第240話 合流
アケファロスは守る必要がないからと意識から外して、重点的にフレイア達に意識を向けていたのだが、ふとアケファロスに視線を向けると、なんと敵軍のど真ん中で戦っていた。
何をやってるんだと思い、近付こうとしたがどうやらアケファロスは更に奥へと進もうとしている様子だった。
いったいどうしてそんなに奥へ向かうのか気になったので、今までと変わらず空中で眺めておく事にした。
飛んでるのが騎士や冒険者にバレると厄介なのでいつも通り【認識阻害】を使って宙に浮いている。
この宙に浮くと言う行為だが、これもスキルを使わずに自力で行う事ができた。だが、流石に翼を生やさずに飛ぶことは不可能だったので、自力で行えたとしてもこうして【認識阻害】を使う必要があった。
そしてこの翼だが、何十キロとある人体を持ち上げて飛行するには明らかに大きさが足りていないし、羽搏く速度も遅いのだが、なぜだが飛行する事ができた。……まぁ、変形の自力化と言う時点で色々無視してるし今さらだろう。
後、この自力化について一つ分かった事がある。
それは、自力化を行うには、ある程度その対象のスキルを使用する事が必要だと言う事だ。どれほど使えば自力化ができるようになるのかは分からないが。
今回で言えば【飛行】のスキルだ。
俺は行ったことのない遠い場所へ移動する場合はいつもこのスキルを使用している。俺が最初にこの世界に降り立った大陸からこの大陸までの移動や、冒険者の街フィドルマイアから王都ソルスミードまでの移動、ここからゲヴァルティア帝国までの移動など、たくさん使う機会や時間があった。だから自力化ができたのだろう。
だが、初期に手に入れて使いどころのないスキル……例えばアルヴィスが持っていた【黒霧】や【狂乱化】、こう言った使用頻度が皆無で使った経験の浅いスキルは自力化ができない。
つまり俺にとってのスキルは、自力化をできるようにするための型のようなものなのだ。
そんな事を考えている内にもアケファロスは進んでいたので、見失わないように高度を上げてアケファロスを目で追いかける。フレイア達のためにもここを離れるわけにはいかないので、地上が見辛いが仕方ないのだ。
そして高度を上げた事により視界が広くなった事で、アケファロスがどこに向かおうとしているのかが分かった。
アケファロスの更に奥で敵に囲まれている奴がいた。
バカなのだろうか。戦争においての単独行動など自殺行為に等しいなんて俺でも分かる。自分の腕前に自信があるのなら別だが。
アケファロスはそんなバカを助けるために行動していたのだろう。
どうしてアケファロスが見知らぬ人間のために行動するのか分からないが、俺も似たような経験があるので何となく分かる。ジャンクの攻撃がグリンに当たりかけていた時に咄嗟に庇ってしまっていたからな。アケファロスのあれもそんな感じなのだろう。
そうしてアケファロスとバカの様子を見ていると、唐突にバカが仮面を脱ぎ捨ててからアケファロスを抱え、高く跳躍した。俺の脳内は「?」で埋め尽くされるが、見ればアケファロスが泣いている。その涙は悲しみとかではなく、嬉し泣きのような感じだったのが更に意味分からない。
仮面を脱ぎ捨てたバカが地面に着地したのを見計らって俺もそちらへ向かった。
脳への負担は大きくなるが、【並列思考】と【神眼】と言うスキルを使ってフレイア達のサポートを続ける。【並列思考】は脳内の処理能力、と言うか思考回路を増やす? ような感じのスキルだ。それに合わせて【神眼】も使って複数のものを同時に見て、増殖した思考でそれらを一遍に脳で処理してサポートを続けるのだ。魔法とかでのサポートは俺が近くにいないから難しいが、これで少なくとも【魔法武器創造】でつくりだした武器は操作できる。
そう言えば【神眼】はあの左目が金色になっていた男も使っていたが、もしかして俺の目も金色になっていたりするのだろうか。
まぁいいか。
俺はどうでもいい考えを中断してバカとアケファロスに近付いて行き、取り敢えずアケファロスに話しかけた。
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泣き止まないアケファロスに向かう戸惑うジェシカ。
そこに秋が歩いてやってきた。
「お前が遊びで負けて涙目になってるのは見た事あるが、泣いてるのは見た事なかったな」
