第141話 ハイ・ミノタウロス 1
そしてハイ・ミノタウロスは一歩踏み出す。
その一歩で俺達は地面から足が離れ、少し浮いた。
「…こりゃあ一撃でも食らったら死ぬだろうな……」
「そうでしょうね……頑張って回避しないといけませんね」
「できるだけクドウは手出しをしないで欲しいのだが、みんないいか?」
「どうしてよ?」
「いやな、あまりクドウに頼りきりも良くないと思うんだ。 それに自分達がどこまでいけるか知っておきたいんだ」
そうだ。 信用して頼ってくれるのは嬉しいがそれじゃ強くなれない。 それどころか堕落する一方だ。
「そう言う事ね。 なら私は構わないわよ」
「…俺もいいぜ」
「わたくしも。 おんぶに抱っこじゃ笑われますわ」
「ボクもそれでいいよ。 もっと強くならないといけないし」
「俺も自分の実力を把握しておきたいです」
「……そう言う事だ。 すまないなクドウ」
「別にいいけど、危なくなったら勝手にするからな」
「あぁ、頼む」
ハイ・ミノタウロスが斧を持っていない方の腕──左腕を振り上げて、俺達目掛けて振り下ろす。
緩慢な振り上げからくる敏速な振り下ろしは空気を震わせる程の威力を持っていた。
そんな動作が大きい攻撃が直撃する程俺達は弱くない
攻撃を躱すのは簡単だった。
ハイ・ミノタウロスの顔に火の玉が直撃する。クルトとエリーゼだ。 クルトとエリーゼの連射は止まらず、様々な属性の初級魔法がハイ・ミノタウロスを襲う。
これは攻撃の為に放たれているのではなく、近接組が安全に近付けるようにと言う意味の目眩ましだ。
勿論微細ながらもダメージにはなっているのだろうが。
ハイ・ミノタウロスは振り切った左腕を必死に持ち上げようとしているのだろうが、その動きは遅かった。
斧を持っている右手で防がない理由は、この斧がこいつの切り札だからだろう。
左腕でさえこの遅さなのだ。 馬鹿デカイ斧の重さも加わったらどれほど遅くなることかは想像に難くない。
なのでハイ・ミノタウロスは安易に右腕を動かせないのだろう。
そうこうしている内に近接組がハイ・ミノタウロスの足元まで辿り着き、それぞれ攻撃を始めたところで顔面への魔法連打は止んだ。
フレイアが右腕、ラモンが左腕、アデルが右足、マーガレットが左足を攻撃している。
ハイ・ミノタウロスは四肢に同時に伝わる痛みに悶えて足を出鱈目に振り回す。 そんな状態で体のバランスを保てる訳なく、やがて後頭部から地面に倒れていった。
ハイ・ミノタウロスが地団駄を踏んでいた時点で距離をとっていたアデルとマーガレットの元へフレイアとラモンが戻ってくる。
そこで再びクルトとエリーゼの集中砲火が始まる。
だが、今度は目眩ましなどではなく、ちゃんとした攻撃だ。
火が、水が、土が、風が、氷が、雷が。 絶え間なくミノタウロスへ浴びせられる。
痛みでのたうち回るハイ・ミノタウロスはやがて動きを止めたのか、地面の振動が些細な物へと変わった。 今まだ続いているこの小さな揺れはクルトとエリーゼの魔法の余波だろう。
マーガレットは手で二人を制して攻撃を止めさせる。
魔法により発生した灰色の煙が晴れると、そこにはハイ・ミノタウロスが横たわっていた。
──ピク
ハイ・ミノタウロスの左掌が自分の感覚を確かめるように動く。
そしてハイ・ミノタウロスは重々しい動きで立ち上がり、取り落としていた斧を緩慢な動きで拾う。
マーガレット達はなぜ、ハイ・ミノタウロスにそんな時間を与えたのか。
違う。 与えたのではない。 動けなかったのだ。
煙から出でたハイ・ミノタウロスの姿は白と黒の入り乱れた皮が焼け落ち、中からは真っ黒な肉が表れた。 この黒い肉は煙を燻らせているが、焼け焦げているのではなく、素でこの色なのだろう。
そしてハイ・ミノタウロスの黒かった瞳は、真っ赤に染まっていた。
マーガレット達は、この威圧感を放つハイ・ミノタウロスの姿形に、恐れ戦き行動が出来なかったのだ。
輪が貫通している鼻からは、フーッと可視化される程の鼻息が吹き出された。
そして吹き出した分と、それ以上の空気を吸い込み咆哮した。
「グモオオオオオオオオオオォォォォォ!!!」
先程までとは比べ物にならない声量で空気を揺らし、痛い程耳朶を打つ咆哮だ。
そしてハイ・ミノタウロスは先程とは打って変わって、敏速な動きで俺達に向かってドスドスと走りだした。




