第228話 着々と進む物語
秋に助けられそのまま孤児院の近くに連れてこられた後に、ソフィアはそのままミレナリア王国を出ようと思った。
ソフィアは今回の誘拐事件を機に新しい地へと旅立つ事にしたのだ。宛のない旅の唯一の目的である、黒髪黒目で適当な性格の男性を探す為に。
黒髪黒目の男性とは二度も偶然出会ったが、適当な性格ではなさそうだったので次を探す事にしたのだ。 まぁ……二度も容姿が探し人と同じな人物と出会うなど小さな運命の流れとしか思えなかったが、生憎ソフィアはそう言ったものを嫌うので、それを否定するために旅立ったのでもあった。
……自分を庇って魔物に攻撃され、怪我をしたエマが心配ではあったが、順調に回復していたので大丈夫だと判断して安心して旅立つ事にした。
だがその前にエマに別れを告げておこうと、夜、孤児院に忍びこんだ。 誰にも見つからないように自分にあてられた部屋へと戻り、荷物を整えてから置き手紙を書いた。
それを眠っているエマの枕元に置いて孤児院を出た。置き手紙には感謝と謝罪などを書いた。
これで心置きなく旅立てるようになったソフィアは既に閉じられた門を無理言って開けて貰い、ミレナリア王国を出た。
この先には村や町などが点々とあるが、ソフィアが向かうのはゲヴァルティア帝国だ。
そこに向かう理由はゲヴァルティア帝国の皇帝に会うためだ。
……何でも、噂では現皇帝は黒髪黒目で、前皇帝を殺害して皇帝の座を奪ったとか。そんな王殺しは新しい未来を進もうとする革命家にも似ている。
そんな現皇帝は浅慮による適当な考えで安易に王殺しを実行し、革命家のような現皇帝は民にとって希望にも絶望にもなり得るし、現在ゲヴァルティア帝国はミレナリア王国に戦争をしかけようとしているらしいので、多くの生物の命を奪う冒涜的な生物の王ともとれる。
そんな目的の人物と合致する点が多いのでソフィアはこれが目的の人物かも知れない、と、ゲヴァルティア帝国へ向かうのだ。
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アイドラーク邸を遠くから眺めるフォニアは舌を巻いていた。スナッチ・ザペスと言う貴族が雇った暗殺者仲間から聞いた通り、屋敷全体を球状に覆うように正門以外からの侵入を拒む結界が張られている。
そしてフォニアは舌を巻くと同時に戦慄していた。ドローン越しに見る分には雰囲気などではあまり脅威に感じられなかったが、実際に目にするとその者が纏う威圧感は途轍もなかったからだ。
その威圧感は勘の鈍いただの人間や、そこらの亜人や魔人には分からないものだったが、魔人の中でもそう言った感覚が鋭いフォニアにはその威圧感はハッキリと感じられていた。
(……結界はすり抜けられるからいいが、あの男だけは無理だ。 暗殺するのも、あいつに気付かれないように動くのも。 …………だがいつもあの男はフレイア・アイドラークとその他と共に夕方前に帰って来て、また一人でどこかへ行くようだ。 ……ならチャンスはここしかないか)
フォニアは暗殺へと向けて着々と準備を進めていた。
そんなフォニアを更に遠くから観察するのは、フォニアのかつての同僚達と、白いローブについたフードを目深に被りフォニアのいる場所より更に高所にある塔の出っ張りの裏側に張り付く男と、屋敷の庭でセレネ、クラエルと遊んでいる秋だった。
秋はフォニアへと視線こそ向けないが【探知】でその動きは把握していた。
白いローブの男は正確にはフォニアではなく、秋のいるその奥の屋敷へと視線を向けていた。……その視線の先にいるのは秋ではない。
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ゲヴァルティア帝国の謁見の間に集う魔物の数は軽く千を越えていた。 当然、謁見の間はギチギチだ。 とは言え玉座付近だけは空間が空いていた。
「これだけいれば少しはいい戦いになるかな。 でもまだ足りないよね。 報告によれば万を越える魔物の大群を殲滅したらしいし」
アルタはそう呟いてから配下の魔物達へと話しかけた。
「さて、そろそろ戦争に向けての話をしておこうかなと思う。 まず、戦争の本命は君達魔物。 君達より弱いしょぼ騎士達には様子見として特攻させるつもりなんだけど、これはないしょね。だから君達には頑張ってもらうよ。隊列とか陣形とかはよく分からないし、君達にはそんなの似合わないから適当にやっといて。 いい?」
