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第224話 とある騎士の昔話

 アケファロスはとある国で『剣聖』と呼ばれる程の剣の腕前を持つ騎士だった。


 そんなアケファロスに剣を教えたのは一人のドワーフだった。鍛冶狂いとして知られるドワーフがだ。

 才能がない落ちこぼれとして虐げられ、衣食住すら満足に得られず野垂れ死に寸前だったアケファロスをそのドワーフが拾ったのが始まりだった。


 湖畔に建てられた穏やかで快適な環境で暫く暮らし、やがて体力が回復したアケファロスから話を聞いたドワーフは、アケファロスに哀れみではなく、同情─共感すると同時に希望を見出だしていた。


(こいつになら安心してあたしの剣を継がせられる)


 そう思ったドワーフはアケファロスと師弟関係を結び、たっぷり時間をかけて自分の剣技を刷り込んでいった。


 何年も──何年も──


 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋も、冬も過ぎ……何度も過ぎ去る季節を体感しながら来る日も来る日も、ドワーフと自分の剣を研いだ。


 当時9歳だったアケファロスは18歳まで成長していた。

 ドワーフの情け容赦ない地獄の特訓を越えて、今まで歩んできた人生の半分を、親でもない赤の他人と……剣と過ごした。澄み渡る静謐な湖畔で。


「アケファロス。 もうアンタに教えられる事はないよ」

「え……?」

「あたしはもうこれ以上の剣技を教えられない。……知らないからね」

「…………」

「だから後はアンタが探して手に入れるんだ……剣の極みを。……そして見返すんだろう? アンタをバカにしたなまくら共を」


ドワーフはそう言って歯を剥いて明朗快活な笑みを浮かべた。 よく笑うドワーフのこの笑顔は、アケファロスにとって見慣れた光景だった。


 だけど、今日の笑顔は少し違った。ドワーフが、ではなく、それを見たアケファロスの心情が違った。


 人生の半分を本当の親より濃密に親密に過ごした師匠との暮らしがこれで終わり。

 それを理解したアケファロスはわがままを言った。今まではお世話になっているから、と抑圧していたわがままを素直に言った。


「嫌です! もう見返すなんてどうでもいいんです! 私は師匠とこれからも一緒に暮らしたいんです!」


 そんな悲鳴にも似たアケファロスの言葉に戸惑うドワーフは、「困ったねぇ……」と呟いて頭を掻いた。


「……全く……アンタは子供かい? 違うだろう? アンタは騎士だろう。 なら甘えてんじゃないよ。 さっさと親離れしな!」


 それはドワーフから初めて出た突き放すような拒絶の言葉だった。 今までは口悪く叱られた事もあったが、決してドワーフはアケファロスを拒絶しなかった。


 涙が滲むアケファロスの視界より鮮明な拒絶の言葉は、アケファロスに巣立ちを決心させるには十分だった。


「…………はい……分かりました……師匠……」

「分かればいいんだよ」

「でも、最後にお父さんって呼んでいいですか?」

「……あたしゃ女だよ?」

「それでも……力強いあなたは、私の中ではお母さんより、お父さんと言う感じなんです……」

「失礼な子だねぇ……まぁいいさ。好きに呼びな!」


 両手を広げて勇ましく、包容力がありそうなドワーフを見て、それからドワーフの胸に飛び込んだアケファロスは小さく呟いた。


「やっぱりあなたはお母さんでした」

「ふふ……なんだそりゃ…………」


 ドワーフはこれまで見せた事のない柔らかい笑み浮かべてアケファロスの頭を撫でていた。


 しかし、唐突に真剣な表情に切り替えて言った。


「最後に一つ、アンタに教え忘れた事があったよ。 ……戦いでは揺らいじゃダメだよ。 ……今だけは揺らいでもいい。だけど、戦場では絶対に揺らぐんじゃないよ。 ……小さな揺らぎが、やがて津波になってアンタを飲み込むからね」