突如なげかけられる声にバッと振り向いたジェシカが見たのは、ジェシカが斎藤芽依であった頃に毎日のように見ていた服装の男がそこに立っていた。
「……地球人……?」
口から漏れた言葉に、口を押さえる事もできないジェシカは代わりに「あっ……!」と声を上げた。
この世界で異世界人は脅威とされているのだ。なぜならこの世界に転移、転生、召喚などの様々な方法でやってきた、もしくは連れて来られた異世界人は例外なく強力な力を持っているからだ。
ステータスの数値が異常に高かったり、持っているだけで勝ち組人生を遅れるとされている固有能力を持っていたり、希少だったりレベルが高かったりするスキルや、類い希な魔法の才能を持っていたり……異世界人は全てが等しく、この世界の人間からすれば不平等となるような強力な力を持っている。
異世界人に等しく与えられるその逸脱した力はこの世界の人間から脅威ととられて、謂れのない罪を着せられて指名手配されたり、一般人からの私刑を受けたり、騙されて奴隷にされたり、と強力な力を得てしまったがために矢鱈と目立ち、各所から敵対されてしまう事がある。もちろんそうならずに力を買われて出世する異世界人もいるのだが、そうして酷い目に遭う異世界人のいるのだと言う話だ。
そんな理由からジェシカは思わず口から漏れてしまった言葉に「あっ……!」と声を上げてしまったのだ。もし目の前の人物が異世界人じゃなかったら……この人が悪人だったら……
と脂汗を垂らしながら青褪めるジェシカだったが、ジェシカはすぐに考えを改めた。この人物は親しげに自分の親友であるアケファロスに話しかけた。善人であるアケファロスと親しい人物なのだから善人である可能性が高い。アケファロスがあれから悪人になってしまった可能性もあるが、それはさっき自分を助けてくれた事によりあり得ない。
なのでジェシカは目の前の人物を善人であり、どちらかと言うと味方寄りの人間だと判断した。
「今地球人って言ったか?」
「う、うん。 その服装……地球のものだよね?」
「……どっちなんだろうな。 地球の学生服を元に作ったんだが、素材はこの世界のものなんだよな」
どうでもいいことに引っ掛かった様子の人物に変な人だと言う感想を抱きながらジェシカは答えた。
「えっと……じゃあオリジナルって事に……?」
「オリジナルではないだろ。 …………いやそんな事よりお前だよ。 地球の制服を知ってたり、大昔に死んだそいつを知ってる様子だったり、一番謎なのはお前だ」
そんな会話が繰り広げられる中、未だにアケファロスはジェシカに抱えられ、しがみついたまま咽び泣いていた。
「……えっと……どう説明すればいいんだろ。まず、私は転生者で、ジェシカって名前で……アケファロスちゃんの親友で……そんで私は死んで……アンデッドになって……アケファロスちゃんを探すために旅をして……こうして再会した……って感じ?」
「短くて分かりやすい説明をありがとう。そうか。お前がアケファロスの話に出てきてた親友か。 あぁ、俺はアケファロスの主人? 飼い主? の……久遠秋だ」
「は?」
あまりにも酷すぎる説明に呆気にとられるジェシカ。 その言葉の通りなのだが、いきなり親友の主人だ、飼い主だ、と言われても理解できるはずがないのだ。
「えっとぉ……? 久遠さん、もうちょっと詳しく説明してくれないかな?」
「ダンジョンマスターになっていたアケファロスを服従させて仲間にしてるんだよ。 主人だ飼い主だってのは俺のアケファロスへの感覚の話だな」
「なるほど…………って! だ、ダンジョンマスター!?」
「そうだ。 なぜアケファロスがダンジョンマスターになっていたのかは知らないが、そいつはダンジョンマスターとしてダンジョンにいたし、称号の欄にもダンジョンマスターって書かれてるんだよ」
その話を聞いたジェシカは自分が持っていた【鑑定】スキルを発動させてアケファロスのステータスを見るが、確かにそこにはダンジョンマスターだと記されていた。
口を開けて間抜け面を晒すジェシカを余所に、秋はジェシカの腕の中にいるアケファロスへと近付く。間抜け面のジェシカはアケファロスのステータスに夢中でそれに気付かない。
「いつまで泣いてるんだお前は」