中身のないアルタの話を聞いた魔物達はそれぞれ声を上げる。 狼や蛙、兎に虎、羊、蛇などの動物系の魔物だったり、ゴーレムやレイス、スライムなどの生物とは呼べない魔物、竜や龍と言った最強種など様々だ。
「よしよし。いい子達だね。 君達は無駄に知性がある人間共よりよっぽど生きる価値があるよ。 いやぁ、【生物支配】持っててよかった」
そう言ってからアルタは謁見の間に自分でぶち空けた魔物専用の大きな出入り口から解散するよう命じた。幸い謁見の間が一階だったのがよかったのだろう。
そして魔物達が去った後、アルタは最近の日課のようになっている、生物を支配する為に城を出た。
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この世に存在する二人目の無頭の騎士は、近々戦争が行われると言うミレナリア王国とゲヴァルティア帝国の間にある小さな村にドワーフの女性と滞在していた。
剣の極みを探すアケファロスならこう言った戦争事に積極的に関与し、己の強さや技術を高めに来る。 と、そう言う考えに至ったのだ。
その考えは当たりではないし、ましてやジェシカが知る事ではないが、秋がマーガレットの為に戦争に関与する為、アケファロスも出張って来る可能性が高い。
「スヴェルグさんはアケファロスちゃんが来ると思いますか?」
「あぁ。なんとなくそんな感じがするよ。 しかも恐らく……ミレナリア王国側に」
「おぉ! 奇遇ですね。 私もそう思ってたんです! ……何ででしょうね?」
ドワーフの女性──スヴェルグとジェシカのこの超人的な勘は、長年同じ人物を追いかけ続けた事による、スキルでも魔法でもない、正体不明の力だ。 不可視の超人的勘は、誰かが関与したとも思えるほど正確だった。
「どうしてかは知らないけど、でもダメだよ。あたしらがどっちかの勢力についちゃあ」
「どうしてですか?」
「よく考えてみな。 もしあたしらがこのまま勘に従ってミレナリア側について、あの子がゲヴァルティア側にいたとしたらどうするんだい。 あの子と戦うのかい?」
「むぅ……確かにそうですねぇ…………じゃあ中立の立場で戦場に忍びこんでアケファロスちゃんを探すんですか? 厳しいと思いますけど……」
「あたしらが一旦別れてミレナリアとゲヴァルティアにつくのさ」
スヴェルグの案になるほど、と言ってポンと手を叩くジェシカ。
「あたしがゲヴァルティア側につくからアンタはミレナリア側につきな。 言っとくけど戦場であたしを見つけても攻撃するんじゃないよ?」
「しませんよ! スヴェルグさんはアケファロスちゃんの保護者ですから」
軽い冗談を言うスヴェルグにジェシカは、しませんしません、と両手を振って答える。
「あたしはそんなつもり無いんだけどねぇ……」
「またまたぁ……嬉しそうににやけてますよぉ?」
「なに言うんだい。 まったく……アンタは……」
ジェシカの背中をバンバン叩くスヴェルグ。ジェシカからすればからかった仕返しのように思えるだろうが、スヴェルグからすればちょっとした照れ隠しなのだ。 ドワーフ故の怪力がそうさせるのだ。
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ラモンとコレクターの拠点を全滅させて数日経った今日はダンジョン探索は無しの日だ。ブラック企業ではないので、定期的に休みをとらなければならないのだ。
ダンジョン探索の方は、希望であったソフィアが置き手紙を残して失踪した事で未だに進んでいない。
……いや、この間より少しは進んだが結局はボス部屋までは辿り着けなかったので進んでいないも同然だろう。
ちなみにソフィアが失踪した事はその孤児院にいたエマさんと言う女性に聞いた。エマさんは相当悲しんでいる様子だった。
泣き腫らした後を化粧で誤魔化していたようだが、若干目が赤くなっていたので簡単に見破れた。
もちろんマテウスとドロシーの治療も終わっていない。
そして追い打ちをかけるようにゲヴァルティア帝国との戦争を控えている。大体二週間後あたりに開戦されるらしい。とても迷惑だし、住民が続々と国外へ避難しているので人通りも疎らだ。
