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空ノ虚をみたす君  作者: 慶良
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人に好かれ過ぎて生活し難いなんて、そんな悩みがあるなんて思いもしなかった。

「友達って」

「んぁ?」

「友達って、なろうって言ってから、なるものかなぁ?」

「はぁ? バレバレのアプローチに全然気付かない少女漫画のキラキラヒロインか!」

「……ええーっと」

 柑奈は本屋の軒先に設置されたガチャガチャを、おりゃ! と勢いよく回しながら返事をした、一応聞く気はあるらしい。

「友達になりましょう。ああ、いいですよって、そんな婚活パーティーで知り合ったような友達いたら、つれてこんかーぃ! おりゃ! どやさ! くそ! もう一回!」

「あっ、わかった。大丈夫、大丈夫」

 私にとって友達は柑奈だけだった、今だけじゃ無い。今までずっと。それ以外はみんな柑奈が連れて来てくれた友達。皆、柑奈の友達。私はいつも柑奈にくっついてるだけで、柑奈抜きで会ったり、遊んだりしたことは無かった。もちろん誘われることも。

「あぁー、くっそ! またダブった! も一回だ!」

 柑奈はスラッとした体つきの眼鏡女子だ、同性の私からみても可愛いと思う。快活でいつも楽しそうに話す。友達も多く廊下で会う時はいつも人に囲まれている。男子にはモテないようだが! ぷっくっく!

「なに? 今何か失礼なこと考えてたっしょ?」

 柑奈は今手に入れたガチャガチャを手の平に乗せて差し出した。

「じゃーん! 超兄者・乱デブ」

 柑奈曰く、ぽっちゃり系の男子がほぼ全裸でボディビルダーの兄者と共に悪の組織プロテインと戦うゲームの復刻フィギュアだ。ゲーム中の合体技を再現してある、ニッチな層に絶大な人気を誇るシリーズだそうだ。

「由結、ダブったやつあげる」

「ええー……」

 遠くの方でギーギーギーと、ハルセミの声が聞こえる、もう直ぐ本格的な夏が来る。

「柑奈、どこか寄って帰る?」

「ふふふー、そうね。これを横で読んでいいなら寄っていく」

 そう言って、本屋で買った袋から雑誌を覗かせる。そこには(麗人)と書かれた雑誌タイトルが見えた。

 ああ、今日はそれが発売する日でしたか。柑奈の愛読書だ、彼女の熱心な布教活動により、結局、いつも私も読むことになる。

「……やっぱり帰る」

「ええー、んじゃもう、由結の友達やめるぅ」ニヤリ

「パワハラだよ……。」


 バス停近くのファーストフード店で、私はアイスティー、柑奈はポテトとコーラを注文して、道に面したカウンター席に二人で並んで座った。

 柑奈はおもむろに書店の袋を取り出して、買ったばかりの最新号を広げる。

「ねー、何もこんな大勢人のいるとこで読まなくっても」

「やーねー、ポテト。美味しいのよ、ここ」

「知ってる」

 柑奈は自分の趣味が人に知れることに、物怖じしない。BL大好きなの! と爽やかな笑顔で受け応えるだろう。けど隣にいる私は今めちゃめちゃ恥ずかしい。なんだかソワソワして落ち着かない。

「柑奈は結局、部活どれにしたの? やっぱり漫研?」

「ん? あれ、言ってなかったけ。バドミントン」

「はぁ? 聞いてない、なんで? どうして?」

 漫画に夢中になると柑奈は、途端に喋らなくなる。集中して、周りは気にならなくなるらしい。というか、話しかけるなオーラを漂わせて来る。

「もう……言ってよ。バドミントンかぁ……いいな」

 ふて腐れてアイスティーのストローに息を吹き込む。ボコポコぽこ。

「汚い!」

「……くっ!……」

 そんなとこだけちゃんと聞いてんのね! 手持ち無沙汰な私は、外を歩いている人を眺める事にした。

 

