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ヒーローズ・エヴォリューション  作者: 月詠
第一章「スタートアップ・ヒーローズ」
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1-0.記憶

 逃げていた。

 肉の焼ける臭いが全身に纏わりついてくる。

そのせいでなんどえづき、時に吐きそうになったかも分からない。

 瓦礫に頭を突っ込んでいる近所のおばさんがいた。何かに手を伸ばそうとして、そのまま動かなくなっているのはお酒が大好きなおばさんらしい。きっと浴びるように飲むどころか全身で浴びて喜んでいるだろう。でも、二度と動かなくなっている。頭を割られて血を流したまま、ぴくりともしていない。

 その向こうでは友達が動かなくなっていた。女の子だった。壁にもたれかかるようにして、何かを必死で抱きかかえたまま眠っている。胸元のくまのぬいぐるみは、頭から真っ赤な血が滲み出ているような状態となっている。

 咆哮と破砕音が鳴り響き、爆せた瓦礫が飛び散った。吹き飛ばされた、全身を擦りながら転がされた。

 それでも逃げるべく、立ち上がろうとしたとき、影が差した。


「ぁ、ぁ……」


 追い詰められた。

 それを知った時、やっとの思いで出来たことは、声を絞り出すことだけだった。

 よく、怖いと歯が震えてカチカチカチと鳴るなんてよく言うけど、人間、本当に怖い時はそもそも何も出来ないということを知っただけでも儲けものだ――よくないけど。

 尻もちをついたきり、立ち上がることができない。はいずって逃げようにも、はいずりかたを忘れてしまったかのように体が固まっている。動け動けうごけウゴケ、かちかちと音を立てる歯だけはちゃんと警告という仕事を全うしてくれているにもかかわらず、応える様子を見せていない。


 振り返る。それを視ることだけしか、非力な存在には許されていないのだから。

 その目に映っていたものは、見上げてやっと頭が分かる化け物だった。

 二本足で歩いているくせに、図鑑で読んだりせんせいに教えてもらった奴らなんかと全然違う。カメラのレンズみたいな眼をしていて、工場で見るようなパイプが全身にくっついている。

 体だっておかしい。肉のあるべき場所には錆びた銅板みたいなのが貼り付けてあるし、間接部分では金属の球体が見え隠れしている。

そいつは油と鉄の入り交じったような臭いを放っていた。ぎぃぎぃと音を立てながら首を振って、僕のことを探している。

 

 どうしてこうなったのだろう、何がいけなかったのだろう、なぜこうなっていて、なんで、なんで、なんで――思考の迷宮からの逃避を超えて呪いのように心に食い込んでくる。時間が酷くゆっくりに思える。ああ、これが走馬灯ってやつなんだと理解する。

 来るなと思ってもあっちはくるし、逃げたいと思っても逃げられない。つんとした油の匂いを感じ取るたびに、近づいてくる終わりってやつを理解してしまう。

 それはある時までやってくると、とたんに恐ろしくなくなってくる。ああ、もう受け入れてしまってもいいか、このまま死んでしまおう、どのみちこの辺りはもうだめで、母さんは死んだんだ。

 父さんは帰って来ることはめったにないけど、絶対どこかで死んでいるに決まってる。

 隣の家のあいつだって死んだし、おじさんも、あの子も。

 化け物が右腕を振り上げた。

 大工仕事をしていた兄さんの腕よりも大きなそれが、僕目掛けて振り下ろされ――。


『爆焔・熱衝撃』(インパクトブロウ)――ッ!」


 輝く白が、目の前で弾けた。

 何が起こったのか分からなかった。

 だがまた見えるようになってきた時、何が起きたかが飛び込んできた。

 僕に振り下ろされようとしていたあの大きな腕は、肩口から先が消えてなくなっていた。

 化物が燃えていた。いや、燃やされていた(ここルビ、中黒)。ちろちろと燃える火を帯びて、赤熱して融け、オレンジ色のグミのようになっている部分さえもあった。

 ぽたりと、血を流しているかのように金属が滴る。

 化け物の胸には大きな孔が開いていた。

 その状態のままで化け物はしばらく立ちすくんでから――胴体から崩れ、やがてバラバラになった。


 化け物が倒されて、ようやくその向こう側にいる誰かの姿が明らかになった。


 彼女は拳を突き出した状態で立っていた。

 後頭部に一本に纏められた黒髪が、ふわりとその肩に降りていた。黒目の日本人によくいる顔立ちはすごく恰好いいけど、でもどこにでも、たとえば近所のお姉さんと言われてもそのまま受け入れてしまいそうな雰囲気を漂わせている。

 その彼女は、真っ直ぐな目でこっちを見ていた。

 そして、それはもう満面の笑みという言葉が似合うくらいに笑ってこう言った。


「――助けにきたよ。もう大丈夫、ここからはもう、誰も死なせないから」


 でも、彼女は泣きそうだった。

 太陽を背にしているせいで陰になっていたけれど、それだけは分かった。

 それでも泣いていなかった。必死にこらえて、笑っていた。きっと僕が無事だったからだとか、あるいは――泣いてる姿なんて見せられない、とか。


 ……その時、僕は思った。

 この町にはヒーローがいる。

 どんなに危機的状況にあっても、そこで誰かが犠牲になろうとしていたら、真っ先に飛んできて助けにきてくれる存在がここにいるんだ。

 僕は誓ったんだ。いつかきっと、彼女のように、誰かを助けることが出来るような人になるんだって。


 そして、それが出来るようになったら真っ先に、あの時泣きそうな顔をして笑っていた君を――。


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