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第231話 荒みと癒し

「あ! あの時のお兄ちゃんだ!」


 俺を見るなり一人の少年がそう叫ぶ。 更にその叫び声に釣られて他の子供達も出てきた。


「ソフィアいるか?」

「ソフィアお姉ちゃんならまだ寝てるよ」


 あぁそうなのか。 ……それもそうか。 昨日は色々あったしな。 それで孤児院に帰って来た事により、それまでの旅で溜まってた疲れとかが一気に押し寄せて来ているのかも知れない。


「こっち来て」

「え?」


 ソフィアが寝ていると言った側から俺の手を引いて孤児院の中へと連れていこうとする少年達。 流石にソフィアの寝室に案内される事はないだろうが、なんなんだ?





 そして案内されたのは部屋だ。 その奥では50代ぐらいの女が椅子に座っていた。


「先生! 連れてきたよ!」

「あら、ありがとうねぇ~。 さ、先生はこの人と話があるからみんなは外で遊んでなさい」

『はーい!』


 意味が分からない。俺はこのおばさんと関わりがないし、話すこともない。 ……どういう事だ?


 子供達が元気よく出ていった後の部屋で見知らぬおばさんと二人っきりになった。 全く意味が分からない。


「いきなりすみませんね? 私……と言うかソフィアちゃんがあなたに用事があったみたいで……」

「え?」


 そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは昨日の事だが、あいつには梟の仮面をつけた人物が俺だと気付かれていない筈だ。 なので、必然的にコレクターから助けた時の事だと、俺の考えは切り替わった。

 そう言えばお礼を言われてなかったし、ソフィアはわざわざそれを言うために俺を?


「今起こして来ますね。 あ、座ってていいですよ」

「あ、はい」


 笑顔を絶やさずおばさんは俺の横を通りすぎて部屋を出た。 それを見送ってから俺は側にあったソファーに座る。


 暇だ。


 なので暇潰しに部屋を見渡してみるが、特に特徴的なものはなく、全体的に落ち着いた雰囲気の部屋だ。 ベッドなどは見当たらないので、ここはあのおばさんが仕事をする部屋なのだろうな。


 そんな感じで特にする事もなくボーッとしていると、遠くからドタドタと走る足音が聞こえてきた。そんな足音はこっちへ向かってきているようで、やがて大きな音を立てて扉が開かれた。


 扉に視線をやると、そこには寝巻き姿で息を切らしながら俺を見つめているソフィアがいた。

 走っていたからか、それとも寝起きだからかは分からないが、服装はやや乱れており、肩からは肩紐が少し落ちていて、そしてネグリジェの裾が少し捲れている。 そして寝起きとは思えないほど目はパッチリ開いている。


「はぁ……はぁ……ほ、本当に……梟の人が……」

「え?」


 ……梟……? ……あの外套の事か? ……だとすればなぜバレた……?


「そ、その反応……はぁ……やっぱり、間違い……ない……」


 息切れしながらも言葉を発する様は苦しそうだったが、ソフィアの目はそんな感じではなく、ずっと探してた探し物を見つけた時のような達成感に満ちた目をしていた。


 そんなソフィアの後ろからさっきのおばさんが、うふふ、と笑いながらやってきたが、ソフィアはそれに気付いていない。


「ふぅ……これで会うのは四回目ですね。 梟さん」

「さっきから梟ってなんだ? それにお前と会うのは二回目の筈だ…………ん? 四回目?」

「今で四回目ですよ?」

「あ、そうか」


 あぁ確かにそうだ。

 最初に遠目に見た時と、コレクターから助けた時と、昨日、そして今だ。 ……そうだそうだ。 俺がバカだった。


「……えっと……誘導したわけではないのですが…………認めましたね……?」

「え? …………あ……」


 ……しまった。 思い切り油断していた。 あぁ……バカだったと気付けたと思ったが更にバカを晒してしまった。


 …………これが最近、上手く行きすぎていた事の代償なのか……?


