第215話 凶夢? 吉夢?
秋、クロカ、シロカ、クラエル、セレネがコレクターの拠点を襲撃していた日の夜……ラウラは夢を見ていた。
だが、その夢は夢と呼ぶには些か現実的過ぎて、そして夢の域を越えた神聖な夢だった。
「こ、ここは……」
ラウラがいるのは、辺り一面が光を反射する鏡のように眩く光っているような、そんな不思議な場所だった。 だと言うのに眩さに目を瞬かせたり閉じたりする事はなかった。
「私は確か自分のベッドで寝ていた筈……」
自分がなぜこんな場所にいるのかを知るために最後の記憶を確認する。
「初めまして。 私を心から頼る人間──ラウラ」
「……え……? だ、誰……ですか……?」
周囲を見回すが、女性のような声を発する生命体は見受けられない。
そこでラウラは足の裏以外の自分の体に、なんの感触もしないことに気が付き、慌てて体を隠すようにしてしゃがみこんだ。
「ふぇぇ!? は、裸!?」
「ここは神聖な領域ですからね。 地上で製造された少しでも穢れのあるものがここに存在する事は赦されないのです。 それが例え微生物と同程度の規模であってもです」
「は、はぁ……?」
取り敢えずこの声の主が潔癖症と言える程に綺麗好きなのが分かったラウラは顔を真っ赤にしながら曖昧な返事をする。
「話が逸れましたね。 では改めて……私を心から頼る人間、ラウラ。 ……あなたに加護を授けた、私──運命の女神ベールがあなたに使命を与えます」
「……加護……? ……運命の…………女神…………?」
は? と言うような表情でラウラが呆然と呟くが、女神ベールは答えることなく使命の内容を伝えた。
「その使命とは、近い内に誕生する魔王を、勇者、賢者と共に討伐する事です」
「ま……! 魔王ですか……!?」
全く予想していなかった言葉に驚きを露にする。
伝説上の存在だと思われていた、魔王、勇者、賢者。 ラウラにとってそんな伝説に触れられる事が何よりの驚きだった。
「はい。 魔王です。 あなた達が住まう世界──『ヴァナヘイム』には魔王となり得る存在が少なくとも二柱、確認されています」
「え……に、二柱も……ですか……?」
「えぇ。二柱もです。 通常はこんな事あり得ないのですが、愚かな人間の国家が──と、これは話してはいけないのでした。 忘れてください」
「わ、分かりました」
ここに来てから戸惑いしかなかったラウラが初めて苦笑いを浮かべた瞬間だった。
「……魔王が二柱も誕生する余地があるのは異常です。 ……勇者、賢者……あなたは……そうですね……神の使徒──神徒としましょう。 ……それらが存在しても二柱もの魔王討伐は難しい事だとは思いますが、あなた達がいなければ人間にも、亜人にも、果てには私達─神すらも死滅してしまうでしょう」
「え……?」
神すらも死に絶えると聞き、顔を青褪めさせるラウラは、いつの間にか運命の女神ベールの言葉を信じてしまっていた。
疑いを自然と消して、無くしてしまうほどの存在は流石神と言ったところだろう。
「神様ですら死に追いやる魔王を私なんかが倒せるわけないじゃないですか……!」
「ですが、あなた達が戦わなければその道には、破滅の未来が……死滅の未来しかないのです」
「なら神様が直接戦えばいいじゃ──!」
「私は違いますが、他の強大な力を持つ神が人間界に存在する魔王に攻撃を仕掛ければ、まず間違いなくその世界は滅んでしまいます。 それは私達も望んでいませんし、あなた達も嫌でしょう?」
「……それは……そうですけど……」
「ですからあなた達に、私達、神の力の一端を授け、私達の変わりにあなた達に魔王を討伐していただきたいのです」
そう言うベールに黙り込んでしまうラウラ。
その顔には、迷いと怯え、戦うか逃げるかが浮かんでいた。
「……今さらで申し訳ないのですが……一応言っておきます。 あなたには既に私の加護を授けているのでこれを拒否する事はできません」
「…………え…………?」
全ての顔色が消え、真っ白としか言い様のない顔するラウラ。
決心を固める事もできず、強制的に引き込まれる波乱の道に、ラウラは白くなるしかなかった。
