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空ノ虚をみたす君  作者: 慶良
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 入学式も終わって、桜も真新しい葉に早々と姿を変え、クラスの話しやすい顔ぶれや、趣味の合う者同士、大体寄る所を見つけた頃になっても、まだ私は部活を決められないでいた。

「ねぇ。由結ゆい、いい加減部活決めた?」

 机に突っ伏したまま見上げると見慣れた顔がこちらを覗き込んでいた。セミロングの髪にスクエア型の薄い水色の眼鏡が可愛いらしい女の子で同じ中学から進学してきた柑奈かんなだ。

 後に回ると、束ねていた髪を梳いてブラッシングしてくれる。

「まだ」 

 柑奈はよく私の髪で三つ編みのアレンジをしてくれる。

「長くて真っ直ぐな髪……いいなぁ、私こう見えて癖っ毛だからさ、由結の髪は憧れる」

 ふふふ。そうだろう、何せこの髪だけが私のチャームポイントだ。顔だって普通、スタイルだって……出るべきところも出ず、引っ込むところも引っ込まずって……。まぁ普通ですよ。頭だって特別賢くもないし。

「私は平凡に帰宅部でいいんだけど」

 平凡に学生生活を送って、何と無くを堪能する、それが今年の目標。

「それはダメよ。この学校に入学してしまったからには部活は必須科目と言っていいと思う」

 柑奈は拳を握りしめて宣言する。

「柑奈はどこに決めたの?」

「私は漫研かな。あそこしかBL《ボーイズ•ラブ》の話出来るとこ無さそーだし」

「BLって……。」

「あっ! 今度持って来るね。またすごいの見つけたから」

 あはははっ! 柑奈は本当いつでも楽しそうに笑う。笑顔の素敵な人だ。

 この学校のクラブ活動は盛んで全国へ出場する部活も沢山あった。そしてなにより部活動は全員参加の取り決めが伝統で、私帰宅部希望です! と声を大きく主張できるような風校でもなかった。もとより叫ぶ度胸は私にはない。

 頬杖をつきながら伏せ目がちに柑奈の顔を見るでもなく見る。

「知らない人は苦手」

「この人見知りめ、そんなんだから友達出来ないのよ。でも由結は内弁慶だから、あの子口悪いよ! とかって影で言われるね」

 うわははと気持ちよく悪口を言う。

「悪くないでしょう! 口悪いのは柑奈でしょ」

 口を尖らせながら、髪留めを柑奈に渡す。ネコのキャラクターがついた可愛い髪留めだ。去年の誕生日に柑奈から貰ったもので、私のお気に入りだ。

「告白します。実は私、見てはいけないものが見えてるかもしれない」

 柑奈は器用に左右で結った三つ編みを真ん中で束ねている。

 柑奈が編んでくれる三つ編みは、フワッとした印象になって可愛いから好き。自分じゃこうはいかない。

「あったっけ? 霊感」

「ふふん」

「由結はさぁ、黙ってりゃ男受けしそうな可愛い顔なんだよ、スタイルだって! ねぇ? 胸は可能性がまだ……きっと……たぶん残ってるんだけ? だから華道部とかさぁ、ほら、華道部って着物でしょう? 由結は着物似合うよきっと。全体が真っ直ぐだと着物に合うっていうじゃない。あと美術部とかさ。こーーじっとしてたらチョットは絵になる感じの? 部活がいいんじゃない? 動くと台無しだし」

 大きなお世話だ! 心にぐさぐさ刺さる、両腕で自分の胸を隠しながらそっぽを向いて見せる。

「お……男受けがいいとは初耳だし」

 柑奈は一通りクラスを見渡して、ニンマリと続ける。見て、あの顔。憎たらしぃ。わざと周りに聞こえる様にヘラヘラと続ける。

「おや、それは失礼。女受けの間違いだった。中学の時、何回女子に告白されたんだっけ? 七五三由結なごみゆいさん!」

 あははっとまた気分よさそうに笑う。過去を知っている人間というのは安心出来て、案外厄介だ。

「うるさいな」

 そんな、やり取りを聞きつけて、近くにいた女子が興味津々な顔尽きで寄って来る。知らない人は苦手だって言ってるのに! 私がこう言う立ち位置になるのも柑奈の誘導によるところが大きいと思う。

