第213話 セレネを連れて
ダンジョンの通路を防ぐ為に俺はダンジョン内に転移する。
転移したのは最後にフレイア達と攻略した場所─スィヴルアの部屋と14番目の部屋の間にある休憩スペースだ。
俺は次の扉を魔攻を思い切り活かして氷付けにする。
壁を作るなら魔防なのでは? と一瞬思うが、物防と魔防は個人に備わっている、物理、魔法に関する防御力なので壁を作るのには関係ない。 なお、物防と魔防の数値が幾ら高くても攻撃を完全には無効化できない。
そんな事を考えている間に、冷気が漂い始め、寒気がするほど扉はガチガチに凍り付いた。
魔攻を存分に活かしたとしても攻撃を加え続ければ壊れてしまうだろうから定期的に氷付けにしに来た方がよさそうだ。
「……終わった……?」
「おう」
「……なら帰る。 ……ここは寒い」
俺の側で今までの流れを見ていたセレネが腕を抱えて僅かに震えながらそう言う。 心なしか、顔面も蒼白のように見える。
ゲートでセレネと一緒に王都の路地裏に転移した俺は、何事もなかったかのように通りに出て、いつもの噴水広場へと向かう。
「あぁ、そうだ。さっきの事は誰にも言うなよ」
「分かった」
どうでもよさそうに頷くセレネからは言葉通り誰にも言わないんだろうなと感じられる。
それにしても鬼人と吸血鬼の混血か。種族としてはどちらなのだろうか。
……と言うか混血の場合は何をもって種族が判別されるんだろうか。 ……血筋か? どちらの血が濃いかで種族が判別されるのだろうか。
まぁステータスを見れば分かるか。
そう思い、俺はセレネに【鑑定】を使った。
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名前:セレネ
種族:吸血鬼人
Lv20
MP :622
物攻 :630
物防 :625
魔攻 :628
魔防 :624
敏捷 :627
固有能力
【月の姫】【】【鬼人覚醒】【】
常時発動能力
片手剣術Lv1 短剣術Lv2 拳闘術Lv3 蹴脚術Lv3 魔法Lv4 魔力操作Lv3 水耐性Lv1 苦痛耐性Lv3 精神苦痛耐性Lv4
任意発動能力
超再生 吸血 霧化 配下作成 怪力 鬼人化
魔法
火魔法Lv2
水魔法Lv1
土魔法Lv3
風魔法Lv2
氷魔法Lv2
雷魔法Lv2
光魔法Lv1
闇魔法Lv7
無魔法Lv3
聖魔法Lv1
時空間魔法Lv2
称号
無し
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なるほど。吸血鬼人か。
吸血鬼か鬼人のどちらでもなくどちらでもあると。
セレネのスキルに【超再生】があるのに傷だらけで店の裏に倒れていたと言う事はMPが尽きていたのだろうな。
……セレネの種族にどこか親近感を覚えるが、別に俺は魔物と人間の混血ではないし、セレネと違って片方が人種ではないので、これはただの勘違いだろう。
まぁとにかく、セレネが希少で面白い存在なのは分かった。
…………と言うか、希少な存在を手元に置いておく俺って、コレクター達と同類なんじゃないか……?
…………いや、でも、コレクター達と違って穏便に行っているし俺のはセーフだろう。 ……クロカとシロカのアレはあっちが喧嘩売ってきたから別だし、クラエルも本来ならダンジョンマスターなのだから殺していたところを、あいつが死にたくないらしいからこうしているんだし、問題ない。
よし、俺は白だ。
そう結論付けた俺はセレネに話しかけた。
「セレネ。 俺にもコレクター達のように、希少で面白いものを手元に置いておきたいと言う節がある。 それでも安全を求めて俺と一緒にいるのか?」
……例え俺の中でそう結論付けたとしても、コレクターから逃げる身のセレネにはちゃんと聞いておかないといけない事だろうからな。 一応だ。
「うん。 アキにコレクターの気があっても、アキはコレクター達と違って希少なものを不当に扱ったりしない筈。だからこれからも一緒にいる」
そう言って貰えるのは嬉しいが、俺の事を過信するにしても今日出会ったばかりの俺に対してそれは行き過ぎと言うものだろう。
「そうか。 ……でも、なぜ俺が不当な扱いしないと言い切れる?」
「アキは優しい。そんなのは接すれば分かる」
「は?」
「…………」
……納得がいかないな。
自己中を目指している俺からしてみれば、他人を気遣うような自己中とは真反対である、『優しい奴』と同じにされるとそれが褒め言葉でも素直に喜べない。
……やはり大食いであるセレネにオムライスをあげたのが不味かったか。
そんな風に些細な後悔をしている内に噴水広場に到着した。 そこでは既にフレイア達全員が揃っていた。
「お、来たか」
「すまない。待たせたか?」
