第160話 見様見真似
アデルに急かされ、皆で魔物を倒しながら進んでいると今までと同じようにボス部屋と通路を隔てる巨大な扉を発見した。
しかしいつもと違う点があった。
それは、扉が室内から殴打されたかのようにボコボコに凹んでいた事と、周囲の壁が削れてボロボロになっている事と、室内から漂う気配が一つ前のボスと桁違いに異常な事だ。
この、芯を撃ち抜き、穿つような威圧感はそれだけでフレイア達の膝を震わせるのに十分だった。
「これは俺も戦いに加わった方が良さそうだが、いいか?」
「……クドウに甘えるのは避けたいが……ここは……頼む」
「分かった」
そう俺とマーガレットが言葉を交わしてからマーガレット達は凹んだ扉とにらめっこを始める。
そうして数分経ち、全員の心の準備が整った所で皆で扉を開いた。
そこに居たのはマネキンのような……と言うか完全にマネキンだ。 人の形をとっただけのシンプルな見た目の魔物だった。
部屋の中には少数だが人間の死体と、その死体の持ち物と思われる鞄から寝袋や皮袋、干し肉等が散乱している。
中には這った状態で手を伸ばし助けを求めたのか、手を伸ばしたまま力尽きている悲壮感溢れる死体や、自分の体を両手で抱え蹲りながら死んでいるなど、悲惨な状態だった。
……どうやら俺達より先ここに辿り着いていた人達がいたようだ。
これでもかなりのスピードで攻略を進めてきたつもりだったが、流石に泊まり込みで一日中攻略しているであろう冒険者には敵わなかったようだ。
俺達を見つめる、人間だったら眼球が嵌まっているであろう窪みはそいつの全身と同じく真っ白だった。
「──────」
そいつは無音に近い高音で絶叫する。
可聴域ギリギリの超音波だ。
マネキンは腕や足を大きくブンブン振り回しながら固さを感じるフォームで一直線に走ってきた。
動きの割にはそんなに速くはない。
精々、レベルの概念がない地球で人間が再現できるレベルだ。
だがどうせ本気では無いのだろう。 俺達はこのマネキンに舐められているのだ。
ムカついた俺はそのマネキンの顔面を殴って迎え撃った。 マネキンはギャグ漫画のように手足を振り回して、回転しながら壁にめり込んだ。
大した力で殴っていない筈なのに。
俺はその演技臭いマネキンのやられ様に不気味な物を抱いた。
「…なんだあいつ。 あんな威圧感を放っていた癖にあっさりぶっ飛んでんじゃねぇか」
「油断は禁物ですわよ」
「…分かってるって」
マネキンは両の手足を壁に添えて、壁に突き刺さった頭を引っこ抜く。
そしてキョロキョロ頭を降って、俺を見つけて自分の体を両手で包んでガタガタ震えだす。
「どこまでも演技臭い魔物だね……」
「そうね。 でも、ああ言う嘘臭い奴って実はとんでもない奴だって私は知ってるわよ」
フレイアが俺とマネキンとで交互に視線を入れ替え、やけに実感の籠った声色で言う。
次にマネキンは後退りをして、地面に転がっている死体を持ち上げ、死体の影に隠れる。 いや、人質のつもりだろうか。
「流石に亡くなった方の遺体ごと魔法を放つのは憚られますね……」
「…………」
なるほど。 言われてみればそうだ。 道徳的に考えればそうなるか。
マネキンはニヤニヤした雰囲気を纏って、俺に変化しない顔面を向ける。
おちょくられている。
俺はマネキンの後ろに転移して死体を巻き込まないように、蹴り飛ばす。
不意を突かれたマネキンは死体を手放し、またもやギャグ漫画のように吹っ飛んでいった。
そこで、壁にめり込んだマネキンに向かってフレイア達全員から魔法が放たれる。
普段は剣等で近接攻撃をしているマーガレット達もマネキンの不気味さを警戒して、様子見も兼ねて魔法を放つようだ。
すると、魔法の集中砲火に怯む事なく煙の中を這いずってでてきたマネキン。
あれで……地面を這っただけで重傷を負ったつもりなのだろうか。
演技に徹底しているが、その演技自体は下手くそだ。
マネキンのその白い全身も合わさって完全に大根だ。
マネキンが這いずりながら助けを求めるように手を前に伸ばし、ガクッと力なく伏した。
こいつの取る行動は全て自分の身を守る為の行動だ。 敵から自分の身を守る為に先制攻撃を仕掛けたり、自分が害されないように人質を捕ったり、ガタガタ震えたり、助けを求めて手を伸ばしたり。
こいつは先駆者達の死に様を真似して見逃して貰おうとしているんじゃないか?
ガタガタ震えていたのも、手を伸ばし死んだ振りをしているのも全部先人達の死体から見て取れる情報だ。
なぜこの人達の時ように戦わず、自分の身を守ろうとするのか。
その理由を知る為に俺はマネキンに近付き【思考読み】を使った。




