第205話 改める
「私達が苦戦していたあの魔物をこうもあっさり…」
「…なんか馬鹿らしくなってくるが、そもそもアキと比べるのは間違いだからなぁ……」
魔力がある程度回復したクルトによる聖魔法を受けながらマーガレットとラモンがそう言っていた。
「転移先を覚える為にちょっと先を見てくる」
「分かったわ。 何があるか分からないから気を付けてね」
【転移】は自分が視認出来る範囲と、行った事のある場所にしか転移出来ないのでこうして扉の向こうの景色を見ておく必要があった。
なので俺は次に繋がっている扉を開いた。
そこには今まで通り、短い道と正面にある大きな扉だけだ。
なるほどまだ続くか……ふむ……これはいつか俺が一人で進んで、どれだけ続いているのか確認しておいた方がよさそうだ。
もし、遺跡世界と同じで1000──いや1000番目の部屋が白の世界だったから999部屋か。 ……それだけ部屋があればそれだけの部屋を攻略している間に、他の冒険者に他の通路が攻略されてしまうかも知れない。俺達の目標はこのダンジョンを最初に踏破する事だからそれはよくない。
ついでに俺と強奪のレベルも上げられるかも知れない。
扉の先を確認した俺は全員の傷がクルトとエリーゼに治療されるのを待っていた。
俺もやればいいと思うが、これはクルトとエリーゼの聖魔法のレベル上げにもなるので俺は何もしない。
やがて治療が終わったので転移門で全員纏めて人がいない場所に転移してからいつも通り冒険者ギルドに帰り、素材を買い取って貰ってから、ギルドを出た。
「明日と明後日は休みにしよう。 いくら暫く休日とは言え、毎日ダンジョン攻略ではきついだろ?」
「それもそうですわね」
と言うことで明日と明後日は休みになった。 勿論あのボス部屋がどれぐらい連なっているのかを確認する為であり、『移ろい喫茶ミキ』で冬音と春暁と交流をする為でもある。
そんな事を考えながらフレイアと帰路につく。
翌日
午前中は適合にダラダラして過ごして、俺は今昼食を『移ろい喫茶ミキ』で注文した商品が出てくるのを待っていた。 ちなみに今日はフレイアはいない。なんでも頻繁に通うと、希少性が薄れてしまうからだそうだ。
そうして暫く待っていると、母さんがスパゲッティを持ってきた。
「はいお待たせ秋ちゃん」
「ありがとう」
「そうだ、明日この喫茶店の名前が変わるの」
「そうなのか?」
「……あ、何に変わるかはまだ内緒ね?」
それだけ言って母さんは他の接客をしに行った。
そう言えば前に『移ろい喫茶ミキ』の名前を変えるとか言ってたな。 どんな名前に変わるのだろうか。 明日はフレイアも連れて来ようか。
……等と考えながら食べ進め、会計を済ませてから昨日視界に映したダンジョンへと転移した。
出来ればクエストを受けたかったが、クエストを受けるとその履歴が残ってしまったりするのだろうから、フレイア達にバレないようにするのなら迂闊に受けられないのだ。
兎に角、今日はもう夕方までしか残りの時間はないのだからとっととどんどん進んでいこう。
そう考えた俺は無駄を無くし、一直線に進むために目に映るボスを悉く瞬殺して進む。
そしてついでに腕を大きな口に変形させて死体を喰らう。 ……自力で変形させているのでベースの魔物はいない。
……50……70……100…………
いけるこの調子で行けば日没までに500番目までは進めるだろう。 そしてこれなら明日で999番目まで到達できるだろう。 ……いや、この調子で魔物が強くなり続けるのなら、もっと時間はかかるか。
……まぁ尤も、まだ1000か999番目まであると確定した訳ではないが、スィヴルアとか言うアルヴィスのパクりが出てきた時点でほぼ確定したも同然だろう。
それから結局は518番目まで到達したので、明日はここから始めよう。
それにしても、今こうして一人で進んでよかった。あのままフレイア達と進んでいれば、攻略にどれだけ時間がかかっていただろうか。
