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第222話 孤児院の関係者

 王都の孤児院


 両手に荷物を抱えたソフィアは優しい微笑みを浮かべながら子供達に囲まれている。


「ケイレブさん。 さっきの方は?」

「何方かは分かりませんが、親切な方で、子供達の相手をしていただいていたんですよ」

「そうなんですね。 突然消えてしまいましたので幻覚だったのかと思いましたよ」

「あれは【転移】と言うスキルか魔法でしょうね。 今では使い手が少なくなってしまいましたが便利な能力ですよ」

「へぇ……そんなものが」


 ケイレブと呼ばれた男性職員と言葉を交わすソフィア。

 だが、肝心の意識はケイレブにはあまり向いていなかった。

 ソフィアが考えているのはさっきの人物の事だ。


(黒髪黒目の男性……性格は分からないけど……でも適当な感じの人ではなさそうだし、あの人畜無害そうな雰囲気はどうしても希望にも絶望にもならなそう……多分あの人ではないのだろうな……)


 印象の薄さ、チラリと一目見ただけではこの程度しか考えられなかった。


(それに、私を守ってくださる方がこの王国にいると決まったわけではありませんし、まだ私は悪路を進みきっていないですから……)


 そうは考えるが、一般的に見れば今のソフィアはかなりの悪路を進んでいると言える。

 魔物の蔓延る森で行き倒れ、自分が世話になっていた孤児院……街が魔物に奪われ、そこからの逃亡中に自分のせいで親しくしてくれていた人が怪我をした。


 こんな中々に酷い有り様でもソフィアはこれを苦難とは……悪路とは捉えなかった。それでも厳しい道を歩んでいるとは思うが、ソフィアはこれ以上の悪路を想定しているので、このぐらいでは折れるつもりは……へこたれるつもりはなかった。


「……あ、そうだ。 エマさんの具合はどうですか……?」

「うーん……男の僕は部屋に入れないですから何とも……」

「あ……それもそうですね」


 あはは、と少し笑い合ってからソフィアは歩き出した。

 自分の油断で怪我をさせてしまったエマの様子を見に行く為に。





 ソフィアはある一室の扉を数度ノックする。

 それから間も無く返ってきた「はーい」と言う声に従い扉を開けた。


 まず目についたのはベッドの側におかれた桶と、そこに入れられ水に浸されたタオルだ。

 それから少し視線を移して、ベッドに横たわるエマへと歩み寄る。


「あ、ソフィアちゃん」

「エマさんをこんな目にあわせた私が言うのも違うと思いますけど、調子はどうですか?」

「……ふふ。 ソフィアちゃんが買ってきてくれる薬のおかげで大分よくなったわ!」


 ソフィアが袋から取り出したのは怪我に効く薬だ。

 ちなみに、この薬はソフィア自腹だ。 ソフィアに買い出しを頼んだ院長が金を出すと言っていたが、ソフィアがこの薬だけはどうしても自腹で買うと言って聞かないのでこうなっている。


「すみません。 私のせいで……」

「もういいってば。 あれは私がしたくてしたんだから。 ……ソフィアちゃんが謝る事じゃないよ」

「でも……」

「あ! じゃあこうしましょう。 あれは私が転けただけ。 丁度そこに絶体絶命のソフィアちゃんがいて、結果的にソフィアちゃんを助けた事になったの。 これが真実よ?」


 ソフィアが気負わないように滅茶苦茶な事を宣うエマはそう言うと、ニコッと笑って見せた。


 そんなエマの様子を見たソフィアはなんだかバカらしくなり、ふふっ、と笑ってそれで納得する事にした。

 いつまで気に病んで謝っていてもどうしようもないと思い、気持ちを切り替える事にしたのだ。


(今の私ができる事はこうして傷薬を買ってエマさんの様子を見に来る事だけ。なら私はエマさんの迷惑にならないように、いつも通り子供達の面倒を見ていましょう)










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~










 ラモンは焦っていた。戸惑い、混乱していた。発狂したくなるのを堪えていた。


 ある日、突然耳に届いた故郷──フィドルマイアの壊滅の噂。


 所詮、噂は噂だと切って捨てたかったが、ラモンの勘がそれを許さなかった。 目を瞑れば朧気に見えてくる壊滅の様子。人々が魔物に蹂躙され、阿鼻叫喚の殺戮劇。


 そんな妄想が勝手に浮かび上がる程には心配だった。


 孤児院は? 自分の育て親は? 自分の家族を奪った強盗は? 生きている? 死んでいる? そもそもフィドルマイアにまだいたのか? もしかしたら生きているかも知れない家族がまだフィドルマイアにいたら?