「あぁ、わかる。わかる。七五三なごみさんって綺麗だもん」

「私も思ってたー」 

 なぜか皆キラキラした目で私を見て来る、こう言う話の時は恥ずかしくて、大抵俯いてしまうしかない。

「ふ、普通です」

「本当に告白して来た人とぉー、ラブレターだけの人も入れたら、二十や三十じゃきかないよ、モテモテだったからねぇ」

 ニヤついた柑奈の顔を、キッ! ときつく睨む。また適当なこと言って! 柑奈め。

「きゃーーーー 七五三ちゃん。可愛いー」

「あぁ、嘘だから、そんなこと……ない……ですから」

「えー? またまたぁ……本当、七五三さんて……綺麗……」

 あっと言う間に五人程のクラスメイトに囲まれていた。皆うっとりとした瞳をしている。そういう顔を向けないでほしい。

「そうそう、中学の学校祭の時なんかさ、由結が……」

 「きゃーーーー」

 柑奈は私が女の子から告白された時のネタを存分に披露している。

 顔が赤くなって行くのがわかる。浴びせられる黄色い悲鳴を軽くさばいて、ニヤついた顔で、柑奈は私の肩をポンと叩いた。

「ほいっ! 出来上がりー おお、可愛い」

「髪型が?」

「そうね。髪型が」


 見てはいけないものが見えるてるかもしれない。

 そんな風に思ったのは入学初日、決められた自分のクラスに入って初めて目にした人。お面を付けた女の子、神木真白かみきましろに対してだった。あれは、ただの目立ちたがり屋? 気になったし、面白そうなので観察対象に任命した。子供の頃から人見知りで、人の顔色を伺ってばかりいた私は、いつ頃からか、周りの人の表情を見て、嬉しそう、楽しそう、怒ってるから連想される、その前後に何があったかを想像して遊ぶようになった。正解かどうかは分からないけど、一人の世界に興じるのは本を読むのと同じくらい楽しい。

 制服はブレザーにチェックのスカート。同じように今年の春から着ているはずなのに、もう長く着こなしてる様な雰囲気があって、とても制服が似合う女の子だった。 背丈は私よりも少し高くて、細くスラリとして物静か。そんな雰囲気を持つ子だった。 廊下側の二列目一番前。

 あんなに人の出入りが激しい席で、彼女の席だけがシンっと静まり返っている。

 そして顔には狐のお面。あれで目立ってないのが有り得ないし。白地に赤い模様の入った狐のお面。

 それからも、事あるごとに私は観察を続けた。チラリ、チラリ。決して悟られることなく。

 今日も誰も話しかけてない。最初はみんな話し掛けづらいのかと思ってた。それから毎日、彼女はあそこの席にいて、ただ黙って座っている。

 だけど、誰も避けてる感じもしなくて、揶揄からかう人もいない。ほかの女子たちも噂したりしない。無視されてる感じもない。本当。クラスの皆には見えて無いのかもしれない。

 そう思うと、その希薄な存在感が儚げな感じがした。

 入学して2ヶ月近く経つけど、まだ顔も知らない。一度もお面をとった所を見たことがない。声も小さいのか聞いたことがない。よくあれで学校生活が成り立つものだと感心する。

 でも狐のお面の日もあれば縁日で売っている様な丸顔のネコのお面の日もあった。確か青色の。制服の上からパーカーをすっぽり被ってることもあれば、馬のマスクを被ってる日もあった。あれは笑った、私だけだけと。シュールすぎて。案外面白い人なのかもしれない。

 話しかけて確かめられれば簡単に解決するんだろうけど。そんな勇気ないし。知りたいことはあるのに、話すことなんて何もない。いやいやどう話したらいいのか言葉が出てこない。柑奈にいつも言われる。

「会話はキャッチボールなの! 由結のは貰ったボールを取ってはポイ、取ってはポイって捨ててるのよ!」

 そんなつもりは全くないのだけど、知らない人の前では私はいつも見ているだけだ。

 でもなんで誰も彼女に気づかないんだろう? クラスの皆も、先生も、それとも彼女はそういう子で、それでオッケーな子で、みんながそうだと知ってて、私だけが知らなくてもいいって? そんなことあるかな?

 ああ……関わり合いになりたくない! ないのについつい目が向いてしまう。彼女を見てしまう。

 休み時間も授業中もずっとそこにいて静かに座ってる。

 実はイジメられてるんじゃないか? と思うこともある、だけど神木さんって実は積極的に授業に参観してる、手もよく上げてるし、全然指されないけど。それに入学初日からこの状態だし、自己紹介もしないうちからイジメってないよね。

 あっ? でも神木さんの自己紹介ってあったっけ?

 どんなだっけ?

 そう思った私はとりあえず、神木観察日記を継続することにした。彼女がいかに透明でシュールで笑える人材かを後で思い返しではニヤニヤするために。



 衣替えの季節になって、気の速い男子はもう半袖に袖を通している。思わず見てる方が寒くなる。せめてカーディガンくらいは着ててほしい。寒がりの私にはまだまだ夏は来ないのだ。

 それに合わせて、今日の午後のホームルームで入学後初めての席替えがあった。

 クラス全員分の数字をメモに書いて、くじ引き。一番窓側の後ろ、くじ運の悪い私にしては最高の結果だった。

 嬉しい。まぁ良し!

