第226話 二人目の無頭の騎士
コレクター
「あぁ? また襲撃されただぁ? 今回は正体を突き止めれたんだろうな?」
「…………いえ……」
「これだから無能な凡人はダメなんだ」
暗い一室で偉そうにふんぞり返る男は、膝を突いて報告をする男に風の刃を放ち、男の首を落とした。
「二度目はないとあれほど言っておいたのに。 凡人を使ってやっている俺の親切心に報いない無能は死んでおけばいい。 だろ?」
「そうでございますね」
話を振られた執事のような老人は目を伏せてそう返す。
「あーくそ……そろそろ拠点を変えた方がいいな。 もうじきここも割れるだろうし。 おいジジイ、他の奴らに拠点を移す準備をしろと伝えておけ。 あぁ、最近手に入れた銀髪の女は女組員にやらせろ。『聖女』は処女じゃないと聖女の力を無くすらしいからな」
「かしこまりました」
ジジイと呼ばれた老執事は頭を下げて部屋を出た。
部屋を出た老執事がやってきたのはコレクター達の集まる広間だ。 コレクター達はいつもここで誘拐の策を練ったり談笑したりしている。
例に漏れず、現在もコレクター達による喧騒が広間を覆っている。
「皆さん。 主様からの報告です」
老執事の声は喧騒にかき消されたが、それでもコレクター達の喧騒は止んだ。
「先程、他の拠点が幾つか襲撃されました。 これで二度目です。 危機感を覚えた主様は拠点を移すとおっしゃっていました。 早急に拠点を移す準備をしてください。 あと、銀髪の少女は女性組員が扱うようにともおっしゃっていましたのでその通りに」
老執事がそう告げると、さっきとは別の喧騒が広がり急げ、急げと誰も彼もが慌ただしく荷物を纏めていく。そんな光景を確認した老執事は自分が仕える主の元へと戻った。
それから暫く暗い一室で貧乏揺すりをするふんぞり返る男と、老執事が何をするでもなく居ると、乱暴に扉が開かれた。
「大変です! この建物がたくさんの魔物に囲まれてます!」
「は? 魔物だぁ?」
「はい! 翼と腕が生えた目玉の魔物です! それが外に出た奴らを捕まえているんです!」
「そんな気色悪い魔物は聞いた事がないが……しかしそうか。 敵は魔物使いなのか。 これは厄介だな」
そう呟く男に部下が声をかける。
「その魔物達は我々が外に出なければ何もして来ないので、一旦拠点を移すのは中止した方がいいと思います!」
「外に出なければ襲ってこない……? 意味が分からないな。 俺達を簡単に捕まえるぐらい強いなら襲わせればいいのに…………取り敢えず移動は中止だ。 外に出なければ襲ってこないなら、室内から飛び道具で攻撃しておけ」
「了解しました!」
去っていく部下を見ずに考え続ける男。
そのそばでは老執事がただただ何もせずに佇んでいた。
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ミレナリア王国に戦争をしかけると決めたアルタは、自分が殺した騎士の代わりになる戦力を補強するために久し振りに外に出た。 ……この世界では初めて外に出た事になる。
「【生物支配】ってどうやって使うんだろう? まぁいいや。 支配って言うんだから力か何かで押さえつければいいのかな」
そう結論付け、アルタは近場の洞窟へと入っていった。
まず最初にアルタの目に映ったのは緑色の肌で醜悪な見た目のゴブリンだった。
ゴブリンはアルタを見つけると襲いかかろうとしたが、すぐに動きを止めて跪いた。
「おー。 使い方が分からなかったからずっと使ってみてたけどこれだけでいいんだ」
跪くゴブリンの周囲をグルグル回ってゴブリンを観察するアルタ。
「ねぇ。 君って僕の言葉は分かるのかな?」
「グギャギャ!」
「頷いてるねぇ。 なるほど。 じゃあ付いてきて。 もっと捕まえに行くから」
「ギャ!」
ゴブリンを連れて歩くアルタが次に出会ったのは壁から出てきたゴーレムだった。 この洞窟ではゴーレムは珍しく、強い魔物と言う扱いになっている。
「あれ、効かない……Lv1だしまだ弱い魔物だけしか効かないのかな」
そう言ってアルタはゴーレムを叩き伏せる。
地面に頭を擦り付けるようにしているゴーレムの頭を更に踏みつける。弱らせれば【生物支配】が効くかもしれないと言う予想から、アルタはゴーレムを殺さずにこうして痛め付けている。
やがてそれを何度か繰り返すとゴーレムに【生物支配】が通る。
「お、できた。 この鉄の塊が生物なのかは知らないけど兎に角、上下関係を知らしめればいいっぽいね」