「……いや……その、ま、待ってないぞ……?」
「どうした?」
「いや、気にしないでくれ……!」
マーガレットの様子がおかしいが、まぁ、そんな日もあるだろう。
「あら……アキ、その子は?」
「こいつはシキの裏で倒れていたんだ」
「……? シキって何よ?」
……あぁ、そうだった。
フレイアを無視して速攻で寝てしまって、『移ろい喫茶ミキ』が『移ろい喫茶シキ』に改名した事を言ってなかったな。
「昨日、移ろい喫茶ミキが、移ろい喫茶シキに店名を変えたんだよ」
「えぇぇぇえええええええぇぇえええええ!? ほ、ほほ、本当に……!?」
フレイアの大声にマーガレット達もびっくりしているし、他の知らない人達まで何事か? とこちらに視線をやっている。
「あぁ。 昨日変わったんだよ。 丁度お前が体調悪かった時だな」
「そ、そんな……あああ……歴史的瞬間に立ち会えなかったなんて……」
「大袈裟過ぎるだろ」
「はぁ!? 大袈裟じゃないわよ! 寧ろ控えめ──」
「……それで色々あって危ない立場にあるこいつを俺が護衛? する事になったんだ」
まだフレイアが何か言っているが、話が進まないし特定の何かに対する熱狂的な……信者とも呼べるような奴の話は長いからな。無視だ。
「なるほどな。 その……えっと……」
「……私はセレネ」
「セレネもダンジョンに連れていくのか?」
「あぁ。 そのつもりだ」
屋敷に預けて襲撃の不安に駆られるのは煩わしいからな。あと、ダンジョンの中だとしても俺の側に置いておいた方が安心できるし、安全だろう。
「ちょっとアキ! 聞いてるの!?」
そこで一人でペラペラ語っていたフレイアが、俺がマーガレットと話しているのに気付き、顔を近付けてくる。
「……聞いてる聞いてる。 だから落ち着け、な?」
「な……な……!」
そう言って頭を撫でる。
……あ、しまった。 ついクロカとシロカを黙らせる時のようにしてしまった……
「なな、何すんのよっ……!?」
そう言うフレイアに、咄嗟に考えた言い訳……と言うか免罪符を披露した。
「あ、いや、この前こうした時、「別にいいけど」って言って嫌がらなかっただろ? だからいいのかと……」
「そ、そうだけど……! で、でも人前で……こんな……」
顔を赤くしてモジモジしているが、まぁいいか。 結果としてフレイアは大人しくなったし。
「さて、じゃあダンジョン行くか」
「ちょっとぉ!?」
ゲートで全員を14番目の部屋の前に連れてきた。
ここはさっきと変わらず冷気が満ちていて寒い。
「寒いですわ……」
「これはどういう事なんでしょうか……?」
「……私の種が使い物にならなくなりそうです……」
そう言うのは、氷付けの扉を眺めるエリーゼとクルトとラウラだ。
「…ダメだ。 欠片すら削れねぇ……」
「これ以上したらボクの剣が壊れちゃうよ……」
氷付けの扉を剣で斬り付けたりして壊そうとしていたラモンとアデル。
「……アキなら壊せるんじゃないの?」
まだ微妙に不機嫌なフレイアがそう言うが、無理だと答えておく。
できない事はないが、これをやったのは俺なのでわざわざ壊す意味がないしな。
「ふむ……こうなってしまってはどうしようもないな……仕方がない。今日は他の通路を進もう」
「…あの滅茶苦茶に分岐している通路か」
「あそこは地形を覚えるのが大変そうだよね……」
結構あっさりここを諦めたフレイア達を連れて分岐が多い通路へとやってきた。
「この分岐を見るだけでやる気がなくなりますわね」
「私はこう言う通路は苦手です……」
「じゃあ右から順番に攻略して生きましょうか」
クルトの提案を受け入れた俺達は、八つに分岐している通路の一番右を進む。
それから暫くはダンジョンの浅いところなので、立ちはだかる弱い魔物を倒しながらサクサク進んでいると、宝箱を発見した。
「…おぉ、久し振りに見たな。宝箱。 …おっと俺はもう開けねぇぜ?」
転送の宝玉を持たされる事になって懲りたのかラモンがそう言うが、しっかり投石してミミックかどうかを確かめていた。 ……宝箱に反応はないので本物の宝箱のようだ。
それからじゃんけんで誰が開けるかを決めた結果、最後まで負け続けたクルトが開ける事になった。
「じゃ、じゃあ開けますよ……!」
全員が緊張したように頷く。
「……えいっ!」
クルトが意を決したように開いた宝箱には、巻物のような物が数個入っていた。
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【召喚の巻物】
この巻物に記された生物を召喚する事ができる
(ポイズンフロッグ)
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【召喚の巻物】
