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第188話 緊張の糸は繊細

 見た感じあの魔物群の中にザリッセンクラスの魔物はいないように見える。

 よく見たらいるのかも知れないが、少なくとも今は見えない。


 だからか、人間と魔物の実力は拮抗している。

 いや、人間の数と魔物の数は圧倒的に魔物の方が多いので、やや押されているかも知れない。


 騎士や冒険者の間から漏れてきた狼系の魔物や、猿のような魔物などを斬り殺しながら歩いて進む。


 この行動は、この程度の魔物なら急がずとも危険は無いだろうと言う判断と、一応サポートする意思はあるので取り敢えず向かうと言ったような適当な気持ちからだ。

 討ち漏らしを処分するのも立派な役目だしな。



 やがてそんな感じでのんびり歩いていたら、フレイア達のところまで到着した。


「…遅かったなアキ……ふっ! おらっ! ……あの魔物はそんなに"ぃ"っ……はぁ! ……強かったのか?」


 魔物を捌きながらラモンがそう聞いてくる。


「いや、別に強くはなかったぞ」

「…? な…ら"ぁ"……! なんでこんなに遅かったんだ?」

「歩いてたからだな」

「…えぇ………」


 困惑するラモンに迫るスライムの中にある赤い核を拾った剣で突き刺す。


「余裕そうだな」

「そうだね……さっきまであんなに緊張してたのが嘘みたいに余裕があるよ」


 すぐそばで猿の魔物を斬り捨てたアデルが、苦笑いしながらそう言う。


「まぁでも、これ程余裕があるのはラウラの植物のお陰だろうな」

「そうですわね。 ……ラウラさんの植物が魔物群の先陣を混乱させてその数を減らし、ある程度こちらのペースに引き込めたのが大きいですわ」

「初撃だけではなく今の立ち回りも十分に凄いですけどね……」

「えへへ」


 褒めるマーガレットとエリーゼとクルトに照れながら笑うラウラは、そんな様子でも植物を自在に操って魔物を翻弄している。


 蔓で吊り上げて後ろの城壁にいる魔法使いに攻撃させたり、でっかい木から降り注ぐ落葉すらも操って魔物の視界だけを的確に奪ったり、自身が持つ植物の剣と盾を手にして近くにいる魔物を殺し……と言ったようにラウラは初撃だけでなく、現在も物凄い活躍ぶりだ。


 ラウラはなぜこんな多方向に意識を向けながら平気なのだろうか。

 ……分からないが何らかのスキルを持っているか、それとも元からマルチタスクが得意な人間だったりするのだろうな。


 一方、フレイアは難なく魔物を処理していた。 なんなら押され気味な騎士や冒険者を助けながら戦っている。


「あらアキ、その剣は?」

「死体の山から拾ってきた」

「……し、死体の山から…………ま、まぁ、結構いい剣じゃないの、それ。 ……うーん……そろそろ私も新しい剣に買い換えるべきかも知れないわね……」


 アデルと同じく、さっきまでの緊張はどこに行ったのだろうか。 呑気にガタが来ている剣から新しい剣を買うかどうかを悩んでいる。



 それよりも気になる事が一つある。


 それは、ここよりさらに魔物群の中心に近い場所でポンポン魔物が打ち上げられている事だ。

 誰が何をしているのか知らないが、あそこにヤバい奴がいるのは確かだ。

 そう言えばマテウスの姿が見えない。 まさかあいつが……?



 どうでも良いがフレイアの言う通り、さっき拾ったこの剣は良い剣だった。 切れ味が凄かったのだ。 スライムに突き刺したのだからもう使い物にならなくなるか? と思ったが、それでも変わりなく魔物を斬り裂ける。


