第212話 鬼人だか吸血鬼だか
俺のベッドに入り込んでいた三人のファッションショー的なのを終えて朝食を摂った後、暇になったので王都を彷徨く事にした。
やはり王都は異種族と人間で溢れている。 こんなに沢山いると、流石に見飽きてくる……と言うか大して興味が湧かなくなってきていた。
今、俺が興味あるのは異種族ではなく、異種族絡みの事件などだ。
例えば見目麗しいエルフや、筋骨隆々なドワーフなど……そんな個性的な異種族を自分達のいいように使おうと誘拐して奴隷にするなどだ。
そしてその逆もある。異種族が人間を誘拐したり強盗なども行っている。恐らく職に困っているからだろう。どこも人手が足りすぎているのだ。
そんな密かに物々しく、そして雑多となった王都を、ただフラフラと彷徨う。
事件があるとすれば路地裏や王都の外などだ。 なので俺はそれらの場所を重点的に捜索する。
……だが、求めれば求める程、その求めるものは遠ざかっていくもので、とうとう移ろい喫茶シキでの昼食まではそう言った事に遭遇する事はなかった。
そう、『まで』だ。
今、移ろい喫茶シキは臨時休業している。
その理由はここの居住スペースに、店の裏で傷だらけで気絶しているのを運び込まれた『こいつ』のせいだ。
額から伸びる一本の角──鬼人だ。
……だが……
肌が異常に白く、俺がそっと開けた口からは僅かに伸びた鋭い牙──吸血鬼だ。
ベッドで眠っているそんなよく分からない存在を俺は母さんが作ったオムライスを片手に眺める。ちなみに傷に関しては軽度……と言うか治りかけだったので俺が聖魔法で治しておいた。
聖魔法をかけても大丈夫だったし、吸血鬼は絶滅したと言われているから多分鬼人だと思う。
母さんはこいつが目覚めた時の為にお粥か何かを作りに、冬音はそれの手伝いだ。
父さんと春暁はここで眠っているのが少女だと言う事もあり、ここにはいない。
母さんは目覚めた時に誰かが側にいた方がいいと言っていたが、なぜ父さんと春暁と同じ男である俺がここにいるのが許されているのか。理由は分からないが母さんが何か言ったのだと思う。「アキちゃんが人の寝込みを襲うわけない!」とかそんな感じだろう。
例え俺にその気があったとしても、それは母さんのオムライスの前には無意味なのだ。
「……ぅ……ん……」
と、その時、鬼人か吸血鬼の少女がゆっくりと目を覚まし、体を起こした。
「……ん……ここは……?」
「……」
キョロキョロと辺りを見回す鬼人か吸血鬼の少女は、やがて俺を見つけた。 俺と少女の視線が交わる。血を思わせる赤い目に少しかかっている夜のような黒髪。
俺はオムライスを頬張り、咀嚼して嚥下する。
「……あなた……童貞ね」
「第一声がそれかよ」
……吸血鬼が相手を処女かどうかを見抜けるとは聞くが、まさか童貞も見抜けるとは思わなかったな。
「…………」
「…………」
「……ちなみに……私は処女」
「知らんがな」
なんだこいつ。 もしかして頭がおかしいのか? いや、こいつが気絶していた理由にこいつがこうなってしまう原因があったのだろうか?
