第235話 事態の進行
あれから数日、マーガレットが戦争についての会議があるとかでダンジョン探索ができないでいた。実はマーガレット、今まではギリギリ自由な行動が許されていただけで、本当はもっと戦争関連で忙しかったらしいが、俺とソフィアでレベル上げだけは行っていた。
後は『蘇生』について理解を深めるために白の世界で色々試した。『蘇生』させられる生物の数に限界はあるのか、とか色々な事を試した。それで物凄く大変な事になってしまったが……まぁ面白いからいいだろう。ちなみに『蘇生』させられる生物の数に制限はなかった。
ゲヴァルティア帝国はいつになったら戦争の中止を申し出るのだろうか。 皇帝の死で予想以上に忙しくてそんな宣言をする余裕もないのだろうか? ……だが戦争の中止を宣言しなければ自分達が不利になるだろうに…………偉い人が考える事はよく分からないな。
どうでもいいが、最近は更に王都から人が減った。 皇帝が生きていれば明日には開戦するはずなので、ギリギリまで王都に残っていようと言う考えの人間が避難してしまったのだ。 そんなわけで、大通りだと言うのにほぼ無人だ。 人がいるにはいるが、数えられるほどしかいない。未だに泥棒みたいなのはちらほらいるが、そう言う悪人も減ってしまったので、予想していたとは言え本当に退屈だ。
「なんと言うか……貴重な光景ですね。 あの大通りが日中だと言うのに閑散としていると言うのは。 ……こんな景色、あなたにとっては暇なんじゃないですか?」
「当たり前だ。 暇すぎて死にそうだ」
人通りが全くないからと、布仮面を外したアケファロスがそう言うが当然暇なのでそう答える。
「でもよかったな。外で素顔を晒せるようになって」
「えぇ。とっても開放的で落ち着きます。 ですが、最近は仮面を被った状態でも結構心地良いですよ。 慣れてきましたから」
「そうか。でも素顔を晒すのは今しかできないから今のうちに堪能しとけよ」
ちなみにアケファロスの腐敗についてだが、腐敗が進行している様子はなかった。 元々人間と変わらない程度の腐敗だったので腐敗が進行すれば目立つだろうが、特に変わりなかった。
あと、もしかすると聖女ならアンデッドも治療できるんじゃないか、と思ったので試してみたが、何の変化も起こらなかったので諦めた。通常のアンデッドのように聖魔法がかけられた部分が浄化されて消失する事もなく、体の腐敗が治る事もなかった。
腐敗を治す方法を探すとは言ったがどうすれば治るのか検討もつかない。 やはりその場の勢いでものを言うのはよくないのだろうな。
宛もなく王都を彷徨く俺とアケファロス。
せっかく人がいないんだから素顔を出して外に出よう、と言う思い付きで歩いているだけだ。
しかも今日はアケファロスは普段着ないような可愛らしい服を着ている……と言うより着せている。アケファロスは最初、いつもと同じスポーツウェア風の服を着ようとしていたが、止めて無理やり着させた。これもせっかくなのだからオシャレをしようと言う思い付きからだ。
「…………あ、あの、足元がスースーして……は、恥ずかしいのですが……」
「誰も見てないんだしいいだろ」
「そうですが……やはりこう言った服は……その……恥ずかしいんですよ……」
「……仕方ないな。じゃあこれでも穿いてろ」
そう言って取り出したのは、短パン。 着物姿のクロカとシロカが着けているようなあれだ。こんな事もあろうかと用意しておいたのだ。
「…………はい?」
「それ穿いてればパンツは見えないぞ」
「いや、あの……そう言う問題じゃ…………はぁ……もういいです……」
そう言っていそいそと短パンを受け取って穿くアケファロス。何か言いたげだったが黙って穿いている。
穿き終わったアケファロスが服の裾を引っ張って穿き終わったと伝えてくるので、振り向いて再び王都を歩き始める。 どこか店が開いていればいいんだがな、流石にどこの店も閉まっているのでどうしようもない。
…………そう言えば移ろい喫茶ミキ……じゃなくてシキの面々は避難したのだろうか。