「ふふ。 もうどこかには行かせませんよ? あなたには私を守って貰うのですから」


 そう言ってソファーの肘置きに腰掛け、腕を取ってくるが、ソフィアはいまだに肩紐が落ちているままなので迂闊に視線を下ろせない。

 ……なるほど。 さっきの誘導と言い、この視界コントロールと言い、危険な奴だ。 どうしてその小賢しさを皇帝との面会で発揮しなかったのか。


「なんで俺がお前を?」

「……えぇっと……あまりこの言葉は口にしたくないのですが……そう言う運命だからです」

「運命?」

「はい。 私のステータスを()()()したんですから、私が何の女神に選ばれた聖女なのか……分かりますよね?」


 盗み見の部分を強調して言うソフィア。 ダメだ。 このままこいつのペースに乗せられてしまうと俺の立場がなくなってしまう。 不味い……とは言え打開する為の案もないのでどうする事もできない。


「……確か……運命の女神とやらの加護を持っていたな」

「えぇそうです。それに伴って付いてくる【運命視】と言う固有能力で他人の運命の流れを視る事ができるんです」

「それで俺がお前を守る運命が視えたと?」

「この運命を視たのは私ではありませんが、そうです」


 ……うーん…………言い返せないな。【運命視】と言うスキルの詳しい概要を知らないから下手に言い訳できないのだ。


 …………ん? と言うか俺にとってソフィアを守ると言うのはプラスにしかならないのではないか?

 だって守る為にはソフィアの側にいる必要がある。つまり俺がダンジョンに向かえばソフィアも付いてくる事になる。 ……おぉ、そう考えれば悪くない気がしてきたぞ。


「分かった。 お前の護衛を引き受けよう」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ。 だが、一つ言っておくが、俺には他にも護衛するべき人物がいるから、万が一の時はそっちを優先させてもらうし、お前をいつでも守る為に住まいを移して貰うぞ」

「そうだったんですね。 でしたら、梟さんが先に護衛をされていた方を優先していただいて構いませんし、梟さんのお家にもお世話にならせていただきます」


 よし。 もしかしたら、護衛が護衛対象を危険に放り込むなんて! とか言われてダンジョンへの同行を拒まれるかも知れないと思ったがこれで大丈夫だ。

 フレイアがダンジョンへ向かってくれればそっちが優先されるので俺はソフィアを連れてダンジョンに向かえる。


 だが、それだけだとダンジョンが危険だと判断したソフィアが付いてこないかも知れないので、住まいまでもを移させる。 男が住む家に住まいを移すのだ。そこまでして守られたがっている事を示したのならダンジョンへの同行ぐらい受け入れてくれるだろう。 まぁこれは曖昧なところか。


「……ところでその、梟さん、って呼び方やめてくれ。 俺は秋だ」

「アキさんですね。 これからよろしくお願いしますね?」


 ソフィアはそう言って首を傾げる。 肩紐はさらに下に落ちる。 視線は動かしていないが、視界の端でちょっとだけ見えたのだ。


「あぁ。任せろ。 たまにミスして危険に晒してしまうかも知れないが安心していいぞ」

「全く安心できませんよ。 ふふ。 ……ところで、さっきから気になっていたんですが、なぜ目を合わせてくれないのですか?」


 肩紐がずれているからだが、どうしてそんな事を聞いてくるんだ? …………もしかして見ろって事か? ……いや、それはあり得ないだろうから、単純にこれは無意識……と言うか気付いていないのか?


「自分の服を確認すれば分かる」

「え? ………………ひゃあ!」


 そこでやっと俺の腕を離したソフィアは、自分の格好を確認して肩紐のズレに気付いたのか、両手で腕を抱き締めながら俺から距離を取り、その場に座り込んだ。その間に肩紐をちゃんと肩にかけていた。


