第234話 逃亡者達の現在
地底人に自己紹介を終えたフォニアとグラディオ。
地底人とのやり取りで自分が想像していたような危ないやつじゃないと分かったグラディオは移動屋台を端に寄せて地底人とフォニアに近付いた。
「しかし……そうか……地底の魔物がいなくなったか。……原因は分からないが、取り敢えずそこらの店に置き去りにされた食料でも食っておけばいいんじゃないか? あのまま腐らせるのも勿体ないしな」
「ミー達もそれは考えマしたけど、それは泥棒じゃないんですか?」
地底人が真っ当な事を言うが、この国は戦争を目前にして荒んでしまっている。 今更そんなちっぽけな出来事を咎める者はいないも同然。 それに、フォニアの言う通り、避難する荷物に入りきらなかった食べ物は今も店や空き家となった家屋に残されたままになっている。それは勿体ない。こんな事態なのだから少しの食料も無駄にできないのだ。食えるものは食う、そうしなければならない。
「…………この国は戦争マえなんですか。 実はミー達の住む地底では、いマは戦争の最中なんです。 ですから、食糧の備蓄もすぐになくなり、いマは凄く危険な状態なんです。 …………やはり四の五の言ってる場合じゃありマせんよね。 そこを管理していた人にはモうしわけありマせんが、少しばかり拝借していきマす」
「そうするといい」
「親切にしてくれてありがとうございマす!」
そう言って地底人達は踵を返したが、すぐに戻ってきた。
「あのーすみマせん……どこがム人なのか分かりマせん……」
「案内してやりたいところだが、私達にも仕事が……な」
フォニアはグラディオを見る。
「……いやいいよ。今日はいつもより人が少なくて全く売れないし、もう休みにしよう」
「助かる。 ……と言うわけだ。私達が案内しよう」
喜ぶ地底人達を見て微笑みを浮かべるフォニア。 窶れたような姿でかなり不気味だが、どこか愛嬌のある地底人の喜び様はその醜さを覆した。
……暗殺者などと言う人殺しの職業に就いていたフォニアが、なぜ自ら進んで人助けなどをするのか。
それは元のフォニアが持つお人好しな性格が影響しているのだろう。
フォニアは肉親に捨てられるまでは近所でも評判のいい子供だった。 だが如何せん住んでいた村が貧乏で、金に困った両親が少しでも生活費を浮かせる為にフォニアを捨てたのだ。 フォニアを奴隷として売らなかったのは、実の子への情けだろう。
そこからは厳しい生活がフォニアを待っていた。 常に空腹で、渇いていて、劣悪な環境で過ごし……なんらかの病気に罹らなかったのは幸運だったと言えた。 だが、それでもいっそ奴隷として売られた方が、いっそ死んだ方が幸せにも思える程には苦しかった。 だが、当時6歳だったフォニアに自害するような度胸はないし、そんな考えも浮かばなかった。
だが、そんなフォニアに手を差し伸べる者がいた。それは今は亡きゲヴァルティア帝国の皇帝だった。 偶然帝都の視察に来ていた皇帝がフォニアを発見し、保護した。
普段は非道な皇帝がこうしてフォニアを助けるのには暗殺者に仕立て上げる以外にも理由があったが、その皇帝はもうこの世には存在しないのでそれは分からない。ついでに逃走中の異世界人が本当は5人だと言う事も。
それらの真相を皇帝が日記やら何やらにそれを記して遺していれば別だが。
順調に暗殺者として仕立て上げられたフォニアは本来のお人好しな性格を仕事でするように潜めて、俊敏で無情な暗殺者へと傾いていった。
それがどうして今になって元に戻ってきているのか。
皇帝から解放されたからか。王女も殺せずに暗殺者として一度妥協してしまったからだろうか。グラディオに出会ったからだろうか。自分の正義を覚えていたからだろうか。
フォニアとグラディオは地底人と共に無人となり、誰にも掃除されず若干埃っぽくなった店や家屋に忍び込み、残された食料などを回収する。 地底人の一人が時空間魔法を使えたので一度に多くを拝借できた。……拝借とは言うが返す予定はない。