……明日も休みなのでゲヴァルティア帝国へこっそり突撃して直接皇帝を始末しに行こうと思う。戦争は面白い事の範疇を越えているのだ。
今日は、最近進められていなかった遺跡世界を模倣しているあの通路を攻略するから皇帝殺害はなしだ。
特に特筆するべき事もなく998番目の部屋を突破した。 ……言うとすれば遺跡世界で出現した魔物よりも一回り……その半分ぐらい強かった事ぐらいだろうか。 そして眼前にあるのは999番目の部屋だ。
確かこの部屋は遺跡世界では、未発現の固有能力の枠をくれた邪神の分身がいた部屋だな。 恐らくあの分身を復活後の邪神が取り込んで寝起きの自分の戦力を増強するつもりだったのだろうが、なぜかシュウの創った遺跡世界に割り込んで居座っていた。これについてはこの間邪神から聞いた。 ……邪神としては予想外もいいところだっただろう。
つまりこ先には遺跡世界で出会う筈だった魔物の対に当たる魔物がいるはずだ。
……いや、遺跡世界に元々配置されていた魔物はシュウしか知らないし、確認できない筈なのでそうとは限らないか。
シュウの創った遺跡世界の存在が知られて模倣されているのは、遺跡の存在を隠す保護膜の対象外だった俺に焦点を当てる事で他の天使だか神だかにバレたのだろう。
この模倣の通路を創ったのを、遺跡世界を進む俺を見ていた他の天使だか神だかの仕業だと仮定するなら、今まで通り対に……邪神の分身の対になるものを配置していたりするのだろうか?
まぁいいか。
進めば分かる事だ。 そう考えて俺は眼前の扉を開いた。
扉の先には……何もなかった。 魔物も、邪神の分身の対になるものも、何もなかった。
……期待外れもいいところだ。
俺は溜め息を吐いてその先にある扉のドアノブに手を掛けた。
1000番目の部屋……遺跡世界なら白の世界だったが、はたしてこの先はどこに繋がっているのだろうか。
……今度こそ何かあってくれ。 と願いながら扉を開く。
「………………は?」
だが、その先は壁だった。
思わず声は漏れたが、だけどもはや溜め息すら出なかった。 呆れや残念だと言った気持ちはなく、ただただ呆然と壁を見つめ続けた。
その時、部屋に声が響いた。
『──あ、ごっめーん☆ 続き創るの忘れてたぁ! ……いんやぁ~君のいた世界のゲームって言うの凄いね~! アタイどんどんハマってっちゃったよっ!』
「……誰だお前……」
凄い馴れ馴れしいんだけど。 ……いや馴れ馴れしいって言うか頭悪そうって言うか…………まぁいいか。
『アタイは『遊戯の女神』だよ! ……他にも『愉悦の女神』や『怠惰の女神』とか言われてるね~』
「…………」
女神……だとすればこいつが俺を介してシュウの遺跡世界を覗いていたのだろうな。 そして自分の愉悦に任せてそれを模倣したダンジョンをここに創ったと。
「それで、続き創るの忘れてた、ってどういう事だ?」
『そのまんまだよ! ゲームに夢中になってたら忘れちゃってたの☆』
「…………」
『どうする? 今から創ろっか?』
「いや、いい。 何か冷めたから」
続きがなかった時点でもう興味はなかったし、ここを創ったのがこんな奴だと言う事で完全にやる気がなくなってしまった。
『まぁまぁ! そう言わずにぃ~! 本物と同じように1000番目の部屋には神様であるアタイがいるんだよ~? 超絶美少女のアタイに会いたくないのカナ?』
「会いたくないな。 お前頭悪そうだし」
『な、なんだとー! 温厚なアタイでも怒っちゃうよ!? ぷんぷん!』
「怒る気ないだろお前」
『あ、バレた~? 今の君の真似なんだ~似てたでしょ? 嘘が下手なところとかさぁ?』
こいつは俺に喧嘩売ってるのか? ……百歩譲って俺が嘘が下手だとしても幾ら何でも今の程あからさまではないだろ。
多分。
「もういいから創るのなら早くしてくれ」
『はいはーいっ!』
遊戯の女神がそう言うと、部屋の中心に白い人型が現れた。俺を介して介して遺跡世界を見ていただけなので邪神の分身が割り込む以前の魔物ではないようだ。
……邪神の分身は黒かったので、これは色だけを反転させた感じか。
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名前:■■の卵
種族:無し
Lv0
MP :0
物攻 :0
物防 :0
魔攻 :0
魔防 :0
敏捷 :0
固有能力
【謙虚】【無欲】【絶食】【慈悲】【勤勉】【忍耐】【純潔】
