第239話 昔へ馳せる
勇者アデル、賢者クルト、神徒ラウラの協力を得たインサニエルはカエクスの元へと戻ってやるべき事の整理を始めた。
「目的であった勇者、賢者、神徒の協力は得られました。となればこの戦場には用がないのですが……ここで勇者達に死なれても困りますからね。自分達はこのまま戦いを続けるとしましょうか」
「了解した」
「それに、自国の国民を貸してくださった王女様へのお礼と警告も言いたいところですしね。戦争後の気が抜けたタイミングを見計らって言いに行きましょうか」
インサニエルが言うこの件についてはフレイアに一切覚えがないのだが、それでもインサニエルは言っておきたかったのだ。
自分達の目的を知ってその危険から離れておいて欲しかったのだ。勇者や賢者よりも早く魔王誕生の事を知り、インサニエル達に伝えてくれたあの恩人のためにも。
『今回の魔王は今までの魔王とは格が違うよ。神をも殺し得る、歴代最強の魔王。魔族の王なのか、魔法の王なのか、はたまた別の──その魔王がどんな形の魔王になるのかは分からない。だけどこれだけは言える。『触らぬ神に祟りなし』無駄な刺激を与えず不干渉でいれば鏖殺の未来は免れるだろう。 ……もちろんそれは絶対にではないけど、確率は限りなくゼロに近くなる。 『称号』を多く持つ者の運命は不変に近くなる。だがそれに他の『称号』を持つ者が近寄ればその運命は激しく変化し始める。 そう教えてくれたのは僕に魔王の事を教えてくれた……人? だ。 それを信じるならば魔王に無闇に関わらなければ……退屈と飽きを与え続ければ、鏖殺の可能性は低くなるだろう。だから、絶対に関わるな。魔王を退屈させて飽きさせろ』
そう言ったのはインサニエル達を含むテイネブリス教団の全てを救った恩人の言葉だ。
その恩人がどこでどのようにその情報を得たのかは知り得ない事だが、それでもインサニエルはそれを信じて行動してきた。それが間違いではなかったのは現在最も有力な協力者の言動で把握もしている。
だからインサニエル達は関わらない……直接。
だが関わる……魔王に邪神を仕向けて関わる。
死滅の未来を確実に無くす為に……魔王の敵対者達は活動する。
表向きは一般的に忌避されている邪神を崇拝する暗黒の宗教団体──テイネブリス教団。
そしてその本質は、魔王を殺そうと活動する一筋の光明であるが一歩間違えれば世界を埋め尽くす暗黒へまっしぐらな……そんな両極端な未来を進む団体……それがテイネブリス教団だ。
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プライドの高い貴族の中でも特に見栄をはらなければならない王族が平民と同じように避難していないだろうと考え、戦争開始日の昼頃にアイドラーク邸の様子を窺うフォニア。 王族の暗殺を行うにあたって何の情報もなしに乗り込むなどしない。寧ろいつもより念入りに様子見をする。
そんなフォニアであったが、こうして念入りに様子見をしていると尻込んで先伸ばしにしてしまった過去があるので程々にしてアイドラーク邸へと忍び込んだ。
アイドラーク邸には正規の方法以外での侵入を防ぐための結界が張られていたのだが、それを突破できるスキル【結界貫通】を持っていたフォニアは通常通り忍び込んだ。この【結界貫通】は自分にしか効果がないので他者と共有する事はできない。そしてこのスキルはあらゆる結界を貫通してしまうため、使用用途を間違えれば凶悪な怪物が封印されている結界すらも通り抜けられてしまうので、結界内部の情報収集などは必須だ。
ちなみに【結界貫通】と似たスキルに【結界無効】と言うものがあるのだが、これは張られている結界そのものを消滅させてしまえるもので他者との共有も何もないし、凶悪な怪物の封印を簡単に解けてしまえる最悪のスキルだ。……なのでその結界を隠すための場所や隠蔽の効果がある結界を更に重ねて張るのが結界を張る時の定石だ。結界があると気付かれなければ【結界貫通】も【結界無効】も意味がないからだ。つまり【結界貫通】の上位互換とも下位互換ともとれる微妙なスキルだ。
屋敷へ忍び込んだフォニアは瞬時に【隠密】や【認識阻害】【気配遮断】【無臭】【忍び足】と言った存在を関知され難くなるスキルを全て使用した。魔力─MPの消費が激しいが最後の仕事なのだから大胆に奮発して確実に成功させようと思ったのだ。
しかしこれらのスキルは使用するだけで継続的にMPが消費されていく。なので早急に標的であるフレイア・アイドラークを見つけ出して一瞬で片付ける必要があった。
…………のだが、肝心のフレイア・アイドラークが見付からない。使用人やフレイア・アイドラークの母親──オリヴィア・アイドラークはいたのだが、なぜかフレイア・アイドラークだけがいないのだ。
(親と使用人を見捨てて逃げた?)