 子供の興味の対象のように飛び付いては早々に目移りしてしまう疑問に答えるものは居ないし、無い。


 そんな自分を押し潰す程の重さの不安を、精一杯持ち上げながらラモンはアケファロスによる剣術の指南を受けていた。

 休みのない無休の訓練は、無窮にも……永遠にも思え、やがて気付いた頃には辺りが茜色に染まり、自分は地面に倒れ伏していた。


 具体的にどんな訓練だったかなんて覚えていない……と言うか思い出せないが、それでも体に蓄積された疲労と経験が嫌でも技量の向上を実感させていた。


(…これで俺はちっとは強くなれたんじゃねぇか……? なんせあのアキとある程度は対等に戦えていた奴から学んだんだ。 これであの強盗共に勝てないなら……もうやめだ。 潔く諦めて死んでしまおう。 ……頑張っても何も成し遂げられないクソッタレな世界で無駄に生きたくないしな)


 普段の様子からは考えられないほど暗い思考をしたラモン。


(…まぁ……その前に強盗がフィドルマイアいるのかどうかが大事だ。 明日は休みだし、急いで行って帰って来ればいいか)


 秋によって自宅まで運ばれたラモンは玄関先で横たわりながらそう考え、意識を手放した。





 翌朝、玄関先の冷たい石畳の上で目覚めたラモンは固まった体を鳴らしながら立ち上がり、眠りに落ちる前に考えていた事を実行するために歩き出した。 ……治安の悪い世界の夜、追い剥ぎのようなものに襲われず夜を明かしたのは運がよかったと言えるだろう。



 王都を出たラモンは、フィドルマイアへと続く街道を歩く。

 道中に現れる魔物が多いのは気のせいではないだろう。 フィドルマイアを離れた魔物が次の、不快の原因である王都を狙いに来ているのだ。


 それらを片手間に始末しながらラモンは街道を歩く。 遠くを進んでいる魔物は放置だ。


 今のラモンは半ば世捨て人……のようなもので、強盗も家族も死んでいたらもう死んでしまうと言う覚悟をしている。 強盗に勝てないなど持っての他だ。

 だから、もう誰がどうなろうと関係がないのだ。 取り敢えず目先の脅威を排除しているだけなので、わざわざ遠くにいる魔物まで倒そうとは思わなかった。


 そんなラモンはやがてフィドルマイアを視界に入れた。


 フィドルマイア上空では翼を持つ魔物が飛び回り、火の手は大分収まっているが建物は黒く炭のようになっており、触れれば掌に黒い残骸を残してボロボロと崩れてしまいそうだ。


 そんなフィドルマイアを遠くから見つめるラモンは特に何も感じずに歩みを更に進めた。



 やがてフィドルマイアへと到達したラモンは、倒壊した巨大な門を乗り越えて街だった場所へと足を踏み入れた。


 街中は地獄のような有り様で、そのままの綺麗な状態で残っている死体や、腕や足、頭などを喰われた後であろう死体、酷いものは上半身や下半身がなかったり、内臓をぶち撒けられた死体などがあった。他にも倒れた建物に潰されて中身を炸裂させているものもあったが、気分が悪くなったラモンはもうそれらに視線を向けなかった。


 フィドルマイアに巣食う魔物を倒しながらラモンが向かうのは以前から当たりをつけていた建物だ。

 ラモンがこの街に住んでいた時に、知り合いから家族を奪った犯人らしき人物がそこに入っていくのを見たと言う情報を聞いていたのだ。

 だが、確定的な証拠もなしに乗り込むのも、弱いのに乗り込むのも憚られるので今まで一度も訪れた事がなかった。


 だが、たった今。

 それに立ち向かえる程の力を得たラモンは眼前の少し視線ボロボロになった建物へと入った。


 ……中は無風だったためか、軽く砂埃が舞っている。

 崩れ落ちた天井が、地面へと……壁へと姿を変えている。その天井だったものに潰された人物がいるのか、ところどころ瓦礫から血飛沫の後が窺えた。


(…潰された奴があいつらじゃねぇといいな)


