第152話 八つ当たり
俺達は建物の影に隠れて目標の屋敷を見上げる。
「なぁアキ。 作戦とかはないのか?」
「うーん…… じゃあお前らは空中で威圧してくれ。 で、攻撃されたら死なない程度に反撃。 あくまでターゲットはスナッチ・ザペスだけだ。他の騎士や使用人は関係ないから殺すな。 後、集合場所はクロカの寝床だ。シロカはクロカに案内して貰え」
取り敢えず俺がスナッチ・ザペスを拐って、そいつの処分は二人に決めて貰うつもりだ。
「分かったのじゃが…… アキ、お主……それじゃあ童達が服を着た意味が無いのではないかのぅ……?」
確かにそうだ。 そのまま龍化したら服が破れてしまう。
「……勿体ないから脱いでから変身してくれ」
「お主やはり鬼畜じゃろ」
「それよりアキはどうするのだ?」
八つ当たりとは言ったが特に何も考えて無かったな…
「……じゃあ俺は適当に破壊活動を行う」
「何も考えて無かったのだな……」
「……ほら。 いいから早く脱げよ。 俺がゴー! って言ったら開始な」
俺は誤魔化すように言う。
ちゃんと【探知】で周りに人がいないのを確認してから脱がせる。
「もういいか?」
「う、うむ」
「いいのじゃ……」
「……? どうした?」
なんか二人の様子がおかしい。
「……その……恥ずかしいのだ……」
「は?」
「い、今までは……は、裸……でも平気じゃったのだが、その…人間の衣服に慣れてしまってな……恥ずかしいのじゃ……」
「……龍化してもそうなるか?」
「それは無いのだ」
人間の姿での全裸状態が恥ずかしくなってしまったと言う事か。 ……どうやら人間らしい恥じらいを覚えたようだ。
悪影響なのか、好影響なのか……
「ふーん。 ならさっさと始めてしまおうか。 ゴー!」
俺は思考を放棄して、取り敢えずゴーを出して、屋敷の囲いを破壊して突撃する。
フレイア達の屋敷のように結界が張られているかと思ったが、そうではなさそうだ。
背後からは光が差し、巨大な生物の気配がして、大きな影が俺の上を通過した。
見上げると黒龍と白龍が屋敷の上を飛行している。
手を降ると咆哮をあげて答える。
轟音に反応した屋敷の人間達の怒号が聞こえてきた。
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程よく引き締まった体をした細マッチョのような容姿をしたスナッチは自宅の書斎で仕事をしていた。
「大変です!」
「何事です?」
そこに乱入してきた家臣は扉を乱暴に開け放って大声で騒ぐ。
その家臣に何事かを尋ねるスナッチ。
「襲撃者が現れました!」
「人数は?」
「ひ、一人です!」
「一人? なら早く捕まえてください」
「そ、それが… 我々では歯が立たないのです……!」
「なんですと……?」
家臣の報告に訝しげ眉を顰めるスナッチ。
すると、そこに小さな子供がやってきた。
「こ、怖いよ……お父さん……」
怯えた様子で子供はスナッチの足にしがみつく。
「大丈夫ですよ。 今からお父さんが悪者を退治して来ますからね。 貴方、ピーティを頼みます」
「は、はい!」
スナッチがピーティと呼ぶ我が子の頭を撫でてから、剣を携えサッと軽鎧を纏う手付きは自らが雇っている騎士より慣れていた。
「じゃあ行ってきますね」
「お、お父さん……行っちゃダメだよ……」
「後で一緒に遊んであげますから大人しく待ってて下さいね」
「本当に……?」
「えぇ」
最後にもう一撫でしてからスナッチは騎士の横を通り、騎士が飛び込んできた扉から外へ向かった。
屋敷の外は酷い有り様だった。 だが奇妙でもあった。
門や囲いはバラバラに破壊されているのに、血飛沫が舞った痕跡は無いのだ。
つまり襲撃者は殺しをしていないし、殺されてもいないと言う事だ。
「これをやったのは貴女ですか?」
その惨状の上に佇む、見知らぬ人物を視界に収めたスナッチは怒気を含んだ声色で、フードを被り目元に僅かに影が差している灰色の女に問い掛ける。
それに対して、灰色の女は堂々とした様子で答えた。
「なぜお前が怒っている」
「当たり前でしょう。 人の屋敷をこんなにしておいて怒らない方がおかしいのです」
身振り手振りで必死に伝えるスナッチ。
しかし灰色の女は全く動じない。
灰色の女の無感情な瞳を瞼が覆う、瞬きと言う行為以外の動きが一切見られなかった。
スナッチは名画のようなその光景に一瞬見惚れるものの、すぐに気を取り直して再び問い掛ける。
「なぜこのような事を?」
「お前への制裁だ」
「……?」
灰色の女が発した覚えのない言葉に戸惑うスナッチ。
スナッチはそこで始めて灰色の女のフードの膨らみに目が行った。
「…………! …………貴女はまさか……龍族……? ……クク……そうですか……ククク……そう言う事ですか……」
何かに思い至ったスナッチは俯き、肩を震わせてクククと不気味な笑い声を上げる。
すると突然顔を上げ、突然灰色の女に斬り掛かる。
「死ねぇっ!!」
その攻撃は避けられる事なく、灰色の女の顔を斜め下から斜め上へ斬り付けた。
「はっ! 龍族と言えど──」
剣から伝わる肉を断つ感触を感じ、スナッチはそう言うが、灰色の女を見るなりその言葉は途絶えた。
剣を振るう時に生じた風圧によってフードが捲れ上がり、顔面が露になった灰色の女は相変わらず微動だにせずスナッチを見つめていた。
「な、なぜ……ぐっ!」
灰色の女は徐に、剣を振りきった態勢で停止していたスナッチの首を掴む。
スナッチはその華奢な女に軽々と持ち上げられ、苦悶の声を上げる。
「あがっ……くぅぅぁっ……かはっ……」
そして灰色の女はスナッチを瓦礫が少なく拓けた場所にスナッチを放り投げた。
と、同時に空を飛行していた二体の龍が、灰色の女と共にスナッチを囲むように降り立った。
「げほっ! げほっ! ……なっ! まだいたのか!?」
どうやらスナッチはたった今上空を飛んでいた龍の存在を知ったようだ。