 行き交う人のそれぞれの物語を表情から想像するのは楽しい。どんな用事でここに来たのか、何して帰るのか、嬉しそう、楽しそう。そんな理由づけを勝手に作って、想像する。

 背広を着た若い会社員らしい人が、携帯を見て項垂れている、

「あれはきっと面接不採用ね」

 私はハッとして柑奈を見る。

「もう読み終わったの?」

「とっくよ! はい。じゃー読んだから、特別に貸してあげる」

 特別という柑奈の言葉に、いつも少しだけ安心する。中一の頃、漫画にどっぷりハマった柑奈は私にこんなことを言ったことがあった。

「これからは由結にも私と同じものを同じだけ読んでもらうからね! 好きなものを共有する、BLを読んだ時間の分だけ私たちは友達でいられると言っても過言ではないわ! あなたは私の特別だもの!」

特別……。今にして思えばただの横暴に思えるが。特別を共有するのは確かに楽しい。まぁ、共有するのは男の子しか出てこないエロマンガなのだけど……。

「思い出した! 先月号。家帰ったらお母さんが読んでて、びっくりしたよー」

「えー、何か言われた?」」

 柑奈はなぜか嬉しそうだ。彼女の頭の中には虐げられた私しか、居ないのかもしれない。

「私を見て、フッって笑て、ちょろいわねって言ったのー、あれって」

「あーー。たしかに先月号は、そんな内容のが多かったなー」

 渋い顔で、自分の棚の蔵書を検索しているようだ。

「今度もっと過激なのを由結ママに持って来るよ」

「やめたげてよお!」


 そんな話をしながら、お店を出る、二人ともバス通学なので、バスの時刻まで今いる商店街で時間を潰すことにした。割とレトロな雰囲気のお店の残る商店街だ。薬屋の前には、万年裸のケロヨンが今でも設置されたままだったり、すっかり見かけなくなったが公衆電話も見かける。

 と不意に「由結!」と弾んだ声で呼び止められた。声の方を見ると神木さんが喜び一杯って感じにブンブン手を振っている。

「あー、神木さん」

「誰?」

 柑奈がいぶかしげな様子で、私をかばう様にスーっと私の前に立つ。こう言う男前なとこが柑奈にはある、格好良いやつめ。と言うより、フード被った狐面が手を振って近寄ってくれば、こうもなるのかもしれない。だって案外怖いもの、傍目はため

