第170話 家族
「……アキ……? ん……? あぇ……? ……母さん……?」
「い、一体どう言う……? カレンが母さん……? う、浮気……?」
混乱するフレイアと父さん。
しかし驚いた。
まさかトシヤ─季弥と、カレン─夏蓮、この二人が自分の親だったとは。
俺が気付かなかったのも無理はない。
だってあの頃から八年だぞ? 二人ともそうとう老けてきているしな。
……いや、でもあの頃からあんまり変わってないようにも見える。
……ってか……ここが家族で経営している喫茶店だとしたら……さっきのあの女の子は……俺の妹って事か。
……じゃあ、あの時レストランから見えたもう一人の男の子は俺の弟と言う事にもなるのか。
俺はそんな事を考えながら母さんを離した。
だが、母さんは全く離れなかったので無理やり引き剥がした。
まだ抱き着こうとするがそれは父さんが止めた。
「……取り敢えず……人目が気になるし場所を移そうか……?」
父さんが頭をかきながらそう言う。
連れて来られたのは店の奥。
「久し振り。 父さん。 母さん」
一応鑑定で二人の名前は確認したが、二人とも名字があり、その名字が『久遠』と漢字で表記されていたので俺の両親で間違いない。
ちなみに、このステータスの漢字の部分はこの世界の人間からはこの世界の文字で……と言うより自分が常用する文字で見えるらしい。
「え……? 父さん……? 母さん……?」
「……ど、どど、どう言う事なのよ……?」
困惑する父さんとフレイア。
フレイアはともかく、あんたは理解しないといけないだろ父さん。
「ちょっと……? アナタ……? まさか秋ちゃんが分からないって言うんじゃないですよねぇ……?」
「え……? 秋ちゃんって……まさかあの秋じゃないよな……?」
「その秋ちゃんですよ」
「…………ええええええええええ!? いや、確かに同じ名前だけど……っ、ええええええ!? ……ほ、本当に秋なのかぁっ!?」
「……朧気にしか覚えてないのですけど、あの制服は家の近所の高校の制服です。まぁ何より……オムライスをリスみたい頬張ってる時の顔が完全に秋ちゃんでした」
マジで今言われるまで気付かなかったのか……父さん。 しかも動揺しすぎだし。いや当然の反応か。
……と言うか人前で秋ちゃんは恥ずかしいから止めて欲しいな。 しかも……リスみたいって……俺はそんな食べ方してたのか。
「あ、アキ……ど、どう言う事なのよ……!?」
こっそりフレイアが耳打ちしてくる。
「あれが俺の両親だ。 ……なぜこの世界に居るのか分からないけど」
「りょ、両親って……お、親の事よね……!?」
「そうだ」
「…………ぅぇぇええええええ……!?」
小声で叫ぶと言う器用な事をしているフレイア。
まだ小声でボソボソ言っているが、そんな事より目の前の事だ。
「アナタはいつもいつもそう言う事に疎いですよね!」
「……ごめんなさい……」
「大体、自分の子供を見分けられないってどう言う事ですか!? しかも秋なんて言うこの世界じゃ珍しい名前を聞いて──」
目の前で繰り広げられる夫婦喧嘩。
記念日を忘れたりした父さんはいつもあのように母さんに怒られていた。
……俺はああはなるまい。
……あぁ、それより仲裁しないと。
「落ち着けよ二人とも。せっかくの再会なんだし喧嘩は止めよう」
「そうですね……ごめんね? 秋ちゃん」
「助かったよ。秋」
「……アナタぁ……?」
「じょ、冗談だよ! あはは……」
賑やかなこった。
「むむ……? そう言えば秋ちゃん。 その女の子は誰なんですか……?」
「あぁ、こいつは……」
「ふ、フレイア・アイドラークですっ! よ、よろしくお願い致します! アキのお母様、お父様!」