気になった俺はアケファロスを連れてシキへ向かう。突然の目標が定まったかのような足取りにアケファロスは少し頬を弛緩させていた。 流石に歩くだけではつまらなかったか。
暫く歩いて到着した移ろい喫茶シキは通常通りに営業していた。客こそいないが、一階に父さん達全員が集まっているのが、扉から見える。
「こんな状況なのに営業しているお店があるなんて思いませんでした。 ……バカなんでしょうか?」
「バカなんだろうな。 流石、俺の家族だ」
「え……? 家族……? あなたは異世界人なのではなかったのですか?」
「あぁ、それは──」
と、簡単に事情を説明する。 アケファロスとセレネ、ソフィアにも一応俺が異世界人だと言う事と魔人だと言う事は伝えておいたが、この事は伝え忘れていた。帰ったら二人にも説明しておこう。 そう言えば俺が異世界人で魔人だと伝えた時の三人の表情はかなりアホっぽくて面白かった。
「なるほど……どんな確率ですかそれ…………まぁ、あなたですからね……」
「確率は俺に関係ないだろ」
そんな風に会話しながら扉を開くと、上に取り付けられた鈴が音を立てて俺達の来店をしらせる。
「あら……? お客さん? あ! 秋ちゃん!」
客が来ると想定していなかった素振りを見せる母さんは、俺が来たと知ると、勢いよく椅子を倒して走り出した。 隣ではアケファロスが「あ、アキちゃん……?」と呟いて呆然としている。 そしてそれは次第に笑いを堪えるものに変わっていった。
「久しぶり~秋ちゃぁぁん! 最近来てくれなかったから寂しかったよぉ~~!」
「忙しかったんだ」
いつも通り飛び付いてくる母さんを受け止めながら言う。 だが母さんはいつも以上に甘えてくる。終いには頬擦りまでしてくる始末だ。 父さんに助けを求めようとするが、そうする前に母さんは冬音と春暁に引き剥がされた。
「ありがとう助かったぞ、二人とも」
「どういたしまして、お兄ちゃん」
「にいちゃん!」
今度は春暁が抱き付いてくるが、呆気なく冬音に引き剥がされていた。
「それで、どうしたんだい? ご飯を食べに来たのかい?」
「あぁ。他の店がどこも開いてなかったからな。 ……で、なんでここは開いてるんだ?」
当然の質問だ。 なぜ避難もせずにこうして営業しているのか。
「今日の夜には店を移すつもりだったんだよ」
「1日でどうやって?」
「僕のスキルでだよ。転移門って言うんだけどね──」
「あぁなるほどな。 ゲートで店ごと転移させるのか。 どうやって1日で店を移せるのか気になってたんだが、そうだったのか」
前から気になっていた都市伝説の謎が解けた。 そうかゲートか。 父さんも持ってたんだな。
「も、もしかして秋もゲートを……?」
「あぁ。 持ってるぞ」
「そ、そうなんだ……僕の自慢だったんだけどな……」
父さんが落ち込んでいるが、持っているものは仕方ないのだ。 それにスキルを自慢するなら固有能力ぐらいでないと自慢にはならないだろう。
「あら……? 秋ちゃん、そこの美人さんは?」
引き剥がされて地面に座り込んでいた母さんがアケファロスを指して言う。
「ん? あぁ、こいつか」
「初めまして私はアケファロスと言います」
「私は秋ちゃんの母、夏蓮よ。 そこの人が私の夫の季弥で、その子が娘の冬音で、そっちの子が息子の春暁。 よろしくねアケファロスさん」
そう自己紹介と他の人物の紹介を行うが、すぐに何かを考え始めた。母さんの口から小さく「浮気」やら何やらと聞こえてくるが、俺に覚えはないので俺がここに来るまでに父さんが何かやらかしたのだろう。
と、思っていると……
「秋ちゃん……確かにこの世界では一夫多妻が認められているけど、そう簡単に増やすのはどうかと思うの」
「は?」
「それに秋ちゃんにはフレイアちゃんに、ニグレドちゃんやアルベドちゃん、クラエルちゃんもいるじゃない。 流石に多すぎると思うわ。 でもどうしてもと言うならせめてもう少し間を空けてから…………」
「いや、何の話? 俺の話だよな?」
意味が分からない。 浮気? 俺が? 母さんはどうしてそんな考えに至ったんだ……?
