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ヒーローズ・エヴォリューション  作者: 月詠
第一章「スタートアップ・ヒーローズ」
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1-3.報告

「3秒+ミリ7秒遅刻だ阿呆ども」


 そういうわけで会議室に飛び込んだ私たちを出迎えた第一声は、よく通っているのにちょっとだけ心がチクっと痛む音色を孕む声を発する男のものだった。


「あれほど口酸っぱく伝えただろう。特に椿姫、貴様だ貴様。帰投時は必ず報告を行うゆえ、私が指定した時刻には必ず集合しろとなんどもなんどもなんども言っているはずなのになぜ貴様はそれが出来ない……あれか、お前の額にでもその場で書いてもらえばいいか!? 何かの拍子で鏡を見た時に必ずそれが確認できるように!」

「ご、ごめんなさい……」


 会議室の前方で、右ひじを立てて座り、机に添えられた左手でかつかつと指を鳴らしながら説教するのは、上官の武崎宋連(たけざきそうれん)だ。目の前でタッケーと呼んだ日は廊下掃除とトイレ掃除の罰を与えてくるくらい、物凄い怒りっぽくて細かいことを気にする、ときどき理不尽な人である。

 武崎が続けて私に何か言おうとしたとき、横に座っていた女性がまあまあと嗜める――顧問技師、刘・雨萱(リウォ・ユイシェン)さんだ。


「その辺にしておいてやれ。椿姫に関してはもう琴音をバディに付けてどうにかするということで結論は出ているじゃあないか。ほら見ろ、彼女の笑顔が曇りだした」

「しかしですね、雨萱さん。彼女達を甘やかしてもいいことは……!」

「君のようにしめつけすぎるのもよくないと私は思うけどなぁ」


 のんびりとした口調で武崎の批判を逸らしているその立ち振る舞いは、同性の私から見ても物凄い綺麗な人だと思う。かけられた眼鏡の奥にあるのはややたるんでいながらも大きい、知性と思慮を宿した目だ。それがゆったりと話す口調に合わせて、思考を巡らせるようにして動いている。

 でも肌色はすごい白いし、眼の下には隈もすごいし、頬はどこか痩せこけているようにも見えるし、髪も整えておらすくすんでいる。だがこれほどまでにキズモノになっていても、それでも美しさが伺えるのだからやっぱり美人なのだ。

 あとおっぱい大きい。すごい。


「そうだよ上官どの!」


 雨萱さんに張り付くようにその真横で、これまた呑気に本人は自覚していないのだろうが場の雰囲気を和ませるような笑い声が響いた――にひひっと。


「椿姫ちゃんはむかしっからこんな調子だったじゃん。待ち合わせジカンには五分遅れるタイプって感じの?」

「理解はしたが、納得のいかない理屈だ! ……だいたい貴様はいつまでそこにいる、千尋! 今は報告の時間だぞ、とっととそこに並べ!」


 武崎に言われてもペースを崩すことはなかった。

 はーいと、ぴょこんと猫が高いところに昇るようにしてテーブルを乗り越え、またねと雨萱へ向けて手を振ってから私の真横に並ぶ少女は琴音と同じく、私の大切な仲間だ。

 明るい茶髪のサイドテールを動きに合わせてふわふわと踊らせる、くりくりとした丸い目が特徴の彼女は遠藤千尋(えんどうちひろ)という。

 奔放で掴みどころがなく、しかし人懐っこい猫がそのまま人の形を得て出てきたような印象を与える彼女は、琴音とは違った意味合いで可愛らしい。手を届かせようと思っても、次の瞬間にはそこからいなくなっていて、次に何時再開できるかは分からないのだけど、案外次の日にひょっこり顔を出してくるみたいな不思議な気配を纏っているみたいだ。


 声を荒げすぎて、千尋を並ばせる頃にはぜいぜいと言っている武崎だったが、これも、いつものことであり、平和な日常の一つ。

 

「言ってやりたいことはまだまだあるし、まだ私が言いたいことは100並べたら3も終わっていないと断言できる、が! 特別に小言は後にしておいてやる。まずは任務達成に関する報告だ!」