アケファロスの頭の両側を両手で掴んで無理やり顔を向けさせて秋は言う。こうでもしないと気付かないだろうと思ったのだ。
「うぁぁ……うぅっ……ひっく……ぅぇぇ………………ぅえ……?」
秋とアケファロスの目と目が合う。
「……ア……なっ!? なな、ななな!?」
「親友に会えて嬉しいのは分かるが、泣きすぎなんだよ」
「な、泣いてません!」
「顔中びちょびちょでそれはないだろ」
「泣いてません! 見ないでください!」
無理がある言い訳をしたアケファロスがアキに指摘され、顔を赤くしてから勢いよく立ち上がろうとした。 その時、ジェシカの顎にアケファロスの頭が直撃したのは、ポンコツンデレのアケファロスらしかった。
「がっ……!?」
「あっ!? じぇ、ジェシカ!? す、すみません!」
「あーあ。今日もポンコツ発動してるな」
「ポンコツじゃないです! それに、今のはあなたのせいですよ!」
「俺のせいなのか?」
「えぇ、あなたが私を……な、なんでもないです!」
どうやらアケファロスは混乱しているらしかった。
「いてて……」
あれから暫く気を失っていたジェシカが目を覚ました。
「あ、ジェシカ、目が覚めましたか! ……すみません……少し動揺してしまって……」
「あぁーいいのいいの。 久し振りにアケファロスちゃんのドジッ娘を体感できて嬉しかったしねー」
揶揄うジェシカに怒らないアケファロスに、秋は「おちょくられてるのに怒らないのか……?」と呟いていた。ちなみに秋は鼻に布を詰めている。この世界にはティッシュが存在しないので布で対処するか垂れ流しのままが普通なのだ。一応紙はあるのだが、そこまで潤沢にあるわけではないので無駄遣いはできなかった。 もちろん鼻血の原因は『思考加速』【並列思考】などの脳の処理能力を向上させるスキルのせいだ。『思考加速』はともかく、【並列思考】は自力化ができず、加減ができないので鼻血が出るのは仕方ない事だった。
「頭痛いからそろそろ戻りたいんだけど、大丈夫そうか? アケファロス」
「当たり前です。……あなたに心配されるなんて……屈辱以外の何物でもありませんね」
「あー! まだツンデレなおってなかったの? まぁ可愛いからいいんだけどねー」
「つ、ツンデレじゃないですっ!」
ツンデレに反応するアケファロス。「これには反応するのか……」と呟く秋は新しい揶揄うための言葉などを学んでいた。とは言え、ツンデレ煽りは前からもしていた事なのでツンデレ煽りの頻度が上がるだけだろう。
「まぁ、もう大丈夫そうだから俺は戻るぞ」
そう言う秋が背中に翼を生やす。周りには騎士も冒険者も魔物もいないのでジェシカとアケファロス以外に見られる事はなかった。
「な、なにそれ……!?」
「あー……説明しておいてくれ。アケファロス」
「あぁ、はい」
そう言って秋が飛び立った瞬間、声が聞こえてきた。
「あ! いたいたクドウさぁん!」
走りながら叫んで手を降っているのはアデルだ。
「アデルか。休憩してたはずだがどうしたんだ?」
「えっとね──」
アデルは話した。先程自分が関わったテイネブリス教団との会話と、それから得られた情報を。
「挟み撃ちか。 道理で皇帝の気配がしなかったわけだ」
秋は空中に浮いた状態で考える。
「…………そうだな……じゃあ俺はそっちに向かう事にする。 アケファロス、もう一度フレイア達を守ってやってくれ」
「分かりました」
「助かる。悪いがジェシカもアケファロスと一緒に行動してくれないか?」
「いいよ! いやぁ……アケファロスちゃんとまた一緒に戦えるなんてねぇ……あ、そうだ、スヴェルグさんにも言っておかないと」
「……え!? 師匠もいるんですか!?」
そう言ってポケットから何かを取り出したジェシカはそれに魔力を注いで使用する。それは丸い水晶のような見た目をしており、やがてその水晶にはドワーフの女性が映し出された。
「もしもし」
『……? もしもしって?』
「あぁ、いやなんでもないです」
『はぁ……それでどうしたんだい?』
「アケファロスちゃんがいましたよ! スヴェルグさん!」
『なんだって!? 今すぐそっちに行くよ!』
スヴェルグのその言葉を最後に水晶からは映像が消えた。
「えっと、ジェシカ……? 今のはなんですか?」
「これは『通信の水晶』って言って、セットになってる『通信の水晶』と今みたいに通信できるんだよ。 これって略したら『通晶』になるのかな?」
