第114話 面倒事は面倒事
「参った……この俺が負けるとはな……」
意識を取り戻したジャンクが、隣にグリンを侍らせ頭を掻きながら言う。
「ふん。貴様なんぞにアキが負けるわけないだろう」
お前は時々心配そうに俺の名前を叫んでいただろう。とは言わないでおいてやる。
「……そんな事より俺は戦闘技術を学びに来たんだが……」
「それならさっき実戦で……」
「俺が求めてるのはそう言うのじゃなくて……何て言うんだろうな…………そう、武術だ!」
「なんだ。そうだったのか」
完全に言葉が足りなかった。俺のミスだ。
でも、普通は実戦訓練とかいって殺し合いをさせられるとは思わないじゃないか。
「じゃあ今からでも教えてやろうか?」
「……頼む」
とっくに予定していた一時間は過ぎているが、別にこの後予定があるわけじゃ無いし素直に特訓を受けさせて貰おう。
二時間後
「んー 本当に飲み込みが早いなお前」
「……ありがとう」
……嬉しくない。
俺の力じゃ無くて【高速学習】のお陰だからだ。
「よし。基本は一通り教えた。後はお前の努力次第だ」
道場を出ると、とっくに日は暮れていた。
この世界では日が暮れてからは人通りが全く無くなる。
と言うのも街灯などの明かりの数が少なく、ほとんど真っ暗だからだ。
そんな状態の外へ出れば、犯罪の被害にあう可能性が物凄く高くなる。と言う理由から人通りが少ない。
この間、文房具を買いに行った時も何度か不審者に絡まれたしな。
「クロカ、早く帰ろう」
「うむ。そうだな」
普段より、随分と早い足取りでクロカと屋敷へ帰る。
幸い不審者に絡まれる事はなく、安全に帰宅できた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。アキ様。 ……ニグレド。ダメじゃないですか。こんな時間まで」
「うぬぅ……すまぬ……」
出迎えてくれたメイドさんに叱られるクロカ。
「俺が連れ回してたんです。すみません」
不憫なので一応庇っておいてやる。
「……仕方ないですね。 ……アキ様もあまり遅くまで出歩かないようにしてくださいね」
「分かりました」
「行きますよ、ニグレド」
「分かったのだ」
クロカは名も知らぬメイドさんに連れられて何処かへ行った。
ちなみにあのメイドさんはいつも出迎えてくれるんだけど、俺は名前すら知らない。
さて、部屋へ帰ろうと思い靴を脱いでいると二階からフレイアがやってきた。
「あ、クドウさん。おかえりなさい」
「ただいま」
「……あれ? 出ていった時と服が違うけど…どうしたの?」
瓦礫に埋もれたりで汚れた日本産の制服を脱いで、帰宅途中の路地裏で複製制服に着替えた。路地裏に人が来ないようにクロカに見張らせて、だ。
本物との違いは、複製の方の胸ポケットに複製制服毎に違う刺繍がしてあると言う事だけだ。
素材も違うけど、着心地や見た目は全く同じなので関係ないだろう。
メイドさんにはバレなかったみたいだけど、フレイアにはバレてしまった。
流石、いつも護衛として一緒に居るだけある。
「気にするな。何の問題もない」
「……そう……? ……私なんかにクドウさんの助けになれるとは思ってないけど……それでも……な、なんかあったら頼ってくれてもいいのよっ!」
「そうか」
「ふ、ふんっ!」
そっぽ向いたフレイアはさっさと行ってしまった。
その後自分の部屋に戻った俺はいつも通りの夜を過ごした。
翌朝
──カンカンカンカン─
「朝だぞ。起きるのだアキ。朝食も出来てるぞ」
鍋と鍋をシンバルのようにして音をたてるクロカ。
騒音のせいで不快な目覚めを味わった俺はクロカの頭を軽くチョップしてから食堂へ向かう。
後ろから抗議が聞こえてくるが、知らない。
それからクロカと出迎えのメイドさんに見送られながらフレイアと学校へ向かう。
昼休み
「クドウ君ちょっと」
ナタリアが扉の側から手招きしている。
……起きるんじゃなかった。
あ、そう言えば前の休み時間にスカーラが今日の特訓を中止したいと言ってきた。
何か用事があるとか。
コンコンコン
何度目か覚えてない校長室の扉のノック。
「失礼します」
「どうぞ」
リサンドラの許可を得て校長室に入室する。
校長室に既に居た者はレイモンドと真面目そうな騎士とリベルトだ。
お偉いさん達が揃っている。
この面子で想像するのはテイネブリス教団だ。
なんだ? テイネブリス教団ならもう片付けたはずぞ? まさか残党が?
俺が勝手な想像で憂鬱な気分に浸っていると、リサンドラが着席するよう促してきたので従っておく。
「何度も何度もすまないねぇクドウ君」
「……」
「……今日はそんなに面倒な事では無いんだ。 表彰式の話、覚えてるかい?」
「あぁ」
相変わらずの失礼な態度。相変わらずナタリアが肘でつついてくるが、相変わらず無視だ。
「それを明後日、体育館でやろうと思うんだがいいかい?」
「あー……面倒臭くなったから無しで」
「えぇ!? この間表彰式についてあんなに語ってたのにかい!?」
「俺は気が変わりやすいんだ。 ……お偉いさんの面子的にヤバいなら個人的に礼をしに来てくれ」
「……分かったよ。それと、クドウ君。君がこのレイモンドを負かしたってのは本当かい?」
「……本当だ」
面倒事が無いと知って安堵した矢先に、面倒事の匂いだ。
少し前までは面倒事を渇望していたが今では全くそうでもない。
なぜなら、面倒事は面白い事ではなく、面倒事は面倒事なのだと認識させられたからだ。
多分きっかけは、退学要求男子生徒だろう。
まぁ、面倒事じゃ無い事を祈るばかりだ。
「実はね……クドウ君は騎士団から、声をかけられているんだ。入団しないか? ってね」




