を当てるつもりはない。まぁ当たってくれれば有り難いが、それでも当てるつもりはなかった。ジャンクが徹するのは防御だ。高く堅牢な塔は通常の建物より崩壊までに時間がかかる。だがそれはほんの僅かな時間だけだ。その間に塔の修復を完了させて耐えるのだ。
防御に徹するのならばなぜ砦のような形状にせずに塔のような形状にしたのか。
塔と言うのは遠くからも見える。ならばそのジャンクの瓦礫の塔を見た誰かが助けに来てくれるのではないかと思って塔になったのだ。
誰かが助けに来てくれる確率は僅かなものだ。 誰もが生き残るために目の前の事に夢中になっている。振り向いたり上を見たりする事自体がまずないのだ。そしてもし瓦礫の塔を見たとしても誰が瓦礫の塔が残っている内に王都にやってこれるだろうか。
それでもジャンクは助けが来る可能性に賭けたのだ。
だが、もうMPが僅かだ。ジャンクの【纏衣(廃品)】は【纏衣】の維持にMPを消費しない。だが、欠けた部分の修復にはMPを消費する。つまり形状の変化にMPを消費するのだ。
既に何度も破壊され修復をした。攻撃するのではなく、耐え忍ぶ事こそがこのスキルの本質だと思っていたジャンクは焦っていた。
攻撃は当たらないし、効かない。 耐える事もMPの関係で不可能。塔だから移動する事もできない。
そんな絶望の中、ジャンクは一筋の光明を見付けた。ここから少し離れたところにある建物の煙突の陰に隠れる一人の人間を見付けた。
その人間は少し前に自分の道場にやってきて瓦礫を纏ったジャンクを負かした男だ。
ジャンクもあの男の本気がどれほどのものなのか把握していないが、それでもジャンクを前にして自分に何らかの制限を課していたように見えた。恐らく先程のドワーフよりも強いだろう。
そう考えたジャンクはその男を呼んだ。
「おいそこのお前、この前俺を負かして俺の技術を持っていったお前だ」
「ん? いきなりどうしたの? 壊され過ぎて頭でもおかしくなっちゃったのかな?」
アルタが反応するがジャンクは無視する。
「こそこそ隠れてないで手伝え」
言われると男……秋は煙突の陰から出てきてこちらへ歩いてきた。
「気付かれるとは思わなかったな。【認識阻害】も使ってたのに」
「【認識阻害】は認識されるされない以前に、ある程度実力がある奴には効かない。 そんな事より、どうして黙って見てたんだ?」
「ここにいる奴らって、マテウスがあいつらを倒せるって判断したからここに来させられたんだろ? なら手出しする意味もないかなって。 それに何か一発逆転できる作戦とかがあったんじゃないか? まさかあんな強敵相手に無策で挑んでたわけじゃあるまいし」
秋は【認識阻害】って効かない奴もいるんだな、と頷きながら言った。だが、マテウスは相手の戦力を把握せず騎士を送り込み、ジャンク達はアルタ相手に無策で挑んでいた。
「あんな強いのがいるとは思わなかったし、無策だ」
「マジか。絶体絶命を演じて相手が油断したところを、あのドワーフが隙あり! とかじゃなかったのか」
そんなジャンクと秋の会話にアルタが割り込んだ。
「ちょっとちょっと、僕を放って話しないでよ。今のこの場の中心は僕なんだからさぁ!」
「頭潰したのに本当に生きてたんだなお前。 【超再生】か何かか? ……いや【超再生】は致命傷を受けたら速攻で勝手に再生を始めるから違うか」
「……? なんで僕が頭を潰されて死んだと……? …………あぁ、そうか君があの時の……」
秋の疑問から秋がどういう存在なのかを把握したアルタは警戒心を露にした。 今より弱かったとは言え、前に一度自分を殺している相手だ。警戒しないはずがない。
「まぁ取り敢えずジャンクは引っ込んでてくれ。 こいつとは俺が先に戦ってたんだからな」
