第168話 移ろい喫茶ミキ 2
「ところでお二人は何処へ?」
「ん……? あぁ……移ろい喫茶ミキって言う所に行こうとしてたんです」
記憶を探っていた俺は数瞬遅れて返事をする。
「……! なるほど。 お客さんでしたか」
「え?」
「いや僕、移ろい喫茶の店長なんですよ」
「え! 本当!?」
まさか移ろい喫茶の店長とは。
スリを捕らえた上見たことある人だし……で、相当キャラが濃いのに更に濃くなっていくのか。
不機嫌だったフレイアはトシヤが移ろい喫茶の店長だと知ってテンションが上がっている。
さっきまでの不機嫌っぷりはどこへいったんだか。
そう言えばトシヤとの会話と記憶漁りで気付かなかったけどここって移ろい喫茶の近所じゃないか。
「えぇ。本当ですよ」
「わぁ……凄い……」
「何かの縁ですし、今回はタダでいいですよ」
「いいんですか!?」
「……俺達あなたに迷惑しかかけてないんですけど」
「いいんですいいんです。 それにえーっとお名前は…?」
そう言えば名乗ってなかった。
「フレイアです!」
「いい名前ですね」
「ありがとうございます!」
おいおい。 凄いはしゃぎっぷりだな。
まぁ、いいか。
不機嫌な状態でウダウダされるよりかは遥かに良しな。
「俺はアキです」
「……アキ……か」
「どうしました?」
「いや……珍しい名前だなと」
アキと言う名前を聞いて表情に暗い陰が落ちたように見えたが、気のせいだろうか。
「あー今さっき言いかけた事ですけど、アキさんを見ているとなぜか懐かしい気分になったって理由もあるんです」
「そうなんですか? 実は俺もなんですよ」
そうこう話してる内に移ろい喫茶ミキの看板が見えてきた。
「あ、見えて来ましたね。 うちの店が」
移ろい喫茶ミキは四階建ての大きな店だ。
こんな大きい建造物がどうやってあっという間に場所を移し、当たり前のように店を構える事が出来るのか甚だ疑問だ。
店の内装は、夏を彷彿とさせるアロハな雰囲気だった。
店内の音楽もウクレレの音色のように落ち着きと陽気さを兼ね合わせた音楽が流れている。
「いらっしゃいませ! 移ろい喫茶ミキへようこそ! ……あはは」
冗談めかして言うトシヤは、俺達の席を手で指して店の奥へ消えていった。
暫くして再び出てきたトシヤはメモ帳片手にエプロンを着けて注文をとりにきた。
俺は適当に美味しそうなオムライスを頼み、色んな食べ物に目移りし決めあぐねていたフレイアも結局オムライスを頼んだ。
「……空いてるな」
「変ね。 噂で聞く限りじゃもっと人気があると思っていたんだけど……」
客がいない訳ではないが、あまり居ない。
昼飯時飲食店がどうしてこんなに空いてるのか…その答えは簡単だった。
「上でも営業してるのか」
「……あぁそう言えばそんな話を聞いたわね。忘れてたわ」
そう、上から満腹そうに腹を擦りながら人が沢山来たのだ。
俺はてっきり上は居住スペースや食品を補充するための物置か何かだと思っていたが違ったようだ。
「ふぅ。 食った食ったぁ。 やっぱり『春』の階層はいいなぁ。 眺めもいいし、雰囲気も明るくて楽しいし」
「だな。 でも他の『冬』『秋』『夏』もそれぞれ違った雰囲気出てていいよな」
階段を下りてきた男達がそんな会話をしていた。
……? 季節の話か?
「ありがとうございましたー」
俺が考えてる内にその男達と共に下りてきた、小学校高学年くらいの女の子がレジ打ちを済ませて言う。
やっぱりあの女の子にも見覚えがある。 レストランから見かけた家族の中に確かに居た。
そうか……この店は家族で営業してるのか。
……それより、会計済ませた男達はもう退店してしまった為、謎の季節に関しての質問する事は出来ないし、店員の女の子も再び上の階に帰ってしまったので聞く事は出来なくなった。
女の子が上に帰る前に、俺とフレイアをジッと見ていた気がするけど気のせいだろう。
暫くして注文したオムライスをトシヤが運んできた。
丁度いいし聞いてみよう。 店長らしいし分からないと言う事もないだろう。
「あのトシヤさん。 さっき他の客が『春』とか『冬』だとか話してるのが聞こえたんですけど、どう言う……?」
「ん? あれ? アキは知らなかったの? えっとね……移ろい喫茶ミキは階層毎に季節が違ってね、お店の雰囲気がガラリと変わるのよ。ちなみに一階は『夏』の階層よ」
「そう言う事です。 ……あぁ……勝手に『夏』に案内してしまいましたがよかったですか?」
「あ、大丈夫です」
なるほど。そう言う事だったのか。と言うかフレイアは知ってたのか。
まぁそれもそうか。 この店の事は引く程熱心に調べてたもんな。
王都の喫茶店を網羅して掲載されてるパンフレットだったり、友達間の話だったりとかな。
何にせよ疑問は晴れた。 これで落ち着いて食べられるってものだ。
俺がオムライスを食べる為、スプーンを手にしたところで上の階層から人が下りてきた。
俺はそれを気にも留めずオムライスの卵の部分と、ケチャップが混ざって赤色になった白米を一緒に口一杯に頬張る。
───美味しい
俺はこの味を今でも鮮明に覚えている。
確か八年前のあの日の前日もオムライスだった筈だ。
───懐かしい味だ
「え…………!? ちょっとどうしたのアキ…………!?」
「ん……? 何がだ?」
「何がって……あんた…………泣いているわよ?」