真偽は不明だが、頭がおかしいのは確実だ。
「…………」
「…………」
「……食うか?」
「……食べる」
視線が俺の手元に固定されていたのでそう言ってみたが、どうやら当たりだったようだ。 ……あの沈黙は凄く居心地が悪かったしこれでなんとかなった。
オムライスをとられたのは痛いが、見知らぬ少女にジーっと見られながら居心地悪く食うよりはましだろう。
ベッドの上で食いかけのオムライスをバクバクと凄い勢いで頬張る鬼人か吸血鬼の少女。 とても寝起き……と言うか気絶起き? とは思えない。
そんな感じだったからか、オムライスはあっという間にこいつの胃袋へと消えていった。
ぐ~~……
「まだ腹減ってるのか? ……見た目に反して大食──」
「ち、違う。 あなたの食べ掛けだったから、少し足りなかっただけ」
「まぁどっちでもいいけど、もう少しで母さんがお粥を持ってくる筈だから我慢しろ」
「……分かった」
そうは言うが、少女は名残惜しそうに空気をのせた皿をジーっと眺めている。
なんと言うか、変な奴だ。 だが、面白いな。
午前中にした王都の放浪は完全に無駄だったが、今こうしてこんな奴に出会えているのだから気にはならない。
「……あなたの名前は何?」
「俺は……秋」
少し迷ったが本名を名乗った。
なんとなく悪い奴じゃなさそうだと思ったからだ。
「……アキ……ご飯ありがとう。 ……私は……セレネ」
「おう。 うまかったか?」
「ん。 私はあんなに美味しい食べ物を知らない」
「そうか。 よかったな、大食いのセレネ」
「むぅ……私は大食いじゃない。 寧ろ少食」
頬を膨らませてそう言うセレネからはフレイアと同じ様な雰囲気が……いじめれば面白い反応をする奴の雰囲気が漂っている。
……と、そこで母さんが冬音を引き連れてお粥を運んできた。
「あら、目が覚めたのね!」
そう言う母さんはベッドに備え付けられた収納可能な机を出してそこにお粥の入った食器を置いた。
ちなみにオムライスの食器は、俺もセレネも素手で皿を持って食べていた。
「あら? オムライスあげたの? 優しいわね~」
「欲しそうにしてたからな」
「してない」
大食いだと言うのを意地でも認めようとしないセレネは、ペシペシと俺を叩くが全く痛くない。 ……と言うか、いくらなんでも弱々しすぎないか?
こいつのいつもの調子を俺は知らないが、それにしても弱すぎる。 鬼人か吸血鬼かは分からないが、どちらかであるのは確かだ。 ……だとしたら人間を上回る怪力などを持っている筈だ。だと言うのにこの弱さ……かなり弱っている、衰弱していると見た。
「あらあら、二人はもう仲良しなのねぇ……」
「……もうイチャイチャしてる。 ……お兄ちゃんは女誑しなの?」
「仲良くないし、イチャイチャしてないし、女誑しでもない」
酷い言い様だ。 揶揄って遊んでいただけなのに。
……と、そうこうしている間にセレネのお粥はもう無くなっていた。
それから暫くして、父さんと春暁も部屋に入れてセレネからどうして店の裏に倒れていたのかを聞き出す。 この間に軽い自己紹介もした。
「……言えない。 言えばあなた達を争いに巻き込んでしまう……だからダメ」
「大丈夫だよ。 普通のハイ・ミノタウロスぐらいならここにいる全員が一人で倒せるぐらいには強いからね。 それでも心配かな?」
は……? ……マジかよ。 フレイア達ですら最近やっとあのハイ・ミノタウロスを一人で倒せるぐらいになったと言うのに。 あれか俺の【強奪】のようなサービスか。 ……いや、シュウが言うには、俺は地球にいた頃から【強奪】を持っていたんだったか?
……まぁ……この世界の生物は全て、見た目で判断してはいけないんだけどな。なぜならステータスの前ではそんなのは無意味だからな。俺がいい例だ。物攻が高い癖に筋肉はそれほどない。
だが、筋トレをしてもステータスには表示されないが筋力が上がるのも事実だ。 ……ややこしい。
「……アキになら話してもいい」
「俺?」
「うん」
……と言う事らしいので、父さん達は再び退室した。
「話を聞かせてくれ」
「うん。 まず、私は吸血鬼と鬼人の混血。そんなだから周りの人に気持ち悪がられて故郷の鬼人の村でいじめられていた。そして大きくなったから村を出て、村から近くて異種族が大勢暮らしているこの王都に来た。 でも、すぐに私の事を知り、私を貴重な存在だと認識した蒐集家達に狙われ始めた」
「あぁ……最近話題の異種族を誘拐して奴隷にしたりする犯罪者達か」
異種族が集まっているのを知っているので来たって事は最近の出来事なのか。
丁度よかった。いい暇潰しになるかと思って探していたんだ。 思わぬところで接点ができたな。
