第207話 捜索
ゲヴァルティア帝国
死体の山が築き上げられた謁見の間から出たアルタは、特に目的もなく城内を彷徨く。
やがてすぐにすれ違った執事や侍女は謁見の間から出て来た血塗れのアルタを見ると顔を青褪めさせてその場に座り込んでしまっていた。
(そう言えばこの世界の常識や、この国の立場や状況などが何も分からない。 これはこの城の偉い人……は殆ど殺してしまっただろうからそこらにいる人に聞いてみよう)
アルタは引き返して地面に座り込んでいる執事と侍女に近付いく。 顔を引き攣らせて怯える二人に、目線を合わせる為にしゃがんだアルタは口を開いた。
「今から幾つか君達に聞くけどいいかな?」
無言で頷く二人に笑みを向けるアルタは二人の首に手を掛けてから幾つかの質問をした。
…………
手を赤く染めたアルタは、動物が餌を自分の巣に運ぶが如く新しい二人の死体を謁見の間へと放り込み、僅かに死体の山を大きくした。
(……何となくで殺しちゃったけどあの二人もあの国王に仕えてた使用人なんだし、上司の責任は部下にも及ぶんだから仕方がないよね。 連帯責任的な奴だね)
ある程度この世界の、国の情報を得たアルタはまだ残っている事が判明した国王の部下を殺す為に城内を徘徊する。
アルタが捜すのは、諜報部隊の隊長と、暗殺部隊の隊長だ。 特に恨みなどはないが、国王の部下だからと言う理由で殺すのだ。
……と、そこでアルタは不思議な人間に出会った。
忍者のように天井に張り付き、白いローブのフードを目深に被った男だ。
そいつの目元は窺えないが、ジッとアルタを見つめていたのだろうから、二人の視線が交差したと言えるだろう。
「君が諜報だか暗殺だかの部隊の隊長かな?」
「俺はテイネブリスの使者だ」
「テイネブリス……? あぁさっき聞いた宗教団体ね。 なるほど。 で? ここには何をしに来たのかな?」
アルタはさっきの執事と侍女から聞いた話の中にそんなのがいたことを思い出して納得する。 そしてこその宗教団体がこの城へ何をしに来たのかを問う。
「その前に聞いておくが、貴公はこの国の人間なのだよな?」
「まぁそうだね」
「ふむ。 それでは皇帝に取り次いでは貰えぬか? テイネブリスの使者が来たと」
「残念だけどそれは無理だね。 皇帝は今出掛けてるから」
「皇帝はどちらへ行かれたのだ?」
「天国か地獄だね。 ……今頃は自分の部下達と一緒に三途の川でも仲良く泳いでるんじゃないかな?」
「……ふむ。つまり貴公のその血は皇帝と騎士のものなのだな?」
「そうだね」
案外驚かない、と言うか表情をピクリとも動かさないテイネブリスの使者に逆に驚かせられたアルタは、笑いながら言う。
「ならば、この国の強者であった前皇帝を制した貴方様を新しい皇帝として話させて貰う」
「え?」
想像もしなかった予想外の展開に驚くアルタだが、この使者はそれを許さず、次々と話を進めていく。
「どうか我々に力を、知恵をくださいませぬか? こう言ってはなんですが、我らが聖下は策謀に疎いのであります。 ですので、どうか力を……知恵を」
「そうは言われてもねぇ……」
考えるアルタが出した結論は了承だった。 と言うのも、さっきの二人から聞いた情報に、これに丁度いいものがあったからだ。
逃亡中の異世界人達。 その中には大層な呼ばれ方をしている、ある者がいた。 きっとこの人間は邪神を崇拝するテイネブリス教団にとっても目障りだろうし、アルタの丁度いい暇潰しにもなるかと思い、アルタは自分の考えた事を話す。
「君は【聖者】と呼ばれる異世界人を知っているかな?」
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その後、移ろい喫茶シキから移動して、ダンジョンを870番目の部屋まで攻略した。
昨日より進んだ部屋の数が減っているのは、そこにいる魔物が一撃で死ななくなったのもあるが、時間が昨日より無かったと言う理由がある。
さて、もうそろそろ本格的にここをフレイア達と攻略する訳にはいかなくなった訳だが……なら次はどこを攻略するべきか。
更に幾つも分岐している通路を通るか、それとも太陽光が地の底に届かない程深い縦穴を攻略するべきか。
個人的には縦穴の方がいいが、それだとフレイア達が付いてこられなくなってしまう。 かと言って分岐が多い通路を進むと、俺のやる気がなくなってしまう。
最後にどこに辿り着いたか、どの通路がどのような構造だったか、などの無駄な事を記憶しないといけないと言う行為が俺は大嫌いだからだ。
はぁ……なんならもうダンジョン攻略は終わりでもいいんだがな……だが、そうすると近場にフレイア達と同等の魔物がいなくなるのでレベル上げもできないし、不満も募る。
本当にこのダンジョンは厄介な存在だ。
……もういっその事ぶっ壊してしまうか?