「え? あれ? アケファロスさんは秋ちゃんの彼女さんじゃないの?」
「うぇええ!? わ、私が……かか、彼女……!?」
「いや、違うけど……」
「んー……? えっと……じゃあフレイアちゃんやニグレドちゃん達は?」
「違う」
「…………あら、もしかして何も……」
そうして母さんはまた何か考え込んでしまった。
そんな中、厨房に向かっていた父さんと冬音、春暁が俺とアケファロスの分の食事を持ってきてくれたので、食べる。
どこかアケファロスがどこかぎこちないのは気のせいではないと思う。
まぁ、アケファロスも元々は人間だったんだし、あんな間違いをされれば挙動不審にもなってしまうか。
例えるなら女友達を彼女と間違われたような……まぁ俺には女友達どころか友達すらいなかったので適当に言っているだけだが、きっとそんな感じだろう。
その後食事を終えて店を出る。 家族特権で金はとられなかった。連れであるアケファロスもだ。
それはいいのだが、やはり宛がない。 フレイアと王都を歩いた時もそうだったが、俺はこう言う事の計画性がないのだなと思わされる。
そんな感じで適当に歩いていると、今の王都では珍しい露店があった。
そこの店主は大きな黒いとんがり帽子と、足が見えない程大きな黒いローブと言う、如何にも魔女のような風貌の女だった。
俺の中の魔女は年上の妖艶な女と言うイメージだが、この女は栗色の髪に、緑色の目のどこか幼い顔立ちだ。所謂童顔だ。体つきは大人びているが童顔だ。
そしてその魔女っぽい女が言っているのはイメージ通りのもので、ポーションやら魔法関連の書物に、杖と言ったものだった。
「あ、あなたは……!」
「ん?」
「い、いえ……なんでもない……です」
その童顔魔女が俺を見て驚いたような顔をする。 俺の事を知っているのだろうか。 だが俺はこいつを知らない……いや待てよ……? …………そう言えば見覚えがある。 ……どこだったか……あぁ! そうだ模倣の通路を一人で攻略していた時に王都ですれ違ったはずだ。
流石脳味噌の大樹のスキルだ。あんな些細な出会いでも思い出せてしまう。だからと言ってこの童顔魔女がすれ違っただけの相手にこんな反応を見せるのもおかしいよな。 ……まぁいいか。
青いポーション、赤いポーション、緑のポーション、黄色のポーションなどと色とりどりのポーション。
……青いポーションは『子供化の薬』……赤いポーションは『大人化の薬』……緑のポーションは『成長加速の薬』……黄色のポーションは『成長減速の薬』……か。
どう考えても危ない類いのポーションだ。大人化、子供化と言ってもどれだけ変化するかも分からないし、成長加速と成長減速もどれぐらい効果があるのか分からない。しかもそれらの側には『効果には個人差があります』と書かれた紙がある。いやヤバいだろ。可愛い顔してなんて危ないものを売っているんだこの魔女は。
俺とアケファロスはそそくさとその場を去って再び王都歩き始めた。
その後、この間出会した危ない薬をキメている奴らに絡まれる二人の男女や、【冒険王】と名乗るおっさんと左目が金色に変色する男が冒険者ギルドに入るのを見たり、仲良くあるくマテウスとドロシーを見かけたりしたが、それ以外は特に何もなかった。
あぁ、屋敷に帰って来てから気付いたが、前までは無表情だった理由が最近は微笑みながら出迎えたりしてくれるようになったな。前までの無表情なリブもそれはそれでよかったが、やはり笑顔で出迎えられると気持ちがいいな。
だが、そんな平和が一転した翌日に知った事だが、なんと戦争は行われるようで、朝から騎士達が慌ただしく外を行き来していた。 皇帝がいないのにどうやって……?
