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空ノ虚をみたす君  作者: 慶良
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 「美味しー! お母さん! すごく美味しい!」

 私は今、何を目撃しているのだろう。神木さんの笑顔が最高に可愛いのもそうなのだけど、私の家へ遊びに来て、顔も隠さずに、リビングで母と母の作ったアップルパイに舌鼓を打っている。ここではごく普通に、喋って遊んで笑って、私を含め、誰も神木さんの影響を受けていない様に見える。

 そもそも、私は何で、みんなと同じ様にならないんだろう?という疑問もあるが。

 にしても神木さん、もうすっかり馴染んじゃってる。この家に。

 柑奈でさえ家に遊びに来ても、家族とリビングでワイワイしようとはしない、私と二人で部屋で過ごす。普通そうだと思う。想像だけど。

 神木さんと友達になってから、それに比例する様に柑奈とは会う機会が減っていた。柑奈は運動部、バドミントン部に所属しているので、週三で朝練、放課後は部活、私は神木さんと共にアニ研に所属してはいたが、部活への参加率はそれほど多くは無かったし、必然的に帰宅のタイミングが神奈とはズレて来ていた。なのでこの所、ほとんどの時間を神木さんと過ごしている。

 私が神木さんについて知っている事と言えば、美人でよく喋る人で、狐のお面をつけてて、ANM症候群って症状に悩まされてて、人から好かれる容姿なのに好かれない様に隠してる あれ? 好かれたくないだっけ? まだまだ知らないことが沢山ある。知れることが嬉しく思う。


 お母さんと楽しく話している後ろ姿を見ていると、こんな風に話して、笑って出来る人なんだなって、教室にいる時との存在のギャップがすごい。

 私はと言うと、さっきから弟の太郎と、対戦ゲームに興じていて。ぷにぷにしたグミの色を揃えて消していくパズルゲームだ、連鎖を狙うと高得点で対戦相手へのダメージも大きくなる。太郎は五つ下の小学校六年、私の記憶では反抗期とかで、うるせーばーか! と昨日も散々罵られていたんだけど。神木さんが来てる今は大人しくしている、割と恥ずかしいのかもしれない。まだまだ可愛いところがあるよ。お姉ちゃん嬉しい。

「由結?」

 褒めるとこれだ。

「何? 太郎ちゃん、私、一応、おねいちゃんなんだけど!」

 モニターでは大量のお邪魔グミが上から降ってきて、私の領域を侵食している。

「真白は由結の彼女?」

「真白さんでしょ、誰に聞いたのそんなこと?」

 まぁ、柑奈くらいしか居ないだろうが、一応聞いといてやろう。

「母さん」

「は?」

「大事に取ってある、ラブレター全部女からだしー、真白ちゃん? あれは絶対彼女だわぁ! って言ってた、母さんが」

 身振りをつけて再現してくれる。ぷっ! めっちゃ似てる。それよりも、

「おかーーーーさーーん! 太郎に変な事教えないでよ! て言うか人の部屋、勝手にあさらないで!」

 ガタッ! リビングの椅子が動く音がした。びっくりして振り向くと、

「んな! ラブレターって? 由結、ラブレター貰ったの? いつ?」

 神木さん、そこはスルーしてもらった方が嬉しいかも。

 いや、あんまり馴染んでるもんだから、いつもの家族の会話のつもりになってた。

 恐ろしい子……。これもANM症候群のステルス効果だろうか?


「それがさ、この子、なぜか女の子に好かれちゃうタイプでね」

 お母さんがいろいろ言い始める前に、ジロリと視線で釘を刺しておく! ポロッと余計な事を言っちゃうタイプだから。

「うん、わかる。好き。私も大好き! 由結の事。ううん、もはや愛してる! そう言い切れる!」

 椅子から勢いよく立ち上がると、ワクワクした目で神木さんが私を見て言った。

 本当にこんな目が見られる日が来るとは、ウロコがどこそかに落ちる気分だ。

「あ……ありがとうございます」

 思わず、たじろいでお礼を言ってしまった。

「結婚したい! 由結と一緒に居たい!」

 おおー! 親の前で、なんて堂々たる結婚宣言! あ、いや待って、相手は私か……。お母さんが目を丸くして、

「いいわよ、でも真白ちゃん。この子は結構めんどくさいから……」

 そこんとこよろしくって感じで、お母さんはウィンクで神木さんに目配せする。

 めんどくさいって……。

「わぁー、やったぁ! 公認! 許婚になったので! 由結!」

 ああ、はいはい。全てのことが、私抜きで決まってるけどね。


 正直言うと、頭を抱えるしかない。好き。愛してる。許嫁。結婚。ついこの間、友達一人やっと出来たばかりの私に、まるで縁のない単語が神木さんの口からは、ポン! ポン! と縁日の射的ゲームの様に勢いよく飛び出して来る、的を得るのは難しい。

 柑奈なら、こんなリップサービスは望んだところで出ては来ないし、そんな姿を想像すると……いや、想像したくないね。


「ああーー! 由結、弱すぎ! 真白、対戦しよー」

 太郎との対戦結果は、全敗だった。パズルゲームは苦手だ。ゲーム機にダウンロードしてあるソフトを閲覧する、(動物と森)これなら得意! 太郎を横目に見ると、もう気持ちは神木さんに向いている様だ、柑奈以外でこの家に来る私の知り合いは、これまでほとんど居なかった訳で、そう思うと弟を神木さんに取られたみたいで、お姉ちゃん寂しいよ。ふふふ。

「……由結、一人でニヤニヤしてる顔。ブス過ぎるから気をつけたほうがいいぞ」

 キッ!