「モうモてないよ。 一度地底にモどろう」
「そうだね。 こうしているいマにモ誰かが空腹で苦しんでいるしね」
「私達はあの穴の側で待っているから、なるべく早く帰って来てくれると助かる」
「マだ手伝ってくれるの!? 本当にありがとー!」
そそくさと穴に戻っていく地底人。 落下して死んでしまうのではないかと心配したグラディオとフォニアが穴を覗くが、それは蟻の巣のように入り組んでいるようで落下死する心配はなかった。
「地底人、なんか可愛いね……」
「あぁ。 元気一杯って様子で見ていて飽きない」
「……オイラ、最初危ない奴かと思ったけど、そうでもなかった。 やっぱり人を見た目で判断したらダメなんだなって思い知らされたよ。 ……そう言えばフォニアはなんであいつらは地底人だって分かったんだ?」
ずっと疑問に思っていた事を尋ねるグラディオ。
「【鑑定】だ。 私はいつも特徴的な人物を見つけると使っているんだ」
「なるほど。 オイラは【鑑定】を持っていないから羨ましいな。 そうだ、今暇だしオイラの剣を鑑定してくれよ」
「いいぞ。 私も気になっていたんだ」
「……鑑定しなかったの?」
他人には勝手に鑑定を使うのに? とグラディオは尋ねる。
「私達は一応だが協力関係にあるわけだし、許可もなく勝手に相手の事を探るのはよくないだろう?」
「そんなまともな考えをしているのに、どうしてフォニアはゲヴァルティア帝国なんかで?」
そう尋ねるグラディオにポツリポツリと答えるフォニア。自分が捨てられ、皇帝に拾われた事、暗殺なんて嫌だったが他に行く宛もないし恩返しの為にそこで働いていた事を話す。
「行く宛がないと今みたいになってしまうからな」
「フォニアも大変だったんだな……と言うか、オイラよりも大変な暮らしだったのにオイラの心配をしてくれるなんて………………優しいねフォニアは」
「………………」
「どうかした?」
肩をふるわせて俯き、長い黒髪で表情が窺えないフォニアに少々焦りながらグラディオがそう声をかける。
見れば涙を流している。それを見て更に焦ったグラディオはあわあわと戸惑っている。
「…………す、すま……すまない……」
「ど、どどどど、どうしたの!?」
「…………本当にすまない……いや……その…………な、懐かしくて……嬉しくて……思わず……涙が……」
そう言うフォニアに、あぁ、昔を──親に褒められていた頃を思い出してるんだな、と考えてグラディオは子供を褒めるようにフォニアの頭を撫で始めた。
より一層フォニアは泣きじゃくるが、今度は焦る事なく対処できた。抱き付いてくるフォニアをそっと抱き返して。そしてフォニアが満足して落ち着くまで背中を優しく叩きながら頭を撫でる。
端から見れば大人の女性が子供の男性に泣き付いている光景なのだが、人通りの少ない王都でそれを見る者はいない。 もしいたとしても、おかしい光景ではなく、寧ろ感動的でそれが相応しい光景だと捉えただろう。 それほどまでにこの光景は正常だった。
そしてグラディオの口が開かれた。
「──フォニア。 ──好きだ」
思わず、と言った様子で漏れた言葉。
グラディオは慌てて口を塞ごうとするが、もう手遅れなのだがそれでも…………しかし、それより先にグラディオの口は塞がれた。
柔らかい感触。 ぷにぷにと、そして瑞々しく潤った──
──唇
「んむぅっ!?」
驚くグラディオを余所に、唇を接触させたままフォニアは口を動かす。
「ふふふも!」
言葉が紡げていないことに気付いたフォニアは名残惜しそうに、でも一気に唇を離す。 強引に離したからか、どちらかの唾液が溢れる。だが、その唾液は地面には落ちなかった。
「私も!!」
「……え? ……え?」
「私も……! 私も…………──好きだ!!」
真剣な眼差しで叫ぶフォニア。グラディオの瞳を釘付けにする黒い瞳。