「み、み、みみ……見ました……?」

「何の為に視線を逸らしてたんだと思う?」

「え、えっと……み、見てない……んですよね?」

「あぁ」


 あからさまにホッとしたように溜め息を吐くソフィア。 そこで全てのやり取りを見聞きしていたおばさんが入ってきた。


「話は終わったのかい?」

「え? あ、院長さん。 ……はい、おかげで探してた人に会えました。 ありがとうございます!」

「うんうん。ならいいんだよ。 …………それと、男の人と接するならもっと身なりには気を付けるんだよ?」

「……っ!? ……は、はい……気を付けます……」


 笑顔で院長らしいおばさんに返事をしたソフィアは、院長の注意に顔を真っ赤に染めて俯きながら返事をした。


「自己紹介がまだだったね。 私はこの孤児院の院長をしているシャノンだよ。 よろしくね、アキ君」

「あ、はい」


 その後はソフィアもシャノンも特に用事はなかったようだが、折角来たんだからと、適当に過ごした。 ちなみにソフィアはボーイッシュな感じの普段着に着替え、住まいを移す準備を整えていたので実際は俺とシャノンで会話をしていた感じだ。


 そしてソフィアの準備が整ったところで部屋を出て屋敷に帰ろうとするが、まだ何かあるようで、ソフィアは孤児院内を進んでいた。 置いていくわけにも行かないので仕方なく付いていく。

 やがて到着したのは、ベッドで女が横になっている部屋だった。 気を利かして外に出てようと思ったが、ソフィアではなくベッドで横になっている奴が許可を出したのでとどまる事にした。


「行くのね?」

「はい」

「寂しいけれど仕方ないわね。 元々ソフィアちゃんはここの職員でもないんだし。 ……気を付けてね。 と言ってもそこの人がいれば大丈夫よね。 うふふ」

「あの、エマさん。 ……今までありがとうございました。 時々遊びに来ますね」

「あら、それは嬉しいわね。 待ってるわよ? じゃあ、行ってらっしゃいソフィアちゃん」

「行ってきます」


 結局一言も発する事はなかったが、まぁ俺が口を挟んでいい場面ではなかったしな。 と思い、扉に向かうソフィアを追いかける。


「あの」

「…………」

「黒髪の方」

「俺? ……なんだ?」


 エマと言うらしい人に呼び止められた。


「お名前は?」

「アキ」

「……アキさん、ソフィアちゃんをよろしくお願いしますね」

「あぁもちろんだ」


 扉を覗くソフィアが早く行きましょうと急かすのでそれだけ行って部屋を出た。


 …………


 屋敷へ向かう道中、なぜ今までエマの怪我を治さなかったのかをソフィアに尋ねると「聖女だとバレてしまいますから」と返ってきた。

 ソフィアにとってエマは大事な人ではあるが、聖女の地位をバラしてまで治そうとは思わなかったようだ。 こいつの正義の線引きはよく分からないな。 皇帝の話では正義感を隠そうともせず怒った癖に、親しい人の怪我では正義感に駆られて治療したりもしなかった。

 いや、不特定多数の人間の死と、親しい人のただの怪我では比べ物にはならないか。





 屋敷に戻り、オリヴィアにソフィアの事を伝えると、やはり呆れたような表情で受け入れてくれた。 一応ソフィアは俺の護衛対象なので俺と部屋を近くする事になった。 俺の部屋は一番端で、その隣がフレイアなので、更にその隣がソフィアの部屋になった。 そしてソフィアに与えられた役割だが、セレネやアケファロスのような人手が足りない時の補欠的な役割ではなく、俺の専属の何かになった。 メイドではない。 クロカとシロカ、セレネとアケファロスの中間辺りになるのだろうか。クラエルは門番なので中間もくそもない。