 こんないい剣を持っているのに無闇に突撃して命を落としていたと言う事は、元の所有者は金だけが取り柄の貴族あがりで経験が足りない騎士か冒険者だったのだろう。


 まぁ何せよ、死人の剣なんて縁起悪いものをいつまでも使う気はないから帰る前に置いて帰ろう。





 暫くラモン達のサポートをしながら適当に魔物を殺していると、魔物群の向こうから恐ろしい程の威圧感を放ちながらやってくる人間だか魔物だかがいた。

 まだ視界に映らず【鑑定】も出来ないので詳しい強さは分からないが、多分ザリッセンなんかよりは遥かに強いだろう。


 その気配を感じ取ったのか、魔物が萎縮してしまい、攻撃の頻度が減り、そして立ち振舞いにキレも無くなり、覇気も無くなった。

 だが、魔物群はそれでも逃げ出さず王都への襲撃を成し遂げるつもりのようだ。

 ……もしかすると、魔物達は今はあの威圧感から逃げる為に王都へ進んでいるのかも知れない。 



 そしてこの威圧感の影響を受けたのは魔物だけではなく、人間にも影響を及ぼしていた。



 周囲のざわめきに紛れてフレイアとマーガレットが呟く。


「何なの……? この寒気がする威圧感は……」

「フレイアも分かるか? ……こんな威圧感、さっきのあの魔物からもしなかったぞ……」


 魔物群と戦闘しているのにも関わらず腕を擦りながら言うフレイア。 しかしそんなフレイアに魔物からの攻撃は一切ない。

 そして顔を青褪めながら言うマーガレットが言っているのは恐らくザリッセンの事だろう。



「俺達が余裕だと調子に乗っていたからお灸を据えに来たんですかね……」

「…はは、かも知れねぇな」


 冗談めいた事を言うクルトに乗っかっるラモン。 その二人には諦めの様子はなく、寧ろ返り討ちにしてやると言う意思が見えていた。

 ラモンは予想できたが、しかしクルトもか。



「……すぅ……ふぅ……すぅ……はぁ……すぅぅ……はぁぁ……」


 さっきとは比べ物にならない緊張感に苛まれるアデルは徐々に深くなっていく深呼吸をして、心を落ち着かせようとする。

 そして徐に剣を納刀し、自分の頬を何度もパンパンと叩いて落ち着いた心を気合いや根性、勇気と言ったもので奮い立たせる。


「……ボクは逃げない……何が来ても立ち向かうんだ。魔王と言う脅威に立ち向かう為に強くならないといけないんだ!」


 そう言うアデルの決心は、幸か不幸か、混乱を極めるこの場の誰の耳にも届いた様子はなかった。



「えぇー……? 皆さん逃げないんですかぁ……?」


 そう言うラウラはさっきまでの活躍が無に還るほど情けない事を抜かしていた。

 だが、そんな様子のラウラにマーガレットが声をかける。


「心配する事はない。ラウラは強いのだからな」

「でも……」

「それに騎士達や、冒険者、それに私達もいる。 こんなに居てもまだ心配か?」


 マーガレットそう言われたラウラは辺りを見回す。

 ……いや、この混乱に呑まれた惨状を見て安心できる要素はないだろう。 寧ろ余計に不安になるだろう。


 それを悟ったラウラは早々に騎士や冒険者から視線を離し、フレイア、ラモン、エリーゼ、アデル、クルト、マーガレット、俺の順に見てから、手を口に当ててウフフと笑い、言った。


「ありがとうございますマーガレットさん。 騎士様達や冒険者の方々なんか居なくても皆さんが居るだけで安心出来ました」

「……! ……フフっ……そうか……もしこれでも足りないと言われていたら『欲張りめ!』って罵るつもりだったんだ」

「えぇー! 酷いですよぉ!」

「だが、そうか……私達だけで足りていたか。 どうやら私が欲張りだったのかも知れないな」


 マーガレットの最後の一言で二人は笑いあう。

 そんな二人の暖かく和やかな笑い声を聞いたフレイア達がわらわらと集まって来る。


「…おいおい、二人共どうしたんだよぉ?」


 やってきたラモンが微笑みながら聞くが、当のマーガレットとラウラはツボに入ってしまったのか腹を抱えて笑い転げている。


「ふっ……す、すまない、笑いが止まらなくて、フフフフっ……」

「あ、あれ……っ……うふふ……あはっ…! ど、どうしてとまらっ……にひひひ……ぃ……」


 これはツボに入ったと言うより、あの一言で発生した少しの笑いで、今まで細く張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったからか。

 そしてピンと突っ張っていた糸が突然切れた事により、その切れた糸が弾んでしまったのだろう。


 だがこれで本当に緊張の糸は切れた。 これでいつもザコを相手にしている時のように的確に素早く行動できるだろう。

 つまり、今まではこいつらが緊張が解けたと思いつつも実はどこかでまだ解けていなかったのだ。



「く、クドウ……! 代わりに、せ、説明……くくく……してやってくれ……! うふははっ……」

「……俺?」

「最初から……っ……見て……ふふっ……いただろう……っ? ……なっ? た、頼むふふふっ」

「……仕方ないな」


 笑い過ぎて涙が滲んでいるマーガレット見てそう言う。


 仕方ないので説明してやったが、マーガレットとラウラのあのやり取りは、第三者である俺から聞いても面白い話ではなかったのでみんなの反応は微妙だった。

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