閑散とした王都に木霊するその告白は何度か反響し、そしてグラディオの耳に何度も届いた。
呆けるグラディオはすぐには意味を理解できなかった。
だが、木霊する愛の言葉でなんとか意味を理解できた。
顔が赤くなるのが分かる。 顔が熱い。 心臓が激しく脈動し、鳴動しているかのような錯覚的感覚。
「フォニア!!」
「グラディオ!!」
今度はフォニアからではなく、どちらからともなく同時に抱き寄せて抱き付くキツく強く締め付けるような抱擁。両者から歩み寄る貪るような接吻。
それらの幸福は時間を忘れさせた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
王都に残る【神眼】ティオ=マーティと【冒険王】は、とある公園を出たところで今日も出会った。
「さっきの白いローブの人は誰だい? ……もしかして君はまた知らない人にいきなり話しかけたのかい?」
ティオ=マーティの言い方から察するに、【冒険王】は普段から他人に話しかけているようだ。
「おう。 なんでもお布施泥棒を探してるんだとか言ってたな。 どうせ嘘だろうがな。 あれはテイネブリス教団の奴だろうさ」
「分かっててなんで捕まえなかったのさ?」
「あいつは相当なやり手だったぜ。 幾ら人が少ないとは言え、街中でおっぱじめれねぇだろ」
「ふーん。勘頼りの君でもそこまで考えられたんだね?」
ティオ=マーティをひっぱたいてから歩き出す【冒険王】は、その赤い髪を揺らしながら赤い瞳で前を向いて進む。そんな【冒険王】に、僕の美貌の傷が付いたらどうするんだい!? と怒りながらティオ=マーティはそれを追いかける。
二人が向かうのは冒険者ギルドだ。 二人はダンジョン探索をやめて、王都の安全の為に魔物狩りを行っていた。クエストを受けるのはついでに金稼ぎもしたいからで、本命は王都の安全の為だった。 王都の近辺の魔物は弱いので戦闘能力が皆無なティオ=マーティでも簡単にレベルが上げられた。
王都の安全を守るのは二人が……と言うより、【冒険王】の望みから来るものだった。ティオ=マーティはそれに異存がなかったのでそれに従っているに過ぎない。
「それにしても君はとことん老け顔だよねー」
「……だよなぁ…………まだ24だってのに……親父もお袋も童顔だったのによぉ……なんで俺だけ……この間だってあのやべぇガキ共におっさん呼ばわりされたしな」
明らかに落ち込んでいる【冒険王】に、ティオ=マーティは満足気に頷いた。さっきひっぱたかれた仕返しだ。
一見親しそうに見えるが、ティオ=マーティはこの【冒険王】との関係に壁を感じていた。
「ねぇ【冒険王】。 そろそろ名前を教えてくれてもいいんじゃないかい? 僕だけ君に名前を知られてるって不公平じゃない?」
「名前ぇ……?」
そう。【冒険王】は未だに誰にも本名を明かしていなかったのだ。ギルドカードには偽名で登録してある。その他の名前が必要な書類などの手続きにも、全て偽名を名乗っている。
実は逃亡中に6人それぞれの特徴的なスキルが関係する呼び名で呼びあっていたのは【冒険王】が他の5人に本名を隠す為に言い出したことだったりする。
「俺は『ルーガ』だぜ?」
「違うよ。 偽名を名乗りすぎてごっちゃになってるみたいだね。君が謁見の間で名乗ったのは『ライ』さ。しかも君が名乗っているのって君が殺した悪党の名前だろう? 【神眼】は【鑑定】と同じ事ができるんだよ。だからそんな嘘はすぐ分かる」
「じゃあなんで俺を鑑定しねぇんだ? その言い草からするに、悪人は鑑定してたんだろ?」
「仲間に【鑑定】を使うなんて、人間不信もいいところだよ。 生憎と僕は君を信じているのでね、君の事を【神眼】で調べたりしないのさ」
これはティオ=マーティなりの誠意だ。 戦えない自分を連れていつまでも一緒に居てくれる【冒険王】への誠意だ。信頼だ。