時間を無駄にせずに済んだ事に安堵しながら俺は赤く照らされた王都の街を歩いていた。
すると、前方から黒い魔女帽子に黒いローブの、如何にも魔女のような風貌の女がやってきた。
栗色の髪に、緑色の目だ。 どことなく子供っぽい顔立ちだが、体はとても大人びているので、童顔美女と言った感じだ。
俺はどこかで見た覚えのあるその魔女をすれ違いざまに凝視するように注意深く見つめるが、その時一瞬だが、相手と目が合った。
……まぁ、記憶の中に思い当たる人物がいなかったので俺はそのまま歩みを進めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ゲヴァルティア帝国
秋が自我と魂の崩壊を堪えて現実世界と精神世界の扱いを覚えた頃……たった今、ゲヴァルティア帝国では異世界人を召喚する為の儀式が行われていた。
長期に渡る異種族の街への侵攻で帝国の兵士の多くが損耗しており、それを補う為の戦力増強を行っているのだ。
今日既に召喚された異世界人達は、既に『隷属の首輪』と呼ばれる強制的に他者を従わせる魔道具でゲヴァルティア帝国の支配下にあり、今は城の地下にある監獄に放り込まれていた。
ちなみにこの魔道具は犯罪者などの罪人達に付けられる物であり、このような使い方は禁止されている。
そしてこの異世界人召喚には多大なMP──魔力を使用する。なので通常はそんな儀式を何度も行うのは不可能だった。
だが、ゲヴァルティア帝国は、先の侵攻で捕らえた一部の異種族の命を犠牲にして無理やり異世界人召喚を行っていた。
そしてこれが今回の最後の異世界人召喚の儀式だ。
だだっ広い謁見の間の地面に描かれた魔方陣が虹色に輝く。 とても綺麗な光景だが、ここにいる皇帝を含めた重鎮や騎士達は既に見飽きていた。
やがて光が収まり現れたのは、一人の黒髪黒目の異世界人だった。
この異世界人召喚で召喚される異世界人の、素の強さ、人数は完全にランダムであり、異世界人の数が多ければ多い程、異世界人の能力─スキルは弱く…………異世界人の数が少なければ少ない程、異世界人の能力が強い傾向にあった。
犠牲にした魔力や生物の力が分散するのとしないのでは、しない方が強くなるのは当たり前だろう。
なのでゲヴァルティア帝国からすれば最後の最後に大当たりを引いたと言う事になる。
「異世界からようこそいらっしゃった。 私はこの国─ゲヴァルティア帝国の皇帝─リニアルと言う」
皇帝、リニアルはそう言うが理解が追い付かないのか召喚された人間は微動だにしない。
異世界人はやがてそのまま首だけを動かして周囲を見回す。 そして自分が大勢の武装した騎士に囲まれているのを知り、プルプルと震えだした。
「そう怯えないで欲しい。 私は貴方に危害を加えるつもりはない。 ただ、我々ゲヴァルティア帝国の為に少しばかり貴方の力を貸して欲しいだけなのだ」
皇帝は何度も言った言葉を今回もまた言う。
そしてそこで漸く召喚された異世界人が、震わせていた肩を一際大きく震わせてから、堪えられなかった笑いを漏らしてから言葉を発した。
「くふ……ふははは、よく言うな。 僕の了承も得ずに勝手に連れて来ておいて力を貸して欲しい? そんなの拒否権が無いも同然じゃないか」
その不遜な物言いに殺気立った騎士達が一斉に異世界人の首や心臓に槍を突き付ける。
「貴方の言葉通り我々は貴方の了承を得ずに誘拐した事になる。 だが、やむを得ない事だったのだ。 と言うのも我々国は危機に瀕して──」
「誘拐ねぇ…………」
異世界人は小さく呟く。
「……なら被害者であるこの僕が加害者である犯罪者集団をどうしようと別に構わないよなァ……? 多対一だし、もし手が滑って殺してしまっても問題ないよなァ!?」
一見最初は冷静だったが次第にその言葉は途中から確かな狂気とこれから起こる自分を中心とした殺戮への期待が混ざっていた。
そんな言葉を受けた皇帝は隷属の首輪を所持している者に命令して、この異世界人を強制的に従わせる道を進んだ。