「先に……? よく分からないが、大人しく下がっていよう」
ジャンクは瓦礫の塔から出て来てライリー達のいる場所へと走っていった。
「よかったんですか、先生? いくら先生を倒したあいつと言え、流石に自称皇帝と一対一は……」
「いや、あいつなら大丈夫だろう。 確実にそこのドワーフよりは強いだろうからな」
地面に寝転がるジャンクはグリンにそう返す。今のジャンクは休日のお父さんのように寝転がりながら肘を突いて頭を支えている。それほどまでに秋の強さを認めているのだろう。
「なに……? クドウが『剣聖』様より強いだと……? 何の冗談だそれは……全く面白くないぞ」
「あいつはクドウって言うのか」
「そんな事はいい! 早く止めないと……!」
「まぁ黙って見てろよ」
「はっ、離せ! 生徒を見殺しにしろと言うのか!?」
立ち上がってライリーを押さえつけるジャンク。 単純にライリーが出張っていけば秋の邪魔になるだろうと言う考えからだ。
「教師なのなら生徒を信じてやれよ」
「……いや、しかし──」
「ライリーさん、クドウさんなら大丈夫ですよ」
「ティアネーまで……」
「本当かどうかは分からないですけど、黒龍を負かして従えているそうですよ? そんな人が負けるわけないです」
ティアネーはライリーの肩に手を置いてそう言う。 黒龍を負かした従えている、などと聞いたライリーはその話を全く信じていなかった。それどころか、こんな分かりやすい嘘に騙されるなんて……とティアネーに可哀想なものを見る目を向けていた。
「心臓を粉砕しても平然と生きてるような奴だし、本当に黒龍を従えていてもおかしくはないよな。認めたくはないけどな!」
だが、その可哀想なものを見る目は驚いたものに変わり、ライリーはグリンを揺すり始めた。
「おい! 心臓を粉砕したってどういう事だ!?」
「ちょ……! おい……!」
グリンが犠牲になる事でライリーの注意は逸れたようだ。ジャンクとティアネーは向かい合う秋とアルタに視線を向けた。
向かい合う秋とアルタ。アルタは秋を警戒しているが秋にはそんな様子はない。前と同じで弱いままだと思っているのだろう。だが、実際のアルタは龍種などを従えて前よりも何倍も強くなっているのでこの油断は致命的だ。
「そうだ。 お前さっき『この場の中心は僕』とか言ってたよな?」
「言ったよ」
「そうか。なら中心は中心らしく振る舞ってくれよな」
「どういう──っ!?」
そう言うなり秋はアルタに飛び蹴りを放った。なんとか無魔法で強化した腕で防いだが、腕は軋んでいる。 飛び蹴りが到達して数秒の時間が経っていると言うのに威力は失われず、アルタの腕を軋ませ続けていた。
「どうなって……!?」
「【向量操作】って言ってな、あらゆる力やエネルギーの速度、加速度、量とかを操作できるんだ。 結構頭を使うからこういう時にしか使えないんだよな」
秋はそう言ってアルタから離れた。
「やっぱり君はぶっとんでるね……気を抜けばすぐに死んじゃいそうだよ」
アルタは冷や汗を流し、腕を擦りながらそう言う。だが、アルタはそこまで秋に怯えていなかった。確かに死ぬのはまだ怖いが、アルタには命がたくさんある。本当の死は訪れないだろう。アルタはそう考えていた。
「どうして頭を砕かれたお前が生きてるのか分からないが、今度はお前が死ぬまで殺してやるから安心して死んでくれ」
「全然安心できないよ、それ。僕も死にたくないから抵抗させてもらうよ」
今度はアルタが走り出した。「中心が動くなよな……」と呟きながら秋はそれを迎え撃つ。アルタが繰り出す攻撃を紙一重で避けながらアルタの実力を計る。一度アルタを仕留め損なっている秋は警戒こそしないものの、いつもより少しだけ慎重に立ち回っていた。
