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空ノ虚をみたす君  作者: 慶良
7/24

6

その日は、空模様も快晴で朝のホームルームには、教室にもセミの声が忙しなく聞こえていた。

「はーい。ではホームルーム始まーす」

 私の前に座る、神木さんもこの頃では常に、半袖で過ごしていて、春頃の重装備で完全ステルス状態とはいかない様子だった。

 教室を見渡すと、今日は青木くんがまだ来ていない。

「青木くんが遅刻なんて珍しいね」

 神木さんは、あまり興味なさそうに、振り向く事も無く。肩おすぼめて、さぁー。と言うジェスチーだけ返して来た。

 青木くんとは部活動が同じ、つまり彼もアニ研の部員だ、入部したのは彼の方が先だったので、ANM症候群についても、わからない事は、何かと彼に頼ることが多い。クラスでも話が出来る唯一の男子だった。最近は、アニ研にもちょくちょく顔を出す様にしている。仮入部期間も終わって、正式な部員になった。折角入部した事だし、でも大抵、部室にいるのは青木くんとメガネ先輩の二人くらいで、時折、偲ちゃんが顔を出すので、五人でお茶しながら、アニメや漫画。おすすめの本の話をする。

ああ、五人なのは、私が「今日は部室に顔出してから帰るね」と言うと、神木さんもついて来るからだ。部室にいる彼らは、本当にイキイキと話すし、アニメが好きなのが伝わってくる。時折、深ーい、深ーい。マニアックな話になると、私と神木さんは付いて行けなくて、苦笑いをして過ごす。

 この間、青木くんにおすすめして貰った小説<最近双子の弟が妹になったんだが>と言う、ロリコン先生のライトノベルをシリーズで読んでいるんだけど、なんと作者が、森木偲ちゃんその人なのだった。

偲ちゃんってロリコン先生なの?って聞いたら、

「うるさい! その名前で呼ぶな! みっともないだろ!」

「みっともないなら、ちゃんとした名前付ければよかったんじゃねーのか?」

「こんな風になるとは、思わなかったの!」

 彼女は、現役高校生作家と言う訳だ。なんと、神々しい。美しい。高一の春にして、勝ち組! ネタ作りも兼ねて、部室にはちょくちょく顔を出してくれる。たしか、部室にあるシリーズ第一巻の文庫はサイン本だった、ロリコンDeathて書いてある。偲ちゃんってロリコンなの?

「アタシにそれを、二度と言うな!」

って怒られた。

 アニ研のもう一つの活動。ANM症候群についての情報集めと、考察については、多くて二週間に一回程度の集まりだった。つまり、ほぼイメージ通り、アニメの好きな、青木くんとメガネ先輩の溜まり場と化している。

 ヴー。ヴー。ヴー。ヴー。

 ポケットの中の携帯から着信を教える振動が、足に伝わった。当然、授業中なので携帯禁止なのだが、

誰からか気になるので、机の下で、画面を確認する。青木くんからだった。

 アニ研のグルーブメールなので、部員には一斉に着信しているはずだ。

 目の前の席では、神木さんが同じ様に、下を向いて、コッソリ携帯を見ていた。

(今から部室にこれる奴は集合してくれ)

 何事? 思わず神木さんと目が合う。

 ぷつ! 垂れ目の可愛いサルのお面! 神木さんは夏場は露出も少し増えて、誰にも全く気づかれない。とはいかないって言いって、ここのところは、主に白いマスクにメガネを着用して、変人扱いを免れている。一応、変だと言う自覚はあるみたい。夏用の軽装備になった事で、神木さん特有の、あの暖かい空気感が少しずつ教室に漏れて来ているのか、みんな少しだけ、フワフワした毎日を送っているようだった。

それを逆手にとって、仕込んでたんだ。ぷっくく。変な顔……。


「先生! 気分が悪いので、保健室に行って来ます」

神木さんがそう発言するのを、ジッと後で眺めていたが、ハッとして、

「じゃ、私が付き添いで連れて行きます」

「ん? ああ、そうか、いいぞ、わかった」

 嘘ついて、授業を抜け出す! 人生で一回はやってみたかった事。青木くんの知らせが、何事かは解らないけど、今、神木さんとそれを達成出来ちゃったのが嬉しい。

「へへへ、なんだか、悪い子みたい」

 神木さんが私の手を引いてくれている。二人で部室まで急いだ。


 こんな時間に部室が空いている事が不思議な気がしたが、中に入って見ると、メガネ先輩、木村先輩が茫然と立っていて、真ん中で部長が怯えた様に泣いていた。重苦しい空気が辺りを包んでいる。

