第217話 アケファロス
……しまった。
間違えてやってしまった。
殺さずに和解して服従させるつもりがつい熱くなってしまい、腕を斬り飛ばして、終いには胴体に風穴を空けるまでやってしまった。
どうしよう……
俺が頭を掻きながら後悔して困っていると、視界の端で死体と化した筈の死体が動いた。
「あ?」
無頭の騎士アケファロスはゆっくりと起き上がり、無言で俺を見つめる。しかしその目に敵意はなく、寧ろ友好的でさえあった。
どうなっているのか分からないが、これは僥倖だな。
これはチャンスだ。 アケファロスを手元におく絶好のチャンスだ。
「服従しろ」
簡単にそれだけ告げる。
するとどうだろうか。
アケファロスは無言ながらも噛み締めるようにゆっくりと頭を縦に振った。
「よし。 ……で、なんでそんな様で生きてるんだ?」
俺が指を指すのはアケファロスの胴体にポッカリ空いた風穴と、腕が無くなった右肩だ。
すると、アケファロスは自分の全身を囲うようグルグル指を指す。
「……鑑定しろって事か?」
アケファロスが頷く。
………
……………
あぁ、これか【不滅の騎士】このスキルか。
「なるほどな……再生はできないのか?」
アケファロスは頷かない。
何かを待っているようにも見えるので、それを待とう。
それから十秒ぐらいすると、飛んで行った筈のアケファロスの腕が何かに吸い寄せられるようにして動き出した。その先にはアケファロスの右肩がある。
なるほど。 時間経過で元に戻ると。 見れば胴体の風穴もすっかり肉で埋まっている。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れるが、後ろからちょんちょんと肩を叩かれた。
「く、クドウ……ど、どうなったんだ?」
「あー……クラエルと同じパターンだな」
「……あぁ……そう言う事か……」
マーガレットがまたか……と言ったようにそう言うが、特に文句はなさそうだった。
まぁ当然だろう。
自分達では勝てないだろうからと後ろに下がるのを認めたのだから、その後の敵の処遇に口出しする資格なんてこいつらにはないからな。
「じゃあ、よろしくな。アケファロス」
アケファロスは相変わらず喋らないが、頷く事はするし、何を伝えたいのかも分かるので今のところ問題はない。
……あ、いや、問題はまだあった。
…………こいつ……性別どっちだ?
俺はクロカの時も間違えたしアデルの時も間違えた。そしてマーガレットの時は気付かなかったし、クラエルも未だにどっちなのか分からない。
この世界は中性的な見た目をした人間とかがとても多すぎる。 そしてそれはアケファロスにも当てはまる。
見た目は若干腐敗しているので、中性的な見た目にそれがあわさって更に見極めるのが難しくなっている。
……ちなみに腐敗臭はしなくて無臭だ。そして中性的だと判別できる程度の腐敗の進行度合いだ。
……で、服装で判別しようにもボロボロだし、胸で判断しようにも、アデルのようにぺったんこなだけの可能性もあるのでこれでも判断はできない。髪型……と言うより髪の長さも微妙なラインで、名前からもどっちか分からないのが痛い。
なので……
「お前は性別どっちだ?」
……分からないので聞く事にした。
間違えるよりは失礼ではないだろうからな。
すると、アケファロスはマーガレットを指差した。
「……女って事か?」
アケファロスは頷く。
そうか……また女か。
………………よく見れば胴体のど真ん中辺りに空いた服の隙間から、アケファロスの胸を潰しているさらしが覗いている。 胸はアデルではなくマーガレットだったか……
後ろから、俺の考えを察したのか突き刺すような視線を感じる。
そう言えばクロカにシロカに……クラエルは無いものとして、俺の手元には女しかいないな。
……そろそろ男同士の話を気兼ねなくできるような間柄の男の所有物が欲しい。 ……悲しい事に、今までそう言う存在がいた事がないからな……一度は体験してみたい。
まぁ……ラモンやクルトがいるが、そう言うのではないんだよな。
友達や仲間であっても話せない事はあるので、やはり手元に置けて自由に扱える所有物に、男が欲しい。 ……それだったら気兼ねなく話し合えるだろう。
……と言う訳で俺は男の所有物が欲しい。
アケファロスはもう所有物にしてしまったから、今更うだうだ言っても仕方ないんだけどな。……本音を……わがままを言うと、アケファロスは男であって欲しかったな……