そんな考えが頭に浮かぶが、すぐにあり得ないと頭を振ってその考えをかき消す。
フォニアの標的はゲヴァルティア帝国の騎士や諜報部隊、暗殺部隊の間で話題だった狂人に甚振られる友人を見捨てずに葛藤し続けるような善人なのだ。それがこんなにあっさりと親しい人間を見捨てて逃げるわけがない。
……しかも見捨てて逃げられたはずの人間はみんなが普通に生活していた事からも、フレイア・アイドラークが見捨てて逃げた可能性は低くなる。
(……ならばフレイア・アイドラークはどこへ……?)
スキルの一つの使用を中断してMPの消費を抑えながらフォニアは顎に手を当てて考える。そんな仕草は誰の目にも付かなかった。
(そう言えば、フレイア・アイドラークの護衛もいない……あの黒髪の少女と白髪の少女も、道化の少女も鬼人の少女も、黒と白が混じった髪の女も……あれらは全てこの屋敷の防衛戦力だったはずだ。 そんな人物達がどうしてこんな事態なのにいない……?)
様子見をしている中で最も興味を、警戒心を抱かせた人物達の不在に思い当たったフォニア。そして更に考えは進んだ。
(…………徴集された? ……可能性は……非常に高いな。 こんな事態なんだ。国を守るための戦力として戦争に駆り出されていてもおかしくない……というかその方が自然だ。 だが……どうしてフレイア・アイドラークまで…………まさか自宅で終戦を待つよりあの男の側にいた方が安全だと判断して……?)
フォニアは必死に考えるが不意に集中力を欠いてしまった。眩暈だ。MPが底をつきかけているのだ。
ここは敵地だ。考えに没頭している場合ではないのだ。
(……なんにせよ、目的は果たせなかった。 ……代わりにオリヴィア・アイドラークを暗殺してもいいが、前皇帝はそれを命じていなかった。フレイア・アイドラークを出汁にしてその家族と使用人を釣り上げようとしていた。ならば私の勝手な判断で行動するべきではないだろう。あくまで私の任務はフレイア・アイドラークの暗殺だけなのだから)
フォニアは融通が利かない……と言うより余計な事はしないタイプだ。フォニアをそう育てたのは前皇帝だ。「お前はただ私の命令を聞いていればいいんだ」そう教えたのは皇帝だったのだ。そしてそれによる融通の利かない性格は何度も皇帝に叱られたが直すつもりはなかった。 フォニアは言われた事だけを行うのだ。
そんな性格はフォニア本人も理解している。
その上でこう判断したのだ。
殺したくないから殺さない。
そんな良心から来た考えを誤魔化して、言われた事だけを行う性格を理由に言い訳をしてオリヴィアとその使用人達を見逃した。
暗殺者になる才能はあったフォニアだが、本当はフォニアは暗殺者になどなりたくなかったのだ。だが助けてくれた皇帝のために殺さねばならなかった……仕方なく。
仕方なく暗殺していたのだから、言われてもいないのに気を利かせて殺したりなどはしないのだ。
これは、野垂れ死んで残酷な生からの解放を妨げ、勝手にフォニアを生きさせて、フォニアが生きるために暗殺者になる事を強要して人殺しまで強要した皇帝──育ての親への反抗だ。
だが、フォニアはそれを享受した果てにあった幸せへ導いてくれた事には皇帝に感謝していた。
屋敷から退散したフォニアは、失敗した最後の任務に落ち込む事なく、自分が得た幸せの待つ場所へと帰っていった。
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人畜無害そうな男と窶れたサラリーマンのような男は、両者共に自分の周囲に魔力で構成した武器を浮かべていた。
剣、弓、槍、斧、槌、鞭、様々な形状の魔力の武器は、二人の眼前で武器を構える騎士達を攻撃していた。
理解できない攻撃を繰り出される騎士達は縦横無尽に駆け回る武器を弾くので精一杯で、自分に迫る拳に気付かなかった。
次々と粉砕されていく騎士の頭部は、肉片を撒き散らして二人の衣服、肌を汚しながら冷たくなっていった。
「あいつと戦ってからずっと物足りないんですよね」
「当たり前だ。 あいつは俺を打ち負かし、更には俺以上に俺のスキルを使いこなしていたんだ。 あいつと俺達では次元が違うんだ。諦めて次を見ろ」
のんきに雑談する二人。 この数の騎士と魔物を相手に気負う様子は見られない。
それは二人が潜り抜けてきた修羅場の数を表していた。こんな大軍を相手に余裕を見せられるようになるなど、いったいどんな修羅場を潜って来たのだろうか。
誰一人として二人に攻撃できずに死んでいく。それは機械のする作業のように淡々と続いていた。