俺の言葉を遮って椅子を倒す勢いで立ち上がり、丁寧に大きな声で自己紹介をするフレイア。
「フレイアさんですかぁ! 私は秋の母の夏蓮です。 よろしくお願いしますね」
「知ってると思うけど僕は─」
「それよりフレイアさんは秋ちゃんとどう言う関係なんですか?」
目をキラキラさせてフレイアに詰め寄る母さん。
俺はそっとその場を離れ、自己紹介を遮られて意気消沈している父さんの側に寄る。
自然に母さんと席を交換する形になった。
「久し振り。 父さん」
「あぁ……秋……」
「……相変わらず立場が弱いんだな」
「まぁね。 秋はフレイアちゃんの尻に敷かれないようにね」
「……なんでフレイアなんだよ。 ……まぁ誰であろうと尻に敷かれるのは勘弁して貰いたいな」
父さんは昔からこうだった。 いつも母さんに無言の圧力をかけられていたり、今のようにスルーしたりされていて立場が凄く弱い。
だが父さんは温厚な性格なのでそれを受け入れているからこそ夫婦間の深い蟠りは無い。
喧嘩する程仲がいい、のいい例だ。
そんな父さんでも良いところはある。
……全く覚えていないが、昔、何かを言われて凄く胸に響いた気がするが、思い出せない。
ただ、何か言われて胸に響いたと言う事だけ覚えているのだ。
……まぁ恐らく今の俺には必要ない事なのだろう。
「いや、ごめんな秋。気付けなくて」
「別にいい。 俺も母さんに抱き着かれるまで気付かなかったしな」
「あはは、そう言ってくれるとありがたいな」
会話が途切れる。
が、不思議と気まずくは無い。
フレイアと母さんは未だに熱心に会話をしている。
ガールズトークってやつか……?
結局、二人の会話が終わったのは数時間後だった。
一体何を熱心に語り合っていたんだか。
いや、数時間もずっと同じ話題を話すわけないか。
ちなみに母さんがあの調子だったので俺が代わりに接客をした。
あとでこの分の小遣いを集ろう。 と思ったが、必死にありがとうと頭を下げる母さんを見ているとどうでも良くなった。
13時頃、今日は特別に早々に店仕舞いするようで、一旦話を中断して店仕舞いの作業を行った。
その後、店の奥の居住スペースへ全員が集まった。
「お父さん、この人達誰?」
居住スペースに当たり前のように居る俺とフレイアを不審に思った弟─春暁がそう言う。
妹─冬音は母さんの陰に隠れ、無言で俺達をジッと見つめているだけだ。
「冬音、春暁、この人は前に何度か話したお兄ちゃんだよ。そっちの女の人はお兄ちゃんの友達だよ」
「嘘だよ。だってお兄ちゃんは僕達が居た地球ってところに居るんでしょ?」
……あぁ……そう言えば。 あの時の春暁は0歳だったな。 当然だが地球の暮らしは覚えてないんだろうな。
……ってか俺の事すら覚えてないのか。
……こりゃあ……打ち解けるのは難しそうだな。
「……そう言えば秋、お前なんでこの世界にいるんだ?」
父さんが急に真剣な表情になって聞いてくる。
「ん? 死んだからだけど」
「…………そうか」
「…………秋ちゃん……」
「それがどうかしたのか?」
「いや、何でもない。 ……とにかく……冬音、春暁、この人達が二人のお兄ちゃんだよ。 ……今すぐに仲良くしろとは言わないけど、ゆっくりでいいから仲良くなってね」
いつもの調子に戻った父さんが二人の頭を撫でながら優しく言う。
……もしかして俺が死んだのを気にしているのか? そっちだって死んだ癖に? ……変な事だ。
「よろしくな。 冬音、春暁」
「…………」コクン
「…………」
冬音は無言ながらも頷いたが、春暁は完全に戸惑っていて言葉が出ないようだ。反応すらない。
春暁はともかく、昔の冬音はあんなに俺に引っ付いていたんだがなぁ……
……なんだか少し寂しいな。
「そ、そう言えば秋。 最初会った時と口調が全く違うけど……」