まぁいいか。
……あとはアケファロスのこの見た目だが……これは後で何とかするか。
「さて、じゃあ進もうか」
「そうね」
広い部屋を進んだ、大所帯となった俺達はダンジョンマスターの部屋へと続く扉を開く。
……だが、その先は暗闇だった。 ダンジョンマスターの部屋も何もかもがなく、ただの暗い空間だった。 奥に通路があるっぽいが……
なんとなく見上げれば、遠くで光が差し込んでいるのが見えた。 本当に豆粒のような光だ。 あの光からここは途轍もない距離があるようだ。
「…なぁ、あの光って……あれじゃねぇか?」
「嫌な予感がしますわね」
「ここはあの巨大な縦穴の底なのかな……?」
「だとしたらまだ終わりじゃないんですよね?」
「そうなりますね……どうしますか? 今日はここで帰りますか?」
そう言うのは上からラモン、エリーゼ、アデル、ラウラ、クルトだ。
「ふむ。 そうだな。 ……じゃあ、まだ時間はあるから少し戻ってレベル上げをしよう」
それからはマーガレットの提案により、アケファロスがいた部屋の手前辺りで魔物を狩ってレベル上げをした。
攻略の片手間にやるのではなく、レベル上げをメインに行ったので、これで全員のレベルは結構上がったのではないだろうか。
地上に出る前にアケファロスの全身を覆える程のローブを着せて、ギルドに戻った。 そんな不審者を連れている大所帯は嫌でも注目を受けた。
絡んでくる者はいなかったが、それでもその注目の視線は鬱陶しかった。
屋敷に帰り、オリヴィアの呆れた視線と、優しく器が大きい寛大な許可を得て、アケファロスは無事に屋敷に住まう事を許された。
役割はセレネと同じだ。 もう与えられる役割がないけど、幾らでもいいって言ってしまったしな……と考えて取り敢えずそうしたような感じでオリヴィアがそう決めたのだ。
さて、アケファロスが普通の生活を送るに当たってこのほんの少し腐敗した見た目はよくない。
なのでどうにかして見た目を人間のようにする必要がある。
まぁ……仮面や、肌が一切露出しない服装で誤魔化せばいいのだろうが、そんな小細工は何かの拍子にバレてしまう事があるので、やはり元を断つと言う意味で腐敗自体を治す必要がある。
「よろしくなのだ、アケファロス」
「童もよろしくなのじゃ」
そう言うクロカとシロカに頷いて答えるアケファロス。
「そうだ、アケファロス。 お前はなんでスキルを使う時にスキル名を口にするんだ?」
気になったので俺がそう言うと、アケファロスは口元に鶏の真似をするように手を当てて、パッパと声を発するような仕草をした後に、両手で地面から自分の腰辺りまでを示す。
その後に、口元に人差し指を当ててから両手で地面から自分の膝辺りまでを示した。
「……えーっと……スキル名を口に出した方が……スキルが強力になって発動できるって事か……?」
アケファロスは今のジェスチャーが伝わったのが嬉しいらしく、いつもより激しくうんうんと頷いている。
……だが、以前は口に出しても強くなるなんて事なかったんだがな……しかし死線を越えた奴の言葉だからな……簡単に嘘だ気のせいだと切って捨てられない。
…………もしかして……
「最近それに気付いたのか?」
アケファロスは頷く。
………………もしかすると……これも更新された理の影響かも知れない。
ただ単にアケファロスの錯覚、勘違いの可能性もあるが、さっきも言った通り歴戦の戦士がそんな事を見誤る可能性は低いだろうから、これは更新された理の影響を受けていると考えられる。
……うーん……しかし困ったな……俺は自分のスキルを殆ど把握しきれていないので、スキル名を口にしてスキルを強化できない。
記憶を探って思い出せばいいのだろうが、忘れてしまったものは手掛かりなしに思い出せない。
……いくら[脳味噌の大樹]を喰った事により、記憶力が強化されているとは言え、記憶力が強化される以前に記憶したが忘れてしまったものは対象外だ。 そして厄介な事に[脳味噌の大樹]は遺跡世界の本当の本当に後半辺りに出てきたので、俺は遺跡世界の前半辺りで得た大半のスキルを忘れてしまい、記憶し損なっている。
…………あぁぁぁ……この理の更新の影響を受けた、スキル名を口に出すとスキルが強化される現象──『言霊』としよう。……で、どれくらいスキルが強化されるのかは分からないが、それでも十分にこの恩恵を受けられないのは痛いかも知れないな。
