第125話 フレイア・アイドラーク 6
「……!」
私は葛藤していた。
自分や自分の家族か、友達か。
理解していた。
自分が付いていけば人質にされ、家族を誘い出す餌として扱われると。
自分の決断で大切な人の未来を奪ってしまう。
その事実が怖かった。
「ぃぎぃぃいいいいっっ……!」
私はラウラの悲鳴に顔をあげる。
ラウラは分隊長と呼ばれた男に足の裏を踏みつけられていた。踵とアキレス腱をくっ付けるようにして。
「ら、ラウラ……!」
私の決断が遅れたせいだ。
「ほら早くしないと、お友達が長い長い苦痛を味わう事になるぞ?」
第一こんな事をしなくても私を連れていこうと思えば連れていけるのだろうに。
こいつは、他人を痛め付けて苦しむ様を見て悦ぶただの異常者なのだろう。
私は迷っていた。
自分の家族か友達か。
「早く決めろ」
バチンッ!
「─ぁあぁっ!!」
ラウラの足の裏から力が無くなるのが明確に分かった。
「あらら…後遺症、残らないと良いな」
腱が切れたのだろうか。
「……ぁ……ぁぁ……ぁぁっ……」
喉が渇いたかのように声が掠れて言葉を発せない。
「……はぁっ……! ……はぁっ……!」
動悸がしてきた。
胸が苦しい。息が苦しい。
私はそのまま胸を押さえて地面に両膝と片手をついた。
「早いなぁ。 もう参って来ちゃったのか?」
分隊長と呼ばれた男が呆れたように首を振りながら、やれやれと言ったように手を動かす。
「じゃあとっとと心を壊して抵抗出来なくしてから連れて帰るか。 あ、そうだ。人質に釣られてやってきた残党に心が壊れた娘を見せつけるのもいいな。 うん。そうしよう」
壊れたように早口で捲し立てる分隊長と呼ばれた男に周りの騎士は顔を青褪めて引いていた。
もう私の決断などどうでも良いようだ。
「顔をあげさせろ。 ほらしっかり見ておけよ。 お前の友達が痛め付けられるのを!」
強引に顔をあげさせられた私は、男にラウラが痛め付けられるのを無理矢理見させられた。
ラウラは顔を力強く踏みつけられ小さく呻き声をあげる。
自分の身を守るため、蹲ろうと前屈みになるラウラの腹部が蹴りあげられる。 そしてラウラはその衝撃で吐瀉物を撒き散らす。 それは地面を打って私の目の前まで飛び散った。
「汚ないなぁ。 ……お仕置きだ」
男はラウラの正面に立ち、拳でラウラの顔面を殴る。
「ぎゃああぁぁぁああぁぁっっ!!」
悲鳴をあげるラウラ。
これは殴られた痛みもあるが、殴られた反動で、掌を貫通する縄に傷口が刺激されて発生した痛みへの悲鳴でもあるのだろう。
その後も淡々と暴力が振るわれ続けた。
やがて、ラウラは動かなくなった。
私があいつの気が変わる前に決断できていたらラウラはあんな事にはなっていなかったのだろう。
私はそれを何もできずに見届けていた。
いつの間にか私の顔は涙でびちょびちょだった。
「……ふぅ……こんなものか。 ……お、良い具合に壊れてるじゃないか」
何も、見えない聞こえない感じない。
そんな私は何の前触れもなく、本当に唐突に思い出した。
懐かしい幼少期の出来事や、自分が産まれ育った母国の滅び、その後の皆との楽しい記憶──
あの時の記憶にかかっていた靄も晴れていた。
クドウさんとテイネブリス教団の本拠地を襲撃した時の事だ。
私は確かに起きていた。気絶なんかしてなかった。そしてちゃんとクドウさんと一緒に戦っていた。
そして
母国の民の──悲嘆を──怨嗟を──祈りを見た。
その時、私は城下町や田舎で見掛けた事のある人達の残酷な果てを見てしまったショックで泣いてしまった。
クドウさんが悲しそうな顔をして私の顔を覗きこむと突然意識が途切れた。 きっとその間に、私のこの記憶に枷をしてくれたんだろう。
今それを思い出したところでどうにもならないのに、どうしてかそんな事を思い出していた。
「……助けて……」
「──アキ──!」
私は気付けばあの人の名前を呼んでいた。
 




