第110話 ジャンクとグリン
「ぬ……!!」
親方の威圧に当てられて、クロカが臨戦態勢になっていた。
黒龍であるクロカに危機意識を持たせる程の凄まじい威圧。
───これはいい面白要素だ。
一時は失望したが、今じゃ俺の興味を引くいい素材だ。
「ははは……いいじゃないか。面白い」
「余裕そうだなぁ? えぇ? この威圧を受けて尚、その態度。いいじゃねぇか。気に入ったぜ」
って言うか、クロカでさえ危機意識を持つ威圧を受けてるのに、この受付の男はなぜ平気なんだ?
……いや、おかしいことじゃないな。この道場で修行してんだから当たり前か。
「なら早速──教育を始めよう」
親方は座っていたのにも関わらず、いつの間にか立ち上がり俺の目の前にいた。
「っおぉ!?」
紙一重で躱す。拳が振るわれた場所を中心に衝撃波が発生していた。
『そんな緩い考えじゃこの道場で生き残れねぇぜ?』
とは言っていたが、まさか本当に生き残らせる気がないとは思わなかった。
怒涛の拳撃。
絶え間なく振るわれる殺傷力を秘めた拳は一撃一撃が衝撃波を発生させる程の威力だ。
反撃してもいいが、俺にはこのレベルの相手を殺さず押さえ込む術はない。
俺のスキルは殺傷に特化しているからだ。
熟、俺はスキルに生かされていたんだと感じた。
……ならばスキルに頼らず、戦い方を学べる範囲でステータスの値を活かして戦うしかない。
まぁ、武道の達人相手に素人の力任せの攻撃が通用するかは分からないが。
躱す躱す躱す
肩……腕……頭……腰……腹……腕……頭…………
乱雑に放たれるような攻撃は決して適当ではなく、狙って放たれたものだ。
つまり隙がない。スキルを使えばなんとでもなるが、それは出来ない。
隙が作れない。
焦った俺は出鱈目に拳を突き出した。
勿論当たる筈も無く、俺は衝撃波を発生させる程の拳で──貫かれた。
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「……なんだ。大口叩いてた割には呆気ねぇな」
たった今、秋を粉砕した男は失望まじりの声色で呟く。
「あまり傲るなよ。グリン」
この道場の入口で人間を出迎える役割を持つ者は、秋を粉砕した『親方』と呼ばれる男──グリンに忠告する。
「す、すみませんっ!」
この二人。実は立場が逆なのである。
受付の男がこの道場の師範で、『親方』と呼ばれる男が門下生なのだ。
グリンが親方と呼ばれているのは、立場を逆転させるに当たって、グリンが師範を騙るのは恐れ多いと言う理由からだった。
立場を逆転させる理由は師範──ジャンクの教え子の為の修行だ。
門下生として扱うより師範として扱った方が実戦の機会は多い。
強い者と戦い、学ばせ、成長させる。単純な理由だった。
しかし、『その為なら挑戦者が死のうが構わない』と言う異常な思考を持っていた。
ちなみにジャンクの見た目は如何にも一般人と言うような、人畜無害そうな見た目だ。
「あ、アキぃぃぃっ!!」
ジャンクに押さえ付けられていたニグレドが悲痛な叫び声をあげる。
ニグレドはグリンの初撃を見た時に飛び出そうとしたところをジャンクに押さえ付けられていた。
「先生どうしますかこの女」
「こいつはさっきの奴の連れのようだったから挑戦者ではないだろう。 摘まみ出すぞ」
「分かりました」
グリンとジャンクに押さえ付けられたニグレドの抵抗虚しく軽々と担がれた。
「待て、俺はまだ死んで無いぞ」
聞こえる筈の無い声にグリンとジャンクは同時に振り返った。
「なんだとぉ!? 俺は確かに心臓を粉砕したぜ!?」
「そうだな」
「なんで生きてんだ!?」
「死んでないからだろ」
「はぁ!?」
要領を得ない秋の発言にグリンは元々荒かった声を更に荒げる。
「グリン。世の中にはこう言う奴が山ほどいる。だから油断せず死体の処理は念入りにしろ」
「へ!? ……わ、分かりました!」
死者が生き返ったと言うのに冷静なジャンク。
ジャンクの発言から察するにこのように死者が生き返るのは飽きるほど見てきたのだろう。
「続きをしよう。グリン」
「……っ! 良いじゃねぇか…何度でも粉砕してやるよ……はっ!」




