第100話 俺
俺が意気消沈して、固まっていると生物の山が雪崩のように崩れ出した。
足場が崩れた俺は血の海の残滓が未だに残る地面に叩きつけられた。
「ねぇ」「おい」
「!?」
背後から同時に聞こえる声に驚き、慌てて振り返る。
「安心しろ。敵じゃない」
「……シュウ……と……なんだ……?」
久し振りに見かけたシュウ……と、隣にいるのは暗闇に混ざり、朧気に輪郭しか見えない。つまり真っ黒な物体だ。
「悪いな。見え難くて。俺は存在するだけで自分も世界も、全て闇で蝕んでしまうんだ。信じられるか? この世界、元々は白かったんだ」
「……そうか」
黒い人物が悪びれた様子も無く謝罪して、この黒の世界が元は白かったと言うとても信じがたい事を言う。
俺は黒い人物に話し掛ける。
「……それでお前は誰だ?」
「俺は邪神だ。覚えてるか?」
「……あぁ……そうか、なるほど。この世界が俺の喰った生物の墓場なら邪神が居るのも当然か」
俺は想定外の存在に、なぜか全く動揺する事なく理解した。
「それでね。秋君。君にお願いがあるんだけど……」
「…………なんだ?」
「お前は自己中を止めろ」
シュウの言葉を継いだ邪神がストレートにぶっこむ。
「無理だな。自己中は俺の理想だ。あんなに『生』を感じられる在り方を止めるなんて考えられない」
「だろうね。 そう言うと思ったよ。 ……だからじゃあ……秋君と、秋君の家族や友達、恋人──身内を中心にするだけで良いよ」
「俺と俺の身内……?」
「あぁ。そうだ。居るだろ? 例えばフレイアとか」
交互に喋るシュウと邪神。
まるで以心伝心しているような。或いは──
……少し確認を取っておこう。 いや、確認と言うよりは探りだ。探りを入れておこう。
「バカかお前。そんなに沢山あったら中心とは呼べない」
「身内って言うのは文字通り『身の内』──つまり自分の内に入るだろ?」
「……へぇ。漢字の話か」
邪神の発言が俺の予想を確信へと近付けた。
「…………失敗だ……」
「ちょっとしっかりしてよ…… まぁ…兎に角! 秋君と秋君の身内を中心にして、大切にして、守って!」
漢字が分かると言う事は地球にいたと言うことだろう。つまり邪神は地球にいた事があると思われる。 それにこの喋り方。 シュウとの親しさ。 妙な親近感を感じる間抜け具合。
「分かった?」
「……これからも俺は自己中に生きるぞ。 ……でも……まぁ……中心が少し大きくなるだろうけどな」
「随分あっさり受け入れるんだな?」
「お前らの言うことだ。俺の中心から外して無下には出来ない」
「……邪神のせいで完全に気づかれちゃってるよ」
「まぁ……バレるのは時間の問題だっただろ」
言い逃れをする邪神を睨むシュウ。
「……すまん」
視線に耐えられず素直に謝る邪神。
本当に仲が良さそうだ。
…………そうか……
「まぁいいよ。 それで、一つ聞きたいんだけど……秋君。 自己中に生きるのってどう? 簡単? 難しい?」
「はぁ……? そんな質問に答える意味──」
「素直に答えろ」
シュウの質問から逃げようとした俺に妙な威圧感を放つ邪神。
「……認めたく無いけど……難しいな。 傍若無人に振る舞い、支配者や、独裁者のようになるのは違う。 俺は自己中の他にも、自由に気ままに生きるのも望んでいるからな、そう言った人間関係の柵は避けたい。 ……だから……そこら辺の加減が凄く……とても難しい」
「なるほどね。よく分かったよ」
……こんな事を聞いてどうするのだろうか。
「まぁいいや。取り敢えず秋君にはこの世界の権限を返すね」
「権限ってなんだ?」
「この世界──お前の精神世界をある程度自由に操れる権利だ。例えばこの世界で今まで喰った生物と以前と同じように戦えるとかな。 経験値は入らないが」
「後もう一つ、秋君がよく使う事になるだろう機能が、殺して喰った生物へのステータスの与奪だね。この世界で完全再現した生物にステータスを与えたり奪ったり、スキルを与えたり奪ったりとかだね」
「なるほどな。 ……短期間権限を持っていたとはいえ、随分と俺の精神世界に詳しいな」
「「…………」」
黙り込むシュウと邪神を横目に俺は情報を整理する。
纏めると……
殺して喰った奴と再戦が出来るが経験値は入らない。
ステータスの数値や、スキル、魔法を与えたり奪ったり出来る。
ってところか。
「なぁ、精神世界にいる生物をここ以外──現実で生き返らせる……生前と変わらずに再現して蘇生できたりするか?」
「……? ……できるけど、精神世界初心者の秋君には難しいよ?」
「できるならいいんだ」
さらっと流したけど精神世界初心者ってなんだよ。
「……おい、秋。 俺の粋な計らいによってこの世界の時間の流れは遅くしてやってたが、もう権限が無い。 つまりここの時間の流れは現実と同じだ。そろそろ現実を見ておいた方がいいぞ」
「……っ! そうだった!」
この世界は時間も操れるのか。
まるで……
いや、それより……
邪神の警告で、あいつらの事を思い出した俺は目を閉じて、精神世界から抜け出して現実に戻ってきた。
これは俺の為の人助けだ。
祝・100話!
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