第15話 本性
僕は意識が覚醒していくのを感じていた。
今、僕の目に映っているのは僕の記憶にあるものより少し若返った父と母だった。
そこは白い部屋で、そこでは母が優しい顔をして僕を抱いていた。
その側では父が安心したように眠っていた。
やがて父が目覚め、父は母に抱かれた僕を発見する。
父は安心したように微笑み、涙を流す。
それから父は僕の名前をどうするか悩み始める。
しかし、母は優しく慈愛に満ちた声色で言う。
「この子の名前は────"秋"」
それから何事も無く平穏な日々が続き、僕が小学二年生─八歳になった頃四歳年下の妹が出来ていた。四歳の妹には産まれたばかりの弟がいた。
鈴虫が鳴く、僕と同じ名前のこの季節。
───十月一日
僕の誕生日に悲劇は起こった。
家族全員が家で夕飯が出来上がるのを今か今かと待っている。
その頃二階の自室で妹と遊んでいた僕は、一階からする大きな物音が耳に入った。
僕はその物音が気になり、妹に待っててと言ってから階段を下りる。
母はドジなので大きな物音をたてる事が良くあった。
だから僕はまたか。と思いながら階段を下りる。しかしその時僕は気付いていた。 ……と言うか嫌な予感がしていた。
いつもなら一度大きな物音がして「きゃあ!」と言う母の驚いた声が聞こえてくるのだが、今回は違った。大きな物音がずっと響いていて、父の怒号と、母の悲鳴と、弟が泣き叫ぶ声、と知らない男の焦ったような声。
僕は恐怖で震え、階段を下りる事ができなかった。
暫くすると物音が止んだ。
僕は両親が強盗を追い払ったんだと思い……思い込み、直前に聞いた父と母の悲鳴といきなり途絶えた弟の泣き声を聞かなかった事にして、なけなしの勇気を振り絞って物音をたてないように階段を下りる。
僕はドアの陰に隠れ、居間を覗く。
そこには父と母と弟に執拗に、念入りに、確実に殺す為、刃物を突き刺す男がいた。父と母と弟の側にはぐしゃぐしゃに潰れたカラフルな箱があった。
居間から漂う血の香りに耐えられず僕は階段下のトイレに駆け込んだ。
しかし僕は男の様子が気になったので、トイレの扉を少し開き様子を窺う……が、既に居間に男はいなかった。
僕がトイレに駆け込む音を階段を上る音と勘違いしたのか、男はゆっくりと……足音を殺して階段を上っていた。
二階には妹がいる。それを遅れて思い出した僕は妹を助ける為に、台所に包丁を取りに行く。台所に行くには居間を通らなければいけない。
僕は床や壁に飛び散る赤い血を見ないように包丁を手に取った。
台所には包装が解かれて箱から出されたケーキがあった。
そのケーキには火が付いていない蝋燭が八本刺さったまま置かれていた。
ケーキの一番上にある苺と並んだホワイトチョコレートの板には
[あきくん おたんじょうびおめでとう!]
と、今日で八歳になる僕に向けてチョコレートで文字が書かれていた。
僕は男に気付かれないように階段を上る。
妹のいる部屋の扉は既に開かれていた。
僕がその扉を視界に入れると同時に妹の叫び声が聞こえてきた。
僕は血に濡れた子供部屋に飛び入る。
……すると僕の乱入に驚き男が振り向いたが、驚いている男の反応より速く僕は包丁を男の胸に突き刺す。
そして僕は男の胸に刺さった包丁から手を離し、男を思い切り何度も殴る。
──お前に殺された父のために──お前に殺された母のために──お前に殺された弟のために──お前に殺された妹のために──
──しかし、その綺麗で美しい正義の心のようなモノは自分の醜さを隠すために吐いた……ただの嘘だった。
────本心は
─────俺から大切なモノを奪ったから
そんな自己中心的な理由だった。




