第169話 移ろい喫茶ミキ 3
「は?」
「いや、は? じゃなくて」
泣いている……?
俺が……?
オムライスを食っただけで……?
あり得ないだろ。
そう思い目元に手をやると、冷たい液体の感触が。 目元に触れた掌を見ると俺の掌は確かに涙で濡れていた。
「本当だ。何でだろうな」
俺はなんとか涙を止め、再びスプーンを手にした。
「気にしないでくれ」
「……大丈夫なの……?」
「大丈夫だ」
そのままオムライスを頬張る。
……うん。 美味しい。
「ありがとうございました」
先程階段から下りてきていた女が言う。
あの人もこの間レストランから見掛けたな。 恐らくトシヤの妻だろう。
咀嚼しながら何気なく視線をやるとレジに居る女と視線が交差した。
すると女は驚き、口を二度パクパク動かしてからこっちへ向かって来た。
……え? 俺なんかしたか?
「──……?」
女が何か言っているが声が掠れていてよく聞こえない。
「──キ……?」
……キ……? さっきより聞き取れたとは言え、掠れているし小さい。
「──秋……!?」
…………え…………?
…………俺の名前…………?
……いや、それは自意識過剰と言うものだろう。 ……そうだ季節の秋か。 いや、この場所なら階層の方の『秋』だろうな。
「──秋ちゃん!」
そう叫んだ後に女は俺に飛び付いて来た。
俺は抱き締められる。そして女は号泣した。
その涙は、後悔と喜びと哀情と愛情。
大人の癖に人前でみっともなくわんわんと泣き喚くトシヤの妻。
俺の制服はあっという間に涙に濡れてだんだん透けてきていた。
これは一体……?
なぜ俺の名前を……?
……と言うか……俺をそう呼ぶのは……"あの人"しかいない。
「……え……? ……アキ……?」
スプーンを取り落として呆然と呟くフレイア。
「どうした!? カレン!?」
カレン……?
あぁ……そうか。
なるほどそう言う事か。
分かった。 理解した。 ……受け入れた。
懐かしさの正体。 こいつらと俺の関係も。 全て。
ただ、なぜここに居るのかは分からないが。
俺はトシヤにカレンと呼ばれた女を、優しく、強く、締め付けるように抱き締める。
「……ぇぅぅ……秋ぃぃぃ……っ!!」
「……え……あ……ア……アキ……??」
カレンの咽び泣く声も、フレイアの絶望を孕んだ声も…………それら全てが心地よく俺の心を揺さぶる。
久し振りに感じる真の芯からの安らぎ。
今度はハッキリ感じた。
自分が涙を流しているのを。
「──久し振り──遠くから来たよ──母さん」