思考を放棄し、絶望し、これから自分が歩む未来へ走馬灯のように思いを馳せる。
秋達と歩む筈だった楽しい日々へと……これからどんな職業に就いて何をするのか……どんな人と恋愛し結婚できたりするのか、また相手は通常の人種か亜人種なのか。
諦めの果てにある眼前に危機のない安穏とした走馬灯が、死んだも同然の未来の情景へ馳せる憧憬の走馬灯が、どこからかラウラの脳を駆け巡る。
「やりたく……ない……です……」
「一度授けてしまった加護は撤回できないのです……申し訳ありません……残酷な使命を押し付けてしまいました。 ……こんな事で帳消しになるとは思っていませんが、魔王討伐の成功、失敗を問わずあなたの願いをひとつひとつ叶えさせていただきます」
「そんな事はいいですから……辞めさせてください……」
無理だと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。
「申し訳ありません……」
「……ぅ……ぅぅ…………」
…………
………………
翌朝、そんなラウラの目覚めは最悪なものだった。
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今頃魔物の胃袋であろうコレクターから聞いた分の拠点は取り敢えず潰したが、確実にまだ拠点は残っているだろう。ああいう悪の組織的なやつは大抵が根を深く張っているものだし。……知らないけど。
まぁいいか。
あの場にいたコレクターは一人残らず殺したし、取り敢えずは俺達の事がバレる事はないだろう。
この襲撃に怯えて王都内からいなくなってくれればいいけどな。 ……あぁ、いや、いなくなったら暇潰しができなくなるからダメだ。
……そう考えれば俺達の事を伝えられるように一人ぐらいは残しておけばよかったか……とも思うが、フレイアやオリヴィアに危害が及ぶと申し訳ないので結局これでよかったんだろうなと思う。
「アキ、今日はありがとう」
「ん?」
「私の為にオリヴィアさんに掛け合ってくれたり、守ってくれたり、コレクター達の拠点を攻撃してくれてありがとう」
「別にいい。 俺が暇だったからした事だ」
「ん。それでもありがとう」
「…………」
暇潰しをしていただけでお礼を言われるなんてなんか申し訳ないな。結果的にセレネのためにはなっているのだが。
「さて、じゃあクロカとシロカの短パンを直さないとな」
「別に直さなくていいのだぞ?」
「そうじゃぞ。童は気にしておらんし」
「お前達がそうでも俺が気に入らないんだ。 お前達が俺のものである以上、他人にそんな無様な姿は見せたくないからな」
そう言っていて思うが、俺は独占欲だかなんだかが強いのかも知れない。
……でもまぁ、自分のものに触れられたくないと思うのは誰もがそうだと思うので別に気にする事じゃないだろう。
「ほら早くだせ」
そう言うが、頑なに脱がないので伸ばした指で拘束して無理矢理剥ぎ取る。 二人が喚いているが、俺が催促しても自分で脱がなかったのだから仕方ないだろう。それにこいつらは龍種だし、無理矢理衣服を剥ぎ取っても別に羞恥に悶えたりしないだろう。
はぁ……服を修復するなんて面倒臭いな。
でもまぁ、流石に上から布だけでも被せておいた方がいいだろう。それに、今回はマジックテープのようなものを外すだけなので大した労力も時間もとられないだろうな。
そんな感じですぐに短パンの修復は終わった。 いつも通りのメイド服に着替えていたクロカとシロカに短パンを渡す。
「……修復はしたが、一応風には気を付けておけよ」
「うむ。分かったのだ」
「おう。 ……それで、なぜさっきは自分で脱がなかったんだ?」
「……はぁ……アキは本当に阿呆じゃのぅ。 ……ついこの間、童達にも人並みには羞恥心があると言っただろう。 なら男の子の前で服を脱ぐのには抵抗があると考えてもいいものじゃが……」
あぁ……そう言えばそうだったな。 ん……? じゃあそれを無理矢理剥ぎ取ったって相当鬼畜な事をしていたんじゃ……?