そんな蹂躙劇の中、明らかに場違いな存在が紛れ込んできた。
「えぇ!? なんでこんなところにいるです!?」
黒い魔女帽子に黒いローブの、如何にも魔女と言ったような風貌の童顔美女だ。 グラディオに大人化のポーションを売ったやつだ。その童顔美女の魔女帽子から覗く髪の毛は物凄くボサボサで、足取りも覚束ない事から寝起きである事が窺えた。
「夜更かししたせいで逃げ遅れたです……」
「誰か知らないが離れておけ。 危ないからな」
人畜無害そうな男がそういうが、童顔美女は動かない。 それどころか近くに寄ってきた。
「分かってないですね……私は大人なんですよ? なのに情けなく逃げるわけないです!」
「なんだ。 ただのバカか」
そう言う童顔美女にそう呟く人畜無害そうな男。幸い童顔美女には聞こえなかったようで、「なんです? 何か言ったです?」と首を傾げている。
「とにかく、私も戦うですよ。 この王都が危険に晒されているのを直接目にしてしまった以上無視はできないですからね。 はぁ……直接目にしなければ無関係でいれたんですけどねぇ……まぁ……私を子供扱いした上に、全然会いに来てくれなかったあの人をぎゃふんと言わせたいですからね」
腕捲りをしながら腕を回す童顔美女は、拳で戦うのかと思わせるそんな動きをしたのにも関わらず魔法で攻撃を始めた。
そんな童顔美女に溜め息を吐きながら人畜無害そうな男は話しかけた。
「共闘するのに名前を知らないのは不味いだろうからな、名乗っておこう。 俺はジャンク。こいつはグリンだ」
「ジャンクさんとグリンさんですか。えっと……私は──ティアネーって言うです。 よろしくです」
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マテウスの指示を受け、王都へと馬で移動するライリー。王都へ戻る理由は勿論フィドルマイア方面からの挟撃に対処するためだ。
「団長、やっぱり引き返しましょう。あのままでは負けてしまいますよ! それに挟み撃ちの事は確定ではないんですし、ゲヴァルティア側のスパイが虚言を吐いているだけの可能性も……!」
後ろから馬に乗る騎士がそう言ってくるが、ライリーは引き返すつもりはなかった。 確かに挟み撃ちの件は怪しいが、それでも向かう価値はあると判断したのだ。
「そんなに心配なら一人で引き返すといい」
「……っ! そ、それは……」
脅しなどではなくライリーは本気でそう思っていた。 こんな曖昧な人間が付いてくるとなると色々と上手くいかなくなるからだ。 曖昧だから判断も遅く、行動も遅い。そんな遅さは戦場では死を招くのだ。
それにライリーは後方を心配していなかった。
ライリーの目と勘が正しければあそこには数人の強者が集まっている。そう簡単には全滅しないだろう。 ……その強者の内の数人が生徒なのには驚いたが、授業中の動きそうなどで薄々ただ者ではないと勘づいていたので驚きはそれほど大きくなかった。
それきり静かになった騎士に対して何も思わず馬に乗ってライリーは王都へ向かった。
やがて到着した王都は一見いつもと変わりない様子だった。
だが、違うものがあった。
雰囲気だ。戦争のせいで国民がいないのもあるが、それにしては生き物の気配がやたら多い。
そんな違和感を覚えながらライリーは馬からおりてから引き連れている騎士達と王都を歩く。
するとだんだんと違和感の正体が見えてきた。
そこは聖魔法使いが待機しているテント群のある場所だった。そこを魔物が囲んでいるのだ。
「前方に魔物の一軍を発見。 戦闘準備をしろ」
「本当に挟み撃ちされて……」
冷静に告げるライリーと、それに青褪める先程の騎士。 他の騎士が抜刀しているのにも関わらずあたふたしているその騎士は、その様子から分かるように素人だった。 戦争が行われると知らされる数日前に入団したばかりの新米だった。 剣の技術や戦闘の経験、体力の配分も分からないのですぐにバテてしまう。そんな有り様だった。
「早く剣を抜け、事態は一刻を争う。聖魔法使いが負傷してしまえば後々の戦いが不利になるのだからな」
「あ! は、はい!」
言われてから思い出したように剣を鞘から抜き放つ。
「行くぞ!」
ライリーの合図と共に走り出す騎士達。中には冒険者もいるが、対人より対魔物に特化している冒険者はここぞとばかりに攻撃をしていた。
その騎士と冒険者の中でも頭一つ抜けているのがライリーだ。
駆け回りすれ違った時には既に魔物は事切れている。そんな感じだ。魔物の攻撃を受け流す事もあるがそんなのは希で、基本的にはすれ違いざまに斬り裂くといったような感じだった。