「あの、何があったんですか?」

私たちに気がついたメガネ先輩が、とりあえず入ってドアーを閉める様に促す。

 青木くんが懸命に部長をなだめながら事情を話し出す。

「今朝、通学の時さ、駅のホームで誰か知らねー奴に、背中を押されたんだよ、立ってたのがホームのギリギリじゃ無かったのが幸いして、線路には落ちずに済んだんだ、上半身はほとんど浮いてたから、もう一歩前に立ってたらと思うとゾッとするよ」

青木くんは、険しい表情を崩さない。

「あと、一応、鍵借りる時に、教頭先生に言ってあるから、顧問の先生が時期に来てくれると思う」

「こんなことした奴に、心当たりはないって先輩は言ってるけど」

「じゃ、魅了がらみってことか」

木村先輩が、目頭を押さえながら呟いた。

「魅了?」

「Attraction Nicety Meaning ANM症候群のことだよ。正確にはCharmの方が良い得ていると僕は思うけどね」

 メガネ先輩が教えてくれる。ああそうか、この事故? 事件? の起きた原因はANM症候群に起因するって言いたいんだ。

 神木さんが、いつの間にかマスクを外し、寄り添う様に座ってそっと高橋先輩の頭を撫でている。

「怖かったね、もう安心。ね? もう安心なので」

 部室に、穏やかな春の様な空気が漂う。皆一度、深呼吸をする。

「神木さん、やっぱりすごいな」

 皆のココロが暖かくなってくる、不安が、少し和らいだ気がした。

 部長はまだ泣いているが、少しずつ落ち着いて来ている様に見えた。

 ここの皆も、私の家族と一緒で、あまり神木さんの影響を受けていないみたいだ。商店街で見た時や屋上にいた生徒のように、茫然自失と言うか、時間を奪われている様には見えない。


「でも、どうして学校へ、うちへ帰った方が」

「うん、先輩が電車は……怖いっていうからさ、それにあの駅からだど、学校の方が近いし、バスで来た。駅には後で学校から事情を話してもらう」

 ガラガラっと突然、部室のドアーが開いた、そこにいた全員がそちらをみると、教頭先生と顧問の和田先生が息を切らした様子で立っていた。あい変わらす、頭は激しい寝癖でキメている。

「怪我は? お? なんだ? この空気」

 一瞬戸惑ったような顔をした和田先生だが、神木さんの姿をみて、そうかそうかと察したようだった。さすが顧問と言わざるを得ない。ちょっとだけ見直した。

 青木くんが、現状を先生に説明する。

「ああ、膝を擦りむいたのと、手首を捻挫か何かしてる様で、気にしてますね」

「そうか、とりあえず、親御さんには連絡したから、すぐに迎えに来てくれるそうだ、それまで保健室で横になったらどうだ?」

 高橋先輩は首を振る

「みんなと、部室ここに居ます」

 それだけ行って、神木さんの胸に顔を埋める。その頭をゆっくり優しく撫でながら、二言三言、先輩に言葉をかけている。

 木村先輩は、ANM症候群だから、今日の事が起きたんじゃないか? と言った。

 神木さんと居る事が楽しくて、ただそれだけで誘われるままにアニ研に入った、皆と同じ一員になったのに、今この現状が、どことなく遠い場所の話に感じる、当事者ではないから? 私、もっとこの、ANM症候群という一連の症状を知らなくちゃいけないんじゃないの?

 私と同じで、別に特異なものを持たない青木くんは、こうしてしっかりと先輩たちの役に立っている。

「知っていれば、フォロー出来る事も有るかも知れない」

 青木くんは前に、そう言った。

「あの、私に何かお役に立てることは有りますか」

 先輩たちは、アンニュイな、つかみどころのない様な笑みを浮かべ、首を横に降った。

「由結、先輩に何か暖かい飲み物を作ってくれる?」 

「うん。わかった」

 部室にある飲み物は、お茶、コーヒー、紅茶のどれかだ、私はミルクティーを作ってあげようと、紅茶を手にする。出来れば牛乳で作ってあげたい、その方が美味しいし、お腹にも溜まるので、ほっこりするからだ。でも部室に牛乳はない、カップを二つ用意して、ティーバッグをお湯につけている間にクリームの成分票を見る、ああ、良かった動物性油脂分使用と書いてある、これなら少しは美味しいのを作ってあげられる。あれで、お茶にうるさいお母さんが、教えてくれた。買うなら植物性じゃなく動物性にしなさいと。