「なぁソフィア。 俺、皇帝を殺したよな……?」
「はい。 ……なのになぜ……?」
もしかして皇帝を殺したのは夢だったんじゃ? と思い、俺の部屋に来ていたソフィアにそう確認をしてしまったが、それでもやはり皇帝は殺していた。
「え、ちょ、え……? ここ、皇帝を殺したってどう言う事よ!?」
「……あぁーっと……この間の夜に出掛けてただろ? その時に殺してきたんだよ。戦争なんて面倒臭いだけだから皇帝を殺してとめようかなと思ってな」
「え……? え……? えええええぇぇぇぇぇえええええぇぇええ!?」
部屋に響き渡るフレイアの大声。
「フレイア。少しうるさいのだ」
「そうじゃぞ。朝っぱらからうるさいのじゃ」
「いやいやいや! こんな事を聞かされたら叫んじゃうでしょ!?」
「アキはそう言う奴なのじゃから一々騒ぐでない。 第一、戦争が始まっているからには皇帝は死んでおらんはずじゃ。 別に騒ぐような事ではあるまい」
フレイアの反応が正常なのに、ここにいる奴全員がうんうんと頷いている。 これにはフレイアの困惑している。 そして「それもそうね……」と納得しだした。
「みんな分かってると思うけど、これは誰にも言っちゃダメよ?」
そうしてまた全員がうんうんと頷く。
「そう言えばアキ、ちゃんと顔とか隠したの?」
「あぁ。当然だ」
「ソフィア、それは本当?」
「えぇ。ちゃんと隠していましたよ」
「ならいいわ」
わざわざソフィアに確認をとらなくてもいいじゃないか。そんなに信用ないのか? 俺……まぁ、ないのだろうな。日頃の行いを振り返ればそうなる要素は山ほどあるし。
それにしても防げなかったのか。 これは面倒だ。これが魔物の大群とかならまだ楽だったのだが、相手は知性のある人間だ。バカで間抜けな俺が苦手な知性のある相手だ。普通の魔物相手に力でごり押すのなら簡単だが、頭を使って敵の罠などを避けながら、そして味方のサポートをしながら戦わないといけないのはしんどい。
……仕方ない。諦めてフレイア達と一緒に戦おうか。味方にどれだけ被害が出ようが、不器用な俺ではフレイア達を守りながらが限界だろうからそれだけに徹していよう。
そんな事を考えながらフレイア達とボードゲームで遊ぶ。
ちなみにいつも通りアケファロスが負けていた。
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進軍中のアルタ達。
道行く一般の魔物はアルタの引き連れる大量の魔物と騎士に怯えて手出しをしてこないので、予想以上にいいペースで進んでいた。道中にある砦やら何やらの建物に兵士がいないのも幸いして随分快適に進んでいた。
だが、アルタが引き連れる魔物は全体の半分……いや、更に半分の程度に過ぎず残りは帝国に待機させている。その理由は命のストックが欲しかったからだ。
騎士が全滅し、魔物も全滅したらアルタ自らが戦いに行こうとしていたのだ。
ちなみに帝国に残しているストックに選ばれた魔物はスライムやゴブリンなどの弱い魔物で、現在連れている魔物は比較的強い魔物だけだった。
そんな完璧に整った戦力だがアルタはこれでも足りないと考えていた。ならば最初から支配する魔物を殺させず、魔物達のステータスを全て自分のものとして一人で戦えばいいと思うが、自分を容易く殺害した梟の仮面をつけた男の存在がそれを許さなかった。
(……あのタイミングで僕を殺しに来たと言う事は、あいつはミレナリアの人間か、それともそれに関係する人物だろう。 ならば数であいつの手を塞いでその隙に僕があいつを殺す)
そう考えてのこの魔物達だった。騎士達はアルタの支配下にはないので本当に囮だ。騎士の死により自分のステータスが減少して戦いの感覚が乱れないように支配していない。
「アルタ様、あれがミレナリア王国でございます」