 後はまわりになんとか話しやすい人が来てくれると、今後の学校生活が楽しくなる。

 自分の机を運んで早速座る、外の光が机に落ちて少し眩しいくらいだった。黒板に目をやると室内が暗く見える、外の光が強すぎるようで、目が慣れるまでに数秒かかった。窓を開けて外の風を感じ、ぶるっと身震いがした。風はまだ、冷たかった。ここ数年寒がりに拍車がかかたように思う。

 クラスみんなの席が決まり、後ろの席でよかっただの、一番前で最悪、だのと悪態が飛び交う中、私は一人背筋を伸ばして固まってしまった。

 神木さんが真っ直ぐこっちに向かってくる。目を合わせてはダメだ。出来れば関わりたくない。

 さりげなく目線を窓の外へやったつもりだったが、少しわざとらしかったかもしれない。

 スっと机を移動してきて、本当にかすかに、教室の皆の雑談にかき消されてしまう程の小さな声で

七五三なごみさん、よろしくね」

 そう聞こえた。思わず「え?」っと聞き返したくなるほど小さな声、けれど澄んだように綺麗な声。

 返事を返すことは出来なかったが一瞬お面の向こうの顔が笑ったように感じた。

 危うく目を合わせてしまうところだった。私はきっとあの仮面の下には呪いがかった瞳が隠されているっていう設定にしている。なので観察対象とは目を合わせてはいけないのだ。

 長い髪が、風にそよぐ。

 アナタと会話をする気はありません! とでも言いたげな素振りで、スゥーっと前を向くと私の目の前に座った。

 頬杖をついて窓の外を黙って眺めている。可憐な横顔なのだろうか? お面の中の表情はもう想像することもできなかった。

 目の前に座った彼女に手を伸ばして見たくなる、話が合うだろうか? ねぇ、何が好き? 何が嫌い? なんでお面付けてるの? なんで皆んなに気づいてもらえないの? 寂しくないの?

 手を伸ばせば触れられる距離まで来てくれた。

 そっと触ったら友達になってくれるだろうか?……いやいや、無理無理。ないない。会話が弾むはずがない。

 私は一度伸ばそうとした手を引っ込めて、寒そうに丸まった。


 本当に幽霊だと思った。

 溌剌とした男子諸君にとっては陽気な天気でも、陽がかげると風はまだまだ冷たい。

 目の前に座ってじっと動かないままの神木真白かみきましろが珍しく、

「くしゅん!」

 可愛らしい、くしゃみをした。

 校舎は西側に面していて陽が差すのは午後になってからだ。

 夏服の上にカーディガンを羽織り、陽が指せばポカポカして眠く、陽が陰ればブルっと寒く感じる割と過酷なこの季節の、この窓際の席で。

「うぅ、鼻水でちゃった。」

 消え入りそうな声で、そう言って席を立つと彼女は慌てて教室を出て行った。一瞬笑いそうになったがなんとか吹き出すのを我慢した、あぶないあぶない。たぶん鼻水と唾液だらけのお面でも洗いに行ったのだろう。それにしても生徒が一人教室を出ても先生も気が付いた様子はないと言いのは。うらやましい限りだ。

「自由人か!」

 思わずツッコミを声に出してしまって我に帰る。

「なんだ? 七五三。何か言ったか?」

 先生が振り向いて私のツッコミにツッコミ返す。みんなの視線が私に集まる。

 私は恥ずかしくなって手で顔を覆う。普通だ。普通こうなるでしょ? 教室出てって一人も振り返りもしないなんて、彼女の存在は何かがおかしい。

 程なくして彼女が教室に戻ってきた、前のドアーから普通に歩いて帰ってくる、教室は私語で喧騒していたが、それでも、ガラガラとドアーが開けば気がつくものだし、みんなが注目するはずなのだが、何事もなかったかのように席に戻ってきた。

 ただ一つさっきまでと違って狐のお面をつけずに、カーディガンの袖で顔を覆いながら、机の横にかけられた鞄の中をゴソゴソと何かを探しているようだった。

「よかったら、これ。使って」

 机から一枚小分けにされたマスクを差し出してすぐに後悔した。

 やっちゃった、ほっとけばいいのに。

 ルールその1だ。観察者は対象に干渉してはいけない。私の神木妄想観察日記は一学期も持たずに破綻しかけている。

 季節の変わり目はいつも風邪をひいてしまうので、マスクは常に鞄か机に置いてあったのが仇になった。

「あ…ありがと」

 手を伸ばした瞬間にふと、彼女の目が見えた。もちろん初めて見る、長いまつ毛、大き目のとても綺麗な瞳が驚きと赤面の中で潤んでいた。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに私を見ていた。

 こんな綺麗な目をした人がいるんだ。そう思った。

「神木! 授業中だぞ! なにやってんだ! 席につけーー」

 先生の叱責が飛ぶ、

「あっ! はい! すみません」

 彼女はそう言って、慌てて頭をペコっと下げて着席した。

 一瞬クラスのみんなが彼女に注目する。先生の声でみんながこっちを見ていた。

 彼女は下を向いている。

 どうやらマスクをつけているらしいが、その上にさらに狐のお面をつけているようだ。

 そのお面はキレイですか? と私は珍妙な顔つきでその作業を後ろから観察していた。だが顔をあげた後、それはもういつもの教室そのものだった。

 彼女だけが居ないかのような空気。私だけが知っている様な空気。

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