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第192話 冬音 1

 いつもと変わらない何でもない日に、私は出会う筈がなかった人と再会した。


──お兄ちゃんだ


 地球にいた頃はよく遊んで貰っていたのを今でもハッキリ覚えている。

 だけど、あれからなんの関わりもなく八年と言う長い年月が経ち私はお兄ちゃんにどう接していいかが分からなくなってしまっていた。

 結果、無愛想な感じで接してしまい、歩み寄ってくれるお兄ちゃんに気を遣わせてしまっている。

 いや、そもそも人と接するのが苦手なのでこれはお兄ちゃんに限った話ではないが、それでもいつもより無愛想な感じになってしまっていた。



 だけどお兄ちゃんは優しかった。歩み寄ってくれた。


 お母さんと無茶な事─危険な事はしないと約束しながらも不安に思っていた私と春暁を安心させようと励ましてくれて、頭も撫でて貰った。


 その昔を思い出す懐かしい感覚に一瞬惚けて喜んでしまったけど、それと同時に自分を情けなく思ってしまった。


 あれから八年も経っているのに未だにお兄ちゃんに甘えてしまっているその事実に。 未だに強くなれず甘えてしまっているその事実に。 私の理想が遠退くその事実に。


 お兄ちゃんが騎士の人や冒険者の人の集まりに混ざっていってからその事に気付いた私は、そのままの喜びを抱えながら、しかしお兄ちゃんに励まして貰ったのにも関わらず気分が沈んでいた。



 このままではいけない。


 私は人に甘えたくない。

 甘えなんてそんな怠惰に呑まれて堕落なんかしたくない。


 私は強かに生きるんだ。

 もうあの時みたいに大切なものを全て奪われないように、脅威から大切なものを守る術を得るんだ。


 その為には人に気を遣われたりしてはいけない。

 私が守るのであって、人の加護を受けたいわけじゃないから。

 その為には人に甘えたりなんかしてはいけない。

 私が強かになるのであって、強かな人に守られたいわけじゃないから。


──なら、今の失態を悔いてめそめそしている場合じゃない。


──そうだ。 私に今できるのは次に襲い来る脅威に相対する覚悟と決意を予め決めておく事だ。





 私はそう考えて頭を振り、顔を上げて、目の前の脅威である魔物の大群を見据えた。


 あの脅威はお兄ちゃんやその他の人が何とかしてくれるらしいし、今はお母さんの目もある。

 仕方ないけど、今は……今だけはそれに甘える事にするしかない。


 その事に歯噛みするけど、だけど私は何もしない訳じゃない。

 さっきも考えた通り覚悟と決意を決めるのだ。 こんな安全圏でできる事は限られているけど、それでも弱い私は魔物と言う存在自体が脅威に映るのだ。

 だから今の内に凶悪な見た目の魔物や、今から飛散するであろう血や肉片をたっぷり見て、怖い魔物やグロテスクなものへの耐性をつける事ぐらいはしておく。


 お父さんの持っている本に『恐怖を堪えるには、より強い恐怖と向き合うしかない』と書いてあったから、今、それを実践する。 効果があるのかは分からないけど、何もしないよりは確実に有意義だ。


 だから私は目を開けて魔物の大群をよく観察する。



「お姉ちゃん。 秋にいちゃん……大丈夫かな……?」


 と、そこで春暁が心配そうに私の顔を見上げてくる。 私はお兄ちゃんの強さを知らないから何とも言えないけど………だけど何となく確信している。




──お兄ちゃんなら何とかしてくれる



と。


 これは明らかに甘えに類する考えだけど、それでも私はその考えを拭えなかった。

 何故かその、思考放棄的な思考に安心してしまっているから。


「……お兄ちゃんなら大丈夫だよ」


 私はそう言って春暁の頭を撫でた。





 


 それからの人と魔物の戦いは唐突に始まり当然ように平然と行われていた。


 こう言う大きな争い事に疎い私には戦況なんて分からなかったので、有利なのか不利なのか分からないけど魔物の数が圧倒的に多いから不利なのだろう。


 しかしそんな戦況は次に起こる異常事態により大きく変わったのは、私の目にも明らかだった。


 地響きを感じると大きく重く響き渡る魔物の咆哮が聞こえた。

 そして一際大きな地響きと咆哮が響き渡ると、さっきまで人と魔物が戦っていた戦場に大きな穴が空いた。


 その穴には人も魔物も等しく落下していき、その穴からはやがて黒い霧が立ち込めた。


 鏡を見た訳ではないけど、その光景を見て…その奥に薄く覗いている凶悪な気配に私の顔は真っ青になっていたと思う。



 そんな黒い霧を払うようにお兄ちゃんが手を振るうと、黒い霧は一瞬で晴れ、そこからは異形の魔物が姿を現した。


 だけど、その魔物は何をするでもなくそこにただ単に佇むだけだった。

 いや、正確にはお兄ちゃんと見つめあっているだけだった。


 しかしそこに横槍を入れたのは、この戦争で騎士の人や冒険者の人を指揮している人だ。

 さっき自己紹介をしていたのだろうが、距離があるので聞こえて来なかった。


 とにかくその指揮の人は凶悪な魔物──キメラ……? だったと呼ばれる魔物の左の後ろ足を斬りつけた。


 不快そうに一瞬だけ目を向けたキメラは二本ある尻尾の片方で反撃しようとするが、その動きを止めて再びお兄ちゃんへと視線を移した。


 やはりお兄ちゃんが何かをしているのだろう。


 そしてそのキメラは後退りをして自分が出てきた穴へと帰っていった。


 その後は戦意喪失していた人達も、横槍を入れた指揮の人の鼓舞も相まって戦意を取り戻した人達だけで残りの魔物と戦う事になったみたいだった。


 その圧倒的劣勢の中行われる戦いに、自棄になったのかお兄ちゃんが魔物の大群の中心へと飛び込んで行った。


「秋ちゃん!?!?」


 そのお兄ちゃんの突然の凶行を見たお母さんが卒倒しそうになっていた。


 その様子を見た私は、やっぱりお母さんの前で無茶なことは出来ないなと改めて思った。 春暁も心なしか不安そうな顔をしている。

 だけどそんな中、お父さんだけは顔色一つ変えずに立っている。



 それから暫くしても戻って来ないお兄ちゃんに私も不安を覚えてしまったけど、平然としているお父さんを見たらそんな不安も吹き飛んだ。


 そして丁度そのとき、中心から剣を振り魔物を斬り裂きながらお兄ちゃんが平然と帰って来た。


 だけど何か様子が違う。


 なんと言うか、佇まいや立ち振舞いに無駄がなくなったと言うか………研ぎ澄まされた剣のように洗練されたような雰囲気が出ている。



 そこからは、お兄ちゃんの陰ながらの的確のサポートや戦いぶりなども影響したのか、誰もがスムーズに魔物を仕留められるようになり、あっという間に魔物は数を減らしてこの戦争は終わった。


「おぉーやっぱり秋は凄いねー」

「流石秋ちゃんねぇ……だけど途中でした危ない行為は注意しないといけないわね」


 呑気の腕を組んでうんうんと頷くお父さんと、若干の……いや、結構本気で怒っているお母さんは、ニコニコしながらそう言う。


 近くに居た王冠を被った男の人……ミレナリア王国の王様が腕を擦っていた。


「お姉ちゃんの言う通り大丈夫だったね!」

「うん。 ……お兄ちゃんは凄いね。春暁」

「うん! 悪い人じゃなさそう!」

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