そんな物騒な考えが浮かぶが、結構名案だしで割りとできそうな気がする。
だって俺も一応、遺跡世界と言うダンジョンのような場所で魔物として新しくなったのだから、ダンジョン産の魔物と言えるだろう。
俺は試しにダンジョンの壁をぶん殴ってみる。
だが、ダンジョンの壁はびくともしない。 ……やはり無理があったか。
……はぁ……どうしようか……
途方に暮れながら地上に転移する。
そこは、ティアネーの家があった場所だ。
人目に付かなくて丁度いい目印がここしかなかったのだ。 目印と言えば黒龍の寝床もあるが、あそこはここより深い場所にあるのでそうすると王都までの道のりが遠くなってしまう。 だからやはりここに転移してから王都に向かった方がいいだろう。
そんな感じで王都を目指してティアネーの森を歩いていると、前方から見覚えのある人が歩いて来た。
マテウスだ。
俺がマテウスに気付いたタイミングで丁度マテウスも俺に気付いたようだ。
焦った様子のマテウスはこっちへ走ってくると、いきなり俺の肩を掴んで詰め寄る。
「ドロシーを……ドロシーを見かけなかったか!?」
「ドロシー……? いや、見てないな」
「……うぐっ! そうか……一体どこに……!」
「何があったんだ?」
聞いた限りドロシーがどこかへ行ってしまったのだろうが、間違っている可能性もあるため一応確認をとっておく。
「さっきまでドロシーと魔物討伐をしていたんだが、僕が魔物と戦っている間にどこかへ行ってしまったんだ。 …………頼む! 日没まででいいからドロシーを捜すのを手伝ってくれないか!?」
「……分かった。 丁度暇だったし手伝おう」
「本当か!? 助かる! じゃあ僕はあっちを捜すからアキはあっちを!」
そう言ってマテウスはティアネーの森の深部へと走っていった。
それを見送った俺は指をさされた方である浅い場所を探す事にした。
あいつも一応は気遣いができるのだろうな。 俺はてっきり深部の方を探せなどと言われるのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
俺はその事に少し驚きながら【探知】を使って人間の反応を──ドロシーの反応を探し始めた。
暫くティアネーの森の浅い場所を捜索していたが【探知】には人間の反応は出るものの、それのどれもがドロシーではなかった。
恐らくもっと深いところにいるのだろう。
辺りはもう暗くなりつつあった。 マテウスが指定した日没が近付いて来ている。
だが、こんなモヤモヤしたまま帰るのも不愉快なので意地でも見付けるまで捜索したいところだ。
流石に夕飯ができ上がる頃には帰るつもりだ。
だからなんとしてでも早急に見付けなければいけない。
と言う事で俺は【認識阻害】と【探知】を発動させて背中に翼を生やして空からの捜索を始める。
最初からこうしていればよかったのだろうが、それではすぐに見付かってしまい暇になってしまう可能性があったので控えていたのだ。
それから数十分後…………
行方不明者の捜索は一刻を争うと言うのは知っていたが、それでも俺はこの事態を甘く見ていたのだろう。
一向ににドロシーが見付からない。
何度もティアネーの森の全域を周回しているが、反応するのは未だに活動している冒険者と、ティアネーの森を駆け回っているマテウスと魔物だけだ。
……うーん……ドロシーはもうティアネーの森から出てしまったのだろうか。
……よし、やり方を変えてみようか。
俺は地上に降りて、[追跡狼]のスキルにより強化された嗅覚で、ドロシーの匂い追う事にした。 と言っても俺はドロシー匂いを知らないので、一度マテウスに尋ねてみよう。
俺はマテウスの側に転移する。
「おい、マテウス。 お前はドロシーの私物かなにか、匂いが分かる物を持っていないか?」
「な!? まだ捜していてくれたのかい!? ……で……? ドロシーの私物……? そんな物をどうするの?」
変態を見るような視線を向けてくるマテウス。 酷いな。 それが協力して貰っている人への態度か? ……いや、やろうとしてる事は変態そのものなんだがな。
「俺のスキルでドロシーの匂いを辿ってドロシーを捜したいんだ」
「そんなスキルが……!? ……よし……分かった……これだ。 ドロシーのハンカチだ。 ドロシーがいなくなる前に怪我をした僕に貸してくれたものだ」