「あんたまた連れてきたの?」

「あんた?」


 フレイアが言うが……あんた? 今までは、アキ、だったのに。


「何よ……呼び方なんてどうでもいいじゃないの」

「それもそうか」


 そう言えば俺も口調とかは気分次第な部分もあるし、そんな感じなのだろう。 そう考えれば俺とフレイアはそう言った面で少し似ているのかも知れない。


「それで、今度はどんな経緯で連れてきたのよ?」

「運命がなんとかって言って、そして守ってくださいって」


 説明が面倒臭かったし、色々ややこしかったので省略……と言うかしない。


「……はしょりすぎよ……んで、守ってくださいって、護衛するってこと?」

「そうだな」

「……わ、私の護衛はどうなるのよ……?」

「お前を優先して護衛するって事になってる」

「……そ、そう。 ならいいのよ」


 そこでソフィアが名乗る。


「初めまして。 私はソフィアと言います。よろしくお願いしますね」

「私はフレイアよ。 こちらこそよろしくね」


 そう言葉を交わして握手をしている。 護衛の件で少し揉めるかと思ったが、意外とすんなり済んだな。


 そしてソフィアはお辞儀をしてから荷物を出す為に自分にあてられた部屋へと向かった。 俺も自分の部屋へ戻るが、なぜかフレイアも付いてきた。


「どうした?」

「詳しく話を聞かせて。 はしょりすぎて何も分からなかったわ」

「分かった」


 椅子に座り、向かい合ってフレイアに話す。 と言っても都合が悪いところは全て誤魔化した。 皇帝の殺害とか。 聖女の件はフレイアなら大丈夫だろうと、説明した。しっかり口止めはしたので安心だ。


「聖女ねぇ……運命の女神って言ったら……えっと、どこだったかしら…………確か……『ソルスモイラ教』だったかしらね。 近くのアブレンクング王国で広く知られている宗教だったはずよ」

「へぇ……他に何か知らないのか?」


 知ってるわけないだろうし、興味ないけど一応聞いておく。


「知らないわね。 ……と言うか身近にいるんだから聞いてみたら?」

「分かった。 気が向いたら聞いてみる」

「気が向いたらって……大して興味ないのね?」

「もちろんだ」


 そう言うとフレイアは呆れたように溜め息を吐いた。

 ……うん。 フレイアも中々に俺の事を分かってきたじゃないか。 まぁ、それはいいとして、今からフレイア達のファッションショーを始めます。参加者はそこで将棋をしているクロカ、シロカ、セレネ……そしてなんとアケファロスだ。


 はぁ……今日の朝は随分と苦しかったものだ。 起き上がるのにも一苦労したなぁ……

 まぁ確かに「お前達がどこで寝てても気にしない」とは言ったが、流石にこれは過剰だ。 セレネとアケファロスには言ってなかった筈だが、実行していると言う事は、この間の三人の誰かが、或いは全員が吹き込んだのだろう。 そしてファッションショーの事は伝えていないと見た。


 ちなみにクロカ、シロカ、フレイアの内誰かがが忍び込んでくるのはもはや日常と言っていいほど頻繁に行われていた。着せても着せても忍び込んでくるのだ。……思えばそれには規則性もあった気がするので日替わりで忍び込むようにしているのだろう。そして今日からその輪にセレネとアケファロスも加わるのだと思う。


「さて、今から昼飯の時間までお前達全員、着せ替え人形になって貰う」

「分かったわ」

「分かったのだ」

「仕方ないのじゃ」


 常連三人は特に気負う事なく受け入れるが、この事を聞かされていないであろうセレネとアケファロスは首を傾げている。


「着せ替え人形とはどういう事ですか?」

「アキ、説明して」

「俺のベッドに潜り込んだ代わりに、少し着せ替え人形になって貰うだけだ。 昼飯までだから安心しろ」

「……そんな事は聞いてない。 二人とも、どういう事?」


 セレネが話しかけるのはクロカとシロカだろう。 二人とも明後日の方向向いて口笛を吹いている。


「アケファロス。 私達は……はめられた」

「二人とも、後で覚えていてくださいね。 将棋でボコボコにしてあげます」


 アケファロスそう言うが、俺は今まではアケファロスがそう言った事で勝ったところを見た事がない。 なのでこれは一緒に遊ぶ為の口実に過ぎないのだろう。 全く……素直に遊ぼうって言えばいいのに。






 それからは、全員に代わる代わる色んな服を着せて存分に癒された。ソフィアにいいようにやられて荒んでいた心が癒された。とても満たされた。……アケファロスだけ露出が多かった気がするが、気のせい……と言うか、あまり肌を晒したがらないアケファロスを露出に慣れさせるためだと言っておこう。