そして相変わらず異世界人の動きを封じている騎士達の間を縫うように歩いて来た宰相は、その手にしている隷属の首輪を装着させようと異世界人の首へと手を伸ばす。
すると、突然宰相の全身がバラバラに砕け散った。
「くくく、ふふははは! あは……手が滑ってしまったよォ……!?」
「貴様何をした!?」
「ふはは、うははははは! あひゃひゃひゃひゃ! ……僕は前々からお前らみたいなクズを自分の手で殺してみたいと思ってたんだよね。 ああああ、あひゃひゃひゃひゃひゃ! ……それがこぉんな絶好の機会が訪れるなんて想像もしなかったよ! ありがとうクズ共! とっととくたばれ!」
宰相をバラバラに粉砕した異世界人は、狂ったようにそう喚きながら近くに居た騎士を次々殺していく。
自分の体に騎士が構える槍が突き刺さるのも厭わずに。寧ろ自分から刺さりに行っているようにも見える。
「狂人め……」
「ふ……ぅふ、ふふふふふ……あぁぁぁぁはははははははははははははははは!! 最高だァ! 最高だねェ!? くふくふ……くひひひひひひひひひひひひ!!」
「始末しろ! 早急にそこの狂人を始末しろ!」
狂気を溢れさせる異世界人に気味の悪いものを抱いたリニアルは、騎士達にそう言って異世界人を始末させようとするが、既に異世界人の体は無数の槍に貫かれていた。
「痛い痛い、痛い! ……でもォ……死なないんだよなァ……? どうしてだろうねェ……?」
掲げられるように、槍に突き上げられた異世界人はそう言いながらリニアルへ笑みを向ける。
異世界人は体を上下に揺すって自身の体にさらに深く槍が突き刺さるように体重をかける。
そんな異世界人の常軌を逸した奇行に恐怖心を抱いた騎士達は槍を手放してしまった。
体に突き刺さった槍ごと地面に叩きつけられた異世界人は、ゆっくりと一本ずつ丁寧に噛み締めるように槍を引き抜いて立ち上がる。
「なぜ死なぬのだ…?」
「こ、ここ、皇帝陛下! あの者を【鑑定】したのですが、あの者は化け物──いえ、【怪物】でございます……!」
「怪物とな……?」
異世界人は、騎士の頭と胴体の間に空いている鎧の隙間を抉じ開ける。そして騎士の喉に手を当てた異世界人はそのまま騎士の喉を引き千切った。そこからは騎士の鮮血が噴き出し、それは異世界人の体を赤く染めた。
「はい、怪物でございます……」
そう言うローブの老人はリニアルに鑑定の結果を伝えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
名前:アルタ
種族:人間
Lv53
MP :15,063
物攻 :15,084
物防 :15,051
魔攻 :15,056
魔防 :15,048
敏捷 :15,102
固有能力
【怪物】【断罪】【】【】
常時発動能力
拳闘術Lv3 蹴脚術Lv2 苦痛耐性Lv4
任意発動能力
生物支配Lv1 狂気の高揚Lv4
魔法
闇魔法Lv8
無魔法Lv2
聖魔法Lv2
称号
無し
__________________________
「いくら騎士を殺したとは言え、この短時間でこの強さか……本当に怪物だな……」
「はい、ですから──」
ローブの老人は言葉を続ける事が出来ず、胸から腕を生やして絶命してしまっていた。
「お前で一旦終わりにしよう」
「な──」
皇帝─リニアルが最後に見たのは謁見の間に築き上げられた、光を反射する銀と、ただの赤で彩られた死体の山だった。
「物足りない……あぁ……そうかァ……僕はクズを自分で殺したかっただけではなくて、衝動の赴くままに行動したかっただけだったんだね……今は物凄く人を弄びたい気分だ。それで満たされる気がする。殺す? 甚振る? ……くふふふ……何でも良いか」
狂気の異世界人──アルタは、自分の衝動を欲望を満たす為に謁見の間を出た。
今、絶対に野に放ってはならない何よりも危険な猛獣が、笑いを堪えながら歩きだした。




