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異世界転生真剣将棋  作者: 絹谷田貫
2/20

例のあの人と比べれば大抵のフィクションはリアル

 死んだ。


 こういう稼業だ、覚悟はしてたが。ああも見事にぶち殺されるとは思わなかった。やっぱあれかね? 調子に乗りすぎたかね? 全駒でなぶり殺しにしなかっただけ喜んでほしいもんだが。


 何にせよ、だ。俺の記憶はスーパー玉出で聞いたことねぇ銘柄の発泡酒を買い込んでテメェのヤサに帰る途中で途切れている。正確には、花園町の駅から歩いて新今宮らへんまで差し掛かった辺りの暗がりで、横っ面からつっこんだトラックに跳ね飛ばされたあたりだ。そのあとはうすらぼんやりしてるが、俺の死体(、、、、)が建材になってどこぞのビルに練りこまれてるところを高いところから見下ろしていたような気もする。あれかね、幽体離脱というか、臨死体験というか、地獄行きの前に成れの果てだけでも見れたのか。


 ああ、そうだ。俺は死んだ。不鮮明だが、体があるのかどうかもわかんねぇようなふわふわした頭で、それを理解した覚えがある。


 それがどうだ。


 どこともわからねぇ場所。なにとも知れねぇ言葉が飛び交う、見慣れねぇ大通りに突っ立って、俺は目を覚ましていた。


「……ンぁ?」


 死んだ、はずだが。


 今時の地獄ってのは、わりかし賑やかなんだな?


***


「ガラさらわれて外国に放り出された……ってぇわけでもなさそうやなぁ……」


 とりあえずその辺をうろつきまわり、小一時間ほどして広場を見つけた俺はそのど真ん中の噴水の縁石に腰を下ろしていた。一通りほど観察してみたが、一切なんにもわかりゃしねぇ。言葉もわからねぇし文字にも見覚えがねぇ。待ちゆく連中の服装も時代がかって、街ごとコスプレ大会してるんでもなきゃ21世紀のそれとは思えねぇ。――どうみても麻か木綿って具合でどいつもこいつもボロっちい上、足元なんざほとんど木靴だ。


 極めつけに、街の辻を往くのは幌もかかってねぇ荷馬車(、、、)ときた。


 いくらなんでも、現実離れしてやがる。


 これぁあれか。


 タイムスリップでもしたのか?


「なんか、こんな漫画あったやな。あれは風呂好きのローマ人が日本に来るんだっけか……」


 それの逆ってわけだ。


 どうにも、現代でも日本でもないところに、俺は放り出されたらしい。


 正直、街を歩いてるあたりから薄々そうじゃねぇかとは思っていたが――少なくとも、死にかけの俺をわざわざ浚って治して起こさねぇように中世ヨーロッパコスプレ祭りに放り込んでニヤニヤ観察してる誰かの壮大なドッキリってぇよりかは、現実味のある推論だぁな。


 どちらにしたって、信じがたいが。


「まぁでも、十五歳の七段が出てくるんだからな……。世の中何がおきてもおかしかねぇや」


 将棋指しの現実感はこの一年揺さぶられっぱなしだからな。タイムスリップくらい飲み込める。


 飲み込めるのと、適応できるかどうかは、別の話だけどな。


「……どうすっかね」


 買い物帰りのジャージ一丁、ポケットを探ったが、財布の中身は小銭が数枚とこうなっちゃクソの役にも立たねぇカード類だけ。あとは封を切ったばっかの煙草一箱とオキニ(、、、)のジッポが一つだ。持ってたはずのレジ袋と酒すらねぇ。


 やべぇ。天下無敵の無一文だ。言葉がわっかんねぇから乞食もできねぇ。


 というか、だ。そもそも多少の銭があったところでどうしようもねぇ。


 生まれてこの方25年。将棋以外で金を稼いだことなんてありゃしないんだから。


「あー……」


 見たくねぇ現実から目をそらして天を仰ぐ。幸いなのは雲一つねぇ快晴ってことか。今すぐ雨に打たれてガタガタ震えることはなさそうだ。


 これから、どうするか……。


 こんなに途方にくれたのは十八の『あの日』以来だ。


 あの時も、環状線の見える福島駅近くの公園のベンチで、こんな風に空を見上げてたっけなぁ。


 その時だ。


 噴水を挟んだ背中側から、どっ、と歓声が聞こえてきたのは。


「……っるっせぇなぁ。人が黄昏てんのによ」


 わからねぇ言葉の騒ぎ声ってのがこんなに癇に障るってのぁついぞ知らなかった。金がねぇからなおさらかもしれねぇが、とにかく、文句の一つもつけてやりたくて俺は声のするほうに歩みだす。言葉が通じなくても全開でわめきたてりゃなんとなく伝わるだろ。大阪弁は世界共通語だ。罵倒語は特に。


 初手は『ッラボケカス!』でいくか『ダリャッシャゴラ!』でいくか、考えながらそれ――広場の端にできた人だかりに歩み寄っていく。最初は屋台かと思ったが、どうも違うらしい。木組みの簡素な舞台がしつらえてあって、そこに、でかい木版が掲げられている。


「……ンン?」


 近寄るにつれ、眉を顰める。


 見覚えがある。


 あの木版には、見覚えがある。


 いや、正確には、そこに書かれた内容に、だ。


「いや……そりゃねぇだろ。いやいや……」


 木版は黒い線で9×9の81マスに区切られ、マスごとに釘が打たれて『あるもの』がひっかけられるようになっている。


 そして、舞台の上に立つ小男が、観客の一人の声を受けて『それ』を動かし、そのたびに唸り声や、膝を打つ音。野次の声が飛ぶ。


 見覚えがある。あって、当たり前だ。


 この25年、物心ついてから毎日毎日見てきた『それ』


 それはまるで、将棋の大盤そのものだった。



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