「私だけ露出が多かったのは嫌がらせですよね?」

「気のせいだろ」

「いえ、絶対に私だけ露出が多かったです。 変態ですよねあなた。異常性癖ですよ。 こんな腐った体を見たいなんて」


 なんて不名誉な事か。 大して腐ってもない癖によく言うな。 あの時テイネブリス教団の本拠地で見た本物のアンデッドはこんなもんじゃなかったぞ。それに比べれば雲泥の差だ。


「まだ言ってんのかよ。 だから、お前はかわ──」

「う、うるさいです! この……女誑し!」


 ……こいつどこまで俺を貶めれば気が済むんだ? しかも言葉を遮ってまで。 まぁいいか。露出から話は逸れたし。



 ……と言うか、俺のベッドに潜り込んできたら着せ替え人形にするって、俺が物凄く得をしているよな。 美少女に囲まれて起床して、そしてその美少女達に好みの服を着せて、眼福、眼福って……完全に俺の得が多い。


 まぁいいか。俺が得するに越したことはないからな。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~









 街中の一角で相対する二人の人間。


 片方は、握り拳をバッテンで塗り潰したような外套を羽織る男だ。 もう片方は白いローブを羽織った男だ。


「やっと見つけましたよ【魔剣】さん」

「オイラに何か用か?」

「えぇ。私は皇帝の指示によりあなた方異世界人を始末しにやってきたのです」


 インサニエルは答える。


「な、なんだって!? ……どうしてオイラがここにいると!?」

「あなた方全員、バレてないと思っていたようですが、こちらの諜報は優秀でしてね。 この国に滞在していることを調べるぐらい簡単でしたよ」


 それを聞いた【魔剣】はすぐに踵返して走り出した。 【冒険王】や【不死身】と比べれば戦闘に不向きなスキル構成の【魔剣】は逃げる事しかできなかった。

 ……不向きと言うか【魔剣】は生産系のスキルなのでそもそも戦えないのだ。 逃亡時代は【冒険王】と【不死身】に強力な武器を与える程度しかできなかったのだ。


「逃がしませんよー何日もかけてやっと見つけたんですから」

「ふざけるな! 第一もう皇帝は死んだんだから、もうオイラを狙う意味はないだろ!」

「新皇帝の指示ですので」

「はぁあ!?」

「【不死身】と【聖者】を殺すのなら折角だから他のも殺しておこうと」

「イカれてる!」


 倒けつ転びつ、それでも必死に逃げる【魔剣】と、それを追いかけるインサニエル。 身体能力的にはインサニエルの方が圧倒的に勝っているのだが、それ以上に【魔剣】の逃げ足や、逃げ道の選択がよかったのでインサニエルは手間取っている。


 そんな二人に道行く人々は訝しげな視線を向けるが、最近では見慣れた光景なのでさほど気にしていなかった。 戦争が行われると言う事で王都全体が荒んでおり、こういった争いや諍いは日常茶飯事だったのだ。


 そう言ったわけから【魔剣】に救い手が伸びる事はなかった。 日常的に起こる事に一々関与してられないからだ。

 唯一助けてくれるのは衛兵などの存在しかいない。 ……だが、ここから衛兵がいる詰所までは距離があった。街を巡回している衛兵もいるが、とうとう衛兵と遭遇する事なく【魔剣】は足を縺れさせて転倒してしまった。