この巻物に記された生物を召喚する事ができる
(ジャイアントフロッグ)
______________________
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【召喚の巻物】
この巻物に記された生物を召喚する事ができる
(パラライズフロッグ)
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召喚の巻物と言うらしい。 しかもそれのどれもが蛙を召喚する物だ。
「へぇー……召喚の巻物なんてのがあるんだぁ……」
「この程度の魔物を召喚する物でしたら売ってしまった方がよさそうですね」
「そうですわね」
まぁそうなるよな。 ダンジョンを奥へと進むにつれて魔物も強くなっていく。 そこでポイズンフロッグやらジャイアントフロッグやらで対抗しようとしても却って邪魔になるだけだ。 クルトの言う通り売るのが賢明だろう。
クルトがアイテムボックスに召喚の巻物をしまったのを確認してから再び進むが、一つもボス部屋などがなく、しかもこの通路は特に分岐もしていなくて、やがて行き止まりに辿り着いた。 これなら以外とすんなり攻略できるかも知れないな。
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とある病院にて、秋がマテウスとドロシーを病院に置いてきた日の翌日。
病室のベッドに横たえられた左腕と右足がないマテウスが目を覚ました。
「……ここは……」
そう言って辺りを見回すマテウス。 それはこの間のラウラと全く同じ行動だった。 意識のない人間はまず周囲の状況を把握するのだろう。
「確か……僕……あぁいや、私……俺……? ……もう分からないよ……」
度重なる疲労と、騎士としてのマテウス、普段のマテウスが重なり曖昧になり、一人称が定まっていない。
「……そうだ……ドロシーは……」
ベッドからおりたマテウスはまだ少し覚束ない足取りでヨタヨタと、右腕と左足だけで器用にヨタヨタと歩く。
それから暫くドロシーを探すために病院内を歩き回っていると、一人の看護師に遭遇した。
「あ、あなたは確か……マテウスさん……! どうして病室から出て歩き回っているんですか!」
患者のカルテを持った看護師がマテウスに駆け寄る。
「ドロシーは……ドロシーはどこに……?」
「そんな事より早く病室に戻──」
「そんな事じゃない!! 教えてくれ! ドロシーはどこにいるんだ!?」
絶叫にも似たマテウスの怒号に看護師は怯む。 だが看護師はめげずにマテウスを病室に連れていこうと何度も説得を試みる。
普段のこの看護師なら冒険者や騎士相手にこんなに往生際悪く説得などしなかっただろうが、相手は歩くのでさえ精一杯なマテウスだ。 看護師はいつもより強気に出ることができていた。
そんな風に廊下で騒いでいると、更に看護師が集まってきた。 やがて数人に囲まれたマテウスは看護師に担がれて病室に連れ戻された。
「落ち着いてくださいマテウスさん! ドロシーさんは無事です!」
ベッドの上でも暴れ続けるマテウスに一人の看護師がそう伝えると、マテウスは暴れるのをやめてその看護師へと詰め寄る。
「ほ、本当か……?」
「はい。 意識はありませんが、それ以外は無事です」
「そうか……よかった……会わせてもらえないのか?」
「ダメですね……意識のない患者を職員以外の人間に会わせるのは禁止されてますから……すみません」
「いや、いいんだ……無事だと分かっただけで」
もう大丈夫だろうと看護師が去っていった病室のベッドの上でマテウスは落ち着いて考えた。
自分がなぜ意識を失ってここにいたのか。
誰が自分とドロシーをここに連れてきたのか。
なぜあいつは自分を二度も気絶させたのか。
それらを深く考えると、正しい判断だと気付けた。 足手まといは戦いに邪魔だったから……早く病室に連れていかないといけないのに自分が喚いていたから。 そう考えると自分があいつと違っていかに周りが見えていなかったかを思い知らされた。
マテウスは悔い、鳥肌を立てた。
ドロシーを想うあまり視野が狭く……盲目になっていたと。このまま自分が弱い姿を晒し続ければドロシーを守れず……それどころかドロシーはあいつに靡いてしまうかも知れない。
マテウスは思い、決意する。
このままではドロシーを守る事はできない。
守る為には冷静になって思慮深く、そして視野を広くして生きなければいけない。そしてあいつのように……あいつを越える程に強くなって何を敵に回しても絶対にドロシーを守る。
全ては……生きた屍であった自分のことを哀れんで嘆いて優しく泣いてくれたドロシーの為に。