「し、師匠が来るんですか……?」
「そう言ってたね。よかったねアケファロスちゃん」
「はいっ!」
そんなやり取りを見届けた秋は微笑ましそうな表情で王都へと向かった。
「クドウさんも行っちゃったし、ボク達もそろそろ戻ろう。ボクはアデルって言うんだ。よろしくね」
「え! え! 君、女の子だよね!?」
「そうだよ。たまに男の子だと間違われるけどボクは女の子だよ」
「うっほおおおおおお! ボクっ娘きたーーー!!」
そんな歓喜の声は既に飛び立った秋の耳にまで届いていた。当のアデルは、ビクっと震えて若干怯えていた。
ツンデレと同じくボクっ娘などと言う言葉はこの世界にはないので、いきなり意味不明な単語を叫んだ目の前の女性に怯えているのだ。
「アデル、ジェシカはこう言う人なんですよ。異世界人ですから私達が分からない事を口にしてしまうんです」
「え!? ジェシカさん異世界人なの!?」
「恐らくは。 ……異世界人である、あの人も使っていたツンデレと言うこの世界に存在しない単語をジェシカも使っていましたからね」
そんな会話を繰り広げながら、アケファロスとアデルは未だに興奮しているジェシカを連れて戦場へ戻った。アデルはその道中で体にベタベタ触れてくるジェシカに顔を引き攣らせていた。
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秋の創造した魔法の武器が消えた事に疑問を抱くフレイア達だったが、その疑問はアデルとアケファロスが帰って来て告げた事で解消された。
だが、その分不安に駆られる事になるがその不安もジェシカの働きぶりにより払拭される事となった。
襲い来る魔物や敵の騎士達をまるで息をするかのように粉砕していくその姿はフレイア達の不安をも叩き潰したのだ。
「…すげぇなお前! そんな華奢な見た目でそんな凶器振り回してよぉ」
「へへーん。アケファロスちゃんには及ばないまでも、これでも昔は一緒に戦場を駆け回っていたんだ。つまりアケファロスちゃんと合わせられるような実力はあるのだよっ!」
驚いているラモンにそう答えるジェシカ。そこでマーガレットがあることに気付いた。
「それってつまりジェシカも人間ではないと言う事だよな?」
「……確かに。 ダンジョンマスターだったアケファロスと一緒に戦うのは不可能。 つまりアケファロスがダンジョンマスターになる前からジェシカは生きていた事になる」
セレネが冷静に言う。だが、いつもより目を開いていて少し驚いた様子でもあった。
「もしかしたらジェシカはこの前アケファロスが話していた昔話の親友かも知れないのだ」
「もしかしたら、と言うかそれで確定じゃろうな」
「え? え? アケファロスちゃんが話してた私の話ってなにぃ!? 気になるなぁ…… 後で聞かせて!」
「分かったのじゃ。お主もアケファロスを揶揄って楽しむのが好きなようじゃからな」
「やったね!」
そう約束を取り付ける二人の頭に拳骨が落ちた。もちろんアケファロスのだ。
「二人ともふざけてないで真面目に戦ってください」
「仕方ないのぅ」
「さっさと終わらせてアケファロスちゃんの話を聞こうっと」
「ちょ……! やめてください!」
戦場で戦闘中だと言うのにこれほどにのんびりしたやり取りができるのは、ここにいる全員が余裕で戦えているからだ。この中で一番戦闘経験が浅く弱いセレネでさえ余裕で戦えるほどだ。
それもその筈だ。いくらアルタが強い魔物を集めたとは言え、それはゲヴァルティア帝国の帝都近辺での話だ。 それでもその魔物は結構な強さがあるのだが、ダンジョンで魔物達と戦ってい鍛えられたセレネ達の相手ではなかったのだ。秋がしていた魔力の武器や魔法でのサポートはただの過保護でしかなかったのだ。
そんな緊張感のないフレイア達は佇まいは油断そのものだったが、魔物と対峙した際は油断せずに一体一体の魔物に注意して対処していった。普段マーガレットに口うるさくいわれているのでそれは自然と身に付いていた。
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「誰かは知らないが、到着が遅れてすまない!」
そうジャンク達に叫ぶのはライリーだ。馬から飛び降り、そして剣を抜き放ち、魔物に向かって飛ぶ斬撃を放った。