「はい! 師匠!」

「うん、分かればいい! 行ってきな! アケちゃん!」

「はい! お父さんお母さん!」






 それからドワーフの元を離れて自分が生まれた国へと帰って来たアケファロスは早速、騎士になりたいと志願し、無事に就職した。


 それからのアケファロスの働きぶりは目覚ましいもので、次々と武勲をあげていった。

 盗賊の捕縛や、魔物の討伐、小さな戦争での活躍など、様々なものでその名を轟かせた。


 そして1ヶ月も経たない内にアケファロスは剣聖と呼ばれるまでに至った。


 国中の国民に慕われ、街を歩けば剣聖様、剣聖様と、集られる。


 だが、昔アケファロスを落ちこぼれと罵っていた者はそれをよく思わなかった。

 自分が罵っていた、下に見ていた人間が自分の上に立っているのだから。自分の間違いを叩き付けられた、プライドの高いその者達はアケファロスを消そうと奮闘した。


 暗殺者だったり、魔物だったり……あらゆる手を使ってアケファロスを消そうとしたが、どれも悉くアケファロスに退けられていた。


 そんな中、この国には隣国との戦争が迫っていた。


 それを知った嫉妬に駆られる者達はこれ幸いと、アケファロスを蹴落とす事にした。

 国同士の大きな戦争だ。少し自分達が消えていても気付かれまい。少し謀っても気付かれまい、と。



 そして当日。

 だだっ広く、青い草原には物々しい様相の軍勢が向かい合っていた。


「緊張するねアケファロスちゃん……!」


 そう言うのは、アケファロスと特別仲がよかった。女性騎士だ。 この時代では珍しい女性騎士だ。

 他にもアケファロスに友達はいるにはいるが、騎士の役割も相まってあまり関わる機会がなかったのだ。


「そうですね……」

「……ねぇ……アケファロスちゃんは……私が死んだら悲しんでくれる?」

「さぁ……分かりませんね」

「……はぁ……相変わらずアケファロスちゃんは冷たいですなぁ……」


 やれやれと言った様子で女性騎士はそう言う。


「でもまぁ……なぁんか、これが落ち着くんだよねぇ……」

「変な人ですね」

「ほらそれ! それが落ち着くんだよ!」

「そこ! 静かにせい! 今から俺が話す!」


 一団の前に立つ男に叱られるアケファロスと女性騎士は、ごめんなさい、と謝って口を噤んだ。


「まず、騎馬隊が槍で相手の騎馬隊を仕留め、その後に歩兵が突撃、その後ろから弓兵が──」



 長い話に飽きてしまった女性騎士がアケファロスに耳打ちした。


「頑張ろうね!」

「もちろんです」



 その後、草原に響き渡る法螺貝の音。


 それを合図に両軍の騎馬が走り出し、少し間をおいて歩兵─アケファロスと女性騎士達が進む。


 騎馬同士で絡み合い、互いに相手を討ち取ろうと槍を、剣を振るう。

 歩兵同士はその側で敵と切り結ぶ。


 そんな中で二人程、異常な動きをしている者がいた。

