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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワガハイとノノ

作者: ろぶちかこ

 吾輩は猫である。名前はワガハイである。

 どこで生まれたかとんと見当はつかぬ……が、そんなことは、いまはどうでもいい。


 ああ、この日差し。この心地よさ。


 お天道様がぽかぽかと、吾輩の毛並を温める。使い古したこの寝床のフワフワもまた、光を吸って、吾輩を優しく包みこむ。


 吾輩の住処は、カクカクと直線ばかりで作られた、大きな白い箱の中のようなところである。そんなふうに言うと味気ない場所と思われるかもしれないが、そんなことはない。この住処の中で吾輩が好む場所は、今いる場所のほかにも、いろいろとあるのだ。たとえば、あの棚の上と、あそこの棚の上と、あの壁の出っ張りのところと、あっちにある細長いやつの上のほうとかである。


 その中でも、きょうのような日の、この時間は、この窓辺のクッションの上が最高峰……。

 ああ、極楽、極楽。

 ………。

 

 きょん!


 ……?

 いま、なにか変な声が。

 吾輩が首をもたげようとしたそのとき、ドタドタと足音がした。


 ものすごい勢いで近づいてきたのは、吾輩の同居者である人間の男、“ノノ”である。


 信じられないが、先ほどの奇妙な鳴き声は、こいつのものだったのか。

 さっきまで静かに“ぱそこん”の前に座っていたはずのノノは、吾輩の前に滑りこんできたと思うと、這いつくばり、そして一声、

 

 「どうしよう!」

 

 と鳴いた。


 ところで人間の顔というものは、何度見ても奇異なものである。本来毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶に見えるのだが、その薬缶の突起部分、これも猫の吾輩から見ればそんなに大きく主張して出っ張る必要はあるかと思うような鼻を、ノノはさらに近づけてきて、また鳴いた。

 

 「ワガハイ、どうしよう!」

 

 なにかを必死に訴えているようではあるが、吾輩に人間の言葉はわからない。


 ところでノノは、奇異なる薬缶鼻の上に、さらに奇異なる、目を囲う、眼鏡というものを乗っけている。用途は知らぬ。が、たまに、眼鏡をはずして寝てていたノノが、目覚めて、眼鏡、眼鏡、と唱えながらふらふらと、ときに家具にぶつかりながら歩いているところを見るに、こやつの目は何かしらの理由で見るものを歪めてしまう性質を持っていて、眼鏡を装着すると、はっきりと世界が見えるといった具合なのかもしれないと吾輩は想像するに至る。

 ノノの他にも、眼鏡を付けた人間というのは見たことがある。ノノが連れてきた友人たちの中に、何人かいたのだ。反して、吾輩以外の猫や、いつも決まった時間に窓の外を通る、あの忌まわしい犬というやつらにしても、眼鏡を付けている者は見たことがない。人間というのは、大きいだけで、不便な体を持っているのかもしれぬ。


 まあ、そんなことは今はいい。吾輩は、眼鏡の奥の必死な目から、目を逸らした。人間は往々にして、失礼なほどにこちらを見つめてくる。そんなとき、吾輩は大人の対応で、そっとみずから視線を外すのだ。

 しかしこのときのノノは、しつこく、吾輩の視線の先に回り込んできて、また何かを喚いていた。と思うと、急に立ち上がって、隣の部屋へ駆けこんでいった。

 しばらくばたばたと慌ただしい音が聞こえたあと、部屋から出てきて、ノノは再び吾輩の前に立った。


「この服でいいかな? 狙い過ぎてはないよね? ちゃんと清潔感のある部屋着っぽい?」


 吾輩の前でくるくると回るノノ。なにがしたいのか。

 ノノは吾輩の返事を待ったりはせず、また急に駆け出して、今度はクローゼットの中から“くいっくる”を取り出し、掃除を始めた。

 ノノはいつも、「くいっくる、くいっくる」と呪文を唱えながら掃除をする。機嫌の良さそうな日は歌うように、悪そうな日はぶつぶつと。きょうの「くいっくる、くいっくる」は、心なしか早口で、やはり、なにか焦っているらしい。が、その焦りの中に、どこか浮ついたような、軽率な雰囲気がある。