「あぁ、それか。 俺は尊重すべき他人には敬語で接するが、親しい人間にはこんな感じなんだよ」
「なるほどね」
父さんが気まずい空気を払拭しようと話題を振る。
少しフレイアが嬉しそうだ。
気のせいではなく、『親しい人間にはこんな感じ』と言った時に露骨にニヤけていたから間違いないではないだろう。
……どんな人間にだって好意的な発言をされたら嬉しくなってしまうものなんだろうなぁ。
まぁ、親しくなくても大体はこうなんだが。
「そう言えば二人は何歳なんだ?」
「冬音が12歳で、春暁が8歳よ」
「おぉ、綺麗に4年の間隔があるじゃないか」
母さんが答えてくれる。
俺は16歳なので本当に綺麗に4年の間隔がある。
……冬音に対しては大きくなったなぁ。 と言う感情を抱けるが、赤ん坊の時の姿しか知らない春暁に対しては他人程度の感情しか抱けない。 ……向こうもそう思っているんだろうな。
これは途轍もな大きな問題だろう。
まぁ、今のところはどうしようもない問題なので先送りだ。
それよりそろそろ聞こう。
「みんなはどう言う経緯でこの世界に居るんだ? ……まさか偶然同じ世界に、転生…………いや、成長したとは言え同じ肉体だから転移か? をしたって言うんじゃないだろうな?」
そう。 なぜ俺の家族が全員この世界に揃って転移しているのかだ。
……地球とこの世界以外に他の世界があるのは想定していたが、この間、福屋に行った時に他の世界の服を見て確認済みだ。
さぁ、どう返す? と言っても大体予想はついてるが。
「シュウって言う名前の神様が気を利かせて、家族みんなを同じ世界に転移させてくれたんだ。 なんか、お詫びだとか言ってたよ」
お詫びか。 それは恐らく、俺の自己中な性格を引き出す時に必要な鍵とする為に命を奪ってしまった時の事だろう。
シュウは名言していなかったが、俺は確実にあの強盗はシュウが仕向けた天使だと確信している。 道路に飛び出してトラックに轢かれた子供天使と同じような……
まぁ……『追憶の宝玉』だったか……? を使ってあの時の記憶を意図的に甦らせた時点でこの推測はほぼ確定しているようなものだがな。
「そうか」
その後は穏やかに家族とフレイアで揃って団欒した。
ちなみに冬音と春暁はフレイアには普通に接していた。
母さんに気に入られたフレイアはともかく、冬音と春暁は俺がいる事にもの凄く居心地が悪そうだった。
例えるなら、親戚の親達と自分の親の集まりに参加させられている時のような感じだった。
俺は何度も歩み寄ったがとうとう顔すらろくに見てくれる事は無かった。
……さて、邪魔者らしいしそろそろ帰るか。 そう思い、話が落ち着いたところで席を立つ。
丁度、夕方だ。
「さて、日も暮れてきたしそろそろ帰るか」
「あれ、もうそんな時間なの? ……じゃあ帰りましょうか」
「……やっぱりこっちに住まないんだね?」
「…………あぁ。 春暁達からすれば俺は他人のような奴だからな。 ……それに、小さい頃に知らない人間と暮らすのは色々……ストレスとかでよくないしな」
この家に帰りたいとは思うが、春暁達がな……
それに俺にはフレイアの護衛と言う仕事がある。 オリヴィアの許可なく勝手な行動は出来ない。
と言うかクロカ、シロカ、クラエルも居るしそう簡単にはいかなくなってしまっているのだ。
「あぁ……そうか……済まない」
父さんがまた真剣な表情で言う。
そんなつもりで言ったんじゃないんだがな……
「いや、気にするな」
「……? どうしたの?」
「いや、何でもない。 ……じゃあまたな。 父さん、母さん、冬音、春暁」
俺は手を振りながらフレイアと店を出た。
「また来ような」
「えぇ! もちろんよ!」