ちなみに【生物支配】とは魔物使いや精霊使いなどの完全完全な上位互換で、この世で命を持っているものなら何でも支配できてしまう恐ろしいスキルだ。
これは人間や亜人も例外ではない。なので別に『隷属の首輪』がなくとも上下関係を分からせれば簡単に支配できたりする。
その後、アルタは自分が殺した騎士の数ピッタリ魔物を支配して城に戻った。 城の使用人は大層驚いていたが、魔物が危害を加えてこないのを見て安心していた。
翌朝、アルタは謁見の間に使用人や騎士、城に残っている諜報部隊や暗殺部隊など全員を集めて自分が支配した魔物の説明を行い、攻撃したりしないように伝えた。
野生の魔物か支配された魔物を見分ける為の措置として、支配した魔物にはゲヴァルティア帝国の国旗が刻まれた衣類や持ち物を持たせたり、それらが不可能な魔物は体に国旗を刻み込んだ。所謂刺青のような感じだ。
その後、アルタ以外がいなくなった謁見の間で魔物への教育が始まった。人間の言語を理解させたり、敵と味方の区別のしかたなど、人間社会で生きる為に必要な事をアルタは魔物に叩き込んだ。
全てはミレナリアとの戦争の為に。 暇潰しの為に。
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数百年ほど昔、とある転生者は草原で目を覚ました。
どこだここは? と疑問に思い辺りを見回すが、視界に映る周囲は酷い有り様だった。
折れた剣が散らばっていたり、矢が地面に刺さっていたり、鎧を着た人間が血を流して息絶えていたりと、地獄のような状態だが転生者はあまり驚いた様子はなかった。寝起きのような頭だからとかではなく、何度も何度も見た事かがある光景だったからだ。
「えっと……終わった?」
ポニーテールの茶髪から覗く茶色い瞳をしぱしぱ瞬かせて口角を引き攣らせて呟く女性の転生者。
「どうしよう……」
鎧を着ている転生者は取り敢えず見覚えのある剣を拾って立ち上がり、歩きだす。
「……私また死んだんだよね。 …………まぁ取り敢えず前と……いや、その前の時と同じくサイトウって名乗ろうかな。ステータス上の名前の表記はこの世界で得た名前になってるけど、転生特典で同じ読みのスキルも持ってるしこれはサイトウって名乗らないとダメだよね!」
転生者──サイトウがまず初めに考えるのは自分の名前の事だった。 普通はもっと色々考える事があるだろうが、サイトウは少々変人だったので仕方ない。
やがて草原の先にある森林に入ったサイトウは喉が渇いたので偶然そこで見つけた湖の水を飲んだ。 その時水面に映った自分の容姿を見て「おー」と感心すると同時に苦笑いを浮かべた。
「あは……やっぱり転生じゃなくてゾンビとして生き返っちゃったかー。 ステータスに不死者って書かれてたから覚悟はしてたけどね……はぁーこれで私も魔物? 魔人? の仲間入りかぁー」
サイトウは少し嬉しそうに一人呟く。
話を聞くに、随分とこの世界に詳しそうだ。 だが、それでもサイトウは転生者だ。この世界の人間ではないのだ。
と、そこで一人の女性がやってきた。 背が低く、筋肉もついている逞しそうな女性だ。
「アンタ……ただの魔物……じゃないよね……?」
「あ、はい。 一応前までは人間でした」
「てことは死んだのかい?」
「そうみたいですねー。 どうやって死んだのかは何か思い出せないんですけど……」
「まぁ、魔人は大体が自分の死因を覚えていないって言うからね」
今、サイトウが覚えているのは自分が騎士だと言う事。 戦争によっていつの間にか死んでしまった事。 今生の名前、前世の名前や世界の様子などだ。
「……あの……人間の方だったら申し訳ないんですけど……もしかしてあなたはドワーフですか?」
「正解だよ。 あたしはドワーフさ! しかも鍛冶ができないのに剣が使える変わり者さ!」
ドワーフの女性は腰に提げた剣を叩きながら胸を張ってそう答える。
「おぉー! ドワーフ! 私初めて見た! 触ってもいいですか!?」
「え、い、いいけど……どうしたんだい、いきなり……?」
ドワーフがそう言うがサイトウはドワーフの体をペタペタ、モミモミと堪能しているので聞こえていない。
それから数分後、ふぅー、っと額の汗を拭ったサイトウは話し始める。
「そう言えば何で私がここにいると分かったんですか?」
「……ん? 風でも揺れないこの湖が揺れたからさ。」
「……?」
「この近辺の生き物達はゴブリンであってもこの澄んだ湖を芸術品のように大事に扱って触れないからね。 だからそれが揺れたら誰か余所者が来たって分かるのさ」
「なるほど……つまりゴブリンですら感動する神聖な湖を私は……?」