赤髪赤目の男がアルタにそう告げるが、実際には遠くに城壁の一部が見えただけで、まだ殆ど見えていない。
「へぇー……ふふふ……今からこの整った街道は血塗れになり、風が吹く草原には死骸が転がり、緑の森は焼ける。 堅牢な城壁は崩れ、自分達の勝利を信じて避難していない愚かな人間達を蹂躙するんだ。……最高だよねェ?」
「はい」
赤髪赤目の男は素っ気なく返事する。 こうなったアルタには多くの言葉を紡がない方がいい。この男はそれを学んでいた。
なぜならアルタは異常者だから。多くを紡いだとて自分には理解できない事を喋り始めるのだ。やんわり理解はできるのだが、それでもその考えが一切理解できないのだ。
人が悲しむ姿で喜び、人の慟哭で喜び、人の絶望で喜ぶ。
そんな面白くないものを面白いと思うその感性。 それらはまともな赤髪の男には理解できなかった。
多くを奪われ、欠けてしまったこの男ですら理解に苦しむ言動をするアルタ。いったいどんな人生を生きて、何を思い、進んできたのか。アルタをこんなにする出来事とは……? そんな過去に興味を示す男だが、到底アルタには聞けなかった。
だがアルタはそんな男の心を読んだかのように喋り始めた。
「君、僕がこうなった理由が気になるんでしょ?」
「え、いや……」
「僕、分かるんだよね。そう言うのを考えているのが」
「…………」
言い返せなくなる赤髪の男。
「いいよ。教えて上げる。 どうせ今回の戦争で君も死ぬだろうからね。冥土の土産みたいなものだよ」
「…………」
ゴクリと唾を飲む。 そしてアルタは一言発した。
「知らない」
「…………は?」
目上の人間に対して出た「は?」と言う言葉に口を塞ぐ赤髪の男だったがアルタは特に何も言わなかった。
「多分……僕は最初はこんなんじゃなかったと思うんだ。だけどいつからこうなったかが分からないんだよ」
「…………」
「つまり、特にきっかけはないんだろうね」
アルタは空を仰いで考える。
「……いや違うかな。 きっかけはあったんだろうけど、どれもが小さいものでそれらが蝕むように僕を変えていったんじゃないかな。 明確なきっかけがないから……変化が分からない。変化を知らない。 だから僕は今が本当の自分だと思ってる」
「…………」
赤髪の男は、珍しく自分の事を語るアルタに耳を傾ける。上司への相槌を忘れてしまう程に真剣に聞く。
「人間とは変化して適応していく生き物なんだ。 だから変化した結果である今の僕が、前までの僕が最適だと判断して適応した結果なんだと思う。…………関係ない事まで喋っちゃったけど、まぁ要するに知らないって事だね」
「…………なるほど。アルタ様のお考え、勉強になりました。ありがとうございます」
「……うん」
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フォニアとグラディオは寄り添いあって地底人達の帰還を待っていた。だが、いつまで待っても地底人達は帰って来なかった。
その理由は、地上の食べ物を帰還途中に摘まみ食いしてしまった地底人が死んでしまったからなのだが、誰も見ていないし誰も知らないのでどうしようもなかった。
地底人が食べ物を摘まみ食いして死んだ理由はとても簡単で、そもそも地上の人間と地底人では体の構造が違うので、地上の人間が食する食べ物が地底人にとっては毒だったからだ。
だはそんな事実は誰にも知られず地底人が死んでしまったので誰にも伝わらない。 地底人を待つフォニアとグラディオにも。
「私はここで地底人を待っているからお前はどこかに行っていていいぞ」
「え? でも、フォニアを置いてオイラだけが……」
「いいんだ。 今知ったのだが私は恋人に尽くしたい性分のようでな、お前の為に行動したくなったんだ。だから好きにしていていいぞ。……で、でも……帰ってきたら甘えさせて貰うからな……?」