はぁ…………それよりアケファロスの見た目だ。 腐敗を治す方法は今のところ分からないが、聖魔法を鍛えれば可能になるかも知れない。…………いや、アンデッドに聖魔法を使うと攻撃魔法と同じような感じになるんだっけ。
……まぁ、取り敢えずは仮面と肌の露出が完全にない服を着せるしかないだろうな。
……だが、そんな服は持っていないのでまた俺が作るしかないだろう。
どうしようか……うーん……アケファロスは騎士らしいので、普通に鎧を着せればいいのだろうが、当然の事ながら裁縫で鎧は作れないのでそもそも無理だ。
なら全身ピチピチのタイツか? いや……それは却って目立ち、多くの目に晒される事になる。そうなればバレる可能性が高くなるから無しだな。
……なら少しオシャレで機動性もいいコンプレッションウェア、レギンス、と言ったものはどうだろうか。だが、それだとピチピチで体のラインが強調されて目立つので上から服を着せよう。
…………作るのは面倒臭そうだけど、これが一番いい気がするな。
顔面以外の頭部はフードでなんとかして……やはり顔面は仮面しかなさそうだな。手首から先は手袋で、足首から先は……靴で隠れるだろうから大丈夫か。
一番は腐敗を治す事だが、一先ずはこれにしよう。
……よし、できた。
俺が徹夜で作った黒いコンプレッションウェアに、レギンス。 上に重ねる服は持っていたのにも関わらず、新しく作ってしまった。眠くて頭が回らなかったんだから仕方ない。
「ほら、これなら街を歩けるぞ」
そう言って俺は、俺の作業を眠らずボーッとに眺めていたアケファロスに作ったものを差し出す。
生地が薄い半袖のフード付きパーカー、生地が薄い七分丈ぐらいのズボンに、長袖の加圧シャツと、足首まで届く加圧レギンスだ。 足首から先は靴を履いていても見える可能性があるので靴の履き口を足首の方へ少し長くしている。
クロカとシロカの欠陥があった短パンのようにならないように気を付けたので、多分欠陥はないと思う。
……それを見たアケファロスは、自分に指を指して首を傾げる。 アケファロスの一人称は分からないが、「私に?」と言っているようだった。
頷いて更に突き出すと、アケファロスはそれを受け取ってすぐに着替え始めた。
堂々と俺の目の前で。
幾ら魔物……いや、アンデッドとなる前は人間だっただろうから魔人か。
……だからと言っても生前は普通の人間だったのだろうし、アケファロスの尊厳……と言うか名誉? に関わる問題なので一応後ろを向いておく。 睡魔に襲われていると言うのにこの反応速度は褒められるものだろ思う。
……それにしてもこれは警戒心が薄すぎる。……あぁ、もしかしてこんな腐敗した見た目に欲情しないだろうと思っているからとかか。
そこで俺の肩がちょんちょんとつつかれる。
「着替え終わったのか? …………振り向くぞ?」
そう言えばアケファロスは喋らないんだったと思い直してそう言い直す。
引き留めるように肩を叩いたりもされなかったので恐る恐る振り返ると、そこにはスポーツウェアに身を包んだアケファロスがいた。
ちなみにさらしは変わらず巻いているようで、こう見れば本当に男か女か区別がつかない。
「……うん、よし。 これならアンデッドだって気付かれなさそうだな。 フード……頭の後ろにある袋みたいなのを被ってみてくれるか?」
当然だが、仮面は裁縫の効果の対象外だったので鎧と同様に作れなかった。
なのでフードをちょっと改造して、顔を覆える布の仮面のようにしてみた。
アケファロスの白と黒が多分均等に入り乱れているであろう髪と、鏡ように輝く若干水色がかった銀色の瞳が布仮面がついたフードで隠された。
仮面のフードの仮面部分には可愛らしい猫の柄が描かれてあり、そしてもっと猫っぽく見えるように丁度いい位置に猫耳もあしらってある。
……今になって、やっとふざけすぎたなと思っている。まぁ深夜テンションだったので仕方ない。
だからと言っても面倒臭いので修復する気も起きないし、これは腐敗を治すまでの凌ぎなのでこんな事に拘る必要はないだろう。
「にゃーんにゃーん」
ふざけてそう言うが、猫の意匠も猫耳もアケファロスからは見えないのでアケファロスは首を傾げている。
俺の作業を眺めていたなら分かるだろうが、本当にボーッと半分意識のないような状態で眺めていたのだろうな。
「なんでもない。 ……さて、寝るか……」