マテウスから手渡される白いハンカチを手にとって匂いを嗅ぐ。 血の匂いがキツいが、それでも微かに他の……マテウスとは違う匂いがした。
俺はその匂いを記憶してその匂いを追った。
「僕も行くよ……! これが最後の手懸かりかも知れないからね……!」
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一本の蝋燭が照らす薄暗い建物の中、ドロシーはそこに居た。
しかしその場にはドロシー以外にも数人の人影が見える。 白いローブを着ている。宗教的な雰囲気を醸し出す意匠が施された白いローブだ。
目が覚めたドロシーは直前の出来事を思いだそうと記憶を探る。
ドロシーの脳内では、ドロシーとマテウスがティアネーの森で魔物討伐をしていた場面が掘り起こされていた。
再び魔物の大群が王都へやってきた時に少しでも魔物の量が減っていると有利に動くことができると思ったマテウスの提案で、ドロシーはマテウスの魔物討伐に付き合っていた。
そしてその最中に自分の背後に気配を感じて振り向いたら──
とそこでドロシーの記憶は今に繋がった。
「お目覚めですか? 聖者様」
「……!? 貴方は誰ですか……?」
「自分は新しく王都ソルスミードに派遣された、テイネブリス教団の大司教──インサニエルです」
「……その大司教様が私に何か用でございますか?」
目の前にいる、常に微笑んでいる男が大司教と言うかなり高位の身分であった事に少々驚きながらも、ドロシーは動揺を悟られないようにそう言った。
「いえ、ね。 ただ……我々にとって【聖者】などと言って人々に慕われている存在が目障りなのでね、始末しておこうかと」
「な、なぜ……? 逆に私のような【聖者】などと言って担ぎ上げられる存在は挙って囲うのがあなた方なのではないですか?」
「普通はそうなのでしょうけど、生憎我々は邪神崇拝している身ですので、邪神様に仇なす聖なるものは全て排除するのが我々の方針なのですよ」
そう言うインサニエルの手にはペンチや、ノコギリと言った物騒な物が握られており、それが目に入ったドロシーはそれで何をするのかを察し顔を青褪める。
「い、一応聞いておきますが、その手に持っているし物は何に使うので……?」
「これですか? これは貴女への拷問に使うのですよ」
「……なぜそんな事を? 私が目障りなのならそのような事をせずに早く殺せばよいでしょう?」
「確かにそうなんですけどね、邪神様は人々の苦痛や絶望を欲しておられるのですよ。 特に天敵である忌々しい聖なる者の、ね。 ……ですから貴女には死ぬついでに邪神様の糧になって貰います」
淡々と何でもない事のように、当たり前のように告げられる無慈悲な言葉に、顔面蒼白のドロシーはそこで漸くここから逃げ出そうと手足を動かし始めるが、鉄の鎖で椅子にギッチリときつく縛られていて踠く度にジャラジャラと音を立てるだけで全く外れる気配がない。
そんな必死な様子のドロシーを見て、大司教インサニエル以外のテイネブリス教徒が笑いだした。 きっとドロシーがさぞ滑稽な生物のように映っているのだろう。
「あなた達、これから徐々に死に行く人間を笑ってはいけませんよ。 我々の都合で勝手に命を摘み取ってしまうのですから、いくら邪神様の為とは言え最大限の敬意を払い、この方にも尊さを見出だすべきなのですよ」
「も、申し訳ございません大司教様!」
「分かればいいのです。 では……今から始めますが、安心して下さい聖者様。 ここは地下ですので並大抵の悲鳴なら地上に漏れる事はないので、貴女の悲鳴で地上の人々に不安を植え付ける事もありません。 思う存分叫んでください。 邪神様の為に」
言い終えるとインサニエルは徐にドロシーの掌を錐ような形状の器具で突き刺した。
「~~~~っ!?」
声になれなかった無音で衝撃だけの悲鳴とも呼べないものを上げてドロシーはビクンと跳ねる。
そしてそのままインサニエルは穴を開ける為に錐を回転させ始めた。ドロシーの指が肘置きを掴む為に動くが、痛みにより激減した握力はしっかり肘置きを掴む事もできなかった。
「……ぁ……あぁ……あがっ……ぎぎ……ぃ……」
口を閉じる事なく涎を垂らして痛みを味わうドロシーの思考は『痛い』『助けて』と言った言葉で埋め尽くされていた。
「たす……たす、け……て…………マテ……ウ……ス……」