「もーいいから、神木さん。私の部屋行こ」

「うん! 太郎ちゃん、また後で遊ぼ。ふふ。ラブレター見たーい」

「ないない、そんなのないよ!」

「ふぁんた、ふぁの手紙とっふぉいてどぼすんの?」

 お母さん、口の中のもの飲み込んでから喋ってよ。

「……だって、どうしていいか分かんないだもん、捨てるのもなんか……あれだし」

「別に捨てたら呪われるわけじゃあるまいし、処分したらいいじゃないの。次に好きになってくれた人に失礼とか思わないの?」

 チラッと、神木さんが視界に入る。ふんふんと、うなずいてる。やっぱ嫌なものなんだろうか。

「……うん」

「後で、持って降りといて、お母さんが処分しとくから」

「…………。」

「ん?」

「一人じゃ、持てない……から、あとで手伝ってほしい……かも」


 ドタドタどたどた、大の大人のお母さんが一番うるさく足を鳴らして、階段を掛け上がって行く。

「持ち切れない程あんのかよ!」

「違う! そうじゃない! そうじゃない! ねぇ、聞いて。聞いて。お母さん」

 バタバタ、どたどたどたどた。すがり付く私にもお構い無しだ。

「ねぇー、今じゃ無くてもいいでしょー。神木さんだっているんだからー」

「バカね、こう言うことは思い立ったが吉日って言うのよ!」

 やけに嬉しそうだ。腕時計を見ながら、刑事のマネをする。

「○五:二○時!ガサ入ります!」そう言って、お母さんは私の押入れを、勢いよく開けた。

 バン!

 そんな母親を、弟の太郎が絶望の眼差しで見ている事を知っているだろうか?

「はぁーーーーーー……これ、全部そうなの?」

「……まさか、違う違う。えーっと、この中のね」

「この量、結構、エグいわね……」

 そう言ってお母さんは、押し入れのダンボール箱を引っ張り出して中を物色する。

「ほとんどは、小さい頃貰った、お手紙だよ。友達になろうって書いてもらった」

「はっ! どうだか!」

 そんな……吐き捨てる様に言わなくても。

「知ってるでしょ? さっちゃんや、ちーちゃんとか、殆どが保育園の頃のお友達のだよー!」

「いや! アンタに友達は柑奈ちゃんしかいないね! 親なめんな!」

 くそっ! もうやだこの人。

 パシャ! パシャ! その隣で神木さんがスマホで写真をとっている。

「何して」

 あ、神木さんの目が死んでる……。

「この量は相当エグいので、柑奈さんにLINEしようかと」

「ええーー! 神木さん、柑奈とLINEしてるの? え? いつから? あ? うそ、やめて」

 ポン!

「送信」

「あああ……。」

 お母さんはずっと押し入れの中を覗き込んでいる。

「いつから取ってあんの? こりゃ、お父さん帰って来てからだねー ダンボール箱が、一個、二個……あ、これもだ」

「だから、箱の中の一部だよ! 中をちゃんと見て!」

 やれやれ。お手上げって感じで、お母さんは部屋から出て行く。

 ああ、なんだろこの、はすかしめを受けただけで、何も解決しない感じは……。どっと疲れが出る。

「真白ちゃん、晩ご飯食べてくでしょ? 何がいい」

「わっ! ありがとう。じゃー、オムライス! 後で手伝いますね」

「いいわねー、本当、交換してほしいわ、由結と」


「神木さん、私こんなんじゃないから、本当に……」

「ん? 何が?」 

 笑いながら。「さて、宿題、宿題」ってテーブルに教科書を広げている。こうやって隣にいると、とてもあんな社交的には見えないな、悪けど。大人しそうで、控えめ。そんな印象を今でも受ける。伏せ目がちに机に視線を落とす姿を、思わず見入ってしまう。とても綺麗だと思った。

 高校に入って、神木さんは変わったのかな? 私は変わったかな? 柑奈と友達になったのは随分昔のことで、どうやって友達になったか、もう思い出せないけど。でも神木さんの時は私から。私も出来るんだよ。やれば出来る子なんだよ私! 友達の二十や三十人位! ふっふっふ! それだけでも成長と言える!

 ふと、神木さんの鞄から、いつものお面が半分、顔をのぞかせてこっちを見ていることに気づいて、手に取る。ほほう、これが例のぶつですか? 試しにお面をつけてみると、思いのほか、視界が狭い。真横は見えなから、体ごと振り返る感じだ。

「ねぇ、神木さん! 一緒に写真撮ろ!」


 そうだ! 私も部長にメールしとこ。

 高橋先輩には、日々気になったことがあったら、報告! というのが、部活動だと言われていたので、取り敢えず、神木さんが遊びに来た事、家族の前では顔を隠さなくても支障がなかった事を報告した。

 これが、何の役に立つのか解らないけど。沢山の出来事をファイルして、同じANM症候群に悩む、後輩に受け継ぐ、それがアニ研の活動内容の一つだ。

先輩からは「了解! 詳しい事は、また部室でね」と短い返事が来た。


ポン!

「あ、柑奈さんから、返事きた! おえぇぇぇぇぇぇ! だって!」

 ぷっ! あははは、と二人で笑いあった。

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