 特に同情するでもなくそう思うラモンは、廃墟の探索を進めた。



 そうして探索をしていたが気になるものなどはなく、残るは生き埋めになる危険がある地下だけだ。

 もうラモンはこの頃にはこの建物がハズレだと思い始めていた。だがまだ地下が……怪しい地下が残っているのでまだ諦めない。



 地下は牢獄のようになっていた。 これだけでろくでもない組織の建物だと判明したが、まだラモンの家族を奪った強盗の組織だと確定したわけではない。

 ラモンは慎重に探索を進める。 生き埋めになってしまうかも知れないし、こんな怪しいのだから手がかりを掴めるかも知れないから。



 ……だがそんな儚い可能性は儚く消えていった。 何もなかった。


 それに焦ったラモンは何度も何度もちを往復し、徘徊する。終いには牢獄の中までもを探すが、手がかりも何もなかった。


 暫くして諦めがついたラモンが地下を出ようと階段に向かうと、何か違和感があった。

 その違和感の正体を、淡い希望をいだきながら必死に探る。


 上階から垂れる血……ではない。 視界の端で動く鼠……でもない。 地下を舞う埃のせい……ではなさそう。


 …………階段の手摺が歪んでいる……?


 それに気付いたラモンは、その手摺を手当たり次第に触りまくる。叩いたり、押したり、引っ張ったり……すると手摺はさらに歪み、やがてその奥に隠された秘密の部屋へと続く道を開いた。


 ラモンは縋るようにそこへと駆け込んだ。


 すると、そこにはラモンの期待に答えるように一人の男が、大勢の手足が拘束された人間の前に立っていた。


「さて、今からお前ら奴隷を地上に運びだす。 だけどくれぐれも暴れるなよ。 間違えて傷を付けてしまったら処分しないといけなくなるからな」


 そう言っている男を後ろから組伏せたラモンは、男の髪を掴んで顔を持ち上げて、自身も男の顔を覗き込んだ。


(…違う。 こんな間抜け面じゃねぇ。 あいつはもっと狡猾で調子に乗ったような面だった)


 ラモンは落胆しながら男へと話しかけた。



 ラモンが男を脅して聞き出したのは、ここを拠点としていた組織は王都に移転した事。 そして男にラモンの標的の特徴を伝えた結果、男の口から出た名前は『ツィール』『カメノス』『ペルディタ』の三人だ。 そしてラモンの家族の特徴を伝えると、「そんな見た目の奴は一昨日王都に連れて行かれた」と男は言った。


 ラモンは用済みになった男をあっさり殺して、ここにいる商品となる予定だった人間、亜人達を連れてこの建物を出た。


 再び向かうは王都。 ラモンのうっかりミスにより、どこにこの組織の拠点があるのか聞きそびれたが、それでもラモンはフィドルマイアに来る前と比べて幾分かマシな明るい表情をしていた。

 帰り際に孤児院を覗いたが誰もいなかったのも影響しているだろう。


(…最高だ。 何も終わっていなかった。 強盗も、家族も、あの人らも……全員生きているかも知れねぇ)


 そう考えると、ラモンの頬が自然と緩んでしまうのは仕方のない事だと言えた。


 その後、王都へと帰ったラモンは、助け出した人間と亜人達を巨大な門の側にいた兵士に預けて自宅へと帰り、柔らかいベッドに飛び込んだ。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 王都


 秋がある程度一掃した筈のコレクター達は、徐々に徐々に……フィドルマイアの壊滅を期に、どんどん勢力を伸ばしていた。

 理由は言うまでもないだろうが、フィドルマイアのコレクター達が王都に流れ込んだからだ。その中にはラモンの家族を奪った者の所属する組織も含まれていた。

 幾つもの似通った組織が連なりその足を増やして、腕を……掌を……指を伸ばして利益を追い求めている。


 そんな王都のコレクター達は、女子供をメインに誘拐している。

 臭くドロドロに腐敗して、醜く肥えた貴族達の欲を満たすための道具として……商品として十分に売れるからだ。


 ……仮にもコレクターを語っているのに、大事なそのコレクションを売ってしまうのはどうかと思うが、コレクターと言うのは聞こえをよくしただけで、実際はただの人身売買組織に過ぎないのだ。


 王都と言う、人が多い場所は絶好の人攫いスポットだった。そんなコレクターを騙る人身売買組織がまず最初に狙うのは、そう言ったターゲットが多く存在する──







 ──孤児院だった

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