その結果、秋はアルタが飛躍的に成長している事に気付いた。アルタが支配した魔物とステータスを共有できる事を知っていた秋は、いったいどれだけの魔物をあの短期間で支配したのか……と思いながらアルタを殴り飛ばした。
模倣のダンジョンを攻略する以前の秋ならここまで余裕な立ち回りはできなかっただろうが、それよりも大幅にレベルアップしている秋は前と変わらずアルタを余裕であしらっていた。
「この中心は弱いな。お前、まさかこの程度で周囲を全て動かせると思っていたのか?」
「ぐ……くぅ…………っ……ふふ……いいねいいねェ……強いじゃないか君ぃ……僕、前々から圧倒的強者で遊んでみたいって思ってたんだァ……」
ゆらりと立ち上がったアルタは小刻みに肩を震わせて不気味に笑っている。そのアルタの発言で何かを思い出したのか、「あっ!」と声をあげてから秋は口を開いた。
「お前さっき強者も弱者も玩具……みたいな事言ってたよな? あれ、ほんのちょっとだけ分かるんだよな。流石に全ての生物を玩具だとか思って遊んだりはしないが、その中に面白い存在がいる事は確かだ。 ……強い決意を抱いていたり、夢を抱いていたり、絶望していたり、壊れていたり……そんな人の思い……想いと言うのは面白い。だろ?」
「まぁね」
どこか通じ合うものがあるのか話を始める二人。意外と二人は似た者同士なのかも知れない。
「それらは、それらの側で観察して傍観するのが面白いんだ。そしてそれらがそれらの意思で俺に接触してくるのなら尚更面白い。……だから俺はお前のように、そいつらの興味を意図的に引いて真正面から干渉するのが気に食わない」
「それで?」
「……一旦仕切り直さないか? お前も面白い存在だ。そしてお前から俺に……俺の住んでいる国に接触してきた。 お前を相手にする理由はあるんだがこんな邪魔がいっぱいいるような、整っていなくて華々しくない場所でお前を殺すのは勿体ないと思うんだよな。 ……お前もこんなところで死にたくないだろ?」
仕切り直す。
秋がそう提案する理由は相応しくないから。
アルタのような面白い存在を、戦争だからと言うようなつまらない理由であっさり殺すのは憚られるのだ。
秋が求めているのは個人が、或いは少数の生物達が自発的に自分の意思や思考を持って接触してくる事だった。 だが、一遍に面白いものが大量にやってきたとしても、それらが一ヶ所に集まってしまえば必然的にその面白いものの価値が落ちてしまう。だから秋は個人か少数を求めているのだ。 ……ちなみにその接触とは相手が友好的か敵対的を問わない。
だがアルタは魔物と騎士で徒党を組んでやってきた。アルタに意思はあるのかも知れないが、魔物や騎士はどうだろう。自分の意思で参加したのだろうか。魔物や騎士が支配されていて無理やり連れてこられたと言うのならそれはここでアルタを殺すのは相応しくない事になる。
だから秋は仕切り直しを提案した。
ちなみに秋がアビスを見逃した理由もこれに当てはまる。魔物の大群と共にやってきたからだ。魔物の大群とは協力関係ではなかったようだが、魔物の大群などと言う有象無象に紛れてやってきたのをそのまま殺してしまえば、アビスのせっかくの存在価値が魔物の大群と言う有象無象と同じ場所まで落ちてしまうので見逃したのだ。
「嫌だ。 ……だけど君の言う通り、希少なものをこんなムードの欠片もないところで無駄にしたくないし、イマイチ気分もノってこなかったしね。僕は美味しいものは最後に食べる派なんだ」
アルタはチラリとティアネーを見やる。その目は好物を目にした子供のようだった。
「よし、決めた。帰るよ。 また会おうねみんな!」
アルタはあっさり踵を返して魔物と騎士の混ざった集団の中に戻っていった。 秋もそれを見届けてからスヴェルグ達のところへと歩いていった。