 

「ワガハイ、どいて」

 

 ノノが“くいっくる”とともに迫ってきて、吾輩の寝床の周りを、威嚇するようにぐるりと回る。が、こんなことで負ける吾輩ではない。

 知らぬふりをしていると、ノノはしゃがみこんで、椀型の吾輩の寝床を斜めに持ち上げ、吾輩はずり落ちる寸前になった。なにをする。抗議の声を上げる。

 ノノは、半分寝床を持ち上げて現れた床に“くいっくる”をサッと通し、もう半分も同じようにしてから、吾輩に謝りもせずに別の場所の掃除に向かった。二度もずり落ちそうな目に遭わされた吾輩だったが、しばらくノノの後ろ姿をじっと睨んだだけで、寛大にも許してやった。

 

 慌ただしく“くいっくる”を終えたノノが、次に向かったのは、冷蔵庫であった。


「あー、ろくなもんない。やっぱり昨日、ちゃんと買い出し行けばよかった」


 もうノノがこちらを振り向く気配はない。吾輩はやれやれと、再び眠る体勢に入った。本当に、人間はこちらの都合を考えない。吾輩は静かに、この日差しの温かさだけを感じていたいのに。

 ああ、これこれ。ぽかぽか……。

 

 そうやって、どれほど経っただろうか。気持ちよくうつらうつらとし始めた頃、吾輩の耳は、ある音をとらえた。

 この音は……、なんだっただろう。なぜだろう、どうしようもなく、気になる……。

 

 あ!

 

 吾輩は、ぱっと身を起こした。寝床を飛び出し、冷蔵庫の横あたりでゴソゴソやっているノノのもとへ駆けて行く。ノノの脚に、前足の爪を引っ掛ける。

 おい、そこを探っているということは、あれだな。そこから出てくるのは、あれだな。


「なに、ワガハイ……、あ」


 オヤツだろう、よこせ、オヤツ。

 

「違う、違う。違うって、もー」


 そこにあるのはわかっているんだ。もったいぶるな、はよよこせ。

 

「人間の食べもの探してるんだって……」


 そこでふいに、ノノが動きを止めた。しばしなにか考えるような顔をしてから、吾輩を見る。

 

「わかった、あげる。あげるけど、あとで。あとで、な」


 はよよこせ。

 

 しかし訴えむなしく、ノノは吾輩を引っぺがして、別のところをゴソゴソとやり始めた。それでも吾輩は納得できず、ノノの尻をじっと見ていたのだが、

 

「どーしよー、ワガハイ。狙い過ぎてなくて、適当に作った感があって、かつおいしいものってなに?」


と、どうやらもうオヤツを出す気配がない。吾輩もさすがに拗ねたような気持ちになって、プイと背を向け、寝床へと戻った。

 それからもしばらく、ノノは台所でうんうん唸っていたのだが、テーブルの上に置いてあった“すまほ”がぺかりと光り、それを見た途端「え、もう!?」と声を上げ、また慌ただしく動き出した。

 

「ワガハイ、すぐ戻るから」


 近寄ってきて、少々雑に吾輩の頭を撫でるノノ。

 

「お客さん来るけど、隠れたりしないで、愛想ふりまいてな」


 やめろ。今は撫でられる気分じゃない。

 

「って、愛想は無理か。でも、隠れないでよ、ほんとお願い。……って、おまえのベッド汚いな!」


 ノノは突然、吾輩を寝床から引っ張り出し、そこにたまっていた吾輩の抜け毛を集め始めた。なんだ、ひとの毛を、汚いものみたいに。

  床に放り出された吾輩が、納得いかずに見ている中、ノノはぎゃあぎゃあ騒ぎながら毛を集めたあと、寝床に乱暴に“ころころ”をして、最後は自分の服にも“ころころ”をしてから、ドタバタと玄関のほうへ走って行った。バタン、と扉の閉まる音。