 顎をしゃくる武崎に、めんどうくさいなあとぶつぶつ言いながらも腕を伸ばし、ホログラフプロジェクターのスイッチを押す雨萱さん。


「通報があったのは今朝午前7時43分、C区画の市民によるものだった」


 通常のプロジェクターとは違い、真上へと向けられたレンズを通して映し出されたのは、破壊と混沌の立体映像だ。

 出現した映像を指しながら、手元にある書類に時折視線を落としつつ、しかしペースを落とすことなく説明を続ける。


「中型の<ブロウクン>がレベルDの壁を破り、同区画内で破壊活動を行った。その後、レベルCの壁を破り、通勤ラッシュ真っただ中の同区画にて破壊活動を繰り広げた! 通報が遅れたのはD区画の民警の怠慢であるというのはこちらで調べがついている」


 一通り状況を振り返り、武崎は呆れたような溜息を吐いた。


「奴らのことだ、おおかた自分達だけでカタを付けたいとでも思ってたんだろう。だが案の定、突破されてしまったが故、我々特務機巧課に出動要請がかかったわけだ」


 ――ここ最近、エリア間の住民感情の対立が激化している。


 いつからか、東京に侵攻してくるようになった化け物、<ブロウクン>。

 廃材を適当にくっつけて、血の代わりに廃油を垂れ流す壊れ者(ブロウクン)達から自分達の生活を守るために、政府は生存圏法を制定した。

 この辺りは私はよくは知らない。ただ、武崎がものすごい渋い顔で話してくれたことがある。

 どうやら東京は存亡の危機に立たされており、そのために優良な民達の生存確率を高められるような都市構造にしなければならないということ。

 そのために、四つのエリアに区分けをし、それぞれのエリアの外縁部には「壁」を建築すること。

 ……そして要らない人達をを最も外側のエリアDの区画に追いやり、<ブロウクン>の被害を真っ先に受けさせるとともに、鎮圧までの時間稼ぎをさせているのが現状だ。


 だからと言うべきか、特にC区画とD区画の住民の対立が激しくなっている。

 仕方のないことではあるのかもしれないが、それでもみんな助けて平和に出来ないものか――難しそうな顔をしていたのだろう。私の顔を見て、雨萱さんが言った。


「こんなのは今に始まったことじゃないさ。気にする必要はないし、一月前だってD市民によるデモがあったばかりだろう」

「あー、あれはすごかったねぇ。おれ達は耕される土じゃないーとか、獣よけのカカシじゃないーとか。すごい声あげて頑張ってたよ。どーせむだなのにね」


 冷めたような調子でそう返したのは私ではなく、千尋だった。


「そういえば、見てきたのか」

「うん、ちょっとね。用事足すついでにー」


 彼女はD区画から、適性とやらを見込まれて雨萱がスカウトしてきたと聞いたことがある。

 仰々しくも見える黄金の右目は、その時に何か大きなことがあったせいでそうせざるを得なかったのだそうだ。


「……とにかくだ。お前達が急行、交戦を開始した。C区画の壁が破れられてから十分後だった。Dの連中がもう少し我々に協力的だったならば、あるいは政府の連中がもっとマシな仕事をしていれば全体的な被害はもっと抑えられていただろう。お前達に落ち度はない」


 聞く人が聞けばあまりにもむっとする言い方だが、事実だから仕方のないことかもしれない。

 武崎はあえてC区画の壁の話しかしていなかったが、<ブロウクン>が東京に突入してから一時間は経過していたと聞いている。

 もっと速く、情報を集め、もっと速く駆け付けられれば、どれだけ犠牲を減らすことが出来ただろうか。

 死者だけではなく、家屋も市場も――生活全般だって守らなくちゃだめだ。折角生き残ったとしても、傷を癒すだけの体力がなければただただ破滅していくだけだ。


「だが被害はもう少し抑えろ。魔神義装(・・・・)が出力の安定制御に向いていないのは私も分かっているが、それでも努力は出来るはずだ。特に琴音、お前だ。発動時に誰彼構わず纏めて凍らせるのは被害も大きく、何よりお前自身の燃費も悪くなるだろう」

「……はい」

「椿姫、千尋、お前達も心掛けろ。現状、<ブロウクン>に対抗できるのはお前達しかいない。あの屑鉄どもに銃火器が効けばどんなに良かったかと思うが、無いものをねだったところで始まらん!」