「そしてそのコレクター達に私の情報を流したのが、私をいじめていた故郷の鬼人。 そのせいで家がバレて、襲撃されて家が燃えて、逃げて、追われて、……そしてこのお店の裏で力尽きた。 ……今回は運よく逃げられたけど、コレクター達は欲しいものを手に入れる為には手段を選ばない。絶対にまた来る。だから巻き込みたくなかったけど、アキなら大丈夫だと思って話した」
「なぜ俺なんだ?」
「アキは強い。 異常。 だからコレクター達なんか目じゃない」
「なぜ俺が強いと思った? 【鑑定】を使ったのか?」
「分からない。 だけど全く他の人達と感じが違う。 正直、最初アキを見た時は怖かった。 だから変な事言って気を反らそうとした。 ごめんなさい」
「いや、別にいいが……そうか雰囲気か……」
雰囲気……多分、魔力の質とやらだろう。
大体の事情は把握したので、父さん達を室内に入れる。
「話しちゃだめなんだよな?」
「うん。 ダメ」
「……らしいからこれだけ言っておくけど、当分は店の近辺や身の回りには気を付けておいてくれ」
できるだけ早めに処理するつもりだが、話題になるまで悪名が広まっているような相手だ。 蠅のように小賢しく飛び回っているのだろう。 それを中途半端に攻撃して目を付けられたり警戒されると周りの人間を攻撃しだすかも知れないからこうして警告をした。
「アキが警告するって相当危ない事なんじゃない?」
「アキちゃん……無理しないでね……?」
父さんと母さんはそう心配するが、冬音と春暁は違った。
「でも、お兄ちゃんなら大丈夫でしょう?」
「にいちゃんは強いもんね! どんな敵が相手でもヒーローみたいにやっつけちゃうもん!」
春暁のそれは過大評価が過ぎるな。 それに俺はヒーローじゃない。どちらかと言うと悪者寄りだと俺は思っているが、春暁にとってはそうではないようだ。
「それで……セレネちゃんはこれからどうするの?」
「…………私は……ずっとアキと一緒にいる」
「ど、どうしてかしら……?」
「アキは強いから一緒にいれば安全」
「な、なるほどねぇ……どうするのアキちゃん?」
「俺は別に構わないが、まぁオリヴィア次第だな」
……と言ってもそろそろ不味いだろう。 クロカ、シロカ、クラエル、と、既に三人も住ませる事を許可してくれている。
クラエルの時もそうだったが、もうメイドは不要だし門番や見回りもそう多くはいらないだろう。 本人に働く意思が、オリヴィアに雇う気があっても、役が足りてるならそれらは叶わないのだ。
「オリヴィアって誰?」
「俺が住んでる屋敷の人だ」
「アキはここに住んでないの?」
「色々あってな」
家族の事情などが関わってくるので、それほど親しくないセレネには教えられない。
「……?」
「まぁ兎に角、俺はもう帰るよ。 夕方になったらもう一度来るからセレネはそれまで大人しく身体を休めていろ」
「それならもう大丈夫。 私は鬼人と吸血鬼の混血。 回復力には自信がある」
そう言って肩をグルグル回して平気だとアピールするセレネ。
「そうだ。 お前の事について色々聞かせてくれないか?」
「……どんな事を聞くの?」
「日光は大丈夫なのか、魔法耐性はあるのか、とかそう言う事だ。 ……言いたくないなら別にいいが」
「そんな事なら幾らでも聞いて」
一瞬警戒する素振りを見せたが、俺が体質の事を例にあげるとすんなり許可してくれた。
それから分かった事だが、日光、ニンニク、銀、ミスリルなどの聖なるもの、などの吸血鬼の弱点は大体克服している。 鬼人の弱点である魔法耐性──魔防の低さなどもだ。
だと言うのに、吸血鬼の特徴である、吸血、霧化、蝙蝠への変身及び支配、性交経験の有無が分かる、吸血鬼専用スキルを使える……など、デメリットを克服した上で見事にメリットだけを我が物としている。
鬼人の方もそうだ。 戦闘関連における鬼人関連の特徴や便利なスキルなどを持っている。
こんな優秀な生物……コレクターとやらにとっては、さぞ綺麗な宝物のように映っただろうな。
「なんだそれ。 そんな優秀なのにいじm………………凄いな。完全に親の遺伝子のいいところだけを持っていっているじゃないか」
「うん。 とても便利」
危なかった。 危うく言いかけた。 やはり俺はこう言う細かなミスをおかしてしまう傾向があるようだ。
そんなこんなでとっくに歩けるまで回復していたセレネを連れて店を出た。
そろそろマーガレット達とダンジョン攻略をする時間が近付いてきているので早く行こう。
……あぁ、そう言えばどうやって通路を変更するように仕向けようか。
普通に「この通路はクソ長いから一旦置いておこう」と言ってもいいが、あいつらがいない中、一人で攻略していたとは知られない方がいいだろうからなしだ。
ならどうするか。
……入れないようにしてしまおう。俺の魔攻を存分に活かした氷の壁で塞いでしまうのだ。
これでも単独攻略でレベルやステータスは滅茶苦茶上がっているんだ。そう簡単には壊せまい。
だが、それでも【強奪】のレベルは一切上がっていない。 どんだけだよ。
 