その斬撃は魔物を数体斬り裂いて消滅した。
そしてライリーが乗り捨てた馬も魔物との戦闘を始めた。普通の馬ならそのまま後方にさがっただろうが、この馬は違った。
この馬の額からは先程までは存在しなかった一本の角が生えていた。馬はその角で正面の魔物達を突き刺して殺していく。だがその角はまだ伸び続けた。
やがて、三メートルぐらい伸びただろうかと言ったところで角の伸びは止まった。 その馬の身の丈よりも長くなった角には隙間なく魔物が串刺しにされていた。 馬は角を縮めて死体となった魔物達を地面に落としていく。
そんなライリーの乗っていた馬は、世間ではユニコーンと呼ばれる珍しい魔物だった。
ユニコーンは処女に懐き、処女以外を乗せず、性交経験がある者を一目で見抜き、それに襲いかかると言う潔癖症な魔物だ。そんな特性から穢れを嫌う神聖な魔物とされ、一部から神聖視されている。
だが、そんな性交経験者を見抜くと言う吸血鬼そっくりな特性からこれもまた一部から『吸血鬼が従える馬』と呼ばれ、その者達はユニコーンを神聖視する者達と敵対していたりする。
「騎士が来たみたいだぞ。ティアネー。保護してもらえ」
「嫌ですよ、ここまで来たのなら最後まで戦うですよ!」
ジャンクの親切心から来る提案を蹴るティアネーは闇魔法で魔物を侵食して絶命させる。嘗て危険な研究ばかりしていたティアネーは闇魔法を使用して研究する事が多かったので魔法の中では闇魔法が得意だったりする。だが、その闇魔法を使った研究の成果を試す相手が身近にいなかったため、全て自分で試していた。そんな理由から、ティアネーは自分に聖魔法を使う事も頻繁にあったので聖魔法も得意だった。
「私達、騎士や冒険者の代わりに戦っていてくれたのに申し訳ないが、これは国同士の戦争だ。 一般人は下がっていてくれないか?」
「断る。こいつらは俺達への挑戦者だ。 下がるのはお前達の方だ」
「そう言うわけにはいかない。 さぁ、さっきも言った通りこれは国同士の戦争だ。一般人は──」
「先生が下がれって言ってるんだ、大人しくあそこの馬と一緒に並んでいろ!」
グリンが指差すのは、騎士達が乗ってきた馬が待機している場所だ。それは騎士達を騎馬と同列に扱っていると言う事と同義であり、グリンの煽りであった。
前に出てグリンへ言い返そうとする騎士をライリーは手で制しながら、もう片方の手では魔物を斬り裂きながら言った。
「ならば我々は我々でやらせてもらうぞ」
「好きにしてろ。まぁ精々魔物の糧になってくれよ」
ジャンクは最後に「手強い魔物と戦いたいからな」と付け足して魔物を殴り殺した。
「はいはい、役立たず共は後ろに下がっててね」
だがそこで、そう言う一つの声と共に魔物達は後ろに下がっていった。
「やぁ。僕はゲヴァルティア帝国の皇帝、アルタって言うんだ。よろしく。君達……そこの緑髪と、茶髪で黒目の男と栗色の髪の女と金髪の女。名前はなんて言うの?」
「俺はジャンクだ。こいつはグリン」
「私はティアネーって言うです」
「私はライリーだ」
素直答える四人は、この瞬間だけ共通の考えをしていた。それは「こいつが皇帝なわけない」と言うものだった。
そう思うのも無理はない。アルタは15から17と言ったような年頃の若々しい見た目なのだから。前皇帝の姿は厳かな老人だった事もあり、尚更あり得ないと言う考えを助長させていた。実際それは関係ないのだが、どうしてもそれが引っ掛かってしまうのだ。
「ジャンクに、グリンに、ティアネーに、ライリーか。よろしく。と言っても君達は今から死ぬんだけどね」
「……そうかもな」
「先生!?」
「……あぁ。私達ではあの者には到底敵わないだろう」
「えぇ!?」
グリンとティアネーは分からないようだが、ジャンクとライリーには分かった。目の前で皇帝を名乗る人物が途轍もない強さを誇っている事に。アルタとの間にかなり距離があると言うのに感じる圧迫感。
身体の芯から凍てつかせるような恐ろしく、強大な気配。
言葉だけで押し潰して圧死させられそうな殺気。
ジャンクとライリーは全身に冷や汗を流す。だが、それが分からないグリンとティアネーは二人を交互に見て戸惑っている。
「どうやら実力者はジャンクとライリーだけみたいだね。 じゃあ君達は最後にして、まずはグリンとティアネーから殺そうかな」