もし【冒険王】が悪人だったらどうするんだ? と思うが、【神眼】以前に人を見る目に自信があるティオ=マーティは【冒険王】の善性を微塵も疑っていなかった。
もし【冒険王】が悪人でもティオ=マーティはそれを受け入れてどんな扱いでも受け入れるだろう。殺されるも、こき使われるも、奴隷として売られるも……全て、何でも受け入れるだろう。
ティオ=マーティは生きる事にあまり固執していなかった。そもそも【冒険王】が助けてくれなければとっくに落としていた命だ。偶然助けられた、本来あるはずのない命なのだ。ならその残りをその恩に報いる為に生きようと考えていたのだ。
この質問はただ単に壁で隔てられた二人の関係を崩したいがための質問だった。
「俺に名前はねぇ」
「どういう事だい?」
「あの時捨てたんだよ。……捨てざるを得なかった。 だから俺が今名乗っている名前の全てが俺の名前なんだよ。だから【冒険王】でも『ルーガ』でも『ライ』でも好きに呼んでくれ」
悲しげな表情でそう言う【冒険王】にティオ=マーティは言った。
「じゃあ今まで通り【冒険王】って呼ぶよ。 それが一番君に近いだろうからね」
「おう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【城塞】は自分の存在意義が分からないでいた。
なぜなら、そのスキルを買われて送迎メイドとして雇われたのに、最近は自分よりも強く、守りも堅い人物が大勢自分の勤める屋敷にやってきたからだ。
元々出番が少ない役割だったのだが、最近ではその少ない出番すら奪われるのではないか、活躍できないのではないか、と悩んでいた。
行き倒れていた自分を拾ってくれた慕うべき、守るべき主の役に立ちたい。 だがそもそも役に立つ機会がない。だからこそ出番を、活躍を奪われるのは嫌だった。活躍を奪われれば自分の存在価値がなくなり、捨てられるのではないか、そんな心配がリブの胸中を渦巻いていた。
オリヴィアがそんな事で自分を捨てないのは、秋が拾ってくる美少女達を寛容に受け入れている事や、オリヴィアの人柄で分かってはいたが、それでも心配だった。
リブにできるのはそもそも出番が来ないことを祈るだけだった。だってそうすれば出番が、活躍が奪われず、そして誰も傷付かないからだ。
いつもニコニコとした微笑みを湛えて人を送迎するリブはそんな心配を抱えていた。
そんなリブの最近の幸せは、オリヴィアやフレイア、秋にセレネ、アケファロス、ソフィアなどの屋敷の住人や買い出しに出掛けていた使用人を送り出し、出迎える事だった。 その時に自分に投げ掛けられる、『行ってきます』『ただいま』と言うたった二言の言葉を言われる事だった。その言葉で自分の存在を認識され、認められるからだ。
そんな日々がいつまでも続けばいいなと思うリブだった。
重度の構ってちゃんであるリブが、人に構って貰えるこの役職に就けたのは偶然か? それともオリヴィアがリブのこの性質を見抜いて意図的に呼び寄せた必然か。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方のマテウスとドロシーは、普段通りではないが普段通りに魔物狩りを行っていた。
ドロシーは何とか基本的な事は覚えたが、それでもまだまだ足りない記憶があった。 と言うより、未だに何も思い出していない。
……だが、それでも記憶が失われる前に得た強い記憶はほんのりドロシーに残っているようで、ティアネーの森のある一点に近付くと心細そうにマテウスに身を寄せたり、王都のある一点に近付くと異常なまでに怯えたりしている。
マテウスも医師も、これらの残っている記憶が記憶を取り戻す手がかりになると判断し、偶然を装ってそう言った場所にドロシーを連れていく事に尽力していた。
結果は何の成果もなしだった。 ただ単に連れていくだけでは全く意味はなく、ドロシーを慣れさせるだけだった。慣れは記憶を取り戻す為の枷でしかなかった。
なら次はどうするか。