 神木さんって学校の外でもお面つけてるんだ。

 喜びを爆発させながら、走り寄って来る、周りのみんなもお面をかぶった女子高生に気づいて、こっちを見ていた。落ち着いて神木さん、不審者に見られてますよ。

 私は神木さんに駆け寄って、落ち着くように促した。

「無理なので、だって嬉しいもん。でもさすがに、この格好はもう暑いね」

 息を切らせた神木さんが、フードを脱いで言った。

「ですねー……。ああ、そうだ! 柑奈は初めてかな? クラスメイトの神木さん、神木さんは知ってるよね? こちらは、大親友の宮内柑奈ちゃん」

「初めまして、神木真白です」

 神木さんはこう言ったことには慣れているのか、初めましてと口裏を合わせてくれた。神木さんは毎日、柑奈に会っているが。柑奈が気が付いたことはこれまで一度もなかった。

「どうも、大親友の宮内です、クラスメイトの神木さん」

 ニヤリと柑奈が格上を宣言する。何に対抗心を燃やしてるんだか。

「てか何で狐? それに今、由結って名前呼び」

「あっ、私たち付き合ってるので」

 柑奈に向かって、ドン! と一歩、歩み寄る。まるで。これは私のだ! と主張しているような一歩。

「え……?」

 柑奈が私をみる。目が、本当? と聞いている。

「違う違う違う! 付き合ってない、ない! 絶対ない!」

「わっひどい、全力で否定した」

 あはははと神木さんと柑奈は気持ち良さそうに笑った。

「だから、言ってるでしょ! 顔も知らない人とは……」

「付き合えませんって?」真白が後を引き取って言う。

「えーー何? じゃぁ入学以来ずっとそれ付けてんの? で由結は彼女の顔、まだ知らないの?」

 ひーーーと小さく驚いて柑奈が訪ねた。

「うーーん、私が知らないと言うか、誰も知らないよ。クラス中、たぶん誰も」

「……」

 柑奈は少し考えている。

「へぇ。じゃ悪いけど、素性を明かせない奴なんかに、大事な娘はやれない! これ以上、由結には近付かないで! 彼女は私の特別だから!」

 柑奈が腰に手をあてて、偉そうに、ふん!っと鼻を鳴らして踏ん反りかえる。

 冗談が好きな柑奈、お得意の茶番だろうけど、初対面の人に茶番を振る? 普通。でもちょっと、心にくる。特別の響き。

「……そう、でも私にとっても由結は特別なので……」

 そう言って神木さんは、何なく狐のお面を外して見せた、私の立っていた位置から顔は見えなかったけど、柑奈の表情を見ていればわかった。ハッとした、息を飲む表情。神木さんの前と後ろで商店街の時間が二つに割れたように感じた、世界が静止している。見てるんだ、神木さんを。奪われているんだ、時間を。神木さんに。

 高橋先輩や木村先輩のように、ファンに囲まれ持てはやされるわけでもなく、みんな、その場で魅了されている。みんな恋してるみたいに、気持ちようさそう。

 あちこちから、ガシャーン! とガラスが割れる音がした、よそ見をしていた誰かが、魅了され呆けている誰かにつかって罵声を浴びせられる。魅せられた人と、そうでない人との世界は同一で、静と動が予告なく現れる感覚だった。神木さんのそれは、信号のように予告をしてはくれない。

「これで、許可して貰える? 大親友さん」

 神木さんは、サッと再びお面をつけて、振り返る。

「由結、途中まで一緒に帰ろ!」

その後ろで、柑奈がゼェー、ゼェー、ゼェー。と胸を抑えて肩で息をしている。

「し、死ぬかと思った。」

「なんでよ」

「可愛くて、息するの忘れてたわ」

「……そう……なんだ、へー」

「私、めっちゃ可愛いので!」

はぁーーー、ため息が、つい出てしまう。

「本当もう……なんですか? これ」


 私は少し慌てていた。

 昨日の神木さんの行動に。柑奈に一言いわてれ、初対面なのに。あんなにあっさりお面を取るなんて、驚く。

 正直、神木さんは私に一番に顔を見せてくれるのだろうって、どこかで思っていたから。

 いやいや嫌、私が憂鬱になる理由なんて何にもない。神木さんとだって別に、学校で話すくらいなら、顔とか、表情とか、どんな風にわらうのかなぁーとか、怒ることあるのかなぁーとが、そんなの全然全然、気にしなくても平気だし。今まで通りだし。そうだよ……。

「もう、どっちでもいいけど……」


「と言うわけで、今言った範囲で来週小テストだからなぁー」

 終業のチャイム、ほとんど理解できずに公民の時間が終わった。目頭を押さえる。話聞いてなかった、どこからがテスト範囲か分からない。誰かに聞こう……、ああ、そうだ私が聞ける人なんて……

「あの、神木さん……」

「ん? なぁに?」

 すごく優しい言い方が、なんだか勘にさわる。

「な・ん・で・も・ないです!」

 ぷいっと拗ねて、席を立った。ダメだ、意味分かんない。声聞いたら、急に昨日のことが腹立しく思えて来た。

「あれ? 何か、怒ってる?」

「怒ってますよ! 怒ってちゃ悪いですか!」

 神木さんは前を歩く。

「何に怒ってるの?」

「なんでもいいでしょ! 私、購買にパン買いに行かなくちゃいけないの!」

「やったー! ご一緒しまーす」

「もう! 来なくていいから!」


 イライラしたって良い事ない、そう思いつつも、ドタドタと歩いてしまう。

 食堂に近づくと、ついさっきまで忘れていた自分の習性を嫌でも思い出す。廊下から食堂を眺めて、ため息が漏れる。中に入れない。今日もメチャクチャ人がいる。

 広い食堂には、購買の他にも、イートインコーナーが設置され、生徒同士が学年関係なく、交流したり、食事したり出来るように配慮されている。

「入らないの?」

 レジ前では、怒号が飛び交っっているようだった。これはアニメに出て来るような購買部の光景そのものに思えた。あれは事実かよ!

