ヒトモドキ
はじめまして、よろしければごゆっくりどうぞ
「グァァァァ グァァァグァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
地の底を這うような獣の声が鳴り響くと、黒髪の少女は額を流れた汗をぬぐった。
少女は短い髪をくくっており、彼女が肩で息をするたびに、その先から雫が落ちる。彼女が身にまとっている黒い袴もとこれどころ破れており、その白い肌からは赤黒い血がこびりついていた。
彼女の名はアキラという。
少し鼻をひくつかせると、独特の酸の匂いがする。思わず不快感に顔をしかめながら、アキラは目の前の怪物に再び視線を向けた。
獣の体は高さ3メートル程で、その巨体を覆う黒い皮膚はカエルの様なゴム質感だ。そして、目はぎょろりとしたカエルの様な目で、口には立派な歯が並んでいる。正直に言えば、醜い。
まさしく悪魔の名をもつにふさわしい姿だった。
これらは『ヒトモドキ』と呼ばれる化け物である。ヒトモドキとは私達の姿に擬態し、人間の中に紛れ込む、化け物だ。
彼らはどのような条件下かは分からないが、ある時突然その姿変えて、化け物になる。その後の行動は個体によって様々だが、あるものは逃避行動をとったり、あるものは周囲の破壊行動をとったりする。
そのため、人気の無いところで発生した場合はともかく、人のいる場所は多くの人命被害がでることもあった。
今現在、その怪物の周りを15人ほどの黒い袴を身にまとった男女が囲っており、そのうち8人ほどは離れた位置から青い膜の様なものを作り出し怪物と残りの7人を囲い込んでいる。その青い膜の様な物の中では、弓を持ったものが後ろから怪物の注意を引き、一番近くにいる青い光を帯びた刀を持ったものがしきりに怪物に攻撃を繰り返していた。
これらの集団は、『オクリビト』と呼ばれる者達である。オクリビトはヒトモドキを速やかに駆除する集団であり、彼らは結界術なるものを自在に操る。
そして、そのなかにアキラはいた。
「アキラ、カルマ」
同じく青い光を纏った刀を持った大男に名前を呼ばれる。アキラと隣にいたカルマは怪物に視線を向けたまま、返事をした。
「このまま俺達でひきつける。後ろに回って奴を仕留めろ、いいな」
アキラは頷く。そして、隣にいたカルマに視線を向け一度うなずき合うと、そのまま二人で怪物の背後に回り込んだ。それと同時に、先ほど指示を出していた大男が、刀構え怪物に攻撃を加えている二人に加わった。怪物の前方にいる三人絶え間ない攻撃が続く。
「これ以上狩りを長引かせるとまずい。すぐに仕留めてぇな」
カルマが走りながらそうつぶやく。もちろん、アキラとて気持ちは同じだ。皆もう満身創痍であるし、ここが町はずれの辺地であったため、援護部隊の到着はまだ先だろうから、これ以上の戦闘の長期化は私達の死に直結しかねない。
「私がやる。カルマは私がしくったら、フォローアップして」
「了解。できるだけ一発で仕留めてくれよ」
「努力はする」
アキラがそう言って口を結び、足元に力を込めた。カルマは一歩下がったまま彼女の姿を見守る。
怪物が咆哮し、片腕を振り上げた瞬間、アキラが青い光も身にまといながら一歩踏み出した。
コンクリートの上を滑っているような速さで怪物に近づく、彼女の走るスピードはどう考えても常人の出せる速度を超えている。これこそが、結界術の力だ。
アキラはそのまま飛び上がると、腕を振り下ろしたことで少し腰がかがみ気味になっている怪物の体に乗り、その胸に向かって刃を突き刺した。
怪物の攻撃でえぐれたコンクリートの破片が、宙に舞う。そのままアキラは真上に跳躍した。
「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
アキラに刺された刃の痛みで怪物は絶叫するが、それでも倒れることはない。
アキラは空中で一本の短刀を腰から引き剝き抜く。怪物はアキラを見上げて再び叫んだ。
そのまま、手に持った刀を構えて全体重をかけて、怪物の額に短刀をねじ入れる。
グシュッという音がする。
その瞬間怪物はただでさえ大きな目をさらに見開いた。
かくりと、支えを失った様に怪物の膝は曲がった。
その瞬間怪物の体は横になぎ倒れる。
元々、無理矢理ひっかけていただけのアキラの両足は、怪物がよろけたことであっけなく滑り、そのまま怪物の背中を転がり落ちた。
アキラはヒトモドキの背中を転がり落ちながら、咄嗟に受け身をとり、青い光の膜を作り出して衝撃を回避する。次の瞬間、激しい衝突音を出しながら怪物は地面に転がった。
「はぁ はぁ はぁ…」
空を見上げながらアキラは肩で息をする。その隣には息絶えた怪物が横たわっていた。
ヒトモドキの返り血で、袴はじっとりとした重さがある。カラダも傷だらけだった。
砂埃とコンクリートの破片の中で見上げた空は灰色で、どこまでも続く曇天はどこかもの悲しかった。
気がつけばあの酸の様な不快な匂いが消えて、周りを囲んでいた青い膜を消えていた。
「おき 上がれない…」
アキラが腹にいくら力を込めても体に力は入らず、持ち上がらない。仕方なく怪物の死を確認している隊長たちの方に視線をやると、その近くにいたあまり袴の汚れていない二人組の少年が、アキラの視線に気づき近寄ってきた。
「おまえ、まだこんなところに伸びてたのか。カルマはどこいるんだよ?」
二人組の黒髪で身長が低い方がそう言ってあきれながら手を差し出す。
もう一人の明るい茶髪の少年は後ろに回り込み背中を支えてくれた。
彼らの名前は黒髪がキリマル、茶髪がルイトだ。アキラと同い年であり、幼なじみ。ついでに、同じ師を持つものどうしでもあった。
「カルマならさっきあっちで伸びてた」
茶髪がアキラの髪についた砂をはたきながらそう言うと、キリマルは怪訝な顔をする。
「どうしてあいつが伸びてんだよ」
「さあ? コンクリでも防ぎ損ねたんじゃないのか?」
「そりゃ、なんというか、、」
肩をすくめたキリマルと、ルイトが肩を貸して、アキラはどうにか立ち上がった。膝がガクガクと揺れる、思っていたよりも疲労していたようだ。
「早く、、帰って寝たい」
アキラがむすりとした顔でそう言えば、「風呂には入れよ」と、世話焼きなルイトが言うのだった。
◇◇◇