常時発動能力
無し
任意発動能力
無し
魔法
無し
称号
無し
__________________________
固有能力も大体は邪神の持つものを反転させた感じだ。邪神の分身と違って卵が固有能力を持っているのは、邪神の時と違って本体が存在しないからだろう。
『さぁ! たんとお食べ!』
そう言われると喰いたくなくなるが、固有能力が欲しいので我慢して喰う。自力で変形する事を覚えてからは自分の本物の口で喰らいつかずに、腕を大きな口に変形させて喰らうようにしている。
その方が口回りが汚れずに済むのだ。
喰い終わったのでステータスを確認する。
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名前:久遠秋
種族:異質同体人間
Lv2910
MP :36,662,222
物攻 :36,662,235
物防 :36,662,224
魔攻 :36,662,229
魔防 :36,662,223
敏捷 :36,662,234
固有能力
【強奪Lv5】【生存本能】 【悪食】 【化け者×4040】 【傲慢】 【強欲】 【暴食】 【憤怒】 【怠惰】 【嫉妬】 【色欲】 【謙虚】 【無欲】 【絶食】 【慈悲】 【勤勉】 【忍耐】 【純潔】
常時発動能力
無し
任意発動能力
無し
魔法
火魔法Lv8
水魔法Lv7
土魔法Lv9
風魔法Lv6
氷魔法Lv7
雷魔法Lv9
光魔法Lv7
闇魔法Lv8
無魔法Lv9
聖魔法Lv6
時空間魔法Lv8
称号
異質同体人間 人外 理殺し 神殺し 神喰らい 同族喰らい
__________________________
なんか知らない間に物凄くレベルが上がっている! 【強奪】のレベルも上がっている!!
……などと、一瞬驚いたがそれも当然か。
だってこの通路でもう一度、あの遺跡世界を辿ったようなものなんだからな。強い魔物を殺して喰ったのだから強くなっているのも当たり前だ。
……と言うかレベルアップを報告したりするあの声が聞こえなかったんだがなぜだ……? 世界の理の更新が関係しているのか? ……思えば、世界の理が更新されたと言う報告をしてから聞こえなくなったな。
まぁいいか。
……あの遺跡世界を共に歩んだと俺が勝手に思っているので少し寂しくもあるが。
それよりも、今すぐに【強奪】やその他の固有能力の効果を確認したいが、まずはこの遊戯の女神だろう。
『お、おぉ……凄いねぇ……流石『神殺し』と『神喰らい』の称号を持つ神の天敵! 世界の味方だね~……これだけで鳥肌がたっちゃった!』
「どうでもいいから早く先を創れよ」
『そうだった! ごめんね~!』
それからすぐに壁が崩れてその先には、桃色や水色、黄色と言ったふわふわしたようなメルヘンな色合いの世界が顔を出した。
「ようこそー! アタイの世界へ!」
そこにいたのは、桃色、水色、黄色などを薄めたような髪色で、黒目の少女がいた。 そう言えばドロシーもこんなカラフルな髪色だったがそれでも綺麗な雰囲気だったが、こいつの場合はふわふわメルヘンと言った乙女チックな感じだ。 美少女かどうかと聞かれれば……認めたくはないが美少女だった。
……美少女だが、背丈や胸囲など色々と貧相なのでウザさは緩和されている。決してチビや貧乳の事を下に見ているわけではない。
「どったの? あ、もしかしてアタイに見とれてるのかにゃぁ? もー……ダメだよぉ~神や女神は下界の生物との恋愛は禁止されてるんだからぁ~☆」
「ムカつくなお前」
「でもアタイは可愛いから許されちゃうのさっ!」
「喰うぞ」
「いや~ん☆ えっちぃ~、アタイを喰うなんてぇ~」
……そう言う意味じゃないのが分かっていてこうしてふざけているのだろう。ウザいなマジで。
「それで、なんでこんな真似を?」
「面白そうだったからだねぇっ! 君のステータスを上げる事もできたし、アタイの暇潰しにもなったしぃ~……よかったねっ☆」
「それだけか?」
「うんっ! それだけっ!」
遊戯の女神を軽く殴ってから屋敷に帰る。 何か喚いていたがムカついたから殴っただけで特に理由はなく、あいつと話すことはないので無視だ。……簡単に言えば都合が悪いだけだ。
うん、よし。 明日はゲヴァルティア帝国の皇帝を始末しに行くんだし、今日の残りは余裕をもって過ごそう。