「こ……怖くて行けない」

 ずっと廊下で中を伺っている私を、色んな女の子が代わるがわる見て、通り過ぎてゆく。時々立ち止まる子もいたが皆一様に嬉しそうな表情で、コソコソと何やら話すのだった。恥ずかしい。

 次第に食堂の中にいる子達まで私たちを見ては、嬉しそうにコソコソとお喋りをしている。こんな高校生だっているんです!そう言ってやりたかった。

「……」

「ねぇ由結、私がパン買って来たら、機嫌直してくれる?」

 うんうんうんうんうんうん。ものすごい勢いでうなずく、濡れてに泡とはこのことだ。

「お腹……へった、死にそう」

 あはははは、神木さんは嬉しそうに笑った。

「彼女の頼みじゃ、断れないので!」

「だから! 彼女じゃ……」 

 そう言って神木さんは、すごい勢いで忘却の彼方へ消えて行った。ああ、神木さん。あなたの骨は後で私が拾ってあげるからね……。だから、甘いパンをお願いします!


 校舎の屋上は、昼休みの間だけ開放されている、木製のベンチと大きな植木鉢の寄せ植えが、いくつも並べられて綺麗な花を咲かせ、本来、配管や貯水タンクしかない殺伐とした屋上を、少しでも居心地の良い場所に変化させている。校舎の端には当然、高い転落防止のフェンスが設置されていて、全体的にはアンバランスな印象だった。

「屋上でお昼するの初めてかもー」

 神木さんが買って来たパンを大事に小脇に抱えて、ここまで上がって来た。屋上ではすでに数組の団体が楽しそうに、お弁当を広げている。

 初夏の太陽は思っていた通り、暖かで、時折吹く風も涼しげに髪を撫でる様だった。

「あそこのベンチ、空いてる」

「うん!」

 ベンチにハンカチを敷いてその上に座った。

 ふと、私は以前のことを思い出す。

「ああ、そうか、神木さん、私と一緒だとご飯食べられないね」

「えー、なんで? 食べるよ、もちろん」

「あっ、じゃ、私が向こう向いてる」

「平気、ほら。これで一緒に食べられるので」

 そう言って、神木さんはお面をスッと外す。

 途端に辺り一面に、優しい雰囲気、いや空気の方が言いえている。吸って、体の中に入って来る、染み込んで来る。穏やかなもの、暖かいもの。そう言ったものが満たされて、辺りに居た人達はふわーっとして、動かなくなった。そして私も、同じものを体の奥に感じた。


 ――いい気持ちだね。春みたい。――


 幸い屋上にいる人は、一様に夢心地の様で、自身の中に突如現れた、春みたいな感覚を堪能しているようだ。ぽわーっとして動かない人が殆どだ。

申し訳ないけど、ご飯の間だけ、協力してもらう。時間が過ぎたら、勝手に元に戻るかもしれないし、と少し期待した。

「お待たせ。じゃ、食べよう」

「……うん……」

 見るなと言われても目が離せなかった、ずっと知りたかった、どんな風に笑うんだろう? と言う答え。

 あぁ……なんか、いいなぁ。いいな。こんな顔で笑うんだ。

「んー。そんなに見ると、恥ずかしい」

 ぷいっとソッポを向いて、サンドイッチを一口頬張る。

えへへと私もサンドイッチの袋を開ける、メロンパンは最後に取っておこう。メープルシロップとカスタードクリームが入っていて、かりっと、しっとり、とろーり。のやつ。神木さんと半分こしよう。


「あのね、あのね。本当いうとね、さっきまで拗ねてたの、昨日の柑奈とのことで、私がいくら頼んでもお面取ってくれなかったのにって、私が一番最初だと思ってたのに! って」

 神木さんは、綺麗な瞳で私を真っ直ぐに見る、口元がふっくらと上がる。

「あっ、神木さん。笑うと笑くぼ出来るね」

「そうでしょう、私のチャームポイントなので」

 そう言ってまた笑った。

 

 ねぇ柑奈。私、友達出来たよ。

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