 アケファロスと女性騎士だ。互いに互いの技量を信じているとしか思えない息の合った無双。


 そんな快進撃を止める者が現れた。


 アケファロスを虐げていた……だが、今ではただの嫉妬に駆られる者が立ちはだかった。


「止まれやそこの二人」

「……あなた達は……」

「アケファロスちゃんの知り合い?」

「知り合い……と言うか、昔私を虐めていた人達ですね……」


 それを聞いた女性騎士は小さく「ありゃー……これはろくでもない展開の予感が……」と呟いていた。


「よぉ久し振りじゃんアケファロス。 随分出世したなー?」

「何の用ですか……と言っても大体予想はついていますが」

「なら話は早いな。 アケファロス。お前、目障りなんだわ。 ちょっとここで死んでくれねーか?」

「嫌ですね」

「だろーな。 おい、やれ」


 嫉妬に駆られる者が指示を出すのは、敵軍だ。 だがしかし、それでも敵軍は動いた。


「まさかあなた敵と手を組んで……」

「何の事だかなー?」


 とぼける男を無視してアケファロスは女性騎士に話しかけた。


「ごめんなさい。巻き込んでしまいました」

「いいのいいの! パパっと片付けて次行こう!」

「はい!」


 いつの間にかアケファロスと女性騎士を囲んでいた敵軍は次々と攻撃を繰り出す。

 剣、槍、弓、魔法……あらゆる攻撃手段を持っている大人数に囲まれ、一瞬で劣勢になる二人はすぐにボロボロになってしまう。


 だがそれでも順調に敵の数を削れている。 下級貴族が買収できる敵などたかが知れていた。所詮、敵の一部にも満たない数なのだ。


 だが、残り数十人と言うところで悲鳴があがった。



「きゃあ!」

「ジェシカ!」


 きゃあ! と声をあげた女性騎士─ジェシカに駆け寄るアケファロス。 それに攻撃を加えようとする敵軍を「待て」と制する男。


「あは……ドジっちゃったよ。 それより、初めて私の名前を呼んでくれたね?」

「そんな事より早く手当てをしないと!」


 傷口を布で押さえて焦るアケファロスにジェシカは言った。


「やっぱり私が死んだら悲しい?」

「そ、そんなわけ……!」

「ならどうしてそんなに焦っているのかなぁ?」

「……っ!」

「あは……やっぱりアケファロスちゃんはツンデレだぁね」


 そう言って笑う友人を小突きたくなるアケファロスだがそれを堪える。 相手は怪我人だ。大切に扱わないといけない。


「でもね。アケファロ──アケちゃん。 アケちゃんにとっての、私みたいな大切な人相手には素直になったほうがいいよ? ……世界は残酷だから、いつその大切な人がいなくなるか分からない。 いなくなってから素直になればよかったって後悔するのは遅すぎるんだよ……これ、経験者からの助言ね!」

「え? どう言う──」


 アケファロスが言い切る前にジェシカの頭は砕け散った。 呆然と見上げれば、いつの間にかここまで来ていた、嫉妬に駆られる男が手にしている槌のようなものが血を滴らせていた。