 なんだ、出かけたのか。

 寂しくなどない。気がかりは、ノノの帰りが吾輩のごはんの時間に間に合うか否か、だけである。たまに遅くなるので、そういう時は本当に腹が立つ。

 なにはともあれ、これでゆっくり眠れる……。吾輩は寝床に戻り、大きくあくびをした。



 しかし、うとうとしたのも束の間、ノノの足音は思いのほか早く、再び吾輩の耳に届いた。

 さっき出て行ったばかりじゃないか、と思うと同時に、吾輩は異変を感じとっていた。

 聞こえる足音が、ノノのものだけじゃない。ふたつある。

 首をもたげ、耳を澄ましていた吾輩は、足音が近づき、ガチャガチャと扉の開く音がして、二人の人間の気配が入りこんできた瞬間、寝床を離れて近くの物陰に隠れた。


「ただいま〜。……あれ、どこだ」


 ノノの声だ。だが確実に、ノノの後ろに誰かがいる。


「……あ、いたいた。ほら、ここ、このテレビ台の裏」


 吾輩の視界上空にノノの顔が現れたと思うと、その隣にもうひとつ、顔がにょきりと現れた。


「あー、ほんとだ。こんにちは」


 吾輩は首をすくめる。だれだ、おまえ。


「ちょっと怖がっちゃってるみたいで、すいません」

「いえ、うちの実家の猫も、知らない人来たらこんな感じなんで」

「実家で、何匹飼ってるんだっけ?」

「最近また、父親が子猫拾って、四匹になりました」

 ノノが、ちら、と新顔の男を見た。「猫好き一家、なんですね」

「そうなんですよ。野々原さんも、もともと猫好きだったんですか?」


 男が吾輩から視線を外し、ノノの方を見た。人間たちの目が合う。


 ぱっ、とノノが目をそらした。


「いや、ぼくは、もともとは犬派で」

「へー、じゃあなんで、猫?」

「拾っちゃったら、情が移ったというか、なんというか……」


 ノノがその場を離れ、吾輩の視界から消える。だが男――猫の吾輩でもわかるような、キリッとした男前なので、オトコマエと呼ぶことにする――はまだ、にこにこと吾輩を見下ろしている。と思うと、しゃがんで、ちちち、と舌を鳴らした。


「怖がらないでー。……野々原さん、この子、名前なんていうんですか」

「……ワガハイ」


 オトコマエが吹き出した。


「え、ワガハイ? っていう名前?」

「ノリでつけちゃって……」

「夏目漱石の、あれですか」

「そう。病院で、野々原ワガハイちゃーん、とか呼ばれちゃって。動物飼ったことなかったから、そんな辱めを受けるなんて思ってなくて」


 オトコマエはしばらく笑っていたが、


「でも、うん、ワガハイって顔してますよ、この子」


 吾輩に向かって、手を伸ばしてきた。ワガハイー、ワガハイちゃん、と呼ばれ、差し出された指が目の前でチョイチョイと動くが、そんなものに乗る吾輩ではない。吾輩は君子なので、危うくない確認がとれるまでは、近寄らない。


 根競べに負けたのは、オトコマエのほうだった。にこにことしたまま、その場を離れ、吾輩の視界から姿を消した。


 やっと一安心、といきたいところだが、見えなくなると見えなくなったで、不安になるものだ。

 そわそわとしながらしばらく待っていると、うまそうな匂いと、そうでもなさそうな匂いの混じった空気が濃厚になった。人間のごはんの匂いだ。

 人間たちがこちらに近づく気配のないことを確認してから、吾輩はそっと物陰から顔を出した。

 ノノたちは、テーブルの上に調達してきたらしい飯を並べ、ワイワイと食事の準備をしている。


「良かったら、この缶詰も食べてください。このシリーズ、おいしいから」

「すいません、急に押しかけたのに」

「ううん、全然。出来合いばっかで、こちらこそ、すみません」

「そんな、ほんと、猫ちゃん見させてもらっただけでありがたいんで」

「はは、飢えてるね、猫に」

「いやまじで、近所に猫カフェできないかなって思ってるんすよね。毎日通うのに」

「飼う予定はないの?」

「いやー、会社あるし、毎日ひとりぼっちにさせると思うと、ちょっとかわいそうかなって」

「そっか。きょうは、どこ回ってたんですか? この近くって言ってたけど」

「あちこち行ったんですけど、最後がカワシマ工業さんだったんで。ほら、ここよりもうちょっと南のほうの」

「ああ! あそこ」

「はい。これから取引多くなるんで、挨拶がてら、ちょっと顔出しただけですけど」

「そっかそっか、お疲れ様です。……じゃ、カンパーイ」

「カンパイ」


“びーる”、という飲み物を、人間はさもうまそうに飲む。以前、“びーる”の空缶の匂いを嗅いでみたことがあるが、吾輩にとっては、なんとも言えない匂いであった。臭くはないが、うまそうでもない。