「はいッ!」

「わかってるよー」


 そのためには、もっともっともっともっと強くならなければならない。

 食い止めるべき災厄を跳ねのけられるだけの攻撃力。

 倒すべき敵、あるいは悪だけを見据えて撃ち抜ける制御力。

 助けるべき人を確実に助けることが出来る判断力。

 任務のたびに、大事なことを再確認させられる。昨日よりも今日はよい結果を、今日よりも明日はよい結果を生み出すために。


「私からの話は以上だ! 雨萱、何かあるか」

「えー、この空気で私につなげるか普通? だから君結婚できないんだぜ――まぁいいけどさぁ」


 再び、雨萱さんが腕を伸ばす。

 肩を伸ばしてしなやかな指をはわせ、必死にプロジェクターのボタンを押そうとしている姿は少し可愛くもあるけれど、立てばいいのにと思うこともあるが、それをやろうとしている様子を私は見たことがない。


 映し出されたのは、何本もの棒グラフが立てられた表だ。

 横軸には去年の四月から今年の四月までの区切りが、縦軸は数字が記されており――ある地点から、棒グラフの長さが急激に変わっている。


「ここ一年の<ブロウクン>の発生記録を纏めたものなんだがねぇ……ほら、ここ。去年の十二月までの件数は精々1、2件、良い月は0なのに対し、その翌月の一月は10件だ。えーっと、一週間に三体湧いたことになる。

で、二月は9件、三月は11件……今四月だよな、それに入ってからえーっと……」

「11日。二周目です、雨萱先生」

「あーそうだった。ありがとう琴音。えー、今日現在ってか今月、今回の事例を含めて四件発生している。ぶっちゃけ明らかに異常だ――まぁ、前線(まえ)で戦ってる君らの方がよく分かってることだろうけどさ」


 琴音も千尋も、それぞれ頷いていたし、私も頷く。

 確かに、言われてみればここ最近は異様に忙しかったような気がしないでもない。

 一体でも侵入を許せば、無視できない爪痕を残していく<ブロウクン>ではあるが、それでもこれまでは戦闘した覚えはあまりなかった。


「……原因は分かってるのでしょうか?」

「いいや? 全く。調べてはいるが、これだってのが分からないのが現状でね」


 琴音の問いに、肩を竦めてみせる雨萱さん。


「この調子だと今月もかなり襲ってくるだろうが……まぁ、今までと同じ心持ちでいれば問題はないだろう。休息と調整は丁寧に迅速に念入りにやりつつ、普段通りに過ごすこと。なに、安心しろ、落ち着いていればいける、だって、お前達は――」


 ――この東京で唯一のヒーローなんだから。


 雨萱さんの眼に、昏い輝きが宿ったようにも思えた。だけどそれ以上に、私も、琴音も、千尋も、ヒーローという言葉を前にしては顔を引き締めざるを得なかった。

 そうだ、少し(・・)発生件数が多いからなんだというのか。<ブロウクン>が齎す虐殺と破壊を食い止め、犠牲になる者達を零にする使命に揺るぎはない。


「そうだよね! うんっ、どんな奴らが来たって私たちがぶっ倒してやるんだから!」

「……そうですね。椿姫さんの言う通りです。発生件数が増えている以上、私たちもこれまで以上に強くならなければなりませんが――何れにせよ、奴らには何もさせないことだけは同じです」

「ね~、出来れば減ってほしいけど、わたしたちでどうにかしちゃえばへーわへーわってやつだよ」


 ただ前だけを見ていればそれでいい。明日も、明後日も、

 だからどんなやつだって来るといい。この拳の前に、屍を晒すのはお前達の方だ。


「――ま、そういうわけで。武崎、この後メンテだから借りてくよこの子ら」

「別に、構わん。規定だからな」


 雨萱さんの顔は相変わらず何を考えているのか分からない、けだるげでのんびりした顔だ。そんな彼女を睨みつけているあたり、武崎は何か気に入らないことでもあるのだろうけど。


「……何をジロジロと見ている、早く出ていけ!」


 それがなんであるのか。

 どういう理由があって、どんないきさつでそうなったのか。

 それを考える間もなく、しっしと追い払われるようにして私たちはその場を後にした。


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