「はい。 お別れタイムしゅーりょー」

「……あ、あ、あ……」


 その時、アケファロスの脳裏を過るのは、師匠であり親でもあるドワーフの言葉。


──戦場では絶対に揺らぐんじゃないよ──小さな揺らぎがやがて津波になってアンタを飲み込むからね──


 そしてたった今粉砕された親友が最後に遺した言葉。


──いなくなってから素直になればよかったって後悔するのは遅すぎるんだよ──


 どちらも自分と親しかった人が最後にアケファロスに伝えた言葉だ。


 だが、アケファロスはその大事な言葉のどちらも、親友も守れなかった。


 戦場で揺らいだし、素直になればよかったと後悔もした。そして津波へと昇華された揺らぎが……親友の死がアケファロスを飲み込んでいる。


 アケファロスは歯を食い縛る。

 自分を飲み込もうと襲い来る暴虐の津波を支配し、敵を討つ力に変える。


「どうした? 復讐すんのか? 味方を裏切んのか?」

「裏切り者はあなただ!」

「でも、お前が黙ってれば露呈しない」

「なら私があなたを殺して露呈させる!」

「お前が俺を殺せばお前は裏切り者として処刑される」

「ならそれでいい。 とにかく私はあなたを赦さない!」

「なら俺もそれでいい。 とにかく俺はお前を潰す!」


 お互いに手段を選ばない。


 アケファロスが男に剣を向けた。

 男は尻餅をついて槌を手放した。


「た、たすけてくれぇぇ! 裏切り者だぁぁ! 王に仇なす敵が紛れ込んでいたぁぁ!」

「うるさいです!」


 そう言ってアケファロスは、男の首を横薙ぎに斬り落とした。


 それに伴い、敵軍も蜘蛛の子散らすように逃げていき、「敵の『剣聖』が我らに寝返ったぞ!」などと吹聴してまわっていた。


 アケファロスはすぐに味方に連れられて後方に退却させられた。それからは捕虜を捕らえておく為の檻に入れられて、戦争が終わるまで捕縛された。


 幸か不幸か、アケファロスの国は勝ってしまい、それからすぐにアケファロスの処刑が行われる。


 何の因果か、アケファロスの処刑方法は『断頭』だ。少し違うが思い浮かぶのは頭を破砕された友人と、自分が斬り殺した男の姿だ。


 処刑前の面会で、アケファロスは仲がよかった残りの友人と話した。エルフに犬獣人、猫獣人、鬼人や他の魔人などの異種族と話した。ここにアケファロスの師匠と知り合いの人間はいない。 ……普段は人前に姿を表さない彼ら彼女らだが、流石に友人の弟子の処刑となると姿を表した。


 アケファロスが事の顛末を話すと彼ら彼女らは「大変だったね」と同情していたが、アケファロスは曖昧に笑うしかできなかった。



 やがて面会が終わり、アケファロスは処刑場へと連れていかれた。 それまでに何度も弁明したが、この国では戦争中の裏切りは一発処刑になるほどの大罪なので言うだけ無駄だったのだ。



 断頭台に連れて来られたアケファロスは地面に膝を突き、地面に置かれた半円状の板に首を乗せる。


 その側で覆面した人物が大きな斧を両手で持っていた。


 アケファロスの正面、断頭台の下からその処刑を見学している王が気負う事なく、手を振り下ろした。


 それから数瞬遅れて執行人が巨大な斧をアケファロスの首へと振り下ろした。



 アケファロスの首が飛ぶ。


 だが、意識はまだ残っている。 絶命するまでのその間アケファロスは、あの湖畔で見た湖のように静かな心で思う。


(ごめんなさい師匠。師匠の時間を奪って教えてもらった剣技が無駄になりました。 ごめんなさいジェシカ。もっと早く素直になってあなたと本音で話し合いたかった。 ……もし叶うのなら、今からまだ見つけられていない剣の極みを、師匠の剣を記憶したまま見つけて私のものにしたい。 そして師匠のように誰かに教えたい。 もし叶うのなら、今の自我を……自分を保ったまま大切な人に対して素直に接したい。 理不尽を退け続ける最強になりたかった)


 一瞬だがそれでも長い時間の間、瞼が視界を塞ぐのを実感しながらアケファロスは意識を手放した。





 次に目覚めたのはそれから間も無くのことだった。 執行人も周りを警護する騎士も、全てが王の話を聞いていた。


 何がなんだか分からないが、アケファロスは本能に従ってこっそり処刑場から逃げ出した。


 頭もついてるし、意識も、自我も、剣技も全て変わらずアケファロスに備わっていた。




 それから何事もなく国を出たアケファロスは、何度も意識を手放しながら研鑽していった。自分を研ぎ澄ましていった。声が出せないのが難点だったが、そこは魔力でカバーした。


 そんな風に最強への道を順調に進んでいると、唐突に薄暗い部屋の中にいた。そこは何をしても出られなかった。


 やがてアケファロスは悟った。

 ここはダンジョンだと。














 アケファロスはと言うような事を要点だけ摘まんで秋達に話した。


「……と言うわけです」

「なるほど。 中々面白かったぞ。お前の人生」


 うんうん、と、頷きながら秋がそう言う。


「……アキは何を言っているの。面白くない。悲しい話だった」

「セレネよ。 アキはこのような変人なのじゃ。普通の感性など持ち合わせておらんのじゃ」


 まともな事を言うセレネに諭すように言うアルベド。

 ちなみにニグレドは涙を拭うので精一杯だ。


「酷いなお前」

「童は事実を言っただけじゃ。 アキは鬼畜な変人じゃとな」

「全部間違いだろ」



 そんなやり取りを苦笑いで見届けたアケファロスは、唯一自分の話で泣いているらしいニグレドへと近寄った。


 が、すぐにその苦笑いは引き攣る事になった。


「目にゴミが入ったのだ……」

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