 オトコマエが、ぷはー、と息をついて、あたりを見回した。


「部屋、すごい片付いてますね」

「ワガハイがチビだった頃、誤飲しちゃったことがあって、それから片付け癖がつきまして」

「へー。この部屋、ワガハイちゃんと暮らすために借りたんですか」

「そう」

「高くないですか、ペット可のとこって」

「まあね。でも駅から遠いし、一階だから、上の部屋よりは安いし……、あ、」


 ノノの目が、物陰から覗く吾輩を見つけた。


「津田くん、うしろ」

「え?」

「ちょっと出てきてる」


 オトコマエが振り向いて、吾輩と目が合う。吾輩はすぐに逃げられるように、少し身を引いた。ノノと仲良さそうにしてはいるが、まだお前を認めたわけじゃない。


「ああ、また隠れちゃいそうですー」

「ちょっと待って」


 ノノが立ち上がって、台所へ向かった。

 そして、何やらゴソゴソとやり出した場所は……。


 オヤツ!


「あ、ちょっと出てきた」


 おっと、だめ、危険。


「あ、引っこんだ」


 ノノが戻ってくる。その手には今度こそ、オヤツが握られている。

 しかしノノは吾輩のところへは来ず、


「これで釣ってみて」


 あろうことか、そのオヤツを、オトコマエに渡したのである。

 オトコマエがオヤツの袋を開ける。吾輩のほうに差し出してくる。

 オヤツ食べたい。でもこの男は、得体が知れない。


「ほらほら、おいで」


 オトコマエがおやつを振る。いーい匂いが、濃厚に吾輩の鼻をくすぐる。

 食べたい。食べたい。食べたい……。

 

 試しに近づいてみて、オトコマエが不審な動きを見せたら、逃げたらいいだけじゃないか?


「お、来た」


 吾輩は知らず、一歩を踏み出していた。

 進み出したらもう、足は勝手に進む。だがしかし、警戒は怠っていないぞ、吾輩は。オヤツを食べて、安全に帰還するだけだ。

 あともう少し……。少しでも変な動きをしてみろ、すぐに逃げてやるんだからな。待ってろ、オヤツ。オヤツ、オヤツ……。


「よっしゃ、食べたぁ」


 ……不覚にも、オヤツを食べている間、吾輩の記憶は飛んでいた。そして気がつくと、オトコマエの大きな手で頭を撫でられていた。


「可愛いな〜。んん? いい子、いい子〜」


 その撫で方があまりにもうまくて、きもちよ……


 くなんかない!


 吾輩は我に返り、さっとその場を離れ、もとの物陰に再び身を潜めた。あぶない、あぶない。


 人間たちは、そんな吾輩を見て笑い声を上げ、自分たちの会話に戻っていった。吾輩はどぎまぎしながらも、少々腹立たしかった。

 ふん。もう二度と、油断はすまい。もうオヤツもいらないし、同じ手に乗ったりはしないぞ。


「――でね、もう限界だっつって、部長、とうとう引っ越したんですよ」

「えー、もったいない。持ち家でしょ?」

「ですよね。でも、これ以上ここにいると奥さんが病んじゃうからって。怖いっすよね、隣人トラブル」

「はー、あるんだね、そんなニュースで見るようなこと」

「野々原さんは、大丈夫ですか? 隣の人、変な人じゃない?」

「姿はちゃんと見たことないけど、別に……」

「男? 女?」

「男、の、ひとり暮らしだと思う。……あ、でもなんか、うちの風呂の壁の向こうが、あっちも風呂らしくて、入ってる時間が被ったとき、変な声聞こえてきたことがあって」

「え、どんな」

「こないだは、なんか高い声出してるな、と思って耳澄ませたら、ミッキーの真似してて」

「ミッキー!? なにそれ!」

「で、数日後に同じ状況になったとき、また高い声聞こえてくるから、またミッキーの真似かと思って聞いたら、今度は目玉おやじだった」


 オトコマエがばんばんと床を叩いて笑う。


 吾輩は、じっと楽しそうな人間たちを見ていた。ただ、じっと。

 そして認めざるをえなくなった。

 つまらん。退屈だ。人間ばかり楽しそうにしおって。


 ちょっと、近づいてみようか?