医師が辿り着いた結論は、記憶を失う直前に与えられたショックと同じショックを与え、記憶を取り戻す鍵となるであろうマテウスがそこに颯爽と現れドロシーを助けに入る事だった。
もちろんマテウスはそれに反対した。だが、時間が経つに連れドロシーは鍵となる環境──ティアネーの森の一点や王都の一点に慣れるばかりか、周りの環境にも慣れ出した。 この慣れが進行してしまえば、現在培った新鮮な経験と、過去に培った大切な思い出が重なり合って、記憶を取り戻してもその記憶が不安定になってしまうかも知れなかった。
マテウスは選択を強要された。実際は誰にも強要されていないが、ドロシーを想う自分が自分に選択を強要していた。
(……もし、この方法で記憶が戻っても、この計画がドロシーにバレたら……僕は……)
そう考えるマテウス。 想い人に嫌われる程に苦しい事はない。
だがドロシーにバレてドロシーに嫌われたくない、だがドロシーの記憶を取り戻したい。その2つの考えが鬩ぎ合い、マテウスは頭を抱えて迷う。
(……嫌われるぐらいなら記憶を取り戻さずにこのままドロシーと一緒に新しく……そうだ。 ドロシーだってあんな辛い記憶思い出したくないはずだ。なら……)
そう考えてしまう。ドロシーを甘やかすだけなのが目的なのなら強ち間違ってもいないが、マテウスはその考えを振り払った。
(……ダメだ。 本当にドロシーの為を思うならば、ドロシーに鞭を打ってでも取り戻さないとダメだ。 ……ドロシーにも大切な思い出があるだろう。元の世界に残してきた家族や友人の思い出とか……僕達、異世界人にとって何よりの宝物を忘れさせたままなんて、ダメだ。 やるしかないんだ。ドロシーが苦しむ事になっても。 …………僕の甘さのせいでドロシーをあのまま放っておくなんてできない。 ……やるしかなんだ)
自分が導き出した答えに辿り着いたマテウスは、医師の元へ向かい、計画を実行したいと言う旨を伝えた。
数日後、人通りの少なくなった王都にある、とある廃墟の地下室。
病室のベッドで眠っていたはずのドロシーは冷たい椅子の感覚で目が覚めた。 寝ぼけ眼の視界に映るのは、白いローブ……白衣少し改造したものを着ている人物がドロシーを囲んでいた。
一瞬にして目が覚めるドロシーは異様なまでに怯え出した。
「……ひぃぃいっ!? い、いやぁ…………いやあぁぁああぁぁああ!! ……ややや、やめて!! やめてえぇぇえええぇぇえ!! いやいやいやああぁぁあああ!? もも、もういやだぁぁあああ! お願い! お願い! もうやめて!! やめて!! 痛いのいやあああぁぁああぁぁぁ!!! 痛いのやめてぇええええぇぇええ!!! 痛い! 痛い! 痛い! おねがあああぁぁぁあああぁぁぁぁあああああぁぁぁ!!!?? ゆるして……! お願い、もうゆるしてぇぇ……! 助けてえぇえ!! ああああいいいいいあいあああいあいああああああぁぁぁぁ!! もうやめて死んじゃう!! 殺すならはやく!! はやく! はやく! やめてぇぇぇえええぇぇぇ!! お願い殺さないで!! 痛くしないで! 殺すなら殺さないで!? 殺して!? お願い殺して!! はやくはやくはやくあやくはやくはやくはやくはやくあやくあやくあやくあやくはやくあやくはやくはやくはやく!! いつまで続けるのおおおおおおおおぉぉぉおおおお!!? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて! お願いやめてお願いお願いお願い! 殺して殺して殺して殺して殺して殺して! ああああああ痛いいいいいいい!! お願いやめて死にたくないんです!! 助けて……誰か助けてぇぇ……! 誰か……! いやだあああ!! やめてえええ!!」
早口で捲し立てて、その華奢な体躯で拘束を破壊してしまいそうな程に暴れ狂い発狂するドロシーに、そこにいた改造白衣達は顔面蒼白にして後退りする。 今までも似たような症状の患者をこうして来た精鋭達だが、ここまでの発狂っぷりはなかった。 それから途轍もない拷問を受けたと予想できたからだ。