 お砂糖を多めに入れて甘々のミルクティーにしよう、悲しい時は甘いものに限る。


 放課後になって、もう一度部室に顔を出した。今朝の事もあってか、部室には部長意外の顔触れが揃って首を並べている。

 あの後は、神木さん達に後を任せて、私は教室へ帰った、青木くんは職員室へ呼ばれ午前中ほとんど授業に参加することは無かった。

部室の外には、二十人ぐらい、男女が入り混じった生徒が、携帯を触ったり、雑談しながら、さも暇を持て余している感じでたむろしていた。

「こんにちはー」

「青木ーー。遅せーよ、何があったかちゃんと説明してよ」

ドアーを開けた途端に偲ちゃんが絡んで来た。

 今日は珍しく、私、神木さん、青木くんで教室からここまで来た、同じクラスなのに、三人で来たのは初めてかもしれない。青木くんはやや、うんざりと言った疲れた顔で、椅子に腰掛けた。

 珍しく二年の先輩とおぼしき人も一人、出席している。木村先輩が、

「二年の奴らは、特別なんだ、だから滅多に部会には顔を出さないかもな」

そう言っていたけど。

「外の人たちは何ですか? 沢山集まってましたけど」

「ああ、七五三なごみさんは初めて見るんだっけ、皆で集まる時はいつも早く来てたしね」

「あいつらは、出待ち」

「出待ち? あの芸能人とかの?

 偲ちゃんが頷いてる。ああ、そうか先輩たちのファンの人か、合点がいった。

「今日は、部長がいないから少ない方だよ。それに手塚先輩がいたらエライことになる」

「ぷっ! 確かに」

 木村先輩が、偲ちゃんの言葉に、何か思い出し笑いを堪えている様だった。


「それで、その……」

 二年の先輩とおぼしき人。怖くて正視出来ないけど、ここでは初めて見る人だった、部室に入って来た時からあの人、ずっと私を凝視しているし、それにあの表情には覚えがある……クラスで一部の女子達が私を見る時のあの顔と同じだ。

 となりでは神木さんが何だかそわそわして、さっきから私の前を行ったり来たり、うろちょろと……。もう!

「神木さん! じっとして!」

 ビクッ! 叱られた小狐が、しょんぼりと所定の席に座る。

「……あの」

「七五三さんだったかしら、下の名前はなんておっしゃるの?」

「あ、はい。……ゆ、由結……です」

「ゆ……い……」

 二年の先輩は、何かを反芻する様に身悶えしている、気のせいか今、背後にお花畑が見えた気がした。

 ちょっと、気持ち悪いから、もうこの人いいや……。そう決めて、私は皆の分のお茶を準備する。

 青木くんは今朝の事を掻い摘んで説明していた、偲ちゃんは口に手を当てて驚いて聞き入っているが、二年の先輩は……さっきまでと変わらず、自分の世界に引き篭もったまま、時々悶絶している。あまり、ここの活動に、というより高橋先輩に関心が無い様にも見える。