上目遣いで言うフォニア最後の一言でやられてしまったグラディオは、フォニアに甘えて貰う為にここを離れる事にした。
その足取りは一度フォニアの提案を渋った者の足取りとは思えない程に軽くて弾んでいた。今にもスキップを始めてしまいそうだった。
そんなグラディオが見つけたのは、今時では珍しい露店だった。その露店はとても怪しい雰囲気を放っていたが、好奇心に負けたグラディオはそのままの足取りでそちらに向かった。
「あ、いらっしゃいです。 …………いきなり失礼だと思うですが、あなた……身長を気にしてるですよね?」
やってくるなりグラディオにそう言うのは童顔の女性だった。少し前までは普通……ではないが女の子だった童顔の美女だ。
「な、なんでそれを!?」
「わかるです。 私のこの間まではそうだったです。 ……ところがどっこぉぉい、このポーションのおかげで大変身! 今のこのボン! キュッ! ボン! ……の魅惑ボディです! ……さっき昔の知り合いに会ったですけど、その人は私に気付いてなかったです!」
大袈裟な身振り手振りでそう説明する童顔美女の話に食い付くグラディオ。 普段のグラディオであれば、胡散臭いと判断して相手にしなかっただろうが、長年悩み続けた身長の問題を解決できるかも知れないと聞いて冷静な判断ができなくなっていた。 今さっき自分より身長が高い彼女ができたのもそれを加速させている。グラディオの男としての矜持が低身長でいる事を許さなかったのだ。
「ほ、本当に……身長が……!?」
「はいです! 一気に大人になるポーションと、成長を加速させるポーションがあるですけど、どっちにするです?」
「一気に大人になれる方で!」
「毎度ありです! あ、これ元に戻る薬です。 高身長に困ったら飲むといいです」
童顔の美女が赤いポーションと共に手渡したのは、白色のポーションだった。 それは市販されている状態異常を治す薬だった。
ちなみに状態異常とは悪性効果─デバフだけでなく、良性効果─バフも含むので、この薬はそう言ったものを全て消してしまうものだった。
これは市販されているものなので状態異常を治す程度は知れているが、赤いポーションで得られる効果はこの薬で十分治せた。
「おぉ……! こんな物まで……! ありがとう!」
「いえいえ、お互い低身長で苦労したですからね。これぐらいはするですよ」
童顔の美女はそう言うが、状態異常を治す薬はいつもセットで渡しているのでこれはただの媚売りだった。
そしてグラディオはそこから離れたところで赤いポーションを半分ほど口に含んだ。 変化はすぐに訪れた。 グラディオが今着ている服がミチミチと音を立て始めたのだ。金欠であるグラディオは衣服の貴重さを知っているのですぐに服を脱いだ。上も下も。残ったのは下着のみで、幸い下着は伸縮性優れたもので、脱ぐ必要はなかった。
それから暫くして変化が収まると今までとは明確な違いがあった。視点の高さだ。 普通の一階建ての家屋の屋根がすぐそばにあるのだ。そこまで身長が伸びて尚、破れないパンツ。
「あれ?」
と、その時、大声をあげてさっきの童顔の美女が走ってきた。
「言い忘れてたです! ……あ、手遅れだったみたいです……」
「ど、どうなってるんだこれ!?」
「あの……飲むのは少しだけでよかったですけど……言い忘れちゃったです」
「えぇ!? ど、どうすれば!?」
「白いポーションを飲むです」
「わかった!」
言われた通りにポーション飲むグラディオ。すると今度は急激に身長が縮まっていき、いつもの視点へと戻った。
「もう一本サービスするです……本当にごめんなさいです……」
「いや、いいよ。無事に戻れたし」
そうは言うが、しっかりと新品の赤いポーションと白いポーション受けとるグラディオだ。
