序
こんにちは、慶良といいます。
初投稿、お目に止まりましたら最高です。少しずつ書いて行きます。
お時間空いてましたら、お付き合いください。
今にも雨が降って来そう。私の居る学校も薄暗い影に覆われている。辺りを照らし出すのは天井に設置された数十本の蛍光灯と時折の閃光。世界を目覚めさせるように、空気を裂く轟音。みんな心の準備が出来ていて、「キャッ!」と悲鳴を上げる者もなく。ただ、「おお!」と響めきが広がるくらいの日常。また一段と強い閃光と少し遅れて轟音が地に響く。
「おお! ふははっ! 今の雷すごかったなぁ!」
たが私は今、悲鳴も響めきも、クラスの皆と苦笑いの共有も、押し殺して耐えねばならない状況に一人置かれている。
目の前には、こちらを向いて座っている、狐のお面をつけた女の子。制服の上に今日の天気とは不釣り合いな程の、薄いピンク色のパーカーを着て、頭からすっぽりフードを被っている。
もう、かれこれ二十分はこうやって顔を突き合わせているのだけど、実は今、数学の授業中だ。
先ほどから授業は何の滞りもなく続いていて、先生から態度を注意されることもない。
私たち、いや、正確には彼女、神木真白だけが教室にいる全員から認識されていない状態が続いている。
ANM症候群。そう言う名前の症状の一つだと。こうして顔を隠していると、大声で自分の存在をアピールでもしない限り誰も気づかないのだと、と彼女は教えてくれた。
それだけで私にとっては十分にホラーなのだけど。
世の中には、そんなことも有るのだなと思わせるのは、現在のこの状況と彼女の綺麗な声と、案外親しみやすい物言いに因るところが大きいのかもしれない。
私、影薄いので。そう言って、ふふふっと笑っていた。もちろん笑顔はお面で見えない。
彼女の首元からは真っ直ぐな黒髪が胸の下ほどまで伸びて、教室の開いた窓から、時折吹き付ける強い風に、これでもかーっとなびいている。これで大雨でも降ったら絵面は決闘前って雰囲気だ。
それでもずっと、こっちを向いたまま何も言わないで座っている。時折何かを言いだげにズズズ……っと、体が前に寄って来るが、諦めて脱力する。一体何度目のこの状況だろう。
彼女の圧力をひしひしと感じながら、懸命に板書を書き写してゆく、気になって授業内容は全く頭に入って来ない。めんどくさいのに関わってしまった。無視だ! それしかこのお面と向き合いながら数学の時間を、無事に乗り切る手立ては今の私には無い。
「好きです、付き合っ……」
前触れもなく狐のお面が、ぐぐっと顔先まで迫ってくる。
「む……無理です! ごめんなさい!」
気恥ずかしさよりも驚きが先に来る。
「えーー、今そう言う流れだったじゃん、わ・た・し・もって感じだったじゃん!」
「全然違うでしょ! 授業中だし! 外は雷なってるし!」
全く! しょうがないので、白けた視線で応戦しよう。
「しかも今、何気に告白したでしょ? 今朝まで友達になろうって言ってたのに」
彼女は両手を体の前で小刻みに振って、悔しがった。オーバーリアクションは厳禁なんだろう。存在をアピールしてしまう。
やっぱり、彼女の声はとても綺麗だった、小さくて聞き取りにくかったけれど。
「顔も知らない人とは友達にはなれません。お面を取ってから、また言ってください」
「えー、でも……このお面取ったら! 私めっちゃ! ……もう……めっっっちゃ! 可愛いので! クラスの皆が神木さん、ちょー可愛い! とか言って私のことばかり見てて、授業にならないので、それはそれは大変なので たぶん世界一くらいは軽く可愛いので!」
そう小声で鼻息荒く説明する。
「……まぁ……ちょっと、何言ってるかわかんないですけど」
「ね? 由結」
「ね? って……」
私は毎度の如くも優しく狐のお面をデコピンで弾いた。コツッ! 乾いた音がする。
彼女はじっとして動かない。
ムスッとして拗ねてても、泣いてても、笑ってても、お面の下の表情はわからない。なんとなく想像するだけ。
顔が見えないって、本当、めんどうだ。