「と、まぁ。そんなとこかな」

 高橋先輩は、お母さんに付き添われながらも自分の足で歩いて帰ったので、怪我の方は大した事はなさそうとのことだった。

「でも、青木くん。駅でよく先輩に会えたね、偶然でも良かったよ」

「そりゃ、会えるよ。待ち合わせしてるんだから」

あれ? なんだろう、みんなが当然でしょう? って顔してるけど。

「そうなんだ。え? 付き合ってるの? 二人」

「え! 何、アナタ! 高橋瞳美たかはしひとみさんとお付き合してるんですの?」

 こう言うのには、素早く反応するんだな、二年の先輩は。 

「馬鹿! ちげーよ! 今日みたいな事、まぁ、防げなかったけど。そう言うのに備えて、俺は高橋先輩。日野先輩は森木さんとなるべく登校する様にしてんだよ!」

 顔を赤らめた青木くんが声を荒げる。

「そうだね、せめて朝だけでもって事で、皆で決めた。森木さんはしぶしぶだったけどね」

「そりゃー、毎日、日野先輩と登校なんてイヤでしょ! 普通」

「あ! 馬鹿って言ってすみません、知念先輩に言ったんじゃなくて、コイツが変な事言うもんで」

 私を指差す。む。私も馬鹿じゃ無いし。コイツでもないし。


「ところで、青木くんや日野先輩は、こう言う事が起こるかもしれないって知ってたって事ですか?」

 テーブルに置いてある、漫画をパラパラめくりながら、

「ああ、そうだよ。知ってた、たまに先輩がファイル見てたりするから、そう言う話したりする」

 そう言う話とは、つまりANM症候群についてなんだろう。

「七五三さんさ、この特性についてどんなだと思ってる?」

「どんなって、……いろんな人からワーとか、キャーとか言ってチヤホヤされる、美味しい人生? とか」

「う……うん、そう、まぁ、そうだね。」

 あ、全く違うんだ。皆苦笑いしてる。でも知念先輩だけは、激しく同意しているようで、めちゃくちゃ頷いてる。

「ANM症候群は、相手に自分の魅力を伝えるて虜にする得意な症状なんだ」

「クラスの誰もが七五三さんのことを、素敵だ、可愛いと思うとするだろ、でもその中に、俺だけのものになれ! って思ってる奴がいるかもしれない、そして、俺だけのものにならないなら」

そう言って、青木くんは、ドン! と背中を押すジャスチャーをして見せる。

 そっか……。

「ストーカー被害に遭う確率が、他の人より数十倍高いって言う統計を書いてる本があった、女性の場合は性的被害も多いらしいし、このANM症候群は、まだ疾患として認められていないから、裁判で証拠として採用されない。同意の上というお決まりの文句で。被害者の立場が弱くなる事があるって」

 ストーカー、性的被害?

「偲ちゃんや木村先輩も?」

「あぁ、嫌がらせみたいなのは、割と有るかな俺は」

「アタシは……中校に上がってそれ以降は無い、小さいころに、そう言う人がいたってお母さんが言ってたけど、覚えてないくらい」

そうだ! 神木さんは……。そう思って神木さんを見る。

「私は無いよ! 一度も。ほらこれつけてると誰にも気づかれないから」

コンコンっとお面を爪で叩く。そうか、そうなんだぁ、よかった神木さん、よかった、何もなくて。

私は胸を撫で下ろした。

本当に良かった。

「由結、心配してくれたの?」

「……してないよ、べつに」

「えへへへー、そっか、そっかー。ありがと」

 神木さんが嬉しそうに腕にまとわりついてくる。

 ジャレ合っているのを見ていた知念先輩が、この部室にいた誰もがきっと見えたんじゃ無いかと思えるくらいの、メラメラとした炎を背景に背負って、

「ちょっと! 何ですの、神木さん。くっ付き過ぎですわよ! 離れなさい。七五三さんはわたくしといる方がいいのです!」

「…………」

 神木さんは、さらにぎゅっとくっ付いてくる、お胸があたってますよ、神木さん……

「やだ! これは私のなので!」

 知念先輩が反対の袖を引っ張る。

「ヤダじゃありません! 何を言ってるんですの、七五三さんはわたくしのものです!」

「離せーーー」「いやーーー」「離せーーー」「離せーーー」

 呆れた、軽蔑の目をして、みんなが見てる、頭を振って否定する、もう何を否定しているのかも定かじゃないが、とにかく!この状況は恥ずかしい。そういえば先輩は、

「ち……知念先輩!」

「あ、はい! …………千恵ちえって呼んでください」

 ああ、そんな潤んだ目で見ないで。

「じゃぁ……千恵……先輩は、大丈夫なんですか、そう言うの?」

千恵先輩の頭のなかで、あからさまに私との妄想が爆発したようで、真っ赤になって机につっぷしたまま動かなくなってしまった。わかりやすいけど、結構めんどくさい人だ。


「わたくしは全然平気ですわ、そう言ったアクシデントはわたくしの輝く魅力の副産物ですもの、そんなやからは人知れず闇にほおむるだけですわ」

「知念さんは、この状況が大好きなんだ」

 木村先輩が、ちょっと理解できないだろ?といった感じで肩をすぼめる。

「あら、当然じゃありませんの、ANM症候群て言ったって、私自身の魅力には違いないのですから、人より千倍くらい、わたくしが魅力的なだけです。それより、木村賢治きむらけんじさんの魅力は空っぽで、偽りの能力? 何でしたかしら、チート? そんな風に思うのがおかしいんじゃありませんこと。だってこの魅力は、誰からも奪われないでしょ? 誰に与えられたわけでもないでしょ? 自分を磨いて手に入れたものよ、違うかしら?」

 たしかにその通りだと思った。

 私たちは皆、どこかしら自分に自信を持てないでいるんだ。


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