ま、まぁいいか。
言葉に詰まった俺はゲートでクロカとシロカを部屋の外に転移させた。
扉の向こうからは呆れたような雰囲気が漂ってきているが、それは次第に遠ざかっていった。
『アキー遊ぼー』
「いいけど何をして遊ぶんだ?」
『んー……分かんなーい!』
そう言ってクラエルは俺にスリスリと引っ付いてくる。 こいつは見た目がこれでも中身は幼い子供なので、言動全般が幼い。
なので、そんなただの子供相手にやめろと言って突き放す事なんてできないので、子供をあやすように撫でておく。
クラエルは嬉しそうにニコニコしている。
懐かしいな。 昔の冬音もこんな感じでよく俺に懐いていたな。 今では多少仲良くなったとは言え、少なからず距離もあるし、年齢差もあるしで、もうできないだろう。 残念だ。
「気まずい……」
セレネがそう言う。
確かに目の前でこんな事をされたらそう感じるだろうな。
「……じゃあお前も来るか?」
「ん」
冗談のつもりが本当に来てしまった。 あれだ……あの時のアルロもこんな気分だったのだろうな。
翌日
午前中は部屋でゴロゴロして、昼食はフレイアとセレネと一緒にシキに行って済ませて、それから噴水広場に集合してそして昨日到達した場所までゲートで転移する。
今日は少しだけ、セレネも攻略に加わる。昨日、コレクターを殺してレベルが上がって結構強くなったからだ。
だが、ボスとは戦わせず、道中に出てくる魔物と戦わせるだけだ。
コレクター達にいつ襲われるか分からないのだから、自衛できるぐらいには強くなった方がいいので、こうして参加させる。
そうしてセレネが大体の魔物を倒しながら進む。
セレネの可視できるステータス自体はフレイア達にはまだ及ばないが、それでも人間より優れている身体能力を持つ、吸血鬼人と言う種族としての不可視のステータス……名付けるなら『種族ステータス』か。 があるらしいので、結構動けている。
ふむ……どうにかして『種族特性』や『種族ステータス』などの不可視の部分を見る事はできないだろうか。
今度、神として存在していた事があるシュウか邪神に聞いてみよう。
そんな事を考えながら、集合体恐怖症の人が見れば卒倒しそうな程に分岐した通路を見る。 ……いや、これは集合体恐怖症でなくても卒倒しそうだ。
しかもこの通路はどんどん倍になっていくので、通路前の広間もどんどん広くなっていくし、正解を探すのも結構面倒臭くなっていく。
……なんにしろ、ここのダンジョンマスターはここを攻略させる気がないのは分かった。
ちなみにここの通路の攻略は俺達が一番進んでいる。 他の冒険者達も、【遠視】などを使って正解を導き出しているようだが、それでもここを進める程に強くはないので他の冒険者達による攻略は滞っている。
と言うかもうこのダンジョンを完全に攻略できるのは俺達だけだと言えるだろう。
一本道の通路──クラエルがいた通路はいけるかも知れないが、もうそこにダンジョンマスターはいないので踏破自体が不可能だし、巨大な縦穴も【飛行】や【浮遊】のスキルがないと進めないが、俺がフレイア達を抱えて飛べば進めるし、ボスラッシュと化した通路はまぁ実力的に進める生物はいないし、ここは頑張ればいけるかも知れないが、さっき言った通り【遠視】持ちがいるパーティは強くないので攻略は難しいだろう。
こう考えると、マジで最初にクラエルの通路を選んでよかったと思う。
「それにしてもセレネは強いな」
「ううん。 これは私が恵まれた種族だから。 普通の人間なのにここまでこれているマーガレット達の方が凄い」
そう会話するのはセレネとマーガレットだ。
無愛想と言うか、口数が少ない方のセレネともう既にここまで打ち解けているのは素直に凄いと思う。 これが、できる女、マーガレットだ。
しかも他のみんなも、それに釣られてだんだんセレネと打ち解けてきている。
もうこうなってしまっては、コレクター達の件が解決しても一緒に活動するようになるかも知れない。 もしそうなれば正式にパーティ加える事になるな。……その前に冒険者登録か。
そんな未来の構想を立てていると、目の前に大きな扉が立ちはだかった。
この部屋の中にいる魔物はかなり強いのだろう。漂ってくる雰囲気が最後にフレイア達が倒した魔物の倍は強いと思う。
だが、それまでに結構な間隔が空いていてその間にフレイア達もレベルアップしているので、勝敗や力の差は分からない。
さて、どうなるか。