 オトコマエは得体が知れないままだが、オヤツをくれたし、吾輩が近づいても悪さはしなかったし、加えて撫で方も、うん、悪くはなかった。

 よくわからんやつだが、おそらく、危険人物ではないのだ。


 吾輩は、そっと物陰を出た。

 一応、まずはオトコマエがいる方は避けて、ノノに近づく。


「あ、出てきたよ」


 ノノの声でオトコマエが振り向く。吾輩は素知らぬふりでノノの背後にまわり、その背中に頭突きをして、自分の体をこすりつける。

 オトコマエの手が伸びてきて、また誘うように、指を動かす。

 まあ、退屈だからな。構ってやらんこともない。

 とりあえず、こいつには吾輩の匂いがついていないのが気に入らないので、差し出された手に、頭をこすりつけてやった。


「すごい、津田くん、こいつがこんなに早く懐いたの、津田くんが初めてだよ」

「マジっすか」


 オトコマエの手が吾輩を撫でる。ああ、これこれ、きもちいい……。


「ワガハイちゃん、だっこ、きらいですか?」

「いや、そんなには嫌がらないけど……」


 オトコマエが吾輩の顔を覗きこんだ。


「だっこして、いい?」


 そしてオトコマエの手が吾輩の頭から離れたと思うと、胴体を包みこんだ。体が持ち上げられる。

 次の瞬間には、吾輩はオトコマエのあぐらの中におさまっていた。


 そして間を置かず、撫でるのを再開するオトコマエの手。吾輩は、急に抱き上げられたことに納得がいかなかったこともすぐに忘れて、顔周りを良い塩梅にくすぐる感触に夢中になった。脚の間にすっぽりおさまっているのも、安心感があって、なかなか良い。いや、かなり、良い。


 ふと、目を開けた。撫でられている吾輩を見ているノノと、目が合った。

 おいノノ、このオトコマエ、おまえより撫でるのうまいぞ。ぜひ見習うといい。


 が、ノノはすぐに吾輩から視線を外し、オトコマエの顔を見た。と思うとまた、吾輩を見た。それを繰り返した。

 熱心、ではあったが、どこか呆けてもいるような顔だった。


 そして吾輩は気づいた。オトコマエの顔と交互にノノが見ているのは、吾輩ではない、吾輩を撫でるオトコマエの手だ。


 ノノのそのバカみたいな顔を見ているうちに、吾輩は次第に我に返っていった。吾輩は、初対面の人間のまたぐらで、なにをやっているんだ。

 ひっくり返された体を起こす。オトコマエの股から抜け出す。


「あー、もうイヤか」


 以後、寝床に戻った吾輩だったが、もう人間たちが構ってくることはなかった。

 人間たちは談笑を続け、やがて、


「また来てもいいっすか?」

「あ、うん、いつでも」


 オトコマエは吾輩の頭を少し撫でて、帰っていった。


 玄関まで見送ったあと、ノノは吾輩のそばに座りこんで、ながーいため息をついた。それから、吾輩の頭を撫でる。


「ありがとな、ワガハイ。ワガハイにしては、これ以上ないくらい、いい接待だったよ」


 撫でる手つきは、やっぱりオトコマエの方がうまい。


「また来てくれるかな」


 でもまあ、ノノの撫で方も、そんなに悪いものではない。


「あー………………………、津田くん、すき」


 ノノの頭が、急に、吾輩の横腹に乗っかってきた。

 吾輩はその頭に向かって、パンチを繰り出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネコの習性やら警戒心やら、ネコ目線でのストーリー展開が面白かったです。 読み進めるごとに「猫ってそういうところあるよね」とワガハイ(勝手な想像で白黒の猫)の動きが浮かぶようでした。 野々原…
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