「そうなるね」
ショックを受けるサイトウに微笑みを向けるドワーフの女性。 その頃にはサイトウが起こした湖の揺らぎはなくなっていた。
それからサイトウは湖畔に建てられたドワーフの女性の家で昼食をご馳走になり、そしてそこで一晩を明かした。
「すみません。 お世話になっちゃって……」
「いいんだよ! あたしもついこの間、娘……のようなものが居なくなって寂しかったんだ。 だけどそこにアンタが現れてね、その寂しさも紛らわせたよ。ありがとう」
「も、もしかしてお亡くなりに……?」
サイトウはおずおずとドワーフの女性にそう尋ねる。そんなにおずおず聞くなら聞くなければいいのに。
「いーや違うよ。 騎士になるために街へ出たのさ。 そう言えばあの子はアンタぐらいの年齢だったねぇ……そう言えばアンタは何歳なんだい?」
「私は18歳です」
「おや! あの子と同い年じゃないかい! その鎧、あの子が向かった国のだけどもしかして知り合いだったりしてねぇ!」
ドワーフの女性がそう言って、あっはっは! と大笑いするが、サイトウはそれに引っ掛かりを覚えていた。
(娘……女の子……最近街に出た……同い年の騎士……)
当時は女性騎士が少なかったため、サイトウはこれだけの情報でも引っ掛かってしまった。
(何か大切な事を……大切な人の事を忘れている気がする……)
サイトウは必死に考えるが朧気にしか記憶が浮かんでこない。 それは粘性の低いシャボン玉のようにすぐになくなってしまう。
「あの子にはあたししか知らない剣を教えたからね……異端あつかいされてなきゃいいけど……アンタ何か知らないかい?」
急に娘のような存在が心配になったのか、取り敢えずそこにいたサイトウに尋ねるドワーフ。
(独自の使い手が少ない剣術……異端……目立つ………………思い出せそう……素直じゃない……ツンデレっぽい……あの……)
女の子、最近街に出た、同い年の騎士、独特な剣術……そこから自分で浮かび上がらせる自分の記憶。
素直じゃないツンデレのあの親友。 自分の無惨な死に様を見せてしまったあの──
「あの子の名前は──」
「─────────!」
自分の声で目覚めると同時に勢いよくベッドから起き上がるサイトウ。
はぁ……はぁ……と息を荒くしながら周囲を見回すサイトウは、深呼吸を一度行って、起床と同時に覚えた焦りを静める。
ベッドから下りて、そのわきに置いてあった大きな金槌のような鈍器を手にとって支度を始めた。
親友を探しに行く為に。
……あの戦争から五百年近く経っているが、それでも親友が生きていると信じて世界を旅する。 エルフの里やドワーフの里、様々な獣人の街に、魔人の街、剣の極みを探していた親友が向かうであろう剣神がいるとされている、雲を穿つ山……様々なところへ訪れた。
それはまさに現世を彷徨い歩く亡霊のように、晴らせぬ無念を晴らす為に延々と行われる旅だった。
そんな果てなく続く旅を、サイトウ──斎藤 芽依と言う名と、ジェシカと言う名持つ女性は今日もまた元気に旅を続ける。
あの頃と同じように親友を揶揄う為に。
「待っててよぉ! ツンデレちゃん!」
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「くちゅん!」
部屋着で正座して、目の前で繰り広げられる黒○げ危機一髪を眺めていたアケファロスがくしゃみをした。
「ぷっ……どうしたよアケファロス……ぷぷっ……」
同じくアケファロスの隣で黒○げ危機一髪を眺めていた秋がアケファロスのくしゃみに笑いを漏らす。
「な、何でもないです! それよりどうして笑うんですか!」
「いやぁ……いつもの凛々しい感じからは想像がつかない可愛いくしゃみだなと思ってな」
「……っ! ……あなたの首を斬ります……!」
そんな秋の一言で顔を真っ赤に染めたアケファロスはそばに置いてあった自分の剣を鞘から抜き放ち、秋に斬りかかる。
「アキとアケファロスは仲がいいのだ」
「……うむ。そうなのじゃが、流石に室内で剣を振り回すのはやめて欲しいのじゃ」
「……あ……黒ひげの首が飛んだ。 …………胴体も飛んでった」
剣を振り回すアケファロスから逃げる秋に、それを眺めるニグレド、アルベド、セレネ。
樽から出た首をアケファロスの剣に刎ねられた黒ひげの海賊は、その後、樽に剣を刺されると胴体までも射出させた。
散らかる室内。 二人の走る足音により、ドタドタと音が立つ。
そんな騒々しい物音を注意しに来たオリヴィアの一喝によって騒音は止んだ。
その日の夕飯はある二人だけ抜きだったと言う。