……いったい誰が……どんな人物が一人の人間を廃人にせずにここまで丁寧に壊したのか。
そう考えると、改造白衣達が無闇に手出しをするのは憚られた。
それに、もう何もせずともここでマテウスが現れるだけで十分な救済となるのではないかと判断したのだ。 そこで改造白衣の一人は合図となる言葉を発した。
「終わりにしましょうか」
そう言うなり、遠くからドロシーの名を呼ぶ声が聞こえてきた。 尤もそれはドロシーの発狂でかきけされたが。
「ドロシー!」
やがて、地下室の入り口にやってきたマテウスがドロシーの名を呼ぶ。
すると一瞬だが、ドロシーの動きが止まり、ドロシーの視線がマテウスに向かった。
「あぇ……?」
「今助けるぞドロシー!」
それからマテウスは戦隊ヒーローのショーのような動きで改造白衣達を撃破した。 明らかに演技だと分かる芝居だったが、錯乱状態から回復したばかりのドロシーには正常な光景に映った。
「大丈夫か? ドロシー。 僕が来たからもう大丈夫だ。 遅れてごめん、いなくなったドロシーに気付いてあげられなくて……戻ろう。 帰ろう」
医師には前の記憶に関係する事を言うといいと言われていたのでマテウスはティアネーの森で連れていかれたドロシーに気付けなかった事の話を出した。 ……そしてドロシーを抱き締めて精一杯安心させる。トラウマが宿るこの地を安全な場所だと思わせてトラウマを克服させるために。
「…………助けに……来てくれたんですね…………マテウスさん」
「あぁ。 ドロシーのために助けに来た。 だからもう大丈夫。 君が恐れるものは全部僕が撃退するから」
「ありがとうございます………………私、全部思い出しましたよ。 ごめんなさい。 …………私をまたこんな状態に追いやるの……辛かったですよね……?」
記憶を取り戻したドロシーはお礼を言い、そして瞬時にマテウスが行った作戦について謝罪をした。
「あぁ。でも君ためならば僕は何でもするよ。僕は……俺は──ドロシーが好きだから」
すんなり出た愛の告白。 マテウスは同じ後悔を繰り返さない。
あの時ドロシーが記憶喪失だと知って、好きだと伝えておけばよかったと……まさに死ぬ程後悔していたのだ。
何度も後悔して後悔して……そして何度自ら命を絶とうとしたかは分からない。 だが、そのどれもが呆気なく失敗に終わったのだ。
マテウスは【不死身】だからだ。
どれだけ後悔しても絶望しても決して死ぬ事ができない。
……首吊りはいい線を行っていたが、それでも死ねなかった。意識は飛んだが、しかしそのうちに意識を取り戻してしまうのだ。そうして再び意識が飛んでいく。
「…………あの、マテウスさん…………今…………なんと…………?」
「俺はドロシーが好きだ。 付き合ってください」
「………………え? …………これは夢でしょうか?」
「いや、現実だよ。 君が記憶を取り戻したのが何よりの証拠だ」
「え? え? え? え? え? ……えぇっと……絶望から一転、とても嬉しい事が起きています……」
「…………」
「え、えっと…………わ、わ、わ…………私も……マテウスさん…………マテウスが好きです…………是非、私とお付き合いしてください!」
「もちろんだよ」
そう言ってマテウスはドロシーの唇を奪った。
驚いたようにドロシーは目を見開くが、すぐ自分からも顔を寄せた。 深くなる接吻。
そんな熱い二人の様子に、周りからは歓声が上がった。
「ふぉぉぉ! やるじゃん二人ともぉ!?」
「戦争前で荒んでいた心が浄化されていくようだ」
「俺も彼女が欲しい! 羨ましいなこの野郎! 今度紹介しやがれ!」
それぞれかけられる祝福の言葉にここがどこで今がどんな状況かを思い出したマテウスとドロシーは顔を真っ赤に染めながらも唇を離さなかった。
 