「もう終わりですよ。今のこの街は争い事で溢れ、見て見ぬふりが横行する魔境です。逃げても助けは来ませんし、来たとしても自分には敵いませんので無意味ですよ」

「クソッ……! 折角逃げられたのにこんなところで……っ! …………せめて誰かに知らせないと……」


 地面を這う【魔剣】の先に立ちふさがるインサニエル。 それを見た【魔剣】は諦めたように手を下げ、持ち上げていた首も下げた。


「…………まだ何にも成し遂げられていないのに……」

「では、さようなら。 すぐに残りもそちらに送りますのでご心配なく」


 インサニエルが袖口から覗く鉤爪で【魔剣】を殺そうと、手を振り上げるが、それは金属のぶつかる音を発して止められた。


「白昼堂々と人殺しとは随分と大胆だな」

「邪魔をしないでいただけますか?」

「私に正義を語り正義を執行する資格などはないだろうが、それでも私は私の正義を振り翳す」


 暗器を鉤爪の刃の数と同じだけ指の間に挟んで鉤爪を防いでいるフォニアはそう言う。 それに対しインサニエルは「面倒臭いのが来ましたね……」と言って肩を竦めている。


 そんな状況に陥ったインサニエルとフォニア。 そしてそれを遠目に眺める一般人。 とっとと【魔剣】を殺して目立たない内に去るつもりだったインサニエルは苦々しい表情をしてフォニアから距離を取る。


 インサニエルからの攻撃に備えて体勢を低くするフォニアだったが、それに反してインサニエルは一瞬でいなくなった。 目立って顔が割れるのを避ける為に一旦引く事にしたのだ。 やっと見つけた【魔剣】を逃がすなど考えたくもなかったが、これからの活動に支障が出ては元も子もないのでやむを得ず、そう判断したのだ。



 インサニエルが去った後、フォニアは地面を舐めるように倒れている【魔剣】に近寄り、しゃがんでからそう尋ねる。


「大丈夫か? あの男ならどこかへ行ったぞ」

「え……?」




 そう聞いて見上げる【魔剣】とフォニアの死線が交差する。




「「あっ! お前は!」」


 互いに指を指しあってそう声を上げる二人。


「オイラ達を追跡してた追っ手じゃないか! 今度はお前か……っ!」

「お、落ち着け! 私はあの男を追い払ってお前の心配をしているんだぞ、敵なわけあるか!」


 若干焦っているが、それでも冷静に弁明するフォニアに確かにそうだ、と頷く【魔剣】


「……でも、じゃあなんでここに?」

「ここへは違う用事で来てるんだ。 もちろんお前達の仲間に危害を加えるつもりはないぞ?」

「……用事ってのが気になるけど、危害を加えないなら……いっか」


 そこで【魔剣】はあることに気付く。


(ま、丸見えだ……っ!)


 鼻の下を伸ばす【魔剣】のようすに気付かないフォニアは、【魔剣】に尋ねる


「そう言えばどうして私がお前達を追っていた奴だと気付いたんだ? 顔は隠していたはずだが……」

「ん? あぁ、オイラは元の世界にいた時からそう言う能力を持っていたんだ」


 衝撃の告白をする【魔剣】にあまり驚いた様子を見せないフォニア。だが疑問には思っているようだ。


「……? だが、それらしいスキルはお前のステータスにはなかったぞ?」

「ステータスがない別世界で得た能力なんだ。 こっちの世界の理が通じないのは当たり前だと思う」

「ふむ。そう言うものなのか……」


 顎を擦りながら納得するフォニア。 そうする事により、思慮深く見えるが……丸見えだ。


「オイラも詳しくは分からないけどね。 それで、あんたはこれからどうするんだい?」

「私は暫く普通の暮らしを楽しみつもりだ。 次の任務で──最後の任務で私から普通の暮らしは奪われてしまうだろうからな……」

「じゃあそれまではオイラもあんたと一緒に居ていいか?」

「なぜだ?」

「オイラ戦えないからあんたに守って貰おうと思ったんだ。 その代わりと言ってはなんだけど、その任務とやらで使える武器とか作らせてもらう」


 武器か……と、フォニアは思案する。 確かに任務を遂行するには質の高い武器が必要だ。 ならばこいつと手を組むのは自分とって有利になる。


「……分かった。手を組もう【魔剣】」

「ありがとう。 それとオイラは【魔剣】じゃなくて、グラディオだ」

「グラディオか。 私はフォニアだ。 改めてよろしく頼む」

「こちらこそよろしく。 フォニア」


 グラディオは視線をフォニアの下着から移して立ち上がり、そして若干鼻の下を伸ばしながらフォニアと握手した。

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