その後、無事に身長を調整できたグラディオはパツパツの服を着てフォニアのところへと戻ってきた。
「おぉ! 戻った…………か……?」
「どう!?」
「いや、どうって……え?」
「身長が高くなったんだ! どう!? 格好いい!?」
わくわくとフォニア答えを待つグラディオ。だが、フォニアから帰ってきたらのは予想外の言葉だった。
「なんと言うか…………正直似合ってないな。 服が突っ張ってるのもあるが、その顔でその体格は……凄く……アンバランスだ。 ハッキリ言って気持ち悪い」
そう聞いてグラディオは急いで白いポーション飲み干した。
憧れであった高身長でいるより事より、フォニアに嫌われないようにする事を選んだのだ。
「うん。 やはりお前はそっちがいいな。 …………さ、さて……ではそろそろ……あ、ああ、甘えさせて貰おうかなぁ!?」
「……!! 来い、フォニア!」
許しを得て存分に甘えるフォニア。
まずはグラディオに抱き付いて頬擦りをする。そして手はグラディオの背中を撫で回しながらグラディオの匂いを嗅いで、ついでに頭も擦り付ける。挙げ句の果てには足すら使ってまでグラディオにしがみついた。
そんなバカップルも苦笑いのイチャイチャっぷりは人目が皆無な街中でも誰の目にも付かなかった。
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王都に建てられたある教会では、そこの神を崇める信仰者達と、二人の異教徒が集まっていた。
「それで、邪神を崇めているあなた達がうちに何か用ですか?」
「えぇ。 自分達の計画にあなた方も協力していただけないかと思いまして、ここに来ました」
「……邪神崇拝者の計画などどうせろくでもない事なのでしょうが一応聞いておきます」
「ありがとうございます。 それで計画と言うのはですね──」
インサニエルの説明を聞いた信者は唸る。
「確かに魔王は脅威ですが、本当に邪神を降臨させてまでしないと倒せないのですか? 勇者は? 賢者は?」
「勇者も賢者も確実に力不足ですね。 あれなら自分と互角か……それよりも少し強い程度ですよ」
「…………そうですか………………ですがその申し出は断らせていただきます。やはり我々は邪神崇拝者に力を貸すなんてできません。 ごめんなさい」
「……残念ですが仕方ありませんね。 ……では自分達はここでお暇させてもらいます」
インサニエルとカエクスにとっては何回目か分からない拒否。
いままで何度もこうして王都にある様々な教会を訪れて来たが、その全てが協力を拒否した。やはりそれは二人が邪神崇拝者だからであろう。
「今ので王都の教会は最後です。 どうしましょう。 ……一旦アブレンクング王国に帰りましょうか」
「待たれよ。 まだ勇者と賢者、そして……神徒に協力を求めておらぬ」
カエクスがそう言うが、インサニエルは気が進まない様子だった。
「そうは言いますが、勇者も賢者も神徒も一度我々が手出しをしてしまいましたよ? 神徒は生け贄に、勇者は人質に、賢者はそれに巻き込みました。 もはや我々テイネブリス教とは敵対関係と言えます。 協力を仰ぐのは難しいですよ?」
「ならばテイネブリスを名乗らねば良いのだ。 幸い我らには後ろ盾がある。それを騙れば良い」
インサニエルが横に伸ばした腕に、蝙蝠のようにぶら下がるカエクスはそう言う。
「なるほど。それはいい案ですね。 あれなら宗教界隈で権力もありますしね。 それにあれは…………うん。 うん。しかも戦争の最中……まともな思考がし難い時に協力を仰げば……うん。 うん。 考えれば考えるほどいい案に思えて来ました」
そう言ってインサニエルは肩を震わせて笑った。 その度にカエクスが落ちそうになるのだが、カエクス文句を言わないし、インサニエルは気付かなかったのでカエクスは揺れを堪えるばかりだった。