その動きはマーガレットが目指しているものだ。
今年で20歳になるライリー、現在16歳であるマーガレットは今年で17歳だ。3、4歳しか差がないのにも関わらず、レベルで勝っているマーガレットがそれでも勝てない相手。それはライリーだ。
幼い頃……マーガレットが男として生きると決めた後の、ある日、騎士団の訓練所にやってきていたマーガレットは、思わず二度見した。 大人達に混ざって年上程度の女の子が訓練している……と。 そしてその女の子は軽々と訓練相手の騎士をあしらっていた。 そんなライリーに一瞬にして憧れを抱いたマーガレットは、ライリーのようになろうと決めたのだ。
レベルでも埋められない剣術の差。 体育教師として学校にやってきたライリーと手合わせをしてそれを知り、マーガレットの憧れはさらに強くなっていっていた。
そんなマーガレットに憧れられているライリーは、たった今最後の魔物を斬り捨てた。
「どうやら聖魔法使い達に怪我はないようだな。……では次だ。行くぞ」
「え? だ、団長、次とは? これで終わりなのでは?」
さっきの騎士がライリーにそう尋ねる。
「今の魔物たちは、体に刻まれた模様からして敵軍の一部なのは確かだ。だとすれば、こいつらを使役していた者がどこかにいるはずだ。魔物使いは一定以上離れると魔物を制御できなくなるらしいからな」
「なるほど……そう言う事でしたか」
頷いてライリーは馬に跨がって移動を始めた。それに追随する他の騎士や冒険者。それらが向かう先には、確かに敵軍がいた。
そして敵軍と交戦中のジャンク、グリン、ティアネーがいた。
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これはゲヴァルティア帝国の前皇帝とそれなりの地位に就く者しか知り得ない話だったのだが、それを知る者は全て意図せずにアルタに殺されてしまっていたので、今ではその当事者しか真実を知らない。
その話とは、現在逃亡中心の異世界人が【冒険王】【神眼】【不死身】【聖者】【城塞】【魔剣】の六人ではなく、実は五人だと言う事だ。
つまりはこの世界で生まれ育った人間を六人目の異世界人として扱っていたのだ。
そうする理由は、その現地人の持つ強力なスキルが皇帝達の目についたからだ。異世界人を召喚せずとも強力なスキルを持つ人間が頻繁に生まれてくるなんて広く知られてしまえば、わざわざ異世界人召喚をする意味がないと見なされ、異世界人召喚と言う楽をして自国の戦力を蓄えられなくなるからだ。
そんな帝国の都合で異世界人として扱われた一人は、自分と自分の家族を守るために帝国に就いて働いた。その者が生まれた国を滅ぼしたゲヴァルティア帝国に、だ。
だが、そんな生活は長く続かなかった……と言うか自らの手で断ったのだ。
理由は『その者』が、ゲヴァルティア帝国が再びその者の家族を狙っている事を知ったからだ。ゲヴァルティア帝国にとってその者の家族は目障りなようで、執拗に狙っていた。
約束が違う! と皇帝に抗議したが知らぬ存ぜぬで突き通される。暗殺者との契約書などの証拠を集めても揉み消される。
だから『その者』はゲヴァルティア帝国との関係を断つために戦力として異世界人を連れて国外への逃亡を図った。そんな大脱走は完璧には進まず、最終的には数十人もいた異世界人は五人にまで数を減らしてしまった。
『その者』を入れた六人が向かうはミレナリア王国。『その者』の家族が避難したと言われている国だ。『その者』を除く五人は特にミレナリア王国に用はなかったが、と言っても特に行く宛もないので取り敢えず『その者』に従ってミレナリア王国を目指していたのだ。
……『その者』はきっと【神眼】のティオ=マーティが街が見えたと言った時には喜んでいた事だろう。帝国から逃げ延びれて、家族に会えるかも知れなくて、生き残れて……大層嬉しかった事だろう。
そんな『その者』の現在は、友達……いや、それよりもっと上の存在にある者と共に行動していた。 そして肝心の前皇帝はいなくなったが、ゲヴァルティア帝国そのものに恨みがある『その者』は、ゲヴァルティア帝国へ向かっていた。基本的に同行者には目的がないので、『その者』が同行者の道をも選ぶのだ。
嘗て道を選べなかった『その者』は今、その選べなかった分の道を補うように選んでいる。
今度は家族を使った脅しには屈しない。
自分で自分の道を選んで最適を進む。
故郷が滅ぼされた時と、逃亡した時